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凶刃と狂人


《警告。クロムウェル周辺の魔力的エントロピー、局所的な死熱化を観測》


 魔導反応を見ていた観測員タイプの戦闘人形(オートマタ)が、危機的状況を淡々と報告してくる。他の兵士たちもそうだが、彼らは最上位AI『ルシフェル』によって統率・制御されてこそいるものの、個別のAIを搭載しており人間の感情などを日々学習している。


 だから会話していても、不器用ではあるが笑ったり楽しそうに返してくる事はあって、普通の人間と接しているとさえ錯覚してしまう事も珍しくはない。


 が、こういった危機的状況で怯えたような口調での報告は無意味と判断されたのだろう。不必要に周囲の士気を下げるような事はあってはならない、というAIによる判断が下ったからこそ、淡々とした機械的な口調で報告してきたのだ。


 時折、モニカは機械が羨ましくなる。


 やたらと声が大きかったり、元々の豪快な性格で「悩みがなさそう」と言われがちなモニカ。しかし当然、彼女だって悩みを抱える事はある。ちょっとした事で苦しむものだ。それが人間なのだから。


 それゆえに、時折機械が羨ましく感じる事もあった。


 焦燥感に駆られる事の無い、淡々とした機械が羨ましいと。


「リーファ艦隊に通達、ズメイ砲発射用意」


「了解、ズメイ砲発射用意。全艦に伝達」


「艦内各キャパシタ、蓄電率正常」


「冷却液強制注入弁作動用意」


 モニカ艦隊旗艦『スラヴァ』の艦首が上下に展開。黒と赤、ちょうど塗分けられている喫水線の辺りから艦首が上下に割れ、中から電極を思わせるズメイ砲の砲身がせり出してくる。


 改装前は艦首上部から砲身が露出していた戦艦スラヴァ及び定遠。元々が旧式の艦であるが故に改装に余裕がなかったための苦肉の策であったが、しかし十分な予算が下りた事で大規模改装。近代化改修を経て、第一線で活躍する他の艦に並ぶ性能を得た。


 ズメイ砲発射態勢に入るスラヴァ、フギン、ムニンの3隻。その左側では同じくリーファ艦隊も4隻の無人型ソーキル級と共にズメイ砲の発射態勢に入っていた。


《電力充填率、50%》


「艦首仰角ちょい上げ、射線固定。照準を全艦で連動!」


 通常出力の10%では足りない―――モニカもリーファもそう判断していた。


 ヴォイテク艦隊支援のため後方で待機している両艦隊だが、比較的安全な後方で待機していてもなお時折機関出力が「咳き込む」ように不安定化するのである。ちまちまと10%の出力でコンスタントに撃つよりは、一気に上限を引き上げて時間的余裕を作ってやるべきだというのが両艦隊司令たちの結論であった。


「撃て!」


《放(発射)!》


 カッ、と限界まで膨れ上がった蒼い閃光が弾けた。


 前方の空間をぶち割らんばかりの勢いで膨れ上がったそれが、周囲にスパークを大蛇の如くうねらせながら極寒の空を突き抜ける。吹き荒ぶ吹雪すらも蹴散らし、大気をプラズマ化させ、輻射熱で地表の氷や雪を局所的に溶かしながら直進したそれは、射線上に運悪く展開してきた氷の艦隊を余波だけで瞬時に融解させなおも直進。超巨大時計塔『クロムウェル』の表面を覆う氷の一部を吹き飛ばしつつ、その頭上を突き抜けて空の彼方へと消えていった。


 網膜を塗りつぶし、視力すらも奪いかねない眩い閃光。


 かつてイライナを滅ぼさんと暴れ回った最悪の邪竜、ズメイ。そのブレスを科学的に再現した超兵器こそが、今の頼みの綱であった。


















 戦いに言葉は不要也。


 平安時代から続く速河家、その始祖『速河隆盛(はやかわたかもり)』の言葉である、と力也は父たる宗一郎から聞いた。武士たる者、戦の中で言葉を発するなかれ。己の行動で意思を示し、家臣を背中で導くべし……。


