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『術式開放』

どうでもいい話

アルカディアの議会で新たな艦隊整備法案が可決、空中強襲揚陸艦と空中巡洋戦艦の建造・量産化が開始。


 横腹をチェルノボーグ級の放った51㎝砲に思い切り殴りつけられ、大爆発を起こしながら氷の空中艦が墜落していく。


 その残骸の下を潜り抜けるようにして降下したソーキルの艦首が上昇に転じた。猛禽の嘴、あるいは剣の切っ先を彷彿とさせる鋭利な衝角が、敵艦の無防備な腹を睨む。


「主砲斉射!」


 どう、と20.3㎝連装砲が吼えた。


 健在な第一砲塔から放たれた2発の榴弾が敵艦下部を直撃。ボクサーが放つ乾坤一擲のボディーブローの如く、敵艦を真下から突き上げる。


 たまらず船体を真っ二つに叩き折られる氷の空中戦艦。蒼い炎を発しながら降り注ぐ大粒の残骸をすり抜けて、ソーキルが急上昇。超巨大時計塔『クロムウェル』の尖塔を通過、そのまま上昇しながら艦首の向きを変えて宙返りに転じる。


 航空機の曲芸飛行さながらの挙動に、船体がぎぎぎ、と軋む音を立てた。


 クロムウェルの威容を空から見(・)上(・)げ(・)る(・)アングル。大地と空とが逆転する、空の船乗りかパイロットでなければ見る事の出来ない光景。


 連戦に次ぐ連戦に神経を擦り減らしてもなお、ヴォイテクの眼光の鋭さは衰えない。むしろ実戦という極限状態を経て、更に鋭さを増す妖刀の如しである。


 艦首の対艦ロケット発射管から放たれる、6発の533㎜対艦ロケット弾。味方艦隊に吶喊をかける氷の艦隊、それを頭上から抑え込む格好で放たれたそれは全弾命中を記録し、敵艦隊を瞬く間に氷の礫へと変えた。


 傷つき後退する無人艦との間に割って入り、壁として奮戦するチェルノボーグ級。交互撃ち方の最中で砲身の仰角が下がり、砲弾の装填が行われている最中の巨体のすぐ脇を通過(フライパス)するソーキル。


 艦橋の窓越しに、向こうの艦橋内部の様子も見えた。


 麗しい女性の艦長―――イルゼ・パヴリチェンコ艦長はしっかりと、協商連合最強の艦を使いこなしているようだ。その技量と判断能力、指揮官としての才覚については聞き及んでいたが、虎の子のチェルノボーグ級を任される人材なのだ。確かに美しいだけのお飾りではないらしい。


 一旦後方に下がりつつ対艦ロケットの再装填を命じ、ソコロフに「進路戻せ、取り舵!」と命じるヴォイテク。


 「とーりかーじいっぱーい!」と威勢のいい美声が響いたすぐあとの事だった。


「艦長、魔力センサーに反応(スパイク)」


「どこからだ」


「クロムウェルからです。クロムウェル内部に新(・)た(・)な(・)魔(・)力(・)的(・)エ(・)ン(・)ト(・)ロ(・)ピ(・)ー(・)の(・)局(・)所(・)的(・)死(・)熱(・)化(・)を検出」


「……なに?」


 思わず耳を疑った。


 この寒冷化現象―――魔力的エントロピーの死熱化、その発生源はクロムウェル頂上部に幽閉されているエリス・シンシア・ペンドルトンによるものだ。それは理解している。


 しかし、新たな局所的死熱化の発生とはどういう事か。


 新しく魔力的エントロピーが局所的に死熱化した空間でも生まれたのか、と問いかけるが、魔力センサーを監視している戦闘人形(オートマタ)は首を横に振った。


 艦橋後部、ヴォイテクのいる艦長席のすぐ後ろにあるAI『ルシフェル』のサブフレームが紅く発光。AIにより生成された女性の無機質な声で、観測結果を報告し始める。


《観測された局所的死熱化の反応は、エリス・シンシア・ペンドルトンのものと一致せず》


「……!?」


 ということは、だ。


 エリスの引き起こしている寒冷化現象―――大都市一つを氷で閉ざすほどの規模とまではいかなくとも、似たような別の現象が新(・)た(・)に(・)も(・)う(・)1(・)つ(・)発(・)生(・)し(・)た(・)という事に他ならない。


《魔力放射反応、エリス・シンシア・ペンドルトンによる魔力的エントロピーへの干渉と競合せず。影響はクロムウェル最上部、1200㎡の空間にのみ限定されています》


「限定的な……魔力の死熱化」


 有り得ない話ではない。


 氷属性魔術師は、魔術師界隈では忌み嫌われる傾向にある存在である。氷属性魔術の発動は空間中の魔力的エントロピーに与える影響が特に大きく、魔術師の素質にも左右されるが、長時間の魔術の使用は他の魔術師による魔術の発動に大きな悪影響を及ぼす。


