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戦域突入

どうでもいい話

協商連合の艦が中指を立てる様子は、インターネット上で「中指砲」と呼ばれている。


「すげえ、すげえよオイ」


 超巨大時計塔『クロムウェル』の最上階―――何もかもが氷に覆われた広間の中、ヘンリックは凍てつくロンディニウムの街を一望しながら狂ったように笑い、両手を大きく広げて狂喜した。


 雨と霧の都と呼ばれたロンディニウムは、もう既に一面の銀世界だ。建物だろうが車だろうが、増水し荒れ狂うムーア川だろうが人間だろうが、何であろうと関係なかった。一切合切が凍り付き、死に絶えた静かな世界。


 時折遥か遠方で、赤い炎が明滅しては消えていく。遠方からやってきたのであろう救助隊の魔術師が炎属性魔術を使ったのだろうが、しかしこの死熱化一歩手前の魔力的エントロピーの空間で魔術の発動など出来るはずもない。


 ならば、と火炎放射器を持ち出しているようだが……果たして燃料が尽きるのと全てが凍り付くのではどちらが先だろうか。


 背後にある巨大な装置―――どことなく、大聖堂に据え付けられた巨大なパイプオルガンを彷彿とさせる荘厳なそれには、半ば氷に覆われた状態のエリスが磔(はりつけ)にされた状態で接続されている。装置に搭載されたオシロスコープを思わせる画面には見た事も無い波形が表示されていて、エリス・シンシア・ペンドルトンという天性の適正に恵まれた彼女がどれだけのポテンシャルを秘めていたのかという事実だけを告げている。


「勿体ねえよなぁ……なあイーライ?」


「ああ」


「こんな才能に満ち溢れてるのに、屋敷の奥に幽閉されちまってよ。力があるんだ、使わなきゃ損じゃねえか」


「なあボス、でもこのままじゃ俺たちもヤベぇんじゃねえか?」


 真っ白な息を吐きながら、インフェルノの戦闘員の1人が懸念を表明した。


 既に周囲はすっかり凍り付いてしまっている。幸い事前に持ち込んだストーブのおかげでクロムウェル内部は局所的に温暖、少なくとも凍死するような状況になってこそいないものの、既に地上の気温は-30℃へと迫っており、またストーブの燃料にも限りがある。


 人知を超えた力を自由に操れるのは良い。しかし、このままここに留まっていれば自分たちもやがて凍り付いてしまうのではないか―――真っ当な思考回路ではあるが、しかしヘンリックはそれを分かっていても逃げようとする素振りを見せない。


 ヘンリックだけではない、イーライもだ。


 むしろ無邪気な遊び盛りの子供が、遊園地の大人気アトラクションを前にしたような笑みすら浮かべている。


「バカ野郎ォお前、これから楽しくなるんじゃねえか」


「……え」


「このペースで行けば今年中には世界中が寒冷化の影響を受ける。下手すりゃあ人類滅亡まで行くかもなァ……そうなりゃあとびきり強ぇ奴が俺たちを止めに来る」


 分かるか、と狂ったような笑みを浮かべながらヘンリックは彼の方を振り向いた。


 その時、インフェルノの戦闘員たちは全員が理解した。


 ヘンリックという男が、どういう男なのか。


 それは「狂気」という言葉が、ヒトの姿を形作って歩いているような―――いや、言語で表せるものではない。もっともっとおぞましいナニカの具現とも言うべき存在である、と。


「そ(・)ん(・)な(・)世(・)界(・)最(・)強(・)格(・)の(・)連(・)中(・)を(・)相(・)手(・)に(・)、一(・)世(・)一(・)代(・)の(・)大(・)戦(・)争(・)が(・)出(・)来(・)る(・)ん(・)だ(・)。人生をそれでシメられるんだから最高だろ?」


 エリスが接続されている装置が、反応を指し示す。


 それと同時にクロムウェル周辺の水分が急激に凝固、巨大な錐(きり)のような形状の、さながら氷の空中戦艦とも言える姿へと変貌するなり、南の空へとその舳先を向ける。


 分かっているのだ、ヘンリックには。


 この空の遥か向こう―――今まさに、この寒冷化現象を止めエリスを救うべく向かっている一団がいるのだ、と。


 そしてその中に、自分の血を受け継いだ仔(ラウル)がいるのだ、と。







「さあ……来てみろ。楽しもうぜクソッタレ共」



















「レーダーに感、ロンディニウム周辺に空中艦らしき反応」


 レーダー手の席に座る戦闘人形(オートマタ)の淡々とした報告を聞きながら、ヴォイテクはユリウスの偵察で得られた映像を思い起こしていた。


 エリスの適性EXという、適性ランクの概念から大きく逸脱した力ならばそんな魔法じみた事すらも可能なのだ―――大気中の水分を凝縮、凝固させ、空中戦艦サイズのそれを生成する。それだけではなく個別に自律制御を行い、接近してきた敵を自動迎撃させる。


