クロムウェル突入
急激な魔力反応、と戦闘人形の観測員が報告したのと、異変が生じたのはほとんど同時だった。
氷の空中艦隊と砲撃戦を繰り広げる前衛艦隊と旗艦ソーキルの遥か彼方、超巨大時計塔『クロムウェル』を中心に巨大な氷の防壁がせり上がり始めたかと思いきや、それは大気中の水分を吸収して急激な成長を遂げ、瞬く間にクロムウェルを中心とした高さ1300m、直径5000mのドーム状構造物を構築するに至ってしまう。
「これほどの質量の構造物を……」
有り得ない、という言葉は呑み込んだ。「有り得ないという事は有り得ない」―――この界隈に身を置いて、ヴォイテクが学んだ事だ。世の中には己の尺度で推し量れない存在もあるのだ、と。協商連合代表、ミカエルこそがその最たるものであろう。
それはさておき、これでクロムウェルへの道は閉ざされた。
これでは航空隊も、そして空域制圧後に降下予定の陸戦隊も突入が出来なくなってしまう。
「艦長、ズメイ砲でふっ飛ばしますか!?」
「ダメだ、威力があり過ぎる」
ズメイ砲を放てば、あの程度の氷の防壁など容易く吹き飛ばしてしまうだろう……その中心に位置するクロムウェルと、そこに幽閉されているエリス諸共。
「主砲、弾種徹甲。旗艦指示の目標。攻撃目標、前方の巨大構造物」
ヴォイテクが命じるなり、主砲へ徹甲弾の装填が始まる。
弾薬庫と火薬庫からそれぞれ徹甲弾と装薬が機械のアームによって取り出され、艦内のオートフィーダーでエレベーターまで運ばれる。そこから揚弾筒の内部を高速で通過し砲塔内部へと運搬され、徹甲弾が最初に装填。続けて装薬も装填されて薬室を閉鎖、砲撃準備が整う。
砲塔が旋回しつつ仰角を調整。20.3㎝連装砲が、クロムウェルを覆う巨大な氷のドームを睨む。
《主砲照準、全艦連動》
「撃てぇッ!!」
それまで敵艦隊を砲撃していたソーキル級たちが、旗艦ソーキルからの命令により照準をオーバーライド。20.3㎝連装砲の矛先を氷のドームへと向け、一斉に徹甲弾という矛を投げ放つ。
放物線を描きながら飛翔していく徹甲弾たち。圧倒的な質量とその運動エネルギーで敵艦の装甲を貫く事を企図したそれは、如何に巨大な質量といえども氷のドーム程度ならば容易く貫いてしまう―――筈だった。
相手が、EXランクの魔術適性の持ち主でなければ。
発射された徹甲弾は、確かに氷のドームを直撃した。
しかしそれは、氷の表面をある程度吹き飛ばし、微細な欠片を撒き散らすのみだった。まるでコンクリートの分厚い壁を金槌で殴りつけたように、傷跡こそ刻んだものの貫通までは至らない。その圧倒的な質量と硬度、そしてドーム状という形状が、徹甲弾の運動エネルギーを見事に受け流していた。
ガァンッ、と甲高い音と共に跳弾した砲弾が、周囲の建物や凍り付いたムーア川の水面を直撃。真っ白な煙を吹雪の中にたなびかせる。
「き、効いていない……っ」
「まだだ!」
どう、と後部甲板―――艦橋後部とドローンステーションの間にある区画のVLSから、濛々と煙を噴き上げてトマホークミサイルが発射される。垂直に射出されたそれは重そうに向きを変え、氷のドームへと向かって正確に突っ込んでいった。
外れるはずもなく、ミサイルは弾頭を氷のドームにめり込ませて爆発。爆炎の熱と爆発の衝撃波、そして破片を至近距離で余すことなく目標に叩きつける。
確かに、徹甲弾を撃ち込むよりは効果があった。
が、それだけだ。
ミサイルがドームの表面にくっきりと刻んだクレーターは、しかしものの数秒で塞がり始めてしまう。
大気中の水分を吸収、凝固させているのだ。氷属性の魔術師にとって、魔術を発動するための”素材”はいたるところに存在している。その辺の川や湖、雨上がりの水たまり、そして大気中の水分。凝固させ氷を生成するための水分があればいいのである。
いわば、いたるところに修復のための素材が転がっているようなものだ。はっきり言って、アドバンテージは向こう側にある。
《警告。魔力的エントロピー、間もなく危険域》
「くっ……後衛艦隊に打電、ズメイ砲の発射を要請!」
急げ、凍り付くぞと命じながら、ヴォイテクは頭をフル回転させた。
どうにかしてこの状況を打破しなければ。
しかしズメイ砲を撃てばクロムウェルごとエリスを吹き飛ばしてしまう。かといってこのままミサイルや主砲で削り続けていればジリ貧だ。敵艦隊からの攻撃をやり過ごしながらあのドームを攻撃、突破口を形成しなければならないのだから。