 魔力放射の不安定化を招くなどの要因から、正規軍でも氷属性魔術師は他の属性の魔術師と隔離した部隊編成がセオリーとされてしまうほどだ。


 つまり氷属性魔術師が、閉鎖された空間で氷属性の魔力を思い切り放射してしまえば、その空間だけに限定こそされてしまうものの、不可能ではないのだ―――限定空間の魔力的エントロピーを死熱化させる、という芸当自体は。


 問題は、いったい誰がそれをやったかという事である。


(……まさか)


 クロムウェル内部に突入した人員は、くまさんハウスのメンバーとペンドルトン家の3人―――力也、エミリア、そしてナオハの3人である。


 力也にはそもそも魔術の適性がなく、エミリアは雷属性。ナオハは闇属性に適性を持つという話である。だからまず、この3人は可能性から除外される。


 では消去法でくまさんハウスの人員のうちの誰か、という事になるのだが―――インフェルノの誰かがやっている、という可能性を除外(そもそもヘンリックも適性はない)すれば、思い当たるのは1人しかいない。




 ―――ラウルだ。




 しかし本人の申告では、ラウルの魔術適性はEランク―――底辺も底辺、辛うじて魔術が使えるというレベルでしかなく、限定空間とはいえ局所的な魔力の死熱化を招く事が出来るほどの力があるとは思えない。


 そんな馬鹿な、と辻褄の合わない仮説に、だがしかしAIは忖度の無い現実だけを突きつける。


《観測された魔力波形は、ラウル・エルマータのものと完全に一致》


「バカな」


 あの時計塔で今、いったい何が起こっているというのか。


 ―――有り得ないなんて事は有り得ない。


 ミカエルの言葉が、脳裏でリフレインを繰り返した。


















 口の中に捻じ込まれた固形物の感触に、思わず力也は盛大にむせ込んだ。強面な彼には見合わぬ、わたあめで出来た雲の上を散歩してお腹いっぱいその糖分を摂取するというファンシーな夢を見ていた最中にこれである。


 舌の上に生じる錠剤型エリクサーの感触と、遅れて流れ込む水。「ゲホッ!? ゲホゲホウ゛ェ゛ァ゛

!?」と自分でも聴いた事の無い声を発し、力也はバネで弾かれたかのように身体を起こした。


「良かった、生きてますね坊ちゃま」


「な、ナオハ……!?」


 傍らには、エミリアも倒れていた。


 そちらは力也よりも丁寧な応急処置を施されたのだろう。口の中に錠剤型エリクサーをぶち込まれ、否応なしに水で胃まで流し込まれた力也とは違い、穏やかな呼吸をしている。


 俺にも少しその優しさをだな、と抗議する視線を向けようとした力也だったが、しかし今はそれどころではなかった。


 嫌でも分かるほどの強烈な魔力反応と、時計塔内部で繰り広げられる異様な光景が、ナオハへの抗議の意思を根こそぎ奪い去っていったからである。


「……っ!」


 何だこれは、と思わず小さく声に出してしまう力也。


 エリスが生み出したであろう氷の床と壁―――その下から突き破って生えてきたかのように、鮮血のように紅い氷の結晶が、そこかしこから無数に生じているのである。


 そして恐ろしいのは、魔力反応だった。


 適性EX―――現代の人間の尺度では推し量る事すら許されないエリスの適性。


 それには及ばないものの、しかし拮抗するかのような濃密な魔力の反応が、ヘンリックの前に立ちはだかる1人の背中から感じられるのである。


 ―――ラウル・エルマータ。


 エリスの教え子で、転生者。


 しかし彼女の適正はせいぜいEランクの筈―――初歩的な魔術の発動がせいぜいの、底辺も底辺であった筈だ。


「ナオハ……魔術の適性って」


「はい、後天的に変動する事などあり得ません」


 こんな状況でも冷静に、ナオハはそう断言する。


 魔術適性が後天的に変動する事は有り得ない。適性は生まれた時に持ち得る先天的要素、そして両親や祖父母の、それ以前の世代の遺伝が全てとされている。


 だから有り得ないのだ。有り得ない筈なのだ―――E(・)ラ(・)ン(・)ク(・)の(・)魔(・)術(・)師(・)が(・)、E(・)X(・)ラ(・)ン(・)ク(・)に(・)匹(・)敵(・)す(・)る(・)適(・)性(・)の(・)魔(・)力(・)反(・)応(・)を(・)発(・)す(・)る(・)な(・)ど(・)。


 これまでの常識を根本から覆すような、あってはならない事だった。


















『約束してくれ―――その力は、絶対に使わないと』


 すまない、ミカエル。


 心の中で謝罪しながら、毎秒襲ってくる身体を引き裂かれるような苦痛にひたすら耐え続けた。


 まるで身体中の血管の中を、微細な剃刀(カミソリ)が高速で駆け回っている感覚。あるいはこのラウル・エルマータという個人を構成する無数の細胞の表面に鋭利なナイフが生え、細胞単位で串刺しにされているかのような苦痛。


 食い縛った歯の隙間から、鼻から、耳から、眼孔から、とろりと鮮血が溢れ出る。ぽたりと凍てついた床に滴り落ちたそれは瞬時に凍り付き、禍々しい斑模様を氷の床に描き出した。


