奮戦、ソーキル艦隊
クロムウェル外部での戦闘は、悪化の一途を辿っていた。
20.3㎝砲の榴弾、あるいは徹甲弾による攻撃を受けて次々に墜落していく敵の空中艦隊。しかし撃沈したそばから空気中の水分を凝縮させ、真新しい氷の空中戦艦が「生えて」きては猛攻を加えてくるのだ。
こちらの戦力は有限、それに対し相手の戦力は無尽蔵である。
なにせ、氷の空中戦艦の”素材”ならば空気中にいくらでもあるのだから。
《巡洋艦クルークⅡ、大破。戦列を離れます》
《巡洋艦カーチカⅢ、中波》
《モニカ艦隊より巡洋艦フギン、ムニン合流しました》
船体右舷を氷のミサイルでごっそりと抉られ、黒煙を吹きながら後退していくソーキル級の無人仕様『クルークⅡ』。なおも20.3㎝砲で砲撃を続ける彼女と入れ替わりになるように、モニカ艦隊から派遣されてきた空中巡洋艦フギンとムニンの2隻がソーキル艦隊へ合流、熾烈な砲撃を開始する。
投入できる戦力は全て投入した。
今のところ、幸い轟沈する艦は出ていない。しかし被弾し大破する艦が相次ぎ、艦隊の戦力は着実に削られつつある。
もしこの戦いが長引くのであれば、増援の派遣を本部に要請する事になるかもしれない。
最悪の場合は……地上部隊を回収しての撤退も視野に入るであろう。
―――いや、そんな事は許されない。
浮遊大陸ブリタニア放棄、という最悪のシナリオが頭を過り、しかしヴォイテクはそれをかき消した。そんな事になればヘンリックの思う壺であるし、ここで寒冷化現象を止められなければ世界中に影響が及ぶ。
100年も続いた天地戦争の後、世界情勢は不安定な状態が続いているのだ。何かのふとしたきっかけで天地戦争の再開、という最悪な状況に発展してしまってもおかしくない。それ故に協商連合を始めとするレギオンや各国も、シビアな外交政策を強いられている。
是が非でも、この混乱はここだけで抑え込まなければならないのだ。
「―――警告、敵機直上」
戦闘人形の観測員が淡々と告げた。
奮戦を続けるソーキルの真上―――そこから逆落としで、氷の蝶を思わせる氷の戦闘機が急降下してくるのである。
「回避運動!」
「了解、面舵一杯!」
操縦桿を右へと倒すソコロフ。ソーキルの船体周辺の重力ベクトルが変化、AIによる補正を受けながらソーキルの船体が190mの巨体とは思えぬほど滑らかに、右へと旋回し始める。
それと並行して船体各所のCIWSや76㎜速射砲が稼働、真上から突っ込んでくる敵機と、それが発射した氷のミサイルに向かって20㎜弾と76㎜炸裂弾の対空砲火を射かける。
ガガガンッ、と氷のミサイルの弾頭部に20㎜弾がめり込み、あるいは76㎜砲弾の炸裂で生じた破片がぶち当たって、氷のミサイルに充填されていた魔力が爆発。青白い爆炎が吹雪舞う空に生じる。
そこでヴォイテクはぎょっとした。
ミサイルを使い果たした敵機が、機首を起こして離脱に転じようとはせず―――あろうことか、そのままソーキルに突っ込んでくるのである。
弾幕を張りつつ回避に転じるソーキル。周辺に展開するコマール級も艦対空ミサイルや速射砲で助け船を出すが、しかし遅かった。
20㎜弾を受け、破孔から青い魔力の光を迸らせる敵機。
誰の目から見ても、回避は間に合わなかった。
「総員、衝撃に備え!」
ヴォイテクの怒号が飛んだ直後。
ずん、と腹の底まで響くような重苦しい振動がソーキルを襲った。
逆落としの急降下、その勢いのままに突っ込んできた敵機は、一瞬だけとはいえソーキルの周辺に展開していた重力変調フィールドに接触。ごくわずかではあるが反発するような力を受けた事により軌道が逸れ、前部甲板で砲撃を続けていた第二砲塔を真横から突き飛ばすような格好で突っ込んだのだ。
突入した際の衝撃と突き上げるような爆発で、第二砲塔は左半分が大破。それどころかバーベットが僅かにターレットリング部から浮かんだ状態となった挙句、歪んでしまっている。
強烈な衝撃から何とか立ち直ったヴォイテクが艦橋の窓から見たのは、砲塔の左半分が焦げ付きつつも抉れ、ターレットリングの基部からやや浮き上がった状態で使用不能となった第二砲塔の姿だった。
手負いのソーキルをこの際に仕留めるべしと判断したのか、あるいは通信量からソーキルこそが艦隊旗艦であると判断したのか、敵艦隊や敵機の攻撃がソーキルに集中し始める。
