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火種

どうでもいい話

ソーキル級は、諸外国では重巡洋艦ではなく『戦艦』に分類されている。


※国によって様々らしく、戦艦に分類している国もあれば『巡洋戦艦』、『軽戦艦(※巡洋戦艦と定義は同じ)』に分類している国もある。


 ”仕事”を終え、アルカディアへと帰ってきた俺たちが呼び出されたのは、艦の着陸手順を終えて整備を戦闘人形(オートマタ)たちに任せ、報告書を提出して買い出しも済ませ、さあ余った時間でオンラインFPSでもやるかとコントローラーを握った直後だった。


 何だよこんな時間にと呼び出しに抗議しつつも言われたとおりにエンジェルパレスのギルド会議室へと足を運んだ俺たち。そこで待っていたのは、神妙な面持ちのクラリスとミカエル、そしてギルド『トランス・コンチネンタル・エアライナー』のギルドマスター、フレイヤ・ラリーだった。


 その表情から、最悪なニュースが舞い込んできやがったと覚悟を決めたのだが……なんでこういう時に限って予想の遥か斜め上を行くのだろうか。


 正直言って、フレイヤが言った言葉の内容を脳が理解するまで真面目に10秒くらいかかった。同じ言葉を放している筈なのに、聞き慣れた言語だというのに、その内容を脳が理解できない。言葉の意味を理解する事を、脳が拒んでいるかのようだった。


 それほどまでに、彼女らの口から伝えられた内容は衝撃的であった。


「スパーニャで……内戦……?」


「その可能性が高い、という段階だよ」


 フレイヤの訂正も、しかし意味を成さなかった。


 俺の祖国―――スパーニャ。


 真っ先に思い浮かんだのは孤児院にいる弟妹達と、母親同然のマチルダ先生の顔だった。


 生まれたのが戦時中という事もあって、食べるものには苦労した。カビの生えたパンやおがくずを入れて嵩増ししたパン、薄い塩味の屑野菜のスープ。肉なんてものにありつける日は殆どなくて、一日二食、酷い日なんか一日一食だった。


 育ち盛りの子供がそれだけの食事で満足できるはずもない。図書館にあった野草やキノコの図鑑を手に、村の近くにある森に入っては食料採取をしたり、川で魚を釣ったり、時には弟妹達を泣かせた村のイジメっ子をボコボコにしてカツアゲし、その金でパンを買って弟妹達に振舞ったりもした。


 そりゃあ嫌な思い出も相応にあるが、それでも生まれ育った故郷(ふるさと)に変わりはない。


 ―――誰だ、戦争を始めた奴は。


 ぎり、と歯を食いしばった。「ラウル……」と隣にいたロザリーが心配そうに声を震わせるが、それすらも耳には入って来ない。今日ばかりは、彼女の言葉も届かなかった。


 せめて―――せめて弟妹達は、アイツらは戦争とは無縁でいて欲しかった。


 やっと、やっとなのだ。100年もダラダラ続いた忌々しい天地戦争が終わり、やっとアイツらも少しは良い生活ができるようになってきたのだ。仕送りを続けた甲斐もあって一日三食、腹いっぱい食べれるようになったと手紙には書いてあったし、この前なんかみんなでサラミとチーズをたくさん食べたって、嬉しそうな字で書かれた手紙が届いたばかりなのだ。


 失うばかりで何も得るものなど無い戦争。


 やっと、それとは無縁の―――明るい未来に漕ぎ出していこう、というタイミングだったのである。


 一番嫌なタイミングで降りかかってきた災難に、それを引き起こした馬鹿共への憤りを禁じ得ない。


「ラウルさん」


 そっと俺の握り拳を柔らかくて温かい手で包み込みながら、クラルテが言った。


「今は落ち着いて、情報収集をするのが先決です」


「……そうだね」


 ふう、と息を吐いた。


 今はまだ、感情的になっている場合ではない―――クラルテの言う通りだ。とにかく落ち着いて情報を頭に叩き込み、冷静かつ正確に判断し行動する事。それが少なくとも最適解である事に違いはないのだ。