 一歩―――足を前に出すだけでも、信じられない苦痛が苛んでくる。


 こんな力を使うんじゃなかった、という後悔すらあった。ミカエルの警告の中にはこれも含まれているのだろう―――本来持ち得ぬ適性を、強引にその身に宿す秘術。しかしそれは諸刃の剣で、悪魔に魂を売るも同然の禁忌であって、そして決して許される事の無い禁術であった。


 地獄、という表現ですら生ぬるい。


 一瞬でも気を抜けば正気を保てず発狂してしまいそうな痛みの中で、しかし確かな意思を支えにしながらヘンリックを睨んだ。


 血のように紅い光が、両目から漏れる。


「なんだ……お前、その力は」


 ヘンリックですら困惑しているのが、はっきりと感じられた。


「何をした、ラウル!?」


「なぁに……ちょっとだけ……本気(マジ)になっただけさ」


 一歩、更に一歩。


 さすがにキツいなコレ、と嫌気が差しそうになったところで、ヘンリックが動いた。


 右手を足元の氷の塊に刺し入れたかと思いきや、腕力と膂力だけでベキベキと氷を粉砕しながら腕を引き抜いたのである。


 その掌に握られているのは、金平糖サイズに小さく粉砕された氷の礫(つぶて)たち。


 ヘンリックの顔からは、もう戦いを楽しむような笑みは消えていた。


 ドン、と氷に覆われた床を踏み締めるヘンリック。床のタイルとそれを覆う氷が砕け散り、踏み締めた足が沈み込むほどの勢いで踏ん張った2mの巨体。その持ちうるすべての力を総動員して投げ放たれた氷の散弾が、真正面から飛来する。


 拳を握り締め、虚空に向かい力任せに振るった。


 たったそれだけの挙動で、左腕が肩から千切れてしまいそうな痛みを発した。血が沸騰したかのように血管が膨張し、心拍数が乱れ、不要な圧力をかけられた血液が脳にまで達する嫌な感覚。脳味噌が膨張するかのような苦痛に意識を引っ張られそうになるが、気合とノリと根性で何とか堪えた。


 振るった拳をトレースするかのように―――空気中の水分が一瞬にして凝固。武骨で巨大な、血のように紅い氷の棍棒が何もない空間に生じたかと思うと、バットの如く力任せに振るわれたそれが氷の散弾をあらかた叩き落してしまう。


「!?」


「……」


 氷の大剣でも、槍でも盾でも何でもない。ただただそこにあった水分を凝固させ、凍結させただけの、洗練とは程遠い氷の塊。しかし運動エネルギーを頼りに飛来する飛び道具から身を守るにはそれで十分だった。相手の運動エネルギーを奪う、あるいはそれが作用するベクトルに立ち塞がるだけで、飛び道具と歯たちまち用を成さなくなるからだ。


 今にも崩壊しそうな痛みを発する身体に鞭を撃ち、MARS-Hの引き金を引いた。


 確実に殺せる一撃を防がれたうえに、崩壊していく氷の棍棒が良い感じの目くらましとして作用したのだろう。放たれた7.62×51㎜NATO弾はヘンリックの目を欺きに欺き、その頭から生える狼のケモミミ―――その右側をぶち抜いた。


「っ!?」


 あぁ、惜しいな。


 あとちょっとだけ下だったらアイツ殺せてたんだが……この激痛と疲労のせいだろう、頭も回らなくなってきた……。


 俺、なんでこんなことしてるんだっけ?


 ああ、そうだ。アイツ殺さないといけないんだ。


 なぜかって? そりゃあ、アイツを殺さないと……。


 ―――脳裏を過る仲間たちの顔。


 孤児院の弟妹たち。


 エミリアさんやエリスさん、力也たちの顔。


 これまで出会ってきた、色んな人たちの顔。


 ああ、そうだ。


 醜く、脆く、今にも崩れてしまいそうな歪んだ世界。


 俺……この世界が、こんな世界が大好きだったんだ。


 泥水のようなどす黒い中でも……いや、そんな世界だからこそ、必死に生きようとする人が何よりも尊いものとして見えてくる。


 そんな世界が、大好きなのだ。


 だからそれを、この世界を守る。


 そのために、実の父親を殺す―――そういう事だ。


 薄れつつあった意思に、再び火が燈る。


 銃撃でヘンリックを追撃しつつ左手を振り上げ巨大な棍棒を召喚。腕を振り下ろし、ヘンリック目掛けて叩きつける。


 拳で粉砕するヘンリックだったが、しかしその舞い散る破片で視界を遮られ―――第二、第三の7.62×51㎜NATO弾への被弾を許してしまう。


「っ!!」


 マガジンを交換しながら、滴り落ちる自分の血を見下ろして俺はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ笑みを浮かべた。


 ―――いいね。


 なんだか今、猛烈に「生きてる」って感じがする。





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エリスさんのそれとも異質のエントロピー死熱化反応、ヘンリックが青ざめるなにかですか。代償は相当に大きそうですがラウル君、禁忌に手を出しただけに相当変わりましたね…力也さんとエミリアさんで手に負えなかっ…
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