どうする、どうする……自問自答するヴォイテクだが、しかしなかなか答えは浮かんでこない。
光の届かぬ深海のように、暗い絶望が目の前に広がるだけだ。
「くそ……何がどうなってやがる」
F-14Dのコクピットの中、補助AIが機体を診断し作戦行動に支障がない事を確認するなり、ひっきりなしに鳴り響く警報を手動で切りながら悪態をついた。
巨大な氷のドームは、ソーキル艦隊からの砲撃すら意に介さなかった。徹甲弾による砲撃を弾き飛ばし、トマホークミサイルの直撃に耐えたとあっては、ソーキルが次に投入する攻撃はズメイ砲か対消滅弾頭を装備した自爆ドローンになるであろう。
しかし、低速の自爆ドローンをこの吹雪の中で飛ばせるかどうかも怪しいし、ズメイ砲はいくら何でも威力があり過ぎる。後者であれば確実に氷のドームは突破できるだろうが、内部のクロムウェル諸共吹き飛ばしかねないし、余波だけでも空中艦の装甲を融解、爆沈に追いやる威力がある。そんなものを撃ち込めばどうなるか、考えるまでもあるまい。
遥か彼方、ズメイ砲の閃光がコクピットをキャノピー越しに照らし出した。蒼いスパークを纏い、周辺の大気を瞬時にプラズマ化させながら飛翔する流星の如き閃光がロンディニウム上空を通過。機体の計器類に一瞬だけノイズを生じさせるや、ロンディニウム市街地上空の魔力的エントロピーを一時的とはいえ局地的にリセット。艦隊が行動できるだけの環境を提供する。
「!」
ドーム周辺から”生えてきた”氷の空中艦。俺の機体を認知するなり、船体側面から無数の氷の棘を飛ばして対空砲火を放ってきやがる。
慌てて急上昇からの宙返り。敵艦に背中を晒し、視界の中で天と地が入れ替わる。
凍てついた市街地を見上げるアングルとなったその時だった。
キャノピー越しの視界の中に、ふと引っかかるような光景が飛び込んでくる。
あれは……線路か。
ペンドルトン家の屋敷に通い、エリスさんから魔術のレクチャーを受けていた時を思い出す。エリスさん曰く『ブリタニアは浮遊大陸において最も早く鉄道インフラを整備した国家である』と。
他の浮遊大陸が、獣人との天地戦争に明け暮れ100年も経過している世間を他所に、ブリタニアでは都市開発が盛んに行われた。やがて地上に線路を敷設する事が難しくなると、浮遊大陸では珍しい地下鉄の工事が開始。軟弱な地盤を鉄骨やコンクリートで厳重に補強、排水設備を十二分に用意して開業したのがロンディニウム市営地下鉄なのだそうだ。
街中をぶらぶらしていた時も、地下鉄の駅は何度か見かけたし、「地下鉄」を名乗っているのに地上に顔を出す区間も存在するようで、そのやたらとでっかい車両はちらほらとではあるが見かけた。その度に車両の大きさとトンネルの口径に驚かされたものだ。
なにしろ、何もかもがダイナミックでビッグサイズな事に定評のあるアメリカの鉄道が、信じがたい事に子供の玩具にしか見えなくなってしまうほどのサイズだったのである。いったいどういう理由があってあんなクソデカ地下鉄を走らせて―――。
そこまで思い至り、ふと脳裏にロンディニウム市営地下鉄の路線図を思い浮かべた。
確かあそこは……市街地郊外と市街地中心部を結ぶ路線だった筈だ。
そして市街地中心部には―――クロムウェルがある。
腹は括った―――今はもう、賭けるしかない。
「―――ストレイドよりソーキル、ドームの突破口を確認」
《なんだ、何を見つけた!?》
「侵入口はあそこしかない、これよりドーム内に突入する!」
減速させつつ機体を旋回、一旦距離を取ってから再度左に旋回した。
線路の真上を飛びながら、機体の軸線を遥か目の前、市街地が凍てついてもなおぽっかりと口を開けているトンネルの入り口へ合わせる。
そのまま、スロットルレバーを倒した。
大きく開いていた可変翼が後退、AIM-54フェニックスを使い切っていた事もあって身軽になった機体が、ぐんっ、と一気に加速した。
キャノピーの向こう、怪物の口みたいにぱっくりと開いたトンネルの入り口が迫ってくる。
そして―――視界が一気に暗くなった。
トンネルへと突入したのだ。よりにもよって戦闘機で。
《ストレイド、レーダーより消失》
《なんだ、墜落したのか!?》
《アイスマンよりソーキル、ストレイドが地下鉄のトンネルに突入した! 繰り返す、ストレイドがトンネル内を飛行中!!》