「説明を続けます」


 指先でクイっと眼鏡を持ち上げて、クラリスが説明を継続した。


 床が青い光を発する。会議室の床、巨大なモニターも兼ねたそれが目覚めたように光っていったかと思いきや、世界地図の中からスパーニャ王国をズームアップしていった。


 地中海のすぐそばにある祖国、スパーニャ。その国土が、蒼い領域と紅い領域に塗り分けられていく。


「スパーニャ王国駐在の連絡要員から通達がありました。現在、スパーニャでは王国からの独立を目指す地域の分離主義者、共産主義者、急進的共和主義者による【人民戦線】が結成されています。既に人民戦線は民衆だけでなく一部の官僚や軍内部にも支持の根を広げており、王政転覆を企図した武装蜂起は時間の問題となっています」


「おまけに人民戦線は軍の武器庫をすでに襲撃。更には武器の密輸入も行い、装備を整えていると思われる……少なくとも、浮遊大陸ムララから相当数の武器の横流しの形跡が確認された」


 ミカエルがそう言うと、木箱から古めかしいボルトアクションライフルを取り出す兵士の姿がズームアップされた。製造番号やメーカーの刻印はヤスリでしっかり削り取られており、個体の判別こそできなくなっているものの、すらりとした銃口と特徴的な折り畳み式のスパイク型銃剣は、紛れもなくそれが竜人製のボルトアクションライフルである事を雄弁に物語っている。


「既に末端の構成員と警察や憲兵との小競り合いもいくつか確認されており、もはや国家権力での摘発及び鎮静化は不可能となりつつあります」


「そこで先ほど、協商連合の幹部全員を招集した緊急会合が開かれたわけだ」


 覚えがあるよな、とこっちを見るミカエル。


 そういや気流結節点突入前、ヴォイテクが急に自室に引っ込んだかと思うと副長のチャンさんが代わって指揮を執るという珍しい光景に遭遇したばかりだ。


 明日は雨かな、なーんて思ってたが、このままじゃ俺の祖国に血の雨が降る事になりそうだ。


 フレイヤ、と発言を促すミカエル。フレイヤは首を縦に振ると、腰に手を当てながら話を引き継いだ。


「会議の結果、協商連合手動でのレギオン構成員及びその関係者、それから避難を希望する者に対する保護計画が決議された……これは既にスパーニャ王国政府に通達、合意を得ているよ」


 スパーニャの地図の一角、俺の故郷のあるバレーシャがズームアップされていく。


「王国政府との協議の結果、大規模な港湾があるバレーシャを中立地帯に設定する事になった。非常時はここから避難民をアルカディアまで移送する計画になってるけど……」


 ふう、と困ったように息を吐くフレイヤ。


「……まあ、共産主義者(アカ)が約束なんて守るわけ無いよね」


「攻撃の予兆があると?」


「バレーシャが狙われるかどうかは不明だけど……最悪な事に、人民戦線の連中は既に救(・)急(・)車(・)や(・)医(・)療(・)設(・)備(・)を(・)準(・)備(・)してるんだよねぇ」


 ―――正直に言おう。


 例えば戦車だとか戦艦だとか、そんな兵器を前線に持ってきて威圧するのはまだ可愛い方だ。ただの恫喝だけで終わる公算も大きいし見栄えがするから、単なる政治的メッセージの範疇で済む場合もある。


 が、医療関係の設備を用意し始めた時は別である。


 救急車とか治療用の輸血用血液だとか、そういった設備の拡充及び前線への移動が確認されればそれはもう本当に、戦争を始めるつもりがあるという事である。兵(・)士(・)の(・)損(・)失(・)を(・)見(・)込(・)ん(・)で(・)の(・)準(・)備(・)な(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。


 鳩尾の辺りにスーッと、冷たいものが滑り込んでくる感覚を覚えた。


「バレーシャが攻撃を受けた場合に限り、自衛行動をとることが認められている。無論、こっちから仕掛けるのは完全にアウトだよ」


「申し訳ないが、今はインフェルノの残党狩りに艦隊を派遣しまくっててね。今すぐ動けるのがフレイヤのトランス・コンチネンタル・エアライナーとくまさんハウスくらいなんだ。厳しい状況だとは思うが……」


「……ミカエル」


「なんだい」


 射抜くつもりで、ミカエルを見た。


「見(・)て(・)る(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)、視(・)え(・)て(・)る(・)ん(・)だ(・)ろ(・)う(・)?」


