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詭弁の仮面


「やあ、お待ちしていましたよミス・パヴリチェンコ」


 レギオン代表専用艦『ラ・ピュセル』が国際空港に降り立つなり、タラップを降りてアメリア合衆国の地面を踏んだミカエルを出迎えたのは儀仗兵たちと、このアメリア合衆国の大統領だった。


「お久しぶりです、ルーズベルト大統領。お身体の調子はいかがですかな?」


「おかげさまでこの通り、健康です」


「それは良かった」


 ふふふ、と笑みを浮かべるアメリア合衆国大統領『セオドア・ルーズベルト』に、ミカエルも愛想笑いで応じる。


 以前、彼のマラリアを治療してからというもの、協商連合とアメリア合衆国の間にはそれなりの規模のパイプが構築されつつある。その一方で先住民たちとの付き合いもあり、希望者を協商連合の浮遊大陸に移住させるなどの保護活動も精力的に行ってきた。


 最近では、アメリアのニューヨークとワシントンにそれぞれ協商連合の連絡事務所を設置する方向で、アメリア政府とは調整が進んでいる。


 さあどうぞ、と専用のリムジンへと案内される。後部座席へと乗り込むなり、防弾仕様と思われる要人専用のリムジンは重々しく荒々しい、アメリアらしいエンジン音を響かせながらゆっくりと走り出した。


 空港を離れるまでも無く、見えてくるのはニューヨークの摩天楼。


 かつて人類は、驕りの果てにバベルの塔を建設し、神の怒りに触れた。


 幼少の頃、母が語り聞かせてくれた西洋の伝承。それに出てきたバベルの塔を彷彿とさせるビルが幾重にも聳え立つニューヨークの街並みは、いつ見ても壮観だ。まるでバベルの塔を何本も建設したかのような威容で、繁栄の象徴と言えば確かにそうなのだろう。


 事実、アメリア合衆国が天地戦争に参戦したのは終盤に差し掛かってからの事だ。転機となったイライナ国土回復作戦において、アメリアからの義勇軍が後方の警備を担当した事でイライナ軍は余剰戦力を前線につぎ込む事が出来、国土回復に至ったとされている。


 参戦した時期が獣人側の反転攻勢が始まった時期であった事もあり、アメリアは参戦国でありながら本土を攻撃される事も無く、竜人たちの攻撃が本土に及ぶ事なく終戦を迎えた。だからこうした繁栄の象徴も、そして先住民たちを追い出して手に入れた土地も100年前から無傷で残っている。


 一族の誇りと祖先から受け継いだ大地を諦め、ミカエルの手を取ってアルカディアへと移住してきた先住民たち。彼らをいつか、本当の故郷(ふるさと)に帰してあげたい―――つくづくミカエルはそう思う。


 ニューヨークの喧騒が少しばかり遠ざかったところに、国連本部はある。


 本部ビル正面にずらりと並ぶ、加盟している国家群の国旗。天地戦争に参戦した国家の旗もあれば、参戦せず中立を貫いた国の国旗もある。立場の違いこそあれど、加盟している国家の願いはただ一つだ。


 もう二度と、あんな戦争はしたくない。


 政治家たちは天地戦争を地獄であったと、あるいは武勇伝のように勇ましく語る者とに二分される。そしてあの100年続いた戦争の勝者がどちらなのか、という議論も未だに絶えない。


 しかしあんな戦争を繰り返したくない、というのが両者の本音である事に相違はないだろう。


 戦争とは、実に恐ろしいものだ。


 一日で何億という金が吹き飛ぶ。丹精込めて製造した兵器が、資源が、毎日毎時間毎分毎秒、凄まじい勢いで浪費されていく。手塩にかけて育てた兵士が、どこかの家庭の主人が、誰かの恋人が、どこかの老夫婦の息子が。1人1人に等身大のバックストーリーを持つ人間が、毎日のように万単位で死んでいく。


 それだけの犠牲を払うという愚行を、人類は100年も続けた。


 当初は明確に存在していた敵陣営に対する怒りや憎悪も、しかしその間にある程度は生活の一部となっていったのだろう。


 停滞する食糧配給、ラジオから聴こえてくる戦局報道。街中に貼り付けられた戦意高揚のスローガンや志願兵募集のポスター。父親が居ないのが当たり前の家庭。学校で刷り込まれる敵国への憎悪と思想教育。お腹を空かせた子供たち。増えるばかりの墓標。


 そんなものが日常であってたまるものか。


 そんなものを”当たり前”にしてなるものか。


 それだけの犠牲を強いて、それだけの負担を強いて、それだけ一切合切奪っておいて、得られるものはいったい何だというのか。


 敵対種族や国家を屈服させる優越感だろうか。領土だろうか、賠償金だろうか。それとも何かの利権だろうか?