大量のミサイルが飛来し、ソーキルの船体を掠めた。そのうちの何発かはCIWSとオートメラーラ製の76㎜速射砲が織り成す弾幕で叩き落したものの、それでも迎撃を免れた数発が左舷を直撃。左舷後部に衝撃が走り、装甲が大きく抉れ飛ぶ。
《左舷後部に被弾》
《機関出力に不安定化の兆候を認む》
「機関長、被害は!?」
マイクに向かって叫ぶヴォイテクであったが、しかし機関室に詰めているヨルゲンセン機関長からの応答はない。
今の立て続けの被弾で通信システムが故障したのか、それとも……。
まさか、そんな事は有り得ない。あのヨルゲンセン機関長に限ってそんな事は……と旧い付き合いの彼の事を考えるヴォイテクの思考を、ソコロフの「伝令行きます!」という大きな声が断ち切った。
「頼む!」
目の前の画面をタッチ、艦の制御をAIに譲渡するなり、ソコロフは万一に備えて酸素マスクを2人分手に、艦橋を出ていった。
艦隊の損耗は、未だに続いている。
推力を失ったソーキル級を、コマール級2隻が下から支えるように持ち上げて後方へと移送していく姿が見えた。それと入れ替わりになるように、既に被弾し黒煙を吹きながらも奮戦する巡洋艦フギンとムニンの2隻がスライド。主砲の斉射で敵艦を吹き飛ばす。
今はただ、踏ん張るしかない。
ラウルたちが―――この状況を好転させてくれるまで。
機関室には煙が立ち込めていた。
最悪の光景を目にする覚悟を決め、マスクを装着してから機関室のドアを開けるソコロフ。
機関室の中はめちゃくちゃだった。先ほどの被弾で生じた爆発がここまで達した、というわけではないのだろうが、それでも被弾の衝撃で工具や整備用の資材、図面が床一面に散らばって、さながら廃墟のような有様だった。
そんな凄惨極まる機関室の一角に、見慣れた真っ白な体毛とツナギに覆われた身体が垣間見え、ソコロフは顔を青くしながら駆け寄る。
「機関長ぉ!」
そこにいたのは、紛れもなくヨルゲンセン機関長だった。
被弾時の衝撃で、高所整備用に張り巡らされていたキャットウォークの一部が崩落。その下敷きになる形でうつぶせに倒れていたのである。
機関長の腰に乗っているキャットウォークの一部を持ち上げ、何とかして彼を引っ張り出したソコロフ。慌てながらも冷静に、機関長の様子を確認する。
目は開いていて、咳き込んでいた。幸いにも息はある。とはいえ高齢の獣人である事に加え、あんなキャットウォークが腰の上に乗っていたのだ。歩けるかどうかは定かではない。
頭部からの出血が認められたが、おそらくは倒れた際に床に打ち付けたものなのだろう。それほど深いわけでもなく、持参していたエリクサーを服用させるとすぐに傷は塞がっていった。
「坊主……バカモンが、持ち場を離れる操舵手があるか」
「機関長……っ」
良かった、生きている。
「すまん、肩を貸してくれ……罐を見なければ……」
「無理しちゃダメっスよ!」
「バカモン、この艦の罐はじゃじゃ馬なんじゃ……ワシが見なければ」
肩を貸せ、と言われるがままに肩を貸し、対消滅機関のすぐそばまで連れていくソコロフ。
ヨルゲンセン機関長にとって、動力機関は我が子のようなものなのだという。天地戦争末期の地獄を見てきた彼にとって、こうして物言わぬ機関部を見ている事こそが脳裏に焼き付いた苦難の記憶を紛らわせてくれるものなのだ、と。
「ああ……あぁ……」
制御用の端末を使って診断プログラムを走らせれば機関部のステータスなどすぐに分かるというのに、機関長はそんな最新の機械には目もくれず、アナログの圧力計や温度計の数値にばかり目を向けた。時折、配管にそっと手を当てたり、耳を当てて機械の音を聞いているうちに、頑固そうな強面の顔に安堵の表情か浮かんでいく。
それは緩やかに、温かい熱の中で溶けていく氷のように。
「あぁ……良い子じゃ……良い子じゃ……」
まるで愛おしい孫を可愛がる老人のようだ、とソコロフは思った。
「……ソコロフ、わしは大丈夫じゃ。お前は艦橋に戻れ」
「でも機関長は」
「わしがこの程度でくたばるものかよ」
いいから早く、と背中を押すヨルゲンセン機関長。すみません、とだけ言い残したソコロフは、懐に残っていたエリクサーをその場に置いて機関室を後にした。
