御三家会合
ラウル「あれ、カーチャさん? コンビニの屋上で何してるんです?」
カーチャ「今ね、私”交差点にあるコンビニの駐車場を通ってショートカットしようとするバカの車のボンネットをぶち抜いてエンジンを破壊するバイト”をしてるの」
ラウル「アッハイ……お疲れ様ッス」
観測歴38000年
6月30日 12時37分
イライナ公国 首都キリウ
美しい街、というのがキリウで抱いた第一印象だった。
白いレンガで建てられた建物はどれもこれもが清潔に保たれていて、街全体が一種の芸術作品だと説明されても納得してしまうほどだ。建築様式は古くからのイライナ様式なのだろう、”異国らしさ”がよく表れていて、一目でここが自分の生まれ育った国とは異なる文化圏の街である事が分かる。
だからこそ、好奇心も湧いてくるというものだ。
「綺麗な場所ねぇ……♪」
ぎゅー、とお俺の左腕にしがみつくようにして隣を歩くロザリーがそんな感嘆の声を漏らす。
「でもなんか……建物がどれもこれも真新しい感じがするわね」
「無理もない。ノヴォシア、イライナ、ベラシアのいわゆる”スラヴァ三国”は天地戦争の主戦場になったからな」
妹ロザリーの発した疑問に答えたのは、後ろを歩いていたユリウスだった。
さらりと言ってのけたユリウスだが、彼も複雑な心境である事は尻尾の揺らぎから窺い知れる。かつての自分たちの同胞が散々荒らし回り占領していた国を、戦後であるとはいえ歩くというのはなかなか言葉にしがたい居心地の悪さを感じているのかもしれない。
彼の言う通り、天地戦争の序盤から獣人側の反転攻勢が始まった中盤、およそ開戦から奪還までの53年間、イライナは東部にあるリュハンシク州を除く全土が自由天空連合軍、すなわち竜人たちの占領下にあった。
その間、キリウ大公”ヴォロディミル17世”(※今のキリウ大公ノンナ1世の曾祖父)は妻オレクサンドラを伴いリュハンシクへと疎開、そこを拠点として反撃の指揮を執ったという。今のキリウ大公、ノンナ1世が生まれたのは国土回復を実現してからの事だ。
イライナ側の記録によると、当時のイライナに対しノヴォシアは支援の手を差し伸べたが、何とかしてイライナを帝政時代のように併合しようと色々と策略を張り巡らせたり、圧力をかけていたらしい。それでもイライナが独立を維持した上に国土全土の回復という奇跡を成し遂げたのは、ひとえに西側諸国からの手厚い支援と将兵たちの士気の高さ、そしてリガロフ家の存在が大きいのだそうだ。
屈辱の歴史であると同時に、彼らの誇るべき歴史でもあるのだろう。
少し驚いたのが、そんな竜人に抑圧された時代が半世紀も続いた国だというのに、イライナ人は比較的竜人たちに寛大な点だった。
街中を歩いているのは獣人だけではない。
牛乳の配達に来たのだろう、瓶詰にされた牛乳を満載したトラックを運転する竜人の男性が道を尋ねると、笑顔で道を教えるなり手を振って見送っている姿が見える。
俺たちにしても、道行く人がユリウスやロザリー、クロエに『Привіт(やあ、元気?)』なんて気さくに挨拶していくものだから、いつどこから罵倒や差別発言が飛んでくるかと身構えていたのであろうユリウスは肩透かしを食らったような顔をしていた。
意外だな、という顔をしていると、クラリスを伴って後ろを歩いてくるミカエルが言う。
「みんな折り合いをつけてるのさ」
「え」
「もう戦争は終わり、いつまでも睨み合っていては前に進めない……未来志向なんだ、少なくともイライナ人は」
未来志向……それだけで、こうも寛大になれるものだろうか。
何より自分自身が浮遊大陸で受けた仕打ちを思い出す。「獣人だから」という理由で正当な報酬を支払ってもらえず、配達先の住人から罵倒を浴びせられるなんて当たり前だった。
無論、俺の祖国でも例外ではなかった。「竜人は敵だ」というのは共通認識だったし、孤児院に置いてある絵本も竜人が悪役で獣人が正義、という内容のものばかりだった。そうやって右も左もわからぬ子供の内から摺り込んでいく事で敵愾心を育てていく、というのが戦時中のやり方なのだ。
マチルダ先生はあまりそういうのを好まなかったが、それでも孤児院に置いてあったのは政府からの圧力なのだろう。変に逆らって”竜人の工作員”だの”敗北主義者”とレッテルを張られ孤児院の経営に支障が生じるよりは、という葛藤があった事は想像に難くない。
「まあ、その辺はノンナの奴が上手くやってくれたんだ。よくやるよホントに」
「ご主人様」
「おっと失敬。”ノンナ様”だったな」
