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復讐の自由

どうでもいい話

 ラウル君たちが強盗作戦を決行している最中、ソーキル級の500番艦が無事就役した。当初の計画では300隻の予定ではあったが、議会にてミカエルが「世界情勢とインフェルノの脅威を鑑み戦力を上方修正するべし」と意見し500隻体制へと増強された経緯がある。なお、どの道最初から500隻建造する計画であり、当初300隻としたのは協商連合内部の左派の反発を抑制するためであった。

 ミカエルはこの反対派全員をリストアップし、自宅に調律用のメダリオンを着払いで送りつけている。



 なお、500隻も建造して乗員はどうするのかという問題はあるが、元々のソーキル級が高度な省人化を達成している上に制御AIも実用化された事もあって、【人間が乗り込み運用するのは30番艦までで、それ以降の艦は全て無人仕様】として運用される予定である。


 ネームシップのソーキルは1番艦、今回ブリタニアに同行したヴォロンは13番艦(フライト2)である。


 エイカー家の事を思い出す度に、ハーブティーに嫌な苦味が混じるかのような錯覚を覚える。


 少なくとも激務の合間に一息つくような時に思い出す事ではない。ただでさえ御三家たるペンドルトン家の当主として神経をすり減らす毎日を送っているのだから、変に心労を増やすような真似をするのは本意ではないのだが、しかしそう思えば思うほど、脳裏にエイカー家の庶子―――ソフィー・エイカーこと『クロエ・クロワール』の顔が思い浮かんでくる。


 かつてのエイカー家は、ブリタニアの大英雄をその始祖に持つ正真正銘の名門一族であった。大英雄たる祖先の血と、脈々と受け継がれてきた魔術の適性に優れた歴代当主たち。そんな彼らと関係を持ち、あわよくば大英雄の血脈を一族に取り込もうとあらゆる貴族が押し寄せて、天地戦争が始まる前まではまさしくエイカー家にとっての『黄金時代』であった。


 当時のペンドルトン家といえば、何を成すにしてもエイカー家の後塵を拝すばかりであり、あの派閥に呑まれまいとなりふり構わず様々な貴族との関係強化を図って今に至る。もしエイカー家の2代前の当主、セオドア・エイカーがあのような失態をしなければ、今のペンドルトン家の躍進は無かっただろう。


 それほどまでに成功を約束された一族だったのだ。


 しかし、スポットライトが当たれば誰しも”影”は生じるものである。栄光に満ちたエイカー家の歴史の裏に沈殿した闇、それを一身に背負わされた……いや、”押し付けられた”かのような格好のクロエには同情するほかない。


 庶子だの忌み子だの、貴族社会に身を置いていればそのような不貞の証が生まれてしまうという話はよく耳にする。特に竜人は伴侶を一途に愛する事を最高の美徳とする文化が醸成されている事もあり、伴侶以外の異性と関係を持つという行為は最大の禁忌(タブー)。その影響は我々人間の考えている以上に大きい。


 名門から転落し、最底辺でもがく最中に生まれ落ちた一片の闇。それこそがクロエという女の出生であった。


(しかし……よもや生きているとはな)


 エミリアも父から、エイカー家の悪い噂は聞いていた。無論、あの家には当主とメイドの間に生まれた庶子がいるという事も。


 年齢が近い事もあって、もしかしたら仲良くできるかもしれない……幼少の頃のエミリアはそう考えていたものである。エイカー家から庶子が消えた、という話を聞くまでは。


 秘密裏に処刑されたとも、奴隷商人に売られたともされていたクロエの消息。よもやそれが協商連合に渡り、ソフィー・エイカーからクロエ・クロワールに名を変えて生き延びていたなどと誰が考えるだろうか。


 そして、今のエイカー家。


 とっくに一族が滅亡していてもおかしくないほど荒廃しているというのに、今もなおブリタニアの貴族として名を残し続けている―――そのしぶとさには何かからくりがあるのではないか、と勘繰ってしまうエミリアは、眉間に皺を寄せながらティーカップを傾けた。