 室町時代からは刀鍛冶をその家業とし、今では速河重工として倭国の軍事面を支える実家。いつの日からか当主は剣術よりも商いに重点を置くようになっていったが、しかし力也は違う。その身の内に流れる血は平安時代から脈々と受け継がれてきた侍の血であり、故に自分もまた武士の端くれである―――そう自負しているし、誇りとしていた。


 だからこそ、父の言葉は常に実践している。


 ちらり、と視線をエリスへと向けた。


 意識が無いのか、それとも苦しみの余り夫たる力也と妹(エミリア)が助けた事に気付いていないのだろう。苦悶の表情を浮かべ、胸から強引に魔力を吸い上げられて、大樹の如き巨大な装置の”幹”に半ば氷漬けにされた状態で磔にされている。


 必ず助ける―――そう心に誓いながらも、最愛の妻にこのような仕打ちをしたインフェルノの連中は1人残らず根絶やしにすると決意した。


 言葉ではなく行動で示せ―――幼少の頃から見てきた父の背中を思い出すまでも無く、力也はエミリアに先んじて前へと踏み出していた。


 狼系の獣人特有の瞬発力。踏み締める足が氷諸共床のタイルを粉砕し、瞬く間にトップスピートに達する。


 ヘンリックの周囲に展開していた歩兵たちが射撃を始めるが、無駄な事だった。


 狙いをつけるまでもない―――人間とは思えぬ速度で一気に距離を詰めた力也の一太刀が、数人の兵士の首をまとめて刎ね飛ばしたのは一瞬の出来事だった。


 彼の剣術の流派、薩摩式剣術は最初の一撃を何よりも重んじる。


 一日に何千、何万回も素振りを繰り返し、攻撃の動作をとにかく体へと焼き付ける。そして無駄を削ぎ落し、攻撃の動作をより最適化させていく―――その極致に存在するものこそが一撃必殺の太刀なのだ、と。


 異国の地に渡ってもなお、力也は研鑽を欠かさない。


 無造作に振り払ったその一撃に妥協は無かった。大太刀はあっという間にマッハ5.7にまで達し、音の壁と熱の壁をさも当然のように突破。断熱圧縮熱に晒されて、刀身に付着した返り血が蒸発するような音を立てる。


 血のように紅い瞳は、ヘンリックしか見ていない―――他の有象無象など眼中になかった。


「ハッ……たまらねえなぁ!!」


 にい、と楽しそうな笑みを浮かべて力也へと殴りかかるヘンリック。両腕の筋肉が膨張するなり、握り締めた拳を振り払う。


 その拳を大太刀で受け止め、急上昇する燕の如く鋭い斬撃を浴びせかけた。


 その首を、斜め下から斬って捨てる軌道だった必殺の斬撃。しかし灼熱の切っ先はヘンリックの首を斬る事はなく、その刀身に纏う衝撃波で彼の胸元を擦過しただけだった。


(浅い……!)


 巨体に見合わぬ恐ろしいまでの反射神経。


 ヘンリックの怖いところはこれだ。生まれつきなのか、それとも幼少期を過ごした環境ゆえなのか。あるいは生まれつき持ち得た先天的才覚(ギフテッド)なのか。


 兎にも角にも、単純な殴り合いというスタイルに身体が合致し過ぎていた。最高級の素材が、ヘンリックの手元にはすべて揃っているのだ。そんな”原石”を実戦という砥石で研磨し続ければどうなるか、考えるまでもあるまい。


 だからこそヘンリックは、思想的にも肉体的にも「戦争が生んだ怪物」足り得るのだ。


 妻がこんな状態でなければ、力也もヘンリックとの一戦をそれなりに楽しんでいただろう。相手の強さを賞賛しつつ、自分の全力をぶつける事でそれに応える事も出来ただろう。しかしそれは真面目に研鑽を積み上げてきた猛者同士のぶつかり合いだから楽しめる事であり、妻を虐げた事への復讐心で濁り切った今の心境では到底楽しめるものではなかった。