 ―――くだらない。


 そんな鼻糞のような価値のもののために、多くの資源を、資金を、人命を浪費したというのか。誰もその異常さに気付けなかったのか。止められなかったのか。


 人類の歴史は戦いの歴史―――その事実を直視する度に、ミカエルは人間が嫌いになりそうになる。


 だが、今日は違う。


 これ以上、血で血を洗うような歴史を繰り返さないためにここへとやってきたのだ。


 殺戮の歴史を止めるために。


 それでいて、人類に自(・)由(・)と(・)い(・)う(・)余(・)地(・)を(・)残(・)す(・)事(・)が(・)許(・)さ(・)れ(・)る(・)か(・)否(・)か(・)を見極めるために。


 ミカエルたちを乗せた車が、国連本部前でゆっくりと停車した。運転手が後部座席のドアを開けて降りるように促してくる。


 彼に礼を述べながら車を降り、クラリスと共に歩いた。


 護衛はクラリスとシェリルの2人に加え、スーツ姿の戦闘人形(オートマタ)が2名。いずれも武装はグロック26程度で、クラリスが手にMP5Kを仕込んだスーツケース型SMG『コッファー』を装備している程度。ミカエルに至っては丸腰だ。拳銃の1つ、ナイフの1本すら持っていない。


 だが、それでよかった。


 ミカエルにとっては主な戦場は政治の場だ。銃ではなく、言葉こそが彼女の武器である。


 軍隊が国家の暴力装置なのであれば、政治家はその暴力装置を使う事が無いよう適切に舵を切るのが仕事である。


 だからこそ、ミカエルは言葉で戦うのだ。


 人民を、せっかく安住の地へと根を下ろした難民たちを、二度と辛い目に遭わせないように。


 何か本部からの連絡でも受信したのだろう、スーツ姿にサングラスという格好の戦闘人形(オートマタ)の1人が、同じく男性用のスーツに身を包み男装の麗人といった感じになっているシェリルにそっと耳打ちする。


 彼女の目がちょっと細くなった、という妻の変化を悟るまでもなく、ミカエルは”知って”いた。


 今日、ここで受ける報告の内容を。


「……直にお耳に」


「はっ」


「いや、いい」


 分かっているよ、と笑みを浮かべながらミカエルは鷹揚に応じた。


 総てはこれから起こる事―――まさにその通りだった。


 浮遊大陸ブリタニアにおける、インフェルノの計画の失敗。


 エリス・シンシア・ペンドルトンの魔力を意図的に暴走させる事でブリタニア首都ロンディニウムを壊滅させ、それを『獣人の仕業である』と喧伝する事による地上と浮遊大陸の対立の誘発。もしそれが叶わぬ場合は、更なる暴走を促し次元裂傷すら発生させて、全てを消し去るつもりだったのだろう。


 しかし、その計画が挫けた。


 協商連合と、ブリタニア側の尽力によって。


 そして―――ラウル。


(やっぱり使ったねぇ、ラウル?)


 あれだけ使うなと念を押したのに。

 

 それでもラウルは、あの力を使った。


 本来、Eランク相当の適性しか持ち得ぬ彼女の肉体―――そのリミッターを外し、強引に適性を跳ね上げる【術式開放】を。


 それは古の大魔術師、メルダースの嘘を暴く秘術。


 ミカエルが観測したどのパラレルワールドでも、ラウルはなかなか言う事を聞いてくれなかった。観測済みの994パターンのうち、術式開放を使わなかったのは3つのパターンのみ。そのいずれもがエリスの救出に失敗し、中には世界全土が次元裂傷に呑まれて消え去るという最悪の結末を記録したものすらある。


 しかしラウルはいつもそうだ―――ミカエルがテコ入れをした事もあるが、常に最善の結果を引き当ててくれる。


 彼女こそがカギになるのだと、ミカエルはそう信じていた。


 
















 国連本部、中央議場。


 壇上には大きく、輪で囲まれた複数の星のエンブレムが描かれている。あれは国連の加盟した国の数を表していて、円は『団結』を意味しているのだという。もう二度と天地戦争という愚行を繰り返さぬよう発足した国連―――しかしやがてはその崇高な理念すらも、一部の力を持った国の思惑の前に形骸化するのだろうなと思うと、ミカエルは何処までも虚しい気持ちになった。


