”神殺しの狼”
『いいかい、兵士になんかならなくていい。学校に行って、たくさん勉強して、友達と遊んで、ご飯を食べて、立派な大人になりなさい。そして幸せな人生を送りなさい』
ミカエル・パヴリチェンコ、『兵士になりたい』と言った子供に対して発言
ソーキルの吶喊を合図に、周囲の無人艦隊やイルゼ艦隊、モニカ艦隊、リーファ艦隊も一斉に突撃を開始した。
一部の艦が突撃に先立ってズメイ砲を一斉発射。ロンディニウム上空を通過するコースで射撃を行い、歳上空の局所的死熱化を緩和。艦隊が行動不能とならないよう環境を整える。
レーダーに感、というクラルテの報告を聞き、ヴォイテクは目つきをより一層鋭くした。
(来やがったな)
自分たちの主が次元裂傷の向こう側に吸い込まれてしまったというのに、それでもなお律儀に外敵を排除しようと舳先を向けてくる円錐状の氷の塊。30や50ではない、クラルテからの報告を聞くまでもなく3ケタに迫る数は展開しているであろう事は火を見るよりも明らかであった。
「短期決戦で行くぞ。艦首対艦ロケット、1番から6番発射用意!」
ごうん、と艦首の衝角付け根付近にある6門の553㎜対艦ロケット発射管が解放された。発射管内部、ロケット弾の擦れた痕と、ロケットの噴射炎で変色した壁面が、ソーキルが歴戦の艦である事を雄弁に物語る。
「撃て!」
「斉射」
ラウルの代わりに彼女の席に座る戦闘人形の乗員が、無機質な声でロケットの発射を命じる。
ソーキルのロケット斉射を合図に、後続の無人型ソーキル級やスラヴァ級戦艦、チェルノボーグ級戦艦、コマール級駆逐艦たちが一斉に対艦ロケットを発射し始める。
敵艦隊もそれに遅れる形で氷のロケットを斉射。瞬く間にレーダーの画面が自軍のロケットと敵のロケットを意味する表示に埋め尽くされる。
白煙を吐き出しながら飛んでいく無数のロケット弾たち。敵の放った氷のロケットと交差した瞬間、ブリザードの吹き荒ぶロンディニウムの空の中に無数の炎の華が咲き乱れた。
その中へ、まるで誘蛾灯へ飛んでいく虫たちのように協商連合艦隊は一直線に突っ込んでいった。脇目を振る必要も、搦め手ももはや必要ない。やるべき事はただ一つ、1隻でも多くあの防衛線を突破しズメイ砲の射程圏内へと標的を収め、次元裂傷にフルパワーのズメイ砲を叩き込む事だ。もうなりふり構っていられない。
「敵のロケットが来ます! 本艦直撃コース!」
「回避します!」
「いや、進路そのまま!」
え、と驚きながら艦長席を振り向くソコロフ。
回避しないのか、と言わんばかりの顔の彼に、ヴォイテクは覚悟の決まった声を投げつける。
「最大戦速、現進路を維持!」
「しかし!」
「骨の一本くらいくれてやれ!!」
総員衝撃に備え、と声を張り上げた直後だった。
ドン、と船体後部右舷、艦尾上部の格納庫がある辺りに氷のロケット弾が命中。突き刺さった弾頭が内部の高圧魔力をオーバーロードさせ、青白い爆炎を吹き上げる。
ぎぎぎ、とソーキルの船体が軋んだ。
「機関長!」
《機関出力正常。艦長、こっちは気にするな! そのまま突っ走れ!》
「……ありがとよ、おやっさん」
もはや、後顧の憂いはない。
やるべき事をやるだけだ。
左舷を航行していた無人型ソーキル級に氷のロケットが3発まとめて突き刺さる。激しい爆発がソーキルの艦橋の窓をびりびりと震わせ、四方へと伸びていく黒煙の中から力尽き墜落していくソーキル級の姿が覗いた。
とはいえ重力変調システムは生きているのだろう、錐揉み回転から何とか立ち直るや、ムーア川の凍り付いた水面に豪快に胴体着陸。そのまま擱座した。
《巡洋艦レレカⅡ、中破》
ソーキル級に損害が出たところで、背後から凄まじい轟音が響き渡る。
一瞬、後続艦が被弾して爆沈したのかと思ったほどだ。しかし大気を震わせ、びりびりと艦橋の窓を激震させて、艦内の乗員の腹の底をも震わすその轟音は味方艦が爆沈した事によって生じたものではない。
後方のチェルノボーグ級戦艦が、前部甲板に備え付けられた主砲―――60口径51㎝三連装砲を撃ち始めたのだ。