 ”魔術”と”魔法”には、天と地ほどの差があるのだ。


 しかしエリスのこれは―――ここまでくれば、もう彼女の力を「魔術」というカテゴリーに当てはめておくこと自体が不適切という他あるまい。もはやエリスの生み出す氷の迷宮は上位互換たる「魔法」の領域に足を踏み入れている。


「トマホークミサイルで先制攻撃、航空隊を援護する」


「了解」


「全艦、トマホークミサイル発射始め!」


 ソーキル級の後部甲板―――前部甲板よりも盛り上がった構造物の上部、そこに据え付けられたVLSのハッチが展開するや、ごう、と煙と炎を吐き出しながらトマホークミサイルが射出され始める。


 前衛艦隊旗艦ソーキルの発射を合図に、周囲の同型艦や初陣となるコマール級空中駆逐艦もそれに追随。VLSやミサイル発射機から白煙を吹き上げて、トマホークミサイルを次々に発射し始める。


 発射されたミサイルたちは向きを変えて北へと直進。艦隊から出撃した航空隊の頭上を軽々と飛び越えてロンディニウム市街地へと到達するなり、その舳先を航空隊へと向けていた氷の空中艦隊目掛けて勢いのままに突入した。


 ズン、と氷の船体が大きく揺れる。全長200m程度の氷の塊が大きく沈み込み、ミサイルが直撃した事によって生じた大型の破孔から赤い魔力を血のように吹き出して高度を落としていく。


 2発、3発とミサイルが船体に直撃、真っ二つになりながら爆沈していく氷の空中戦艦たち。


 しかしその構成物質が水であり、エリスの魔力を以てすれば如何様にも用意できる低コストの兵器である。


 ミサイルの一斉攻撃で大破、爆沈に追い込んでも、ロンディニウムの時計塔周辺……紅い光が息衝くクロムウェル周辺の空間から1隻、2隻と新たな氷の空中艦が出現して、その舳先をこちらへと向けてくる。


 敵艦撃沈、という報告をいくつも受け取るも、しかしキリがない。撃沈したそばから次々に「生えてくる」のであれば、高価なミサイルで処理し続けるのは得策とは言えなかった。


 だが、今はまだ主砲の射程距離ではない。


 ズメイ砲の砲撃でもいいが、そうすればエリスの幽閉されている時計塔『クロムウェル』を巻き込む事になる。彼女への被害を考慮し敵だけを精密に狙うには、これか自爆ドローン『スイッチブレード弐式』しかないのだ。


「全艦、ミサイル攻撃続行! 自爆ドローンも発射しとにかく敵の数を減らせ!」


 出だしから躓くわけにはいかない。


 艦長席のアームレストを握り締めながら、ヴォイテクは艦橋の窓の向こう側を睨みつけた。


















 凍てつく空の遥か彼方。


 目標の目視も出来ないほどの長距離でも、しかし既に新たな愛機―――F-14D『トムキャット』は獲物の姿を捉えていた。


 クラルテのサポートスキル『教練空間(トレーニングスペース)』を活用させてもらい、最近はずっとF-105に代わる機体を探していた。単座、複座問わず、俺が求めていたのは「十分な機動性とペイロードを両立した機体」である。


 というわけで(俺の趣味含めて)選定したF-14Dトムキャットには、彼女のスキルの中でとにかく乗りまくった。武装満載時の離着陸訓練や敵艦隊の攻撃を想定した訓練、そして冷戦中の米軍が想定していた『敵爆撃機からの艦隊防衛シナリオ』に至るまで。


 だからさすがに「手足のように動かせる」と豪語するわけではないが、それでもコツは十二分に掴んでいるつもりだった。


 敵艦隊をレーダーで捕捉―――後方に搭載されたサポートAI、そのマネキンの頭を思わせる丸いセンサー部の発する光が、非戦闘モードの青から戦闘モードの赤へと変色していく。


「ストレイド、フォックス3!」


 F-14の代名詞とも言えるAIM-54フェニックスが、機体の胴体下部と主翼の付け根にあるパイロン、合わせて6つから一斉に切り離された。直進するF-14Dの慣性に引っ張られながらもふわりと落下したそれは、やがてすぐにノズルから火を噴き急加速。母機がレーダーで指示した目標へと向かい直進していく。


 それに倣い、他の機体も一斉にミサイルを発射。ミサイルの吐き出す白煙が、灰色の雪空へとするする伸びていく。


《―――Pitbull》


 後部座席に搭載された補助AIによるコール―――発射されたAIM-54フェニックスがセミアクティブ・レーダー誘導、つまり母機からのレーダー指示を受けての誘導から、アクティブ・レーダー誘導、自力での誘導に切り替わったのだ。


 爆炎も何も、見えなかった。


 けれどもコクピットにあるレーダーの反応の中から、ユリウスの偵察時に見たあの氷の空中戦艦の反応が次々に消えていくのが分かり、発射したミサイルが期待通りの戦果を上げた事を確信する。