隔壁を潜り、タラップを駆け上がって艦橋まで戻るソコロフ。機関室と機関長の事を告げるなり操縦を手動に戻して艦を操るが、戦況は悪化の一途を辿っていた。
艦隊の左翼で守りを担っていた巡洋艦『ムニン』が高度を落としているのだ。どうやら機関部に集中攻撃を受けたらしく、1隻のコマール級に曳航用ワイヤーで上から吊るしてもらい、何とか高度を維持している状態である。
《巡洋艦オーレルⅡ、被弾。損害状況は不明》
前部甲板を鬼火のような炎で火達磨にされたオーレルⅡが後退。2隻のコマール級が献身的に前に出ながら、対艦ミサイルの斉射で敵艦隊を叩き潰していく。
とはいえ、もう無傷の艦は殆ど残っていない。
損傷した艦は後方へと後退させ、応急処置を行わせているが……このまま戦闘に動員可能な艦が減少していけば、いずれは轟沈覚悟で戦わなければならなくなるかもしれない。
ラウルたちが戻ってくるまで、果たして持ちこたえられるのか。
そんな不安を煽るかのように、クロムウェル周辺の空間が白く濁る。
舞い上がるダイヤモンドダストのような氷の幕。そこから姿を現したのは、70……いや、80を数えるほどの数の敵艦隊だった。
もう無理だ……そんな言葉が、喉の奥から顔を出そうとしたその時だった。
右舷より高エネルギー反応、と艦のAIが報告。それに間髪入れず、目の前を蒼い閃光が駆け抜けていったのである。
網膜を焼き、失明させかねないほどの光量に、ソーキルの艦橋の窓に遮光フィルターが自動で展開。生じた電磁波が計器類にノイズを走らせるが、それもすぐに回復する。
「今のは何だ!?」
「ズメイ砲……どこからだ!?」
《右舷に新たな艦隊……旗艦確認。戦艦チェルノボーグ。イルゼ艦隊です》
こんな振動と超加速の中でも期待通りの弾道で、期待通りの数の敵に命中させ、期待通りの成果を出す―――なんと優秀なAIか、と感嘆しながらも、チェルノボーグ級撃滅型空中重戦艦【チェルノボーグ】の艦橋に立つイルゼ・パヴリチェンコ艦長は敵艦隊を睨んだ。
対消滅機関を搭載した艦のみで構成された艦隊での、無補給の長期航海テスト。たまたまブリタニア付近を経由して帰還する予定だったものだから、ブリタニアで戦っている艦隊が窮地に陥っている、という知らせを聞いて全速力で飛ばしてきたのだ。
それだけでは飽き足らず、近隣の友好国から空中戦艦用の追加ブースターを借用。本来ならば浮遊大陸の重力圏離脱の際に用いられるそれを速度の足しにして、全長480mの巨体をマッハ3まで加速させてすっ飛んできたのである。
おかげで艦首は断熱圧縮熱に晒され、舳先はうっすらと赤みを帯びていた。
《全ブースター、燃焼終了。切り離します》
「ダイブブレーキ展開! 船体立て直せ、ズメイ砲第二射用意!」
ガガガン、と火花を散らし、船体後部の四隅に簡易アームを介して搭載されていた大型のロケットブースターが切り離されていく。それから間髪入れずに船体側面のカバーが展開、猛烈な空気抵抗を利用して、艦の速度を落としていった。
ソーキル級が今の形にアップデートされる以前から戦っていた歴戦艦だ。まだ1年足らずではあるが、しかしミストルテインとの戦いに明け暮れたチェルノボーグは立派なベテランと言ってもいい。
急激な減速を受け、落としきれない汚れの付着した艦首がギギギ、と軋む音を立てる。
先端が3つに割れた大型のバルバス・バウ。ソーキル級でいうプラズマ衝角に相当する部位が展開したまま、そこから露出した2本の電極を持つ砲身に再び蒼い光が燈る。
プラズマの光だ。
かつてはイライナの国土を焼き尽くした邪竜の力。それは今、世界を救うための力と化している。
チェルノボーグ級の周囲に展開する9隻の無人型ソーキル級、そしてその最後尾でひいひい言いながら艦隊についてくるトキ級武装貨物船『サジャ』の艦首に搭載されたズメイ砲の光が、限界まで膨れ上がった。
「―――撃てぇッ!!」
ごう、と空が哭いた。
寒冷化した大気を蹴散らし、むしろ逆にプラズマ化させながら、11発のズメイ砲が寒冷化の根源たるクロムウェルの周囲を通過。展開していた氷の空中艦隊を根こそぎ焼き払った。
※クルーク→イライナ語で『ワタリガラス』
※カーチカ→イライナ語で『鴨』
※オーレル→イライナ語で『鷲』
※ソーキル級の艦名はスラヴ語圏での鳥の名前から、という命名規則がある。




