”魔女”の吐息
『機関停止!』
『非常電源は!?』
『ダメです! ロンディニウム周辺の魔力的エントロピーが急激に死熱化して……動力喪失、墜落します!』
『プルアップ、プルアップ! プルアップ―――』
『さむい、さむいよぅ……さむいのとまらないよぅ……っ!』
『だれか……たすけて……っ!!』
何度も、何度も、助けを呼んだ。
何度も、何度も、手を伸ばした。
いつか、誰かが聞き届けてくれると祈って。
いつか、誰かが手を握ってくれると願って。
けれども、乙女の願いは祈りは届かなかった。
けれども、乙女の願いは叶わなかった。
その声は塔の部屋に隠されて。
その手は塔の壁に閉ざされて。
明るく振舞う裏側で、じわりじわりと黒い想いが滲みだした。
―――私はきっと、生まれるべきではなかった。
第十二章 絶対零度の魔女
雪雲を、鋭い舳先が射抜いた。
潜水艦が海面を割って浮上するように、雪雲の中から浮上してくる空中巡洋艦や駆逐艦たち。1つ、2つと新しい舳先が雲の中から生えてきては、前部甲板に搭載された砲塔や最新のフリゲート艦のような形状の艦橋とレーダー、そして協商連合の艦の特徴でもある二重反転プロペラが顕わになる。
いったいいつの間にこれだけの艦隊を用意したというのか。
よもやミカエルの奴、錬金術で艦隊を「生やして」いるのではあるまいな……思わずそんな詮索をしてしまうほど、現れた艦隊の数は異常だった。
ソーキルの後方、右翼、左翼にそれぞれ20隻余りの艦隊が浮上してくる。
大剣を思わせる鋭角的な艦首と、前部甲板に2基並んだ20.3㎝連装砲。その後方には日本のもがみ型護衛艦を彷彿とさせる艦橋が、そしてドローンを満載したドローンステーションのある区画が後に続く。
―――ソーキル級強襲型空中巡洋艦、その無人仕様。
艦橋の窓から双眼鏡を覗き込み、ソーキルの左舷へ浮上してきた同型艦の艦橋をズームアップしてみる。
ソーキル級は1番艦『ソーキル』から30番艦『ラスチーフカ(※イライナ語で”燕”)』までが有人運用を前提とした”有人仕様”であり、それ以降……31番艦から500番艦までが人間による操艦を不要とした”無人仕様”として建造されている。
増援としてやってきた艦隊は、どれもこれもが無人型の空中艦ばかりだった。向こうの艦橋の窓の向こうには人間の乗員はおらず、艦長席や砲雷長、航海長などの各乗員の座席にAIのサブフレームが設置されている。
あれがソーキル級の無人型……こんな近くで初めて見た気がする。
手元のコンソールを操作。左舷にあるサーチライトを遠隔操作し、「一緒に頑張ろうぜ」的な感じで発光信号を送ると、無人型のソーキル級は『いっちょ派手にかましてやろうぜ』と返してきた。なんだろう、最近のAIはユーモアというかノリも理解できるようになったのだろうか。
そして、そのソーキル級の艦列に紛れて見慣れない艦が混じっている事に気付く。
見た目はソーキル級に似ている。というより、かつてイライナの『670型駆逐砲艦』であった頃の、改装を受ける前のソーキルに似た船体のデザインをしている。大きく前に突き出た衝角と近代的なフリゲートを思わせる鋭角的な艦首。そこに乗っているのはオートメラーラ製の127㎜速射砲で、その後方に小型のドローンステーションや対空ミサイルの発射機が、その後ろに艦橋がある。
どうやらあの艦も無人運用が前提らしく、艦橋の中ではAIのサブフレームが蒼い光を放ちながら稼働しているところだった。
「何だアイツは」
「”コマール級空中駆逐艦”……もう完成していたのか」
「知ってるのか艦長?」
「協商連合の新型だ。無人運用を前提とした駆逐艦で、ソーキル級とは6割くらいパーツに互換性がある」
協商連合は、その軍事力の9割を無人兵器やAIが占める。
艦艇は無人、戦闘機はUAV、歩兵は戦闘人形。
協商連合代表ミカエルは、極端なまでに人的損失を嫌う傾向がある。そんな彼女の思想が反映されているからこそなのだろう、あらゆる軍事行動は機械やAIに”委託”する動きが協商連合には確かに存在している。
急激に進む軍拡と無人型の兵器への更新はその一環なのだろう。