「……」


 廊下の奥からどたどたと聞こえてくる足音。これは力也だな、と一瞬で判断した。ペンドルトン家で一番うるさいのはあの男だ。廊下を走るなと注意しても改善する気がない。


 もう注意するのも諦めた方が良いのかな、と頭を抱えている間にドアが凄まじい勢いでノックされる。「開いてるぞ、何だ」と呆れながら応じると、ドアが開いて慌てた表情の力也が部屋に駆け込んできた。


 さて、刀を振ったり戦う事にしか興味がない問題だらけの夫だが、実は最近エリスのお菓子作りの練習をしているという可愛らしい一面も持っている。


 隻腕なので色々と大変だろうと思い、何かあれば手助けしてやろうと厨房で見学していた事があったが、ホットケーキを腕一本で見事にひっくり返した時は思わず感嘆の声と拍手が出てしまうほどだった。もしや力也は興味を持った分野にはとことんこだわるタイプなのかもしれない。


 さっきも厨房に歩いて行ったから、きっとお菓子作りをしていたのだろう。エリスは甘いものが好きだからお菓子をたくさん用意すれば喜んでくれるかもしれない、という彼なりの気遣いだったのかもしれないが。


 そういうわけで、いつもの服の上からピンク色のエプロンを纏った力也の姿は何ともミスマッチで、強面の夫と可愛い色合いのエプロンの温度差でヒートショックを起こしてしまいそうな勢いだった。


「エミリア、大変だ」


「ど、どうした」


 ふう、ふう、と柄にもなく呼吸を乱れさせる力也。肩を上下させながら呼吸を整えた彼は、どうしようと困惑したように眉間に皺を寄せながら用件を告げた。


「―――エリスがいなくなった」








「 ま た か ! 」








 ええい警備兵は何をしていたのだ、と憤りながら壁にかけていた愛用の剣とバックラーを手に取るエミリア。


 塔の中の部屋が退屈なのは分かる。だからこそ彼女が退屈する事の無いよう、市井で流行っているファッション雑誌や漫画雑誌を買い与え、力也がお菓子を持っていき、時には大道芸人に弟子入りして身に着けた芸を披露しに行ったりもした。


 しかしやはり、それでも塔の中での生活は窮屈なのだろう。退屈なのだろう。


 血の繋がった実の姉である。厳重な警備下で監禁……という強引な手段は選びたくない。だがそれではまた屋敷を抜け出されてしまうというジレンマにエミリアが頭を抱えたのは一度や二度ではない(そしてエリスの手料理を喰らった警備兵が病院送りにされるのも一度や二度ではない)。


 理由が何であれ、17年前にあんな大惨事を巻き起こした姉を自由にさせておく事ほど危険な事はない。屋敷を抜け出してしまったのならば、草の根を分けてでも探し出すまでだ。


「力也、ナオハを呼べ。姉さんを探しに行くぞ」


「了解」


 もし見つけたらちょっと説教しよう。


 そう心に決めながら、エミリアは自室を後にした。


















 親と子は、決して対等(ニアピア)な関係ではない。


 子は親を選べない。親だって子を選べないじゃないか、という意見はごもっともだが、それ以前に「子供を作るか否か」という選択はできる。つまり家族を増やすという選択肢を選ぶ権利が親の側にあるわけで、子供はそもそも「生んでほしい、生まないでほしい」という意思表示すらできない。


 それともう一つ。


 【子は、親にされた事を全部覚えている】。


 嬉しい事も嫌な事も、全部だ。


 そういうわけで、怨嗟に染まったクロエの戦いぶりは凄まじかった。さっきの魔術師……おそらくはエイカー家の自慢の息子を排除し、屋敷側にこちらの侵入と強盗被害が露見して見事に戦闘状態に入ってしまったわけだが、そんな状況をものともしない。


 むしろ、逆だった。


「侵入者、侵入者だ!」


 叫びながら銃を向けてくる警備兵。しかし彼がレバーアクションライフルの引き金を引くよりも先に、クロエの持つグロック40カービンから放たれた10㎜オート弾が牙を剥いた。フロントサイトとリアサイトをぶち抜いて接近してきたそれが、有無を言わさずに警備兵の右の眼球を貫通。そのまま脳まで達し彼を死に至らしめる。