 天井から降り注ぐ白い照明が、円形に配置された各国代表の席を照らしている。


 浮遊大陸に居を構える竜人諸国の代表団。そして地上を拠点とする獣人諸国の代表団。天地戦争で領土を失った小国の代表も居れば、戦後復興の途上にある国々の代表団。


 かつて敵同士として、実に1世紀もの間殺し合った国々の代表たち。


 その視線を一身に浴びてもなお、ミカエル・パヴリチェンコは動じない。


「それでは、協商連合代表ミカエル・パヴリチェンコ氏に発言を許可します」


 木槌を打ち鳴らすなり、議長がそう告げ発言を促す。


 代表団からの拍手は疎らだった。懇意にしているジョンファや倭国、イライナ、それから大きな貸しを作ったドルツといった友好国からは拍手を受ける一方で、仮想敵国としているノヴォシアを始めとした権威主義国家群からは拍手すらない。


 協商連合が保有する艦隊の規模は、既に各国の軍事関係者に知れ渡っている。戦後、各国がその戦時中の大戦力を持て余して軍縮に舵を切る中、逆行するかのように軍備増強に邁進する協商連合は不気味で、しかし経済的には安定した謎の存在と目されていた。


 そもそも、”国家”ですらない経済圏の代表がこの国連の場に呼ばれる事こそが異例中の異例である。


 そんなレギオンの代表者が、今から何を語るのか。


 警戒するような視線を浴びながらも、しかしミカエルは演台へ悠然と歩み寄った。黒を基調に黄金のアクセントの入った礼装に身を包み、背筋を伸ばす。


 議場に並ぶ様々な種族、人種、性別の人々を一望するなり、穏やかな笑みを浮かべた。


 小さく柔らかそうな唇が、静かに言葉を紡ぐ。


「議長閣下、各国代表の皆様。まずは本日この私めに、このような場で発言する機会を与えて頂き、感謝を申し上げます」


 まるで女性の声優が演じる少年のような、しかしよく通る声だった。


「本日、私が皆様にお伝えしたい事は3つございます」


 指を一本立て、言葉を続ける。


「一つ目は、現在世界各地で暗躍しているテロ組織【インフェルノ】について」


 続けて指をもう一本。


「二つ目は、彼らが現在に至るまでに行ってきた犯罪、扇動工作、偽旗作戦について」


 そして、三本目。


「三つ目は―――100年前、我々の世界を1世紀にも渡る戦争に引きずり込んだ、あの天地戦争(忌むべき戦乱)についてです」


 天地戦争、という名前を出した途端に場の空気が変わった。


 無理もない―――今からつい8年前まで、この世界は惑星規模の世界大戦の只中にあったのだから。


 しかしもう、戦争は終わった。条約も締結され、国境線も定められた。


 けれども―――専横が終わっても、奪われた家族や故郷、命は決して戻ってはこない。


 分かっている―――ミカエル自身も、実の父親を天地戦争で失っているのだから。


 彼らの困惑に寄り添うように、ミカエルは一度言葉を切ってから沈黙を待ち、再び話を始めた。


「まずは、インフェルノについてご説明いたしましょう」


 クラリス、と名を呼ぶまでも無く、後ろに控えていたクラリスがスマホを操作した。彼女のスマホの画面から青い光が溢れたかと思うと、瞬く間に空中に巨大な立体映像が投影され始める。


 最初はスマホという珍しい機械に興味を向けていた代表団も、しかし投影された映像に息を呑んだ。


 映像に映し出されていたのは、インフェルノの構成員や関係者とされる人物たちの写真。それ以外にも資金の流れを示す図、そして世界各地で発生した事件の記録までが事細かに記されていた。


 カフリアでの内戦、倭国での浮遊島落とし未遂、そしてつい先ほど終息した浮遊大陸ブリタニア首都ロンディニウムでの異常寒冷化事件。


 それだけではない。世界各国で確認された軍事施設、民間施設への襲撃。


 要人の拉致、破壊工作、違法な資金供与及び武器の密売。


 議場のあちこちで、ざわめきが広がった。


「これらの資料は、我々が独自に収集した情報と、複数の関係機関による調査結果を照合したものです」


 中には未公開のものもあった。誰もが知り得ぬ情報もあった。演説開始から1分未満、開始早々に始まった怒涛の津波の如き情報開示に各国代表団が翻弄される中、しかしミカエルは発言を緩めない。