この人ホント何なんだろう、と思う。
国家元首を妹分呼ばわりできるって事は、本当は高貴な身分の人なんじゃないだろうか。出身地は南方の港町アレーサだって言ってたけれども……。
「じゃ、俺たちは会合行って来るから」
「あっハイ。お気をつけて」
「そっちこそ。あ、そうだ。イライナに来たなら”ヴォジャノーイ”を食べてみるといい。珍味として有名だぞあれは」
「ヴォジャノーイ?」
聞いた事ないな……なんだそれは。
イライナの特産品か何かなのかな、と首を捻っているとクラリスが説明してくれた。
「イライナからノヴォシア西部にかけて生息している固有種ですわ。カエルのような姿をしていて、足の肉が絶品ですの」
「へぇー」
「わざわざその味を求めに海外からやってくる美食家も多い。値段も庶民が手を出せるレベルだし屋台で売ってるだろうから、まあ見かけたら食ってみろ。後悔はしないよ」
「アザッス」
じゃ、と俺たちに手を振って、ミカエルはクラリスと共に街の中央にある宮殿の方へと歩いていった。キリウ大公『ノンナ1世』の住まう宮殿だ。もちろん一般の身分の国民では敷地内に入る事すら許されない場所の筈……なのだが。
門番と何度か話をした後、ミカエルとクラリスの2人はあっさりと正門を通してもらった。そのまま敷地の中へと消えていく2人を見て、俺とクラルテは顔を見合わせる。
「……あの人ホント何者なんだろう?」
「前々から思ってましたけど、ミカエルさん貴族なんじゃ? それも公爵クラスの」
「そうじゃないと説明がつかないよな」
ちょっとした仕草から人の育ちの良さというのは伝わってくるものだ。パーティーの時の彼女(アレあの人性別どっちだっけ)の食事をする所作は優雅で無駄がなく、見ているだけで気分が良くなるほどのものであったのはよく覚えている。
幼少の頃からそういうマナー教育を受けるような貴族の出身なのだろうか?
「ん?」
クロエがふと足を止め、店の看板を見上げた。
イライナ語で何と書いてあるかは不明(そういや俺イライナ語勉強してないから分からねえわ)だが、看板と一緒に寿司と侍のイラストが添えられていて、辛うじてこの店が寿司屋である事が分かる。
寿司? なんで遠く離れたイライナに?
ここだけじゃなかった。
大通りの向かいにも別の寿司屋がある。
店先にある看板には写真付きでメニューの記載があるが、まあ俺の知ってる寿司とは随分とかけ離れていた。握り寿司よりも巻き寿司が中心で、中にはクリームチーズが乗ったものもある。そしてやたらとプッシュされているサーモン(海外で特にメジャーな食材だからという理由もあるのかもしれない)。
どちらの店もお昼なので客でごった返していた。大通りの向こうの店舗なんか店先まで行列が伸びており、人気店である事が分かる。
「お昼どうしよ」
「お寿司にする? 私初めてなのよねお寿司♪」
「んー……あ、待って。ヴォジャノーイの炙り寿司もあるわ。ここにするか」
「わーい♪」
ロザリーの希望通り、今日のお昼ご飯はお寿司になりました。
天地戦争の前までは、世界中に優れた魔術師の一族が存在していた。
誰も彼もが適正に恵まれ、その血を次の世代の子供たちへと受け継ぐ事で脈々と続いてきた魔術師たちの血筋。しかし忌むべきあの戦争―――天地戦争という1世紀にもわたる世界大戦で、その多くが途絶えた。
今となっては”名門”とまで言われた一族の血筋は、この薄暗い部屋の中に参集した3つの家系の者たちだけである。
北方イライナの英雄、イリヤー直系の一族『リガロフ家』。
極東倭国の重鎮、平安時代から続く一族『速河家』。
西洋の盟主、天地戦争に参戦せず栄誉ある孤立を貫いた『ペンドルトン家』。
円卓を囲み席に着いた当主たち。遅れて席に着いたリガロフ家当主、【ステファン・スピリドノヴィッチ・リガロフ】は、先に着席した速河家とペンドルトン家の当主たちの顔を見るなり口を開いた。
「まずは此度の御三家会合、我が祖国イライナでの開催に当たって遠路遥々御足労願った事について礼を述べさせていただく」
「いえいえ、リガロフ卿。お気になさらずに」
穏やかな口調でそう言ったのは、速河家当主となっている青年【速河信也】。傍らには腰に刀を提げた兄の【速河力也】の姿もある。
魔術の適正に恵まれ”神童”とまで謳われた弟の信也と、魔術の才を持たぬが故に剣術のみに特化し高みへと上り詰めた兄、力也の2人だ。御三家会合では、兄が弟の護衛を担っている。
「ところで”大賢者”の姿が見えませんが……?」
「ああ、それに関してはお気になさらぬよう。そろそろ到着する頃合いでしょう」