 死亡確認をするまでも無く、クロエは次の標的に銃口を向けて3回発砲。そのうち2発を命中させ、絶叫しながら転倒した警備兵の顎を思い切り踏み砕いてキッチリトドメを刺していく。


 ―――奮い立っている。


 このまま盗むだけでは足りない、不完全燃焼だ―――先ほどからクロエの背中が、そう告げていた。


 彼女と過去を共有したからこそ、その怒りには共感できる。


 不貞の証、忌み子、庶子―――それが何だ、知った事か。


 下半身と性欲を制御できなかった結果、勝手に生んだだけの事だ。罪の証だとしても、その罪を犯したのはそもそも親の方である。勝手に生んで、勝手に憎んで、勝手に殺そうとした。クロエはただ、勝手に降りかかってきた理不尽に翻弄されていただけ。


 だから彼女には、怨(・)返(・)し(・)する権利がある。


 『復讐の自由』がある。


 いいじゃねえか、自由(リバティ)。


 クロエはもう、幼少の頃に責任を果たした。権利を主張するに十分すぎる重さの責任と義務を、親の理不尽を一身に受けるという形で果たしている。


 だからクロエ、存分に暴れろ。


 俺は止めはしない。


 クロエの背後から剣を手にした竜人の警備兵が襲い掛かろうとしたので、すかさずMk10 Bansheeのセミオート射撃でぶち殺した。10㎜オート弾がこめかみを撃ち抜いて、竜人の警備兵が物言わぬ人形へと姿を変える。


 ありがとう、と視線で告げるクロエ。それに頷いて応じつつ彼女の後に続く。


《ラウル、まだそっちはかかるか?》


「ああ。クロエのスイッチが入った」


 それだけで何が起こっているのか、ユリウスも薄々勘付いたらしい。


 察しの良い仲間というのは貴重だ。言葉が少なければ、それだけこっちも楽でいい(無論コミュニケーションは大切だが)。


《……あまり時間をかけるなよ》


「了解。クラルテ、インフェルノと警官隊の動きは?」


《ヴォイテクさんが事前に仕掛けた”仕掛け”が効いているようです。警察に動きはありませんが……》


 ―――インフェルノには動きがあるようだ。


 クラルテの言葉に何となくそんな情報を感じ、「了解、手早く済ませる」と返して通信を終えた。


 その間にも、クロエは暴れに暴れていた。警備兵をグロック40カービンで蜂の巣にし、再装填(リロード)中に襲い掛かってきた警備兵の斬撃をグロック40カービンでガード。鍔迫り合いに雪崩れ込むかと思いきや脅威の柔軟性で足を高く蹴り上げ、敵兵の顎を蹴り砕いてしまう。


 そのまま馬乗りになり、引き抜いたマンゴーシュ―――ガード用の短剣を敵兵の喉笛に深々と突き刺して、捻った。ぐりゅ、と細身の剣身が血管や筋肉繊維を断つ音。


 さて、そろそろ離脱に移ろうかと思ったのと、背中にぞくりと冷たい感覚を感じたのは同時だった。こういう時の嫌な予感というのは大概正確である。理屈ではなく、本能で理解する。結局のところ人間も動物の端くれで、だからこそ理屈ではなく本能に任せた方が上手くいく事もあるのだ。


 というわけで、そうしたおかげで警備兵の奇襲に気付く事が出来た。銃剣付きのボルトアクションライフルを抱えて突っ込んできた警備兵の銃剣突撃をひらりと回避、銃で撃ち合うには近すぎる距離での対峙となる。


 咄嗟に左手を首へと伸ばした。


 首に下げているチェーンの先、アクセサリーのように揺れているのは首に下げて携行する小型の”ネックナイフ”。こういう非常時や暗殺用、護身用に持ち歩き始めた装備である。