 むしろ、この混乱を好機とばかりに畳みかけていった。


「もちろん、ここに示したすべての事件について、個々の関係者の責任を同一視するつもりはありません。しかしこのインフェルノという組織が、世界各地で組織的な破壊活動を続けている事は、もはや否定する事は出来ない。早々に手を打たねばなりませんが―――私がお伝えしたいのは、それだけではありません」


 ミカエルの口調は、まるで機械のように淡々としていた。


 怒りも憎しみも、人間にあるべき感情が全て欠落しているかのような、あるいはミカエルという個人を精巧に模したロボットが放しているような、そんな錯覚すら覚える。


 淡々と列挙されていく事実。情報の濁流。


 しかしそんな事など、ミカエルには関係なかった。


 まだ序の口に過ぎないのだから。


「そして皆様―――ここからが本番です」


 スマホから投影される映像が切り替わる。


 それは世界地図だった―――1(・)0(・)0(・)年(・)前(・)の(・)。


 天地戦争開戦前の国境線と、当時の各国の支配地域や勢力図が表示される。


「我々は、あの忌むべき戦争がなぜ始まったのか……研究が進んだ現代でも未だ真相を知りえていません。ご存じの通り、竜人側には『獣人側が浮遊大陸のコアに細工をした』という主張が、獣人側には『竜人たちが先に大陸を落下させた』という主張がある。どちらの陣営にも、自らの正当性を裏付ける資料が残っています」


 そこまで言葉を続け、ミカエルは小さく息を吐いた。


「しかし皆様―――本(・)当(・)に(・)、そ(・)れ(・)が(・)全(・)て(・)だ(・)と(・)お(・)思(・)い(・)か(・)?」


 しんと静まり返る議場。


 他の言葉が一掃されたが故に、ミカエルの言葉はより広く、より確実に届いていく。


「我々は、天地戦争以前のある”秘密結社”に関する資料を入手しました。その組織は、獣人と竜人の双方に接触し、互いへの不信と憎悪を煽り、分断を招き政治的対立を激化させていた疑いがあります」


 映像が切り替わり、旧い文書を撮影したものと思われる映像が流れ始めた。


 書簡に帳簿、複数の人物の名前を結び付けた相関図。


 その中央に、ひとつの名将が浮かび上がる。


 『政治結社インフェルノ』―――現在、レギオンとして活動するインフェルノの前身となった組織。


 議場の一角、代表団の誰かが息を呑んだのが聴こえた。


「我々が確認した資料によれば、この秘密結社は当時の両陣営に色々と働きかけ、対立を解消するための双方の交渉を妨害、偽情報を流して、あるいは偽旗作戦を実施し分断を煽り、戦争がもはや避けられない状況を作り出していた可能性が高いのです」


 ミカエルは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。


「そして、その組織の思想と人脈は、現在の違法レギオン『インフェルノ』へと引き継がれている。少なくとも、我々が収集した資料は、その疑いを強く示しています」


 それは、議場にいる誰もが簡単には受け入れられない主張でもあった。


 100年続いた天地戦争の原因が、両陣営の対立だけではなかったとしたら。


 そうなるよう、当時の世論を誘導した存在がいたのだとしたら。


 自分たちの祖先が、命を懸けて戦った理由の一部が、第三者によって意図的に造らされたものであったのだとしたら。


 1世紀も続き、多くの人命が失われた天地戦争―――その責任は、いったいどこにあるのか。


 こんな茶番で始まった戦争の犠牲者の死に、いったいどんな意味があるというのか。


 ミカエルは、答えを提示しない。


 ただ、沈黙が広がるのを待った。


「……私は、ここで皆様に一つだけ申し上げたい」


 演台に手を置き、顔を上げる。


 先ほどまでの機械的な表情からは打って変わって、その銀色の瞳には燃え盛るかのような熱があった。人間の行動を模倣したAIやロボットには決してできない、感情で揺らぐ人間しか持ちえない輝きがあった。


「仮に、天地戦争が何者かによって煽られた者であったとしても、我々が経験した苦痛が偽物になるわけでも、直ちに消えるわけでもありません。失われた命は、破壊された故郷は、戦争によって引き裂かれた家族は……皆様が抱く苦しみは、全て現実です」


 甘い夢など、どこにもない。


 そう言外に告げるミカエルの言葉には、確かな重みがあった。


 家族を失う経験をし、それでも屈せずに歩み続け、数多くの難民と仲間たちの命を背負う指導者としての重みがあった。


「だからこそ、我々は同じ過ちを繰り返してはならんのです。あの戦争で死んでいった哀れな死者たち、彼らの犠牲が意味のあるものであったと後世に語り継ぐために。彼らの死を教訓とし、より良い未来を子供たちに遺すために」


