竜狼吶喊
《敵術式に乱れを確認。防壁消失》
「あの大馬鹿野郎、やりやがった!」
音を立てて崩れていく氷のドーム。亀裂がどんどん放射状に広がっていったかと思いきや、まるで卵が割れて中の雛が孵るかの如く、荷重のかかっているドーム上部からどんどん崩落を始めている。
文字盤を破壊され、赤い光を血のように吹き出している時計塔クロムウェルの姿が顕わになるなり、ヴォイテクは全艦に時計塔への突入と陸戦隊の降下準備を言い渡した。
あの氷のドームを形成していたのであろう術式の一部を担っていた、時計の文字盤は破壊されている。おそらく突入したラウルがやったのだろう。これでもう氷のドームを展開され、進撃経路を遮断される恐れはなくなったが……しかし相手は適性EX、人智を超えた氷の魔術師である。どんな手札が残っているかは分からない。
長期戦になれば魔力にも術式にも余裕がある向こう側が有利である。そもそもこちらは魔術的エントロピーの死熱化を常に考慮に入れて戦わなければならず、戦術的にも戦略的にも余裕はなかった。
短期決着―――理想的な勝利の方程式はそれしかない。
《警告。前方に敵艦隊が集結》
「全艦密集隊形!」
ソーキル艦隊の突入を阻止せんと、氷の空中艦隊が前方に集結してくる。氷の砲弾が矢継ぎ早に飛んできては装甲を掠め、あるいは鋭角的な舳先にぶち当たって弾かれていく。
分厚い守りだが―――それを突き崩すための装備と戦術、そしてそれを実行に移す根性の全てが、ソーキル艦隊に、そしてヴォイテク艦長には備わっていた。
「―――全艦、艦首プラズマ衝角【ズメイファング】起動!」
かつての水上艦の如く、赤く塗装された艦首衝角。
舳先よりも遥かに前方へ、大剣の切っ先のように大きく突き出たそれ。その付け根にある装甲が展開し排熱を始めたかと思いきや、バヂッ、とスパークが生じ―――融解寸前の金属の如く燃え盛り始める。
艦首プラズマ衝角『ズメイファング』。
協商連合の全艦に搭載されている決戦兵器、ズメイ砲に利用する余りある電力を用いた副産物的な兵装である。プラズマを艦首衝角に纏わせる事で高熱を生み出し、その状態で敵艦へと突入、破砕するための装備だ。
この手の装備は天地戦争序盤こそ盛んに用いられたが、滅多に体当たり攻撃は行われなかった事、リソースを他の部分に優先的に回さなければならない余裕の無さが重なり、徐々に廃れていった装備である。しかしかのメルキアの戦いで体当たり攻撃が相次いで行われた事もあり、現在ではこういった装備は再評価が進みつつあるというのが現状であった。
「全艦突入!」
ぐんっ、と重力変調システムがその向きを変えた。
艦首方向へ自由落下するようなベクトルへと転じ、艦尾の二重反転プロペラが高速回転。全長190mにも達する巨体が瞬く間に加速を開始し、自由落下する勢いも加わってあっという間に最高速度の650㎞/hに達する。
氷の艦隊が次々に氷のミサイルや砲弾を放ってそれを迎え撃とうとするが、無駄な努力だった。放たれる氷の砲弾はプラズマ衝角が発する高熱でライデンフロスト現象を引き起こし、放射熱に接する面に大量の気泡を抱え込んだ状態で、更には重力変調システムの稼働に伴う重力ベクトルの変化を突破する事が出来ず、まるで油膜に弾かれる水滴の如く後方へと受け流されていった。
勝利を確信した者たちの決死の突撃は、誰にも止められない。
「総員衝撃に備え!!」
ヴォイテク艦長の怒号が艦内へと響き渡った直後だった。
回避しようと進路を変えつつあった氷の空中戦艦、そのどてっ腹にソーキルの衝角が深々とめり込んだ。
マグマの如く高熱を発するプラズマ衝角の圧倒的熱量を前に、氷の船体は成す術も無く融解、蒸発していく。小規模な水蒸気爆発を繰り返しながら真っ二つにぶち折れた船体。自分より大きな船体すらも押し退けて、ソーキルは突き進む。
他の無人艦も同様だった。乗員を乗せぬ無人型ソーキル級や、最初から無人型として建造されたコマール級空中駆逐艦も、自分たちより体格の大きな氷の空中艦へと吶喊。プラズマ衝角をぶち当て、力ずくで突破口を切り開いていく。
迸るプラズマとガンギマった覚悟を前に、氷の艦隊がその突破口を明け渡したのはそれからすぐの事だった。
「艦長、敵艦隊突破ァ!!」
「進路そのままァ!!」
艦隊の矛先にあるのは、文字盤を破壊されてもなお赤い光を放ち続ける超巨大時計塔『クロムウェル』のみ。
その異様が艦橋の的に迫ったところで、艦橋のドアが開いた。
「ヴォイテク艦長!」
戦闘中だぞ、と思いながら振り向いた先にいたのは、1人の隻腕の男だった。