「何の事かな?」


「……バレーシャは、俺の弟妹達はどうなる?」


「それを君に伝えて、何か変わるのかい?」


 一発ぶん殴ってやろうか、と思ったけどやめた。


 分かっている。ここで感情的になっても何も良い事なんてないし、確かに未来を知ったところでどうなるというのか。今までのミカエルの言動を見るに、アイツの見た未来というのは変わらないのだろう。


 それに未来を知ったうえで俺たちをそんな鉄火場に放り出すという事は……そうだ、コイツの性格を考えれば有り得ない事だ。最悪な結果が待ち受けているのだとしたらそもそも俺たちを差し向けず、自分で裏から手を回している筈である。


 都合の良い解釈になってしまうが、とにかくそういう事だ。そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)に(・)し(・)た(・)。


 じゃないと、まともにやってられない。


 




「君たちの任務は1つ―――スパーニャに急行し、中立地帯となったバレーシャを防衛しつつ人民戦線側の動きを監視する事だ」


















 荷物を自室に置いてから、艦橋へと続くタラップを駆け上がった。予定時間よりも早く持ち場に到着するなり、計器類をチェックして出向前の最終チェックを行う。


 ちょうど今、隣のドックに停泊していたコサートカ級殲滅型空中巡洋戦艦『カリマール』が抜錨したところだった。危険な空域へと出張っていくのだろう、他のコマール級駆逐艦3隻を従えて、空中タンカー5隻に寄り添うようにして気流結節点へと消えていった。


 スマホを開き、インターネットのニュースを漁る。


 スパーニャのキーワードに絞って検索するが、どれも同じだった。人民戦線が不穏な動きをしている、というくらいで、相変わらず何の役に立つのかも分からないコメンテーターが頓珍漢なコメントを残している。


「ラウル、気持ちは分かるが落ち着けよ」


 隣の席で艦のステータスをチェックしていたソコロフが、軍用食の高カロリービスケットを加えながらぶっきらぼうに言った。


「あんまり肩に力入ってると足元抄われんぞ」


「……分かってるよ」


 ふう、と息を吐いて肩の力を抜くと、ヴォイテクがやってきた。どっかりと艦長席に腰を下ろし、艦内電話で「艦長より達する」と艦全体に通達する。


「これより本艦はスパーニャに向け緊急出撃する。トランス・コンチネンタル・エアライナーの艦隊との共同作戦になる。最悪の場合は人民戦線側との交戦も想定されるだろう……だが、我々の背後にあるのは何の罪もない民間人の命である事を忘れるな」


 そこで言葉を切り、短い沈黙を更なる言葉で打ち破る。


「せっかく戦争を生き延びた命なんだ―――下らんイデオロギーなんぞで死なせるな!」


 そうだ、死なせてたまるか。


 1人でも多く助けるのだ。孤児院の弟妹たちや先生だけじゃない―――祖国の人たちを、1人でも多く!


「艦長、アルカディア航空管制局より出航許可!」


「抜錨! ソーキル発進!」


 レバーを引いた。


 艦の胴体を左右から挟み込んでいたアームが解放。がごん、と重々しい音を立てながら稼働していくアームたちに取り残される格好で、ソーキルがその場に浮遊し続ける。


《こちら機関室。重力変調システム出力安定中。電力供給、対消滅機関との回線確立!》


「両舷、前進微速!」


「両舷前進微速、ヨーソロー!」


 音も無く、滑るようにソーキルの船体が前へと進んでいった。ゆっくりと、じわじわと。


 重力変調によるものだ。重力変調システムにより艦の周囲の空間の重力ベクトルを偏向させ、艦を艦首方向へと「自由落下」させるよう調整する事で、今のソーキルは推力を得ているのである。


 エンジェルパレス近辺の軍港から飛び立ったソーキル。頭上には大陸内の気圧や酸素、気候を地上と同じ状態に保つための特殊な光の輪が、太陽の光を受けて蒼く輝いている。


 眼下に広がるのはアルカディアの首都、『アルテリア』とその副首都『クラニアム』の街並み。21世紀の地球とそう変わらない、先進国の首都みたいな繁栄の坩堝の中、様々な国や地域から爪弾きにされてきた人々が身を寄せ合い、ひしめき合いながら暮らしている。