《あ、あの大馬鹿野郎……っ!!》
こりゃあ戻ったらなんか言われるなぁ、と思いつつ操縦桿をしっかりと握る。フラップとラダーを訓練通りに使いながら進路を微調整、トンネル内で凍結し乗り捨てられた地下鉄の車両を回避する。
氷はトンネル内にも達していた。壁面も線路も、どれもこれもが青白く凍り付いていて、まるでこの世の終わりのよう。
壁面を覆う氷に、仄かに赤い光が混じり始めた。
見覚えはある―――クロムウェルの頂上付近で輝いていたあの赤い光だ。
近いな、とそろそろトンネル内の飛行が終わる事を悟る俺のすぐ近くを、氷の棘が擦過していく。
視界を後ろへと向けた。いつの間にか後方に2機、あの氷でできた蝶みたいな姿の敵機が張り付いて、氷の棘を機銃みたいに飛ばして撃墜を試みようとしている。
操縦桿を倒して機体を横倒しに。前方から迫ってきた急カーブを旋回で曲がり切ると、敵機の片割れが勢いよく壁面に突っ込んでガラスの割れるような音を立てた。爆発はせず、そのまま砕け散ってしまう。
残る1機も翼端を壁面に擦り付けながら辛うじて旋回。なおも俺の尻を追いかけ回し、氷の棘を射かけてくる。
いくら戦闘機が通過できるほどのトンネルとはいえ左右に旋回し回避できるはずもない。背後からの攻撃が飛来し、1発、また1発と被弾。補助AIが損傷を伝えてくる。
ガッ、と後方から飛んできた氷の棘がキャノピーを貫通。俺の頭の僅か3㎝脇から、通りの棘の鋭利極まる切っ先が突き出る。
あと少し右に頭があったら死んでたわ、と他人事のように思えるようになった辺り、俺も肝が据わったか、あるいは極限状況の中で色々とおかしくなったか。
多分後者だろうな、と思いながらもサイドワインダーの発射準備に入る。
AIと機体のシステムが、ロックオンしていないのにミサイルを発射するのかと確認するように警告を出してくる。そんなもの百も承知、分かっててやるのだ。
システムをオーバーライド、ミサイルを強制発射。本来ならば敵機を誘導するはずのそれが、しかし無誘導で解き放たれる。
狭いトンネルの中、するすると伸びていった2発のミサイル。やがてそれはトンネルの天井を直撃すると、天井を覆う氷とコンクリートの補強部を木っ端微塵に吹き飛ばし。戦闘機が通過できるだけの大穴を穿った。
間髪入れずに操縦桿を引いて急上昇。巨大な氷のドームの内部に、そしてクロムウェルの目と鼻の先に躍り出る。
強烈な魔力反応―――俺みたいなEランクの出来損ないでも、エリスさんがどこにいるかは反応で分かる。
背後からの敵機の攻撃で、F-14Dトムキャットは随分と損傷しているようだった。右側のエンジンがすっかりやられてしまったようで、火を噴きながら黒煙を吐き出している。
もう少し、もう少し……。
赤い光を発するクロムウェルの文字盤。
魔力的エントロピーの増大による影響なのだろう、F-14Dの残った左のエンジンも咳き込み始める。機体の速度がぐんぐん落ち、高度計の上昇も緩やかになり始める。
失速してしまう―――危険域に入るよりも先に、機関砲の発射スイッチを押し込んだ。
ヴヴヴヴヴ、と20㎜ガトリング機関砲が吼える。数発の砲弾がクロムウェルの文字盤を直撃するなり、そこからまるで放電が始まったかの如く赤い稲妻が噴出。それと同時に天井のドームが緩やかにではあるものの、崩壊を始めた。
それと同時に機体がすっかり沈黙する―――エンジンが止まったのだ。
「ストレイド、緊急脱出!」
脱出を宣言するなり、傍らにある脱出レバーを引いた。
キャノピーが外れ、座席と一緒に機外へと射出されるラウル君。急激な冷たい風に嬲られながらもメニュー画面を召喚、その中から無反動砲を選択してタップ、生じたクッソ重い鉄の筒の感覚に「なんやねんコレ」と悪態をつきながらも、しつこく後ろを追いかけ回してきた敵機に向かって引き金を引いた。
バックブラストと同時に放たれる多目的対戦車榴弾。よもや緊急脱出したパイロットが無反動砲で反撃してくるとは思わなかったのだろう、敵機は頭から砲弾に飛び込んで爆発するなり、微細な氷の破片を撒き散らして消え去った。
カールグスタフを投げ捨ててMARS-Hをスタンバイ、パイロットから突撃兵にジョブチェンジする。
パラシュートを開いて降下しながら、クロムウェルを睨んだ。
助けに来たよ、エリス先生。