ガチャ、と扉が開いた。
銃剣付きの小銃を手にした2名の衛兵たち。彼らが道を譲った向こう側から姿を現したのは、長身のメイドを従えた小柄な体格の少女だった。ハクビシンの獣人なのだろう、白と黒のツートンヘアーが特徴的である。
「これはこれは、”賢者殿”」
沈黙を貫いていたペンドルトン家当主、【エミリア・ペンドルトン】の鋭い声に、しかしミカエルは鷹揚に手を振って応えてみせた。
賢者―――ミカエルはそう呼ばれている。
御三家の当主ですら知り得ぬ知識と、そして習得が難解とされる錬金術を持つ者として。
「申し訳ない。遅れてしまいました」
「いや、協商連合の長としてご多忙な身だ。我らには察するに余りある」
さあどうぞ、と寛大に席を用意するステファン。その言葉に甘えるようにミカエルは着席すると、いよいよ会合の議題を切り出した。
「遅刻した身で申し訳ないが、早速本日の議題に移らせていただく」
手早く資料を各一族の当主たちに配布するクラリス。資料には白黒の、凄惨な写真が添付されていた。
遺体の写真だ。いずれも酷く損壊しており、どれ一つとして五体満足で済んでいるものはない。隣には犠牲になった人間の顔写真も添えられているが、これが本当に遺体と同一人物なのか確証が持てないレベルであり、証明写真としての意義を半ば失っている状態だ。
「凄惨なものを見せて申し訳ないが……3ヵ月前ほどから、世界各地でこのような被害が続出している。狙われているのは魔術師、冒険者……そして、転生者」
私のようなね、と冗談を交えるが、笑みを浮かべる者は誰もいない。
「共通しているのは”被害者がいずれもそれなりに有名な実力者である事”。名を馳せている冒険者や一定の地位にいる魔術師、そしてチートスキル持ちの転生者。国籍、人種、性別問わず、それらの条件に合致する実力者ばかりが狙われている」
「目的は?」
「それが分かれば苦労しませんよ、ペンドルトン卿」
肩をすくめるミカエルにエミリアは鋭い視線を向けるが、しかし飄々としたミカエルにはどこ吹く風だ。そんな怒るなよ、と言わんばかりの視線を投げ返されるなり、エミリアはつまらなさそうに視線を逸らす他なかった。
「まあ、要するに注意喚起です。ここにいるのはいずれもが由緒正しい魔術師の家系。それもあの凄惨極まる天地戦争を生き延び、遥か昔の血筋を現代まで遺す栄えある一族の皆様だ。無論こんな無法者に簡単にやられるとは微塵も思っておりませんが、いつこの弁え知らずの痴れ者が牙を剥くか分かりません。そこは油断なきよう」
「注意喚起、感謝いたします。実は最近我がイライナでも同様の事件が発生しておりまして」
「やはりそうですか、リガロフ卿」
「ええ。我が家の次男坊が調べているのですが、どうも」
厄介ですね、と返す一方で、ミカエルの脳裏にはラウルの顔が浮かんでいた。
転生者全体で見れば、ラウルはまだまだ無名の転生者だ。序列100位入りすらしていない。
しかし最近になって急激に頭角を現した転生者は誰かと問われれば、ミカエルは迷いもなく彼女の名を挙げるだろう。冒険者登録から僅かの期間でBランクまで駆け上がり、想定外のヒドラ討伐まで成し遂げた彼女であれば、”期待の新星”としてマークされていてもおかしくはない。
まさかな、と思う一方で、しかし安心感もあった。
ラウルはあの”ワルハワの魔獣”ことヴォイテク伍長の子飼いである。ヤワな鍛え方はしていないだろう……それはミカエルにも分かる。
だから万が一、ラウルが襲われたとしても―――負けるとは思っていない。
イライナにおける寿司
天地戦争後、主戦場の1つとなったイライナは徹底的に破壊されてしまい、その復興は観測歴38000年現在においても終わっていない。戦災からの復興には多くの海外からの手厚い支援が行われているが、その中でも特に親身になって支援してくれている国家の1つに倭国が存在する。
倭国からの支援と共に数多くの倭国文化がイライナへと流入したが、中でも寿司はイライナ国民に人気を博しており、倭国式のものからイライナで獲れる食材を用いたものへと派生、ローカライズされていった。握り寿司よりも巻き寿司中心、クリームチーズを用いるなどの差異がある。
※現実でもイライナのモデルとなっているウクライナは寿司の消費量が日本に次ぐ『世界2位』の国として知られています。ソ連崩壊を契機に日本文化が流入し、その際に根付いたのだそうです。なおウクライナの寿司は日本スタイルではなく、ご当地の食材を用いてローカライズされたものであるそうです。