「無人型ソーキル級60隻、同じく無人型駆逐艦コマール級15隻。合計75隻……いえ、レーダーに感。更に来ます」
「なに?」
どう、と雪雲が弾けた。
雲海を割る巨大な舳先。船体に付着した氷や雪を豪快に弾き飛ばしながら浮上してくるのは、長門型戦艦に匹敵する巨体に36㎝3連装砲を2基6門搭載し、後部甲板に大型のドローンステーションを搭載した超弩級戦艦の姿だった。
6度に渡る改修を受け今なお現役の武勲艦、空中戦艦『スラヴァ』と、その姉妹艦『定遠』の2隻である。
モニカ艦隊は巡洋艦『フギン』と『ムニン』の2隻を引き連れ、リーファ艦隊は4隻の無人型ソーキル級と共に浮上してきた。
これが、これからロンディニウムへと突入する協商連合の艦隊戦力。
「何て数だ」
「……メルキアの時みたいだ」
艦橋の窓から、続々と集結する協商連合艦隊を見ていたペンドルトン夫妻が思わずそんな感想を漏らした。エミリアさんは純粋にその艦隊の数に驚き、メルキアの戦いを経験している力也は当時を思い出しているようだ。
メルキアの戦い、俺が7歳の頃の出来事である。
両軍がそれぞれ1000隻を超える大艦隊をぶつけ合い、しかし生きて帰ってきた艦は両軍それぞれ70隻余り。熾烈極まるその戦闘では、倭国の大和型戦艦4隻全てが爆沈、壮絶な最期を遂げたとされている。
さて、今まで他の艦隊と組んでの作戦行動は何度かあった。が、しかしこんなにも大量の空中艦が一堂に会しての軍事作戦など、少なくとも俺が協商連合に入ってからは前例がない。
それだけ、上層部も―――ミカエルも本気という事だ。
人類終焉までの猶予は1年。
ここでしくじれば―――世界の全てが氷に閉ざされる。
《はっきり言って、状況はかなり悪いわ》
ソーキルの艦橋に設置された、大きな大きなメインモニター。複数のウィンドウに分割された画面の向こうで、戦艦『スラヴァ』艦長のモニカ・パヴリチェンコ艦長は深刻そうな顔をした。
彼女が忌憚なくそう言い切ったのも無理はない。
艦橋の窓の向こう側―――先ほどまではちらほらと雪が降る程度だったのが、今ではもう既に吹雪になっている。
外気温はなんと-14℃に達しており、艦内では常に暖房が動いている状態だ。電力に関しては対消滅機関が電力を生み出し続けているが……。
メインモニターに新しいウィンドウがポップしてくる。そこにはロンディニウム周辺の地図が表示されており、その上から赤く塗られた領域が広がっていく様子が映し出されていた。あの赤い領域が何を意味するものなのかは考えるまでもあるまい。
《アンタたちの言ってた寒冷化現象……範囲は確実に拡大してる》
「魔力的エントロピーの増大……だが、アレってあくまでも魔力にだけ影響を与えるものなんじゃないのか?」
「そうじゃ。ソーキルの機関部が咳き込んどったぞ」
ヴォイテクの発言に、ツナギ姿のヨルゲンセン機関長も同意する。
俺たちはハンヴィーで後部甲板に飛び込んで九死に一生を得たわけだが、その頃ソーキル艦内にも異常が発生していたらしい。
というのも、どういうわけか「機関出力が不安定になった」というのである。
ソーキルが搭載しているのは対消滅機関。それも技術立国を掲げ大昔から高い技術力を誇り、今では世界で唯一旧文明水準の対消滅機関を製造できるイライナの純正対消滅機関である。
性能と信頼性が保証されているそれでもなお、寒冷化の影響……というより魔力的エントロピーの増大の影響を受けたというのだ。
魔力的エントロピーとは、あくまでも『一定空間内の魔力がどれだけ乱れているか』の指標である。魔力の流れを阻害する要因なので、そもそも魔力を扱わない動力機関であれば影響など受けない、というのが道理である。
屏風の中の虎がマジで襲い掛かってくるようなものだ。
「このまま突入すれば、全艦航行不能になる可能性だって……」
《その心配はありません》
聞いた事の無い女の声。
誰だ、と問うよりも先に、表示されたウィンドウに白髪の竜人女性の姿が映し出される。
雪のように白く長い頭髪は、毛先に行くにつれて桜色に染まっているという特徴的なグラデーション。そこから竜人の角が生えており、桜色の鱗に覆われた尻尾も見える。