元々チェルノボーグ級は44㎝四連装砲を主砲としていた。しかし今後の仮想敵を見据え、一撃の威力に特化するべきという判断で主砲を換装。手数と引き換えに比類なき重い一撃を手にした、という経緯がある。
前部甲板に3基9門、後部甲板に2基6門―――船体を横に向けて全砲門を指向すれば51㎝砲が15門も敵へと向けられるという、心を折るのに十分すぎる光景となる。
”スラヴァ神話”に語られる黒い神の名に恥じぬ一撃は、巨人の振り下ろした戦斧の如く敵戦艦を直撃。被弾した氷の戦艦が、まるで不可視の鉄槌で脳天を思い切りぶん殴られたかのように沈み込むと、被弾から2秒ほどで艦内に達した砲弾が炸裂。脳天の破孔から炎を芽吹かせて、船体を四散させながら墜落していく。
チェルノボーグ級の主砲はAI『ルシフェル』のサブフレームと他の艦とのデータリンクにより、恐ろしいほどの命中精度を誇る。今までの敵艦との距離を探りながら交互撃ち方、敵艦が散布界に入ったら斉射……という砲戦の常識を、百発百中に変えてしまったとんでもない技術である。
ドン、と51㎝砲が吼える。
発射された砲弾から安定翼が展開、それと同時に敵艦隊の左右へ展開したコマール級空中駆逐艦の艦巨躯側面のターレットから、紅色の光が伸び始める。
氷の戦艦を捉えた紅いレーザーポインタ。まるで誘われるように砲弾は安定翼を巧みに操って進路を変更すると、敵戦艦の脳天をまたしてもぶち抜いた。
コマール級駆逐艦との連携。
圧倒的な火力で敵艦隊の防衛ラインが削り取られていく。
レーザー誘導を行うコマール級を狙わんと敵艦隊が前に出るが、しかしリーファ艦隊がそれを許さない。コマール級を狙う氷の艦隊の鼻先に36㎝砲と20.3㎝砲をばら撒き、敵の先頭を叩き潰してしまう。
突っ込むならば今か、と思ったその時だった。
ソーキル右舷で対艦ミサイルを発射、飛んでくる氷のロケットを76㎜速射砲で迎撃していたコマール級の船体に、後方から飛来した氷のロケットが突き刺さる。
「!?」
被弾したコマール級が高度を落とし始めた。それを防ごうと、無人型のソーキル級(脇腹を大きく抉られ損傷している)がコマール級の艦底部に接触。自身の推力で傷ついた仲間を押し上げていく。
「後方から敵艦!」
もはや、見境なしだった。
後方の何もない空間―――ついさっき通過したばかりの空間、そこに存在する空気中の水分が凄まじい勢いで凝固、凍結。そのまま巨大な円錐状の形をとるなり、後端部から青白い魔力の光を吐き出して、氷の戦艦が2隻姿を現したのである。
先ほどコマール級を撃った相手と併せて、3隻だ。
チェルノボーグ級の目と鼻の先、ソーキル艦隊の後方。挟み撃ちに出来るように思えるが、嫌らしい位置取りと言えた。この角度ではチェルノボーグ級はソーキル艦隊を誤射、あるいは巻き込む恐れがあるため迂闊な砲撃が出来ず、ソーキル級もソーキル級で主砲は前部甲板に集中配置、後部甲板はミサイルやドローン射出用のVLSに割り当てられている。即座に後方を攻撃できるオプションは限られているのだ。
「艦尾ロケット1番から4番、緊急発射!」
ボシュ、と艦尾の発射管から4発の対艦ロケットが緊急発射。しっかりと諸元を入力したわけでもなく、咄嗟に放った一撃であるため命中は期待できないものであったが、しかし幸運の女神は思わぬところで武勲艦ソーキルに微笑んだ。
発射したロケット弾のうち3発が2隻の敵艦を直撃、その舳先を粉砕して轟沈に追いやったのである。
しかし青白い爆炎を突き破るようにして健在な1隻が吶喊。ソーキルの無防備極まりない艦尾へと狙いを定める。
艦尾発射管は……ダメだ。まだロケット弾の再装填が済んでいない。
旋回して仕留めようにも後続艦と衝突の恐れがある。艦隊行動で艦列を乱せば味方に大きな混乱をもたらしてしまうため、それだけは絶対に避けたい。
ならば、とヴォイテクは腹を括った。
「ソコロフ、5秒後にダイブブレーキ展開! その2秒後に上げ舵一杯だ!」
「え、艦長―――」
「艦長より達する。これより本艦は”ポストストールマニューバ”を敢行する! 総員何かに掴まれ!」
「艦長!?」
マジかよ、と慌てながらも指示通りにダイブブレーキの展開レバーを引くソコロフ。バクン、と大きな金属音と共に艦尾側の装甲の一部が展開。開いた装甲が空気抵抗を受けて艦を失速へと導き始める。