 機体はすっかり軽くなっていた。


 スロットルレバーを倒してアフターバーナーを全開。可変翼が限界まで後退して空気抵抗を一気に削減、キャノピーの周囲の風景が遥か彼方へと追いやられていくと同時に、ぐんっ、と身体がシートに押し付けられ急激なGに身体が軋む音を立てる。


 歯を食いしばってその感覚に耐えている間に、見えてきた。


 氷に閉ざされた都、ロンディニウムの街並みが。


《ボギー接近》


 AIの電子音声。


 眼下に聳え立つクロムウェルの威容。その周囲を守るように円錐型の空中艦が方陣を展開するかの如く布陣している。AIのいう「不明機(ボギー)」とはそれの事か、と思ったが、どうやら違うらしい。


 円錐型の船体から吐き出される飛行物体。ミサイルかと思ったが、しかしこっちに到達するよりも先にやたらと鋭角的な蝶を思わせる翼を広げ、こちらの動きに合わせて旋回。どてっ腹に機銃でも叩き込もうというのか、氷の棘のようなものを連射して攻撃してくる。


 氷の戦闘機―――そんなものまで。


「散開(ブレイク)、散開(ブレイク)!」


 一緒に出撃してきたJ-20R(※無人機だしAIが搭載されているからいちいち俺が支持する必要もないか)にそう命じながら急旋回。アフターバーナーを全開にしていた状態から急減速しつつ旋回に入ったものだから、Gの流れが急激に変化し身体が悲鳴を上げる。


 身体中の血がどっと足の方へ集中していく。そのまま骨も筋肉も内臓も、このラウル・エルマータという個人を構成している全てが足の裏を突き破って抜けていくのではないか、と思ってしまえるほどの負荷を感じながら旋回を終え、敵機の尻にかじりつく。


 ヴヴヴ、と20㎜ガトリング機関砲が吼えた。ガガガガガ、と氷の蝶を思わせる敵機が蜂の巣になり、無数の微細な氷の破片になって地上へと落ちていった。


 敵機をレーダーと目視で確認しつつ、味方の様子も確認。ユリウス兄貴の遠隔操作しているバイラクタルは、と視線を巡らせると、高度を思い切り上げて何やら艦隊に観測データとレーダー誘導を行っているところだった。


《アイスマンよりストレイド、母艦からの長距離攻撃が来る。備えろ》


「了解」


《全艦砲戦用意。弾種誘導、旗艦指示の目標。撃ち方始め》


《撃ちーかたー始め》


 誘導砲弾―――そんなものまで採用してたのかあの艦は。


 無人機を飛ばし現場で誘導、あるいは母艦から直接レーダー照射を行う事によって、ミサイルほどではないが誘導を行う次世代型の20.3㎝砲弾。


 ソーキル級の主砲は全て前部甲板に搭載されている。だから真後ろから敵に襲われない限り、砲門の全てを敵に向ける事が出来るのだ。


《10、9、8、7、6、5、4、3……だんちゃーく、今》


 ユリウス(アイスマン)のコールの直後だった。


 眼下に鎮座する敵艦隊に爆炎が生じたと同時に、まるで巨大な金槌でぶん殴られたかのように大きく揺れた。


 20.3㎝砲―――重巡洋艦の主砲である。さすがに超弩級戦艦のものと比較すると見劣りはするが、しかし大口径の砲弾である事に変わりはない。そんな質量を武器にしたものが精密に誘導しながら飛んでくるのだ、敵からしたらたまったもんじゃない。


 敵艦隊の艦列が乱れた。


 クロムウェルに突入するのであれば、今しかない。


「ストレイドより各機、これよりクロムウェルに肉薄する!」


 高度を一気に下げた。キャノピーがびりびりと鳴動し、凍り付いた市街地がどんどん近付いてくる。


 操縦桿を上げて機体を起こし、凍てついたロンディニウム大橋の下を通過。衝撃波で凍り付いた川の氷を吹き飛ばし、クロムウェル目掛けて上昇する。


 あそこにエリスさんが―――と、その時だった。


 クロムウェルの文字盤と赤い光の輪が、一際強烈な赤い輝きを放ったのである。


 異変が生じたのは直後だった。


 バキバキと音をたて、凄まじい勢いで分厚い氷の壁が出現。市街地中心部とクロムウェルにすっぽりと覆いかぶさるかのように急成長し、全高1200mの時計塔を完全に覆い隠してしまう。


「ッ!?」


 ぎょっとしながら急減速、可変翼が前進した状態で操縦桿を限界まで引き起こした。


 ギャッギャッ、と擦過するような激しい音と振動。完全回避とはいかなかったのだろう、おそらく機体の腹を大きくあの氷の防壁に擦ってしまったらしい。


 大破したというわけではないようだが……それよりも、だ。


 クロムウェルまでの道が―――閉ざされた。







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何が悲しくてこんな最悪の人間の失敗作に振り回されなきゃいかんのですかねえ…こんな状況すら新しい玩具を与えられた子供みたいに楽しんでやがる。ハートマン軍曹風にいえばパパとママの愛情が足りなかったのか貴様…
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