「……あなたは?」
《申し遅れました。私、協商連合の技術主任【フィオナ・ハーヴェイ】と申します。お見知りおきを》
フィオナ、と名乗った彼女は愛想笑いを浮かべるなり、すぐに真面目な表情へと戻った。彼女の顔がウィンドウ内から消え、代わりによく分からないグラフが映し出される。
《確かに通常であれば、魔力的エントロピーの増大で魔力機関以外の動力機関が影響を受ける事はありません。魔力に依存しないならば、そもそも影響を受けようがないのです》
「では、なぜ?」
《―――常軌を逸した魔力的エントロピーの死熱化でその前提が覆った、という事です》
青ざめる俺たちをよそに、フィオナ博士の説明は淡々と続いた。今度は対消滅機関の図面が表示され、炉心で燃え盛る対消滅エネルギーへと大気が接触、反応して熱が生じる様子がアニメーションで再生される。
《対消滅エンジンの原理は他の動力機関と変わりません。燃料が対消滅エネルギーと接触し消滅、その際に生じる熱で蒸気を作りタービンを回して発電する。影響を受けているのは一番最初の段階、燃料となる物質とエネルギーの接触のフェーズです》
「……まさか」
極端な話、対消滅機関を動かすのであれば燃料は何でもいい。
石炭や重油、ガソリンやディーゼル燃料である必要はないのだ。あくまでも炉心内部の対消滅エネルギーが『物質と接触し』『消滅反応を引き起こす事で』『熱を生じる』ようになればいいだけなのだから、その辺のスクラップや水、大気を流し込むだけでも対消滅機関は稼働する。
そしてソーキルが通常航行の際、燃料として炉心にぶち込んでいるのは―――艦外から取り入れた、周囲の大気である。
《そう、大気と一緒にエントロピーが乱れに乱れた大気中の魔力まで吸ってしまっているんです。それ以外に原因は考えられません》
つまり、だ。
このままロンディニウムへと攻め込めば、対消滅機関を搭載している協商連合艦隊はほぼ確実に行動不能になる―――あるいは機関不調となり、本来の性能を発揮できない状況下でインフェルノと戦う事になる。
《博士、何か手はないか?》
リーファ艦長が尋ねると、フィオナ博士は《あります》と心強い即答で応じてくれた。
《ズメイ砲です》
がごん、とアームが外れるなり、艦尾のドローンステーションに搭載されていた無人機―――ユリウス兄貴のバイラクタルTB3が、機体後方のプロペラを高速回転させながらソーキルを飛び立っていった。
黒く塗装された機体の機首には、漢字で『倍楽樽』のマーキングがある……ダジャレか?
ともあれ、艦内のドローンステーションでユリウス兄貴が遠隔操作しているバイラクタルが艦から適度に離れたところで、隣で操縦桿を握るソコロフが艦を旋回。舳先をロンディニウム方面へと向けた。
「回頭完了、射線固定」
「ズメイ砲、発射用意」
「了解。ズメイ砲発射用意」
ヴォイテクからの命令を復唱しつつ、タッチパネルを操作してズメイ砲の発射シークエンスを立ち上げた。艦首にある各キャパシタに電力の充填が始まるのと並行して、ソーキルの艦首、『3199』というハルナンバーが記載された舳先の装甲が上へとスライド。中からズメイ砲の短い砲身が露出する。
フィオナ博士の仮説は、とんでもねえ力業だった。
曰く『乱れた魔力だらけの空間が原因ならば、それを吹き飛ばしてしまえばいい』というものだ。あの人博士っつってるけど脳みそまで筋肉詰まってたりしない???
ともあれ、ズメイ砲の長距離砲撃で増大する魔力的エントロピーに突破口を穿ち、そこからバイラクタルを突入させて現場上空を偵察。それから詳しい作戦を立案するという流れになった。
兄貴は斥候役である。
「各キャパシタ、蓄電率10%に到達」
「安全装置解除」
「了解、安全装置解除。薬室内圧、正常値を維持」
「目標、ロンディニウム上空」
「遮光フィルター展開、射線上に友軍艦ナシ。カウントダウン開始」
艦橋の窓に遮光フィルターがかかる。それと同時にカウントダウンを開始、発射スイッチに近付けた指に力が入る。
「5、4、3、2、1―――ズメイ砲、発射ぁっ!!」
カッ、と蒼い閃光が瞬いた。