 畏れずに一歩、前に踏み出す。


 反射神経で避けられるならば、回避の叶わぬほどの間合いで斬って捨てればよいだけの事。必殺を期した一撃を繰り出す力也だが、しかし今度はその拳に大太刀が阻まれる。


 「殴る」という行為を何万、何億回も繰り返してきたヘンリックの拳―――硬質化した骨はまさに鋼鉄の如しだった。もはや人骨の硬度や強度ではない。手元に返ってくる手応えも、人間の骨に刃が当たったというよりは戦艦の装甲を斬りつけているようなものであり、手首にびりびりと痺れるような痛みが生じた。


 軌道を変えて何度も打ち込むが、同じ事だった。


 阻まれる、防がれる、避けられる。そしてその合間に必殺の拳が飛んでくるが、これも力也は回避する。


 相手を賞賛しつつも全力をぶつける力也。ヘンリックの持ち得る才覚とセンスに驚嘆する彼であったが、しかし相手の力に脅威を感じつつあるのはヘンリックも同じであった。


 速河力也―――恐ろしい男である。


 「倭国最強」の座を欲しいがままにした剣豪という称号は、決して伊達ではない。隻腕、隻眼、そして片耳というハンディキャップをものともせず、一切の妥協も言い訳もしない。純然たる力のみで最強の座に収まったその姿勢は、ヘンリックから見ても尊敬に値するものだ。


 むしろ憧れすら抱いた。普通ならばギブアップし引退するほどの深手を負いながらも、なおも研鑽を続け第一線に在ろうとする魂こそ、ヘンリックには価値のあるものに映る。


 そして次々繰り出される斬撃もまた恐ろしいものであった。傍から見れば易々と回避、あるいはガードしやり過ごしているように見えるヘンリックであるが、彼からすればそうとも言えない―――僅か一瞬でも判断を誤れば即座に首を刎ねられる、そんなギリギリの駆け引きを既に数十回は繰り返している。


 振り払われる斬撃を拳で阻みながら、ヘンリックは歯を食いしばった。


 ガードする度に傷だらけになっていく拳。あの大太刀の切れ味と衝撃波、そして段々と研ぎ澄まされていく断熱圧縮熱。しかし斬られ、焼かれる痛みよりも苛烈極まるのが、攻撃を受ける度に蓄積されていく”痺れ”だった。


 ―――重いのだ、斬撃が。


 無論、それは得物そのものの重みもあるのだろう。しかし一番の要因は判る―――力也の、常軌を逸したその膂力だった。


 隻腕の彼に残ったのは左腕。天地戦争中に彼の姿を見た事があるヘンリックは、彼の本来の利き手が左ではなく右である事を理解している。


 利き手じゃない方の腕一本でこれだけの膂力なのである。10tトラックが正面衝突してくるような衝撃を、果たして利き手ではない方の腕で発揮できるものだろうか。


 ヘンリックも知り得ぬ事ではあるが―――片腕と片目を失った事で、力也の肉体には一種の”変異”が起こっていた。


 【機能代償】と呼ばれる概念が、人体には存在する。


 事故や病気などで脳や内臓が損傷してしまった際に、他の脳の部位や臓器がその失われた機能を補完するべく発達するというものだ。


 力也の場合、それが左腕と右眼に発生しているのである。


 失われた右腕の分の膂力を補わんと、日々の研鑽に伴って筋力と神経が異常発達した左腕。


 失われた左目の分の立体的な視力と動体視力を補うべく異常発達した右眼の視神経。


 日々の努力に人体の神秘が折り重なる事で、彼は更なる高みに達していたのである。


 戦争が生み出した怪物と、戦争で怪物になってしまった男。


 2人の激突は、その苛烈さは、留まるところを知らない。

















 昔から、姉には憧れていた。


 幼少の頃に受けた適性検査でEXという結果を叩き出してからというもの、”神童”と謳われ蝶よ花よと愛でられたエリス。そんな彼女こそがペンドルトン家の将来を背負う事に何の疑いも無かったし、彼女の未来は祝福されていたも同然だった。