 さながら揺り籠(クレイドル)だ。


 戦乱という喧騒をシャットアウトして、子供をただ母の温もりの中で育てるための揺り籠。


 平和が、ごくありふれた平穏が、いったいどれだけ幸せな事なのか。


 太平洋戦争の終戦から戦争とは無縁だった日本人は、往々にしてそれを見失いがちである。


「大陸外縁部に到達」


「メインエンジン始動!」


「メインエンジン始動、10秒前。9、8、7、6、5、4、3、2、1……メインエンジン始動!」


 重々しい回転音が、床を伝って艦橋にまで聴こえてきたような気がした。


 艦尾にある大口径の二重反転プロペラ。この艦を世界最速の猛禽(ハヤブサ)たらしめているそれが目を覚まし、艦を一気に加速させ始めた。


 やがて、ソーキルの舳先が気流結節点をぶち抜く。


 アルカディアの周囲を囲む気流結節点―――積乱雲と、複数の気流が織り成す天然の防壁。それをスイング・バイにするかのように、遠心力を利用して加速したソーキル。稲光の煌めく雲の中を突き抜けて、純白の雲海へと派手に浮上する。


 既にフレイヤ率いるトランス・コンチネンタル・エアライナーの空中艦隊―――空母打撃軍が、輪形陣を組んで飛んでいた。


 豪華客船にして巨大空母、フライング・アルビオン号を筆頭に、空中空母『トライアンフ』、空中戦艦『インペリアル』、空中巡洋艦『バーミンガム』、『エンフィールド』、『コンヴェトリー』を中心とした空中艦隊。その周囲を合計12隻の空中駆逐艦たちががっちりと固めている。


 その輪形陣に合流するように、ソーキルも高度を落としていった。


 何も無ければいい、という幻想はここで捨てるべきなのだろう。


 けれども祈らずにはいられなかった―――『何も無ければいい』、と。








全長

・235m


全幅

・68m(安定翼含む)


全高

・73m


重量

・20700t


乗員数

・10名(有人仕様のみ。6番艦以降は無人艦)



主機

・フリスチェンコ式高出力型対消滅機関×5(直列接続)




武装

・60口径28㎝三連装砲×4(前部及び後部甲板に2基ずつ背負い式に装備)

・艦首対艦ロケット発射管×8

・艦尾対艦ロケット発射管×4

・隠顕式76㎜速射砲×8

・隠顕式35㎜チェーンガン(船体各所)

・隠顕式20㎜機関砲(船体各所)

・小型ズメイ砲×1(艦首格納型)

・艦首突撃破砕プラズマ衝角『ズメイファング』

・その他ペイロードが許す限り爆装可能




同型艦

・コサートカ(一番艦。イライナ語で”シャチ”の意)

・アクーラ(二番艦。イライナ語で”サメ”の意)

・デリフィーン(三番艦。イライナ語で”イルカ”の意)

・キト(四番艦。イライナ語で”クジラ”の意)

※これ以降も続々増産中。計画では300隻建造予定



 協商連合が建造した空中巡洋戦艦。ソーキル級とチェルノボーグ級の中間を埋めるワークホースとして量産が始まっている。

 外見からもわかる通り、ソーキル級強襲型空中巡洋艦を設計のベースとしており、艦載機運用能力やドローン運用能力をオミット。船体を拡幅し、主砲を28cm三連装砲×4基に改めた純然たる砲戦特化型戦艦。元々ソーキル級はブロック式構造を用いており、モジュールの追加、あるいは削減で別の艦へと化ける汎用性を持っていた。本艦は砲戦用のモジュールを接続し砲撃に特化したバリエーションと言えなくもないだろう。


 計画では250隻の建造が予定されていたが、最終的に300隻に上方修正された。これは最初に少なく見積もった数字で法案を議会通過させる事で反対派を油断させ、後から上方修正をかけるというミカエルの作戦であったという。


 その火力とソーキル譲りの足の速さ、通信能力などの性能から、小規模艦隊の旗艦から艦隊主力まで幅広い活躍が期待されている。

 なお、有人型は5番艦までであり、6番艦以降は無人型である。


 艦名はイライナ語で【シャチ】を意味しており、スラヴァ語圏での魚の名前を命名規則としている。


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― 新着の感想 ―
今のソーキルを見れば大多数のこの世界の人は「戦艦」と呼ぶでしょうね…協商連合の分類では重巡洋艦ですが、それこそいずも、かがを「護衛艦」と呼ぶのに近いんでしょうか。 参りましたね。こっちの世界でもスペ…
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