 引き抜いたそれを、余計な力を抜いて振り払った。ピッ、と音もなく警備兵の喉に刃が食い込んで切断、ごぼごぼと溺れるような声を発しながら、警備兵が崩れ落ちていく。


 その頭にMk10 Bansheeの10㎜オート弾を叩き込んでゾンビ化を防止。ちょうど今の一発で弾切れになったので、マガジンを取り外し交換。ボルトリリースレバーを掌でぶっ叩いてボルトを前進、初弾を装填する。


 ポケットの中やダンプポーチの中、そして何より背負ったダッフルバッグの中を埋め尽くす盗品の重みに胸を高鳴らせながら、周囲を警戒しつつ屋敷のエントランスへと到達する―――その時だった。


 身の危険を感じたのは同時だったらしい。俺もクロエも咄嗟にそれぞれ左右へと跳躍、廊下に飾ってあった彫刻の影に転がり込んで戦闘態勢に入る。


 直後、隠れていた彫刻が立て続けに爆竹を点火したかの如く弾けた。パパパ、と乾いた音が連鎖して、廊下の真上にぶら下がっていた小型のシャンデリアが吹き飛ぶ。


 砕けたガラスの破片を拾い上げ、指を切らないように注意しながらそれを鏡替わりにしてエントランスの方を確認した。割れたシャンデリアのガラス細工の破片には、エントランスで待ち構える軍用グレードのゴーレムが2機、両腕の水冷式重機関銃から硝煙をたなびかせて仁王立ちしている姿が映っている。


 そしてその2機の間には、年老いた貴族の男が立っていた。


 手には派手な彫刻(エングレーブ)の施された、黄金のリボルバーがある。


 俺の一番嫌いな類の銃だ。こういう仕事をしているから実用性第一で考えてしまう―――ああいう”趣味の銃”を見ると発作が……。


 なんだありゃ。あんな派手な銃にいったい何の戦術的(タクティカル)優位性(アドバンテージ)があるというのか。


「出てこいコソ泥め!」


 貴族の男性―――おそらくはこの屋敷の主、”ウィリアム・エイカー”と思われる男が声を張り上げた。


「隠れているのは分かっている! 大人しく出てくるなら命は保証するぞ!」


「だってよ、どーする―――クロエ?」


 廊下を挟んで反対側、崩れた彫刻の土台の影に隠れていたクロエが、身を震わせていた。


 もしあれが本当にウィリアム・エイカーなのだとしたら、クロエにとっては血の繋がった父親に相当する。メイドとの間に肉体関係を持ち、クロエが生まれる原因を作った男。そして彼女を一族の恥部と断じ、幼い彼女から尊厳を奪った張本人。


 2人の間に何があったのか、どんな凄惨なやり取りがあったのかは察するに余りある。あの男の存在は、クロエの抱えたトラウマの最奥―――最もセンシティブで、デリケートな部分を占めているのだろう。


 一度刻まれたトラウマは、そう簡単には消えない。


 クロエががたがたと震えてしまっているのも、幼少の頃に受けた仕打ちのフラッシュバックが連続しているが故だ。昔の嫌な経験が、今になって牙を剥いている。


 こうなりゃ盗品を破棄してでも彼女を連れ帰るか、と覚悟を決めた俺は、しかしクロエの異常さに気付いた。




 ―――笑っている。




 過去のトラウマに、決して逆らえない心の傷の具現を前にして、心と体に刻まれた恐怖に打ち震える―――その一方で今の彼女は、『喜んでいた』。


 嬉しいのだろう、父親との再会が。


 自分の全てを否定した相手に、この手で引導を渡せるのが。


 こっちを向きながら、クロエは儚げな笑みを浮かべた。


 もう先ほどまでの震えと不気味な笑みは、すっかり消えている。


 まるでクロエが何人もいるような、そんな錯覚を覚えた。俺たちのよく知っているクロエ、復讐に染まったクロエ、トラウマに震えるクロエ……。


 でもきっと、今のが本当の彼女なのだろう―――そんな確信が、確かにあった。




 次の瞬間、レイピアを抜き払い―――恐ろしいまでの瞬発力で、クロエは駆け出していた。




 自分の父親、その首を討ち取るために。



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