速河力也―――はるばる倭国からペンドルトン家へと婿入りにやってきた、倭国随一の剣豪である。隻腕に隻眼、おまけに片耳というハンディキャップをものともせず、言い訳なし、妥協なし、才覚なしの裸一貫、努力だけでここまで上り詰めた男である。
そしてヴォイテクからすれば、あのメルキアの地獄を共に生き延びた戦友でもあった。
「頼みがある」
赤い瞳をこれ以上ないほど燃え滾らせながら、力也はヴォイテクに一つの要求を突きつけるのだった。
《陸戦隊、降下用意》
赤い警報灯が点滅を繰り返す格納庫のハッチが、警報と共にゆっくりと解放された。それと同時に雪を含んだ冷たい風が格納庫の中にまで入り込み、空挺降下と実戦が迫った兵員たちの身体を震わせる。
マニュアル通りにパラシュートの最終チェックを行い、隣にいるフルールのパラシュートもついでに点検してあげるクラルテ。ありがとう、と応じたフルールの声は微かに震えており、やはり命懸けで戦う実戦が人間に与える精神的影響が大きい事を痛感させられるクラルテ。
しかし彼女には、メダリオンがある。マザーの与えてくれる恩寵が、”調律”がいつでもついている。
戦場で精神に降りかかる高負荷―――恐怖や罪悪感といった感情を”ノイズ”として処理、精神的に作用する信号に心理的にフィルターをかけ、余計な感情を取り除く事で思考をより合理化する。
良心の呵責も、間近に迫る死の恐怖も、このメダリオンがある限り巫女たちには無縁の存在なのだ。
ビー、とブザーが鳴り、一足先に装備を収めたコンテナが投下され始めた。格納庫内で落下傘を解放、猛烈な空気抵抗に晒されたそれに引っ張られる形で、コンテナが格納庫の外へと引きずり出されていく。
他の艦からもコンテナと、それから金属製のロケットブースター付きパレットに乗せられた戦車が投下され始めた。
『10式戦車』―――協商連合で正式採用されている、日本製の主力戦車である。
日本という島国の特性に合わせ、橋梁に負荷をかけない程度の重量とコンパクトさ、そして高度な電子装備を併せ持つ代物だ。特にそのサイズ感と重量が、空中艦というペイロードに余裕があるとはいえ限りがある兵器に搭載、敵地で展開できる戦力としてはうってつけであった。
しかしさすがに寒冷地迷彩に再塗装する時間がなかったのだろう、パレットに乗ったまま投下されていく10式戦車たちはどれもこれもが通常のオリーブドラブ塗装のままだった。どの艦も緊急出撃してきた事が、そういう面から伺える。
ヴー、と歩兵降下開始のブザーが鳴り響く。コンバットシャツにコンバットパンツ、チェストリグという戦闘服に着替えたクロエが先陣を切って降下。それに続いてロザリーが、フルールが、ユリウスが続いていく。
格納庫の右側からは、戦闘人形の兵士たちが感情一つ浮かべる事なく、淡々と空へ身を投げ出しているところだった。
全員が降下したのを確認するなり、ジャンプマスターに「お世話になりました!!!」と声を張り上げ、クラルテもまた空中へと身を投げた。
強烈な落下感―――しかし首に下げたメダリオンが発光、調律によりその恐怖すらも取り除いてしまう。マザーからのバックアップを常に受けているクラルテからすれば、何度も乗り慣れた味気ないジェットコースターのように感じられるのかもしれない。
訓練通りの極めて模範的な三点着地をキメ、パラシュートを取り外してコンテナへ向かうクラルテ。既に解放されていたコンテナから自分の分の装備―――ドイツ製汎用機関銃『MG5』とベルトの収まった弾薬箱、それから60㎜迫撃砲弾の収まった弾薬箱とM224迫撃砲の砲身を背負って戦闘行動に移る。
先陣を切る形で前に出たクラルテ。その手にあるのはM224迫撃砲があり、右手が引き金に、左手が砲身へと添えられていた。
本来、迫撃砲というのは地上に設置して砲撃を行い、相手の頭上から砲弾の雨を降らせる類の兵器である。
しかし身長190㎝、馬鹿力に定評のあるシスター・クラルテからすればたかが60㎜の迫撃砲など、グレネードランチャーのようなものである。
しゃこん、と砲弾を砲口から砲身内部へと滑り込ませるなり、引き金を引くクラルテ。
ボンッ、と腰だめで構えた砲身から、あろう事か水平射撃で躍り出た60㎜砲弾。迫撃砲の尊厳破壊とも言える運用方法で発射されたそれは凍てついたクロムウェルの入り口のドアを吹き飛ばすと、陸戦隊に突入経路を提供するに至った。
M224迫撃砲は米軍で運用されている軽迫撃砲である。最大の特徴が、従来の迫撃砲とは異なり砲身後端上部に引き金が追加されている事で、モード変更する事で砲弾を砲口内部に落とした瞬間に発射するか、それとも引き金を引いて発射するかを選択する事が出来るのだ。