 ―――あんな事がなければ。


 せめて、せめて姉を1人の人間として扱ってあげようと、少しでも良い暮らしをさせてあげようと努力を重ねてきたつもりではあった。しかしその結果がこれである。いったいどこで誤ったのか―――自責の念に駆られながらも、一足先に最大の脅威たるヘンリックに喰らい付いた夫の背中を追うように、エミリアもバスタードソードを握る手に力を込めて一気呵成に踏み込んだ。


 ギャギャギャ、と氷の床に接触した切っ先が派手に火花を散らす。


 腕の筋力を総動員して振り上げた斬撃に、残ったインフェルノ戦闘員の首が舞った。


 接近戦を挑んでくるならば、と銃剣付きのライフルで突っ込んでくる敵兵の刺突を左手に装備した小型盾(バックラー)で薙ぐようにして受け流す(パリィ)。無防備になったその横腹に、雷を纏うバスタードソードを思い切り叩きつける。


 肋骨も、筋肉も、臓器も背骨も一切合切を断ち切って、敵兵を真っ二つにするエミリア。


 死体を蹴とばして前に出る。


 幸い、ヘンリックは力也が何とか食い止めてくれている。苛烈を極める2人の戦いを尻目に、夫の勝利を祈りながらエミリアは前に出た。


 今の彼女がするべき事は力也に加勢する事ではない。一刻も早くエリスを救い出し、彼女を苦痛から解放する事だ。


 しかしそんなエミリアに、障壁が立ちはだかる。


 ガギン、と何かを連結させる音。


 長大な柄に、三日月のような曲刀を連結させて―――巨大な鎌と化したそれを振り上げながら襲い掛かってくるのは、サーベルタイガーの獣人にしてインフェルノの副司令、ヘンリックの副官『イーライ』。


 彼もまた、戦いを求めるものだ。戦争の狂気の中でしか生きていけない”壊れた人間”。


「楽しもうぜお嬢さんよぉ!!!」


 そんな言葉に、しかしエミリアは応じない。


 そもそも彼女の紅く、爬虫類を思わせる形状の瞳はイーライを見ていなかった。その瞳が捉えているのはただ一つ、血を分けた実の姉のみ。


 眼中にないのだ。


「退けッ」


 剣の柄を握る手に、力が入る。


 バヂッ、と蒼い電撃が、エミリアの周囲を迸った。
















「―――退けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」















 声帯でも腹でもない―――”魂”そのものが絞り出したような叫びに、びくりとイーライが一瞬ではあるが怯える。


 それが、勝負を決定づけた。


 巨大な鎌で首を刎ねられるよりも先に、エミリアの放った強烈極まる刺突がイーライの喉笛を噛み砕いていたのである。


 夫がそうであるように、エミリアも日々の研鑽を欠かさない。


 竜人としての身体能力、そして日々の努力によって生み出された鋭い一撃が到達した速度はマッハ4―――戦闘機が生じるような渦状の衝撃波で周囲の氷や空間を抉り、切先を赤く焼きつけさせながら繰り出されたその一撃に、イーライは反応できなかった。


 脊髄を粉砕され、首から上を吹き飛ばされて床の上に転がるイーライ。


 一瞥すらくれず、エミリアは前へと進む。


 最愛の姉の姿は、もう目の前だった。






 

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― 新着の感想 ―
怒らせてはいけない人2人を
力也さんは当然というかある意味で平常運転ですが、守りたいものや取り返したいものがある人ってのは強いですね。エミリアさんを見ていますと。あのイーライがゴミのように他の雑兵同様に切り捨てられるあたり、彼女…
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