速度600……550……500……480。
「今だ!」
「上げ舵一杯ぃっ!」
「重力変調ベクトルそのままぁ!」
ソーキルの特徴的な艦首が、急激に上を向き始める。
さながら騎士が戦の前に掲げる剣の切っ先の如く、しかし艦の高度自体は変わらない。まるで不可視の棒に目刺しの如く艦首を貫かれ、それを軸に艦尾を大きく進行方向側へと振り出すような、なんとも珍妙な挙動だった。
後続の有人艦―――モニカやリーファ、イルゼたちはそのソーキルの挙動に度肝を抜かれていた。
確かに協商連合の重力変調システムがあれば、出来ない事ではない。が、しかし……この世界における航空技術の歴史長しと言えど、空中巡洋艦でそのような機動をするという教範は存在しないし、やった前例もない。
先ほどまでの進行方向に艦尾の二重反転プロペラを向けた状態で、逆さまになったソーキルの主砲が背後を取ったつもりになっていた敵艦へと向けられた。
「主砲、弾種榴弾。艦橋指示の目標!」
我がソーキルに死角無し。
それは【クルビット】と呼ばれる、最新の戦闘機だからこそできる機動であった。
ほとんど高度を変えずに機体の腹を前方に晒して急減速する『コブラ』。その状態から更に機体を背後に倒す事で失速しながら宙返りするという高等技術である。
本来戦闘機でするべき機動を190m級の空中重巡洋艦でやったという衝撃が、主に味方にこれ以上ないほどの衝撃を与えていた。
ぎぎぎ、と軋む音を立てながらも、ソーキルの20.3㎝連装砲が敵艦を睨む。
「―――撃てぃ!」
装薬が目を覚まし、2発の榴弾を敵艦の鼻っ面へと叩き込んだ。
ゴゴン、と榴弾が敵艦正面を貫通。艦内で起爆し、氷の船体を再び空気中を漂う水分へと還元していく。
「こりゃ帰ったら整備班が泣くぞぉ……」
「舵戻せ!」
「もどーせー!!」
半ばやけくそになりながら舵を戻すソコロフ。
艦が水平を戻し増速、再び艦隊の先頭に立ったその時だった。
「艦長、艦尾のハッチが!」
「……まさか」
艦尾上部、普段は車両の格納庫として使っているそこのシャッターが勝手に開いたのである。被弾した事で電気系統が故障したのか、と肝を冷やすクラルテだったが、しかし犯人が自らメインモニターに名乗り出たのはそれからすぐだった。
《艦長、背中任せるヨ》
「チャンさん!?」
格納庫内のカメラが捉えたのは、艦内のエレベーターで艦尾上部格納庫まで自力で移動してきたと思われる機甲鎧『PzT-03 スパルタクス』と、そのコクピットから手を振るパンダの獣人―――チャンさんだった。
機体は既に大型のバックパックを背負い、ブッシュマスターの35㎜機関砲を腰だめにマウント。両肩にはTOWの発射機を2基、迎撃用の7.62㎜対人機銃も装備している。スペック上のペイロードギリギリの完全武装であった。
機体のアクチュエータが悲鳴を上げる音を響かせながら、格納庫から後部甲板に出るチャンさんの機甲鎧。氷の蝶を思わせる敵機が背後から空襲を仕掛けんと接近してくるが、その顔面に正確無比な35㎜機関砲の集中殴打を喰らって大破、青白い炎を吹き上げて錐揉み回転し墜落していく。
《别管身后!目不斜视,勇往直前!(後ろは気にするな! 前だけ見て突っ走れ!)》
「チャンさん……ありがとう」
ガガガ、と単身後方で迎撃戦闘を繰り広げるチャンさん。早くも2機、いや3機の敵機を撃墜し母艦を背面の脅威から守り抜く。
天地戦争末期の生き残りからすれば、この程度の戦況を『地獄』と評する事すら生ぬるい。
いや、この程度で地獄だなどと言っていたら、あの戦いで散っていった戦友たちに―――古参の兵士たち皆に鼻で笑われる。
経験者として言わせてもらえば、天地戦争はこの2000倍はヤバかった。
当時を思い出せば、この程度の戦いなど児戯に過ぎない。
「艦長、艦底部のハッチが開いています!」
「なんだ、今度は誰だ!」
メインモニターに艦底部格納庫の様子が映し出される。
それを見たヴォイテクも、そして調律を受けている筈のクラルテも思わず息を呑んだ。