無論、このように腰だめでグレネードランチャー的運用をするためのものではないのだが……。
武器をMG5に持ち替えるクラルテ。その間にブルパップ式アサルトライフル『VHS-2』を装備したクロエがロザリーと共に突入、クロムウェル内部で早くも銃声が弾け始める。
仲間を支援する準備をしながら、クラルテは視線を巡らせた。
先行しているであろうラウルは、別の経路から突入したらしい……壁面の開口部、元々は内部に風を取り入れるためのものであろう通気口にパラシュートが引っかかっている事からもそれが伺い知れる。
この作戦が無事に終わるように祈りながら、クラルテもクロムウェル内部へと踏み込んだ。
目を瞑ると、今でも彼女と―――エリスと初めて出会った時の事を思い出す。
今思えば、塔の中に幽閉されて育ったエリスにとっては力也こそが、自分の伴侶となるべくブリタニアへ渡ってきた隻腕の侍たる彼こそが、生まれて初めて目にする獣人だったのであろう。それはもう駆け寄って来るなり物珍しそうにケモミミや尻尾をべたべたと触り、手のひらにある肉球をひたすらぷにぷにする始末。
ブリタニアへ渡航した初日は、日付が変わるまで解放してもらえなかったものである。
そんな彼女の生い立ちは、エミリアから聞かされた。
生まれつき、望みもしない力を身に秘めたが故の悲劇。塔の中の部屋こそがエリスにとっての世界の全て―――そんな彼女をどうにか幸せにしてやれないものか、もっと笑顔を浮かべられるようにできないものか。
自分なりに考え、色んなことにチャレンジした。竜人語で分からない事があればエリスに聞くという口実を作り、会える時は会うようにした。
そんな大切な妻が、苦しんでいる。
たった一人の男の、「戦争がしたい」という身勝手極まる欲望によって。
怒髪冠を衝く、とはまさにこの事なのだろう。
今の力也は、そして姉を虐げられているエミリアは、まさに怒り狂う獅子のそれであった。
超巨大時計塔『クロムウェル』上空。
解放された格納庫の遥か下に、クロムウェル頂上の尖塔と破壊された文字盤が見える。
《降下開始、降下開始》
《お二人とも、ご武運を!》
ヴォイテク艦長からの艦内通信に背中を押され、エミリアと力也はクロムウェル目掛けて身を投げた。
パラシュートなし、降下を誤れば1200m下の地面に叩きつけられ身を砕かれると分かっていながらも、成功すると確信した上での決死の空挺降下。
腕を広げて落下する勢いを調整、巧みに姿勢制御しながら、2人はそのまま一直線に破壊された文字盤の破孔へと飛び込んでいく。
全身をドラゴンの外殻で覆い衝撃を完全に吸収するエミリアと、痛みを根性で耐える力也。
2人が顔を上げた先には、ヘンリックがいた。
ぱん、ぱん、ぱん……三文芝居を見て呆れたような、嘲るニュアンスを含んだスローテンポな拍手。
そんな彼の後方には巨大な装置があった。大樹の根の如くケーブルが四方八方へと伸び、幹のように屹立するシステム本体には圧力計や魔力計、オシロスコープのような画面が並び、レトロフューチャー映画に登場するマッドサイエンティストの研究室を彷彿とさせる。
その装置の中心部に、エリスは居た。
身体を磔にされ、半ば氷に埋もれた状態で―――強制的に魔力を汲出されているのであろう、胸からは常に赤い光が漏れており、苦しそうな喘ぎ声を漏らしている。
「エリス!」
「これはこれは……まさかこんなところで再開するとは思いませんでしたよ、少佐殿」
「よお、クソ野郎……天地戦争以来か?」
腰に下げた大太刀『朱桜』を引き抜き、賢者の石でできたそれを肩に担ぐ力也。隣ではエミリアが左手にバックラーを、右手にバスタードソードを携え、完全に戦闘態勢に入っている。
「まあ、そんな事はどうでもいい……人の嫁にこんな事をしたんだ。こんな事をさせたんだ。落とし前の付け方、分かるよな?」
表に出さず、胸の内に秘めていた怒り。
それを解放した瞬間に、周囲にいたインフェルノの戦闘員たちは己の死を悟った。
怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった。絶対に勝てない相手の逆鱗に触れた……死を悟るには十分すぎるほどの、絶望的なほどに隔絶した実力差。その矛先が自分たちに向けられているとあってはこうもなるだろう。
しかしそんな中、唯一ヘンリックだけは笑みを浮かべていた。
そんな彼に刀の切っ先を向け―――怒り狂った獣は告げる。
「―――クソ野郎は、狩る」