 顔を上げ、議場を一望した。


「インフェルノは、過去の憎悪を利用し、現在の対立を煽り、再び天地戦争を再戦させんと準備しています。彼らが本当に望んでいるものが何なのか、私には分からない。しかし、彼らの活動が続く限り、この世界に平和が訪れる事がないというのは確かです」


 議場の代表者たちは、投影装置と演台を交互に見ていた。


「考えてみてください。100年前、我々はお互いを敵とみなし、1世紀もの間戦い続けました。戦争が終わった今も、我々は相手の言葉を疑い、行動を起こす度に警戒し、再び武器を手に取る可能性に備えています」


 竜人の代表団に、そして獣人たちの代表団に交互に視線を向けた。


「もし、その憎悪を誰かが意図的に煽り立て、利用しているのだとすれば……我々が互いを憎しみ合う事こそ、彼らの思う壺でしょう。いずれにせよ、我々はインフェルノを打倒しなければならない。これは対テロ戦争を口実に新たな戦争を準備するためではなく―――我々の後に続く子供たちに、孫たちに、そして遥か未来を生きる子孫たちのために、繁栄に満ちたこの第27文明を遺すための措置であります」


 言葉を強め、ミカエルは演台から一歩、身を乗り出した。


 場の空気は完全にミカエルに支配されている―――まるで劇場を支配する名優のように。その姿は、その言葉は、その細かな仕草は、見る者の頭にスッと入り込み、脳裏に焼き付いていった。


「我々協商連合は、だからこそ各国に呼びかけます。インフェルノに関する情報を共有してください。彼らの資金源を調査し、組織の実態を明らかにしてください。国境を越えた捜査と必要な軍事的協力について協議してください。そして、彼らが各国の対立を利用している可能性を決して忘れないでいただきたい」


 彼女は一瞬、言葉を止めた。


「……我々は、全ての問題について意見を一致させる必要はありません。政治体制も、文化も、歴史認識も異なるでしょう。それでいい、それでいいのです。皆様の慣れ親しんだ文化、ありのままを続けてくれればそれでよい。しかし、少なくとも一つだけ―――共通の目的を持つ事は出来る筈だ」


 ミカエルの表情から、にわかに浮かんでいた笑みが消えた。





「次の天地戦争を、起こさせない事です」





 議場の沈黙は、続いていた。


 当然である―――怒涛の勢いで流し込まれる情報量、淡々と突きつけられる事実、そしてミカエルの話術で刷り込まれていく新しい認識。


 そのための情報処理に、数秒の時間が費やされる。


 それが落ち着いてからだった―――どこかの代表団から拍手が起こったのは。


 それに遅れ、別の代表団からも拍手が巻き起こる。


 拍手は段々と伝染していき、議場全体へと伝播していく。


 無論、全員が賛同したわけではなかった。腕を組んだまま動かない代表もいた。資料を凝視し、側近を小声で話し合う者もいた。


 やはり、反応は予想通り―――しかしそれでよかった。


 ミカエルの目的はインフェルノを『世界の敵』に仕立て上げる事。だからそのために、こうして国連へオブザーバー参加したのを良い事に発言の機会をもらい、そこで全てをぶちまけたのだ。


 真実も―――そして、嘘も。


 インフェルノが天地戦争を扇動したというのは、デマだ。


 クラリスのスマホに投影されていたあの映像や画像も、AI『ルシフェル』が生成した超高精度のフェイク画像にすぎない。


 だがしかし、これで世界各国の認識は変わった筈だ。


 インフェルノこそが、この世界から消え去るべき敵であると。






「さて、皆様。本日はもう一つ重大な情報を開示するべく用意して参ったわけなのですが」






 まだ、話は終わっていない。


 ミカエルのために割り当てられた時間は、あと23分ある。


 本題はむしろここからだ―――協商連合が、国際社会で大きな発言力を持つための次なる一手。インフェルノなど所詮は些事、歴史に残らぬ弱者の児戯に過ぎない。


 再びざわめく議場を一望して、ミカエルは言葉を紡いだ。


 誰もが無関係ではいられない、喪われた歴史の真実を。



















「観測歴1年以前―――失われた9万年の歴史と、この世界の人類のルーツについてすべてお話ししましょう」







※次回、情報量注意

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― 新着の感想 ―
インフェルノ、滅亡したのを良いことにミカエル君により百年戦争の首謀者とされる…まあ戦争再開を企図した連中ですし、あながち間違ってないんでしょうか。そしてさらっと観測歴以前の失われた9万年とかとんでもね…
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