モニターの向こうでは―――パイロットスーツに着替えたラウルが、墜落し大破したF-14Dに代わって用意したかつての乗機、F-105Dにロザリーの助けを借りながら乗り込んでいるところだったのだ。
《ラウル、ラウルラウル!》
「ありがとうロザリー、ここまででいい」
「ねえラウル、やっぱりやめようよ……」
心配するロザリーの言葉を他所に、コクピット内のスイッチを弾いて各所をチェック。武装、武器システム、主翼に尾翼、フラップの動作問題なし。
そこまでやって、ロザリーの頬にそっと触れた。
「大丈夫、必ず帰る」
「でも……」
彼女が心配する理由は分かる。分かっている。
クラルテが行ってくれたエリクサーの静脈注射のおかげで、視力と聴力は回復傾向だ。まだ本調子とは言い難いし、身体だって動かそうとするとすんげえ痛む。正直、なんで自分でコクピットに座って飛ぼうとしているのか分からないくらいだ。コイツバカなんじゃねーか、とすら思う。
でも、それでも。
戦う理由が、やっと見つかった気がするのだ。
何のために力を振るうのか。
それは俺が、ラウル・エルマータという人間が、戦争と破壊に耽溺した父ヘンリックとは違う存在だと宣言するに等しい”答え”。
やっと見えた光を、消したくない。
それに今、戦力は1人でも多い方が良い筈だ。俺だけ病室のベッドで横になってて、寝てる間に全部終わってましたなんて事にはなりたくない。
「知ってるか、狼って仲間想いの動物なんだ」
「ラウル……」
「必ず無事に帰ってくる。全部終わったら、一緒に乾杯しよう」
そう言い、「あ、そうだ」と思い出してポケットから取り出したスマホをロザリーに預けた。
「え」
「音楽ファイルの上から13番目、俺の好きな曲が入ってる。聴きまくって歌詞覚えちゃってさ……もしよかったら聴いてみてくれよ」
「……戻ってきたら、さ」
「ん」
「一緒に……デュエット、しよ?」
「ん、約束」
唇を短く重ね、彼女が離れたのを確認してからキャノピーを閉じた。
《お熱いねえ、この大馬鹿野郎が》
「艦長、状況は確認してる。俺が前に出て突破口を開くから、ソーキルはそのまま直進しズメイ砲を」
《お前も馬鹿だ、大馬鹿だ。本調子でもないくせに、何でそんなに死に急ぐ?》
「仲間の危機に寝てられるような神経は持ち合わせていないよ。それに……」
格納庫内の管理室で手を振るロザリーに親指を立てる。床が左右に開くなり、ペイロード一杯にサイドワインダーと爆弾を搭載したF-105Dがアームに吊るされたまま、艦底部のハッチから船外へと晒される。
「なんだか、今なら答えが見つけられる気がするんだ。ちょっとだけ光が見えた」
《ハッ……そうかい》
ドン、と恐ろしいほどすぐ近くで氷のロケット弾が炸裂した。
機体に損傷無し―――エンジンをスタートさせスロットルレバーを倒す。推力を確保したと判断されたようで、機体と艦を固定していたアームの外れる金属音が頭上から響いた。
ふわり、と身体を包む浮遊感。
地から足が離れる感覚。
今、この瞬間だけは―――俺たちは鳥だった。
《―――今作戦より、お前のコールサインを変更する》
機体を安定させながら徐々に加速、艦橋の横へと機体を移動させた。
《お前はもう迷い人じゃない……神殺しの狼だ》
いいね、という意味を込めて翼を振った。
フェンリルか……後でエンブレムも考えないと。
眼前に広がる巨大な黒い深淵―――”次元裂傷”とやらを睨み、スロットルレバーを限界まで倒した。アフターバーナー全開、重装備の機体を一気に加速させる。
《行ってこい。行って空に伝説を作って来い!》
「―――”フェンリル”了解!」
さあ、行こう。
今の俺なら、きっと誰も止められない。
どうでもいい話
チェルノボーグ級5番艦『スヴァローグ』は艦の冷却システムの異常で他の姉妹艦よりも就役が遅れており(2、3、4番艦の進空式にいなかったのもそのため。ミカエル君は『建造中』とアナウンス)、就役後も冷却システム周りのトラブルに悩まされている。
だからなのだろう、アルカディアでは擬人化イラストとして『頻繁に熱を出して寝込む病弱系美少女』、『常に額に熱冷まし用のシートを貼り付けた美少女』として描かれる事が多い。




