発動、強盗作戦
どうでもいい話
ミカエル君はお昼寝用の土鍋を5つ所有している。
夜の12時の鐘の音が、こんな地下のトンネルの中にまで響いてきた事にソコロフは少し驚いた。
ロンディニウムの中心部には、『クロムウェル』と呼ばれる巨大な時計塔がある。0.9Gという軽い重力下だからこそ可能な高層建築、その技術力の集大成。100年にも及ぶ戦争に参戦しなかったからこそ相対的に栄華を極めた、ブリタニアの象徴である。
いったいどんな鐘を使ってるんだろうな、と思いながら、ソコロフはスマホをポケットの中に押し込んだ。
「時間だ」
やるぞ、と続けるなり、褐色肌の女性―――冒険者ギルド『モリガン』所属のミラが背負っていたスレッジハンマーを手に、ソコロフたちの前に出た。
今日まで地道に掘り進めていたトンネルの中。緩やかな勾配の頂点には水分を含んだ泥ではなく、明らかに人工的な物体の一部が露出している。
それに向けて、ミラは思い切りスレッジハンマーを振り上げた。
ゴッ、と派手にそれを打ち砕くスレッジハンマー。やがてそれが合図となったかのように、コンクリートの塊がボロボロと崩れ、老朽化して変形した鉄筋の格子越しに金庫室の床のタイルがトンネルの中にまで落ちてくる。
それを待たず、ミラは腰にぶら下げた工具のホルダーへと手を伸ばしてきた。中から出てきたのは携帯型の大型トーチバーナー。ガス溶接に用いるバーナーをやや小型化し、柄尻に圧力計とアセチレンガス、及び酸素のカートリッジを装着したような外見をしている。
首に下げたゴーグルで網膜を守りつつ、素早くバルブを操作して邪魔な鉄筋を溶断し始めるミラ。冒険者ギルド『モリガン』では機械整備や破壊工作、陣地構築などを手広く手掛ける彼女にとって、鉄筋の切断などお手の物だ。
10秒と経たずに鉄筋を切断、金庫室への侵入口を確保してしまうミラ。溶断した鉄筋も何か使い道があると判断したのだろう、耐熱手袋をしたままダンプポーチへと放り込んで拝借しつつ、我先にと金庫室へ突入していくギュンターに道を譲った。
「器用だな」
10.3インチのM4A1を手に、ソコロフの後に続いて金庫室へと突入しようとするフルール。同じジャッカルの獣人(※フルールはキンイロジャッカル、ミラはヨコスジジャッカル)として親近感が湧いたのだろう、思わずそんな質問を投げかけるフルールに、ミラはトーチバーナーのバルブ操作をしながら応える。
「まあね。慣れよ、慣れ。さあ、とっとと大金を頂いて帰りましょう」
「そうだな……私、フルール」
「ミラよ。よろしく」
握手を交わし、トンネルの中でM4A1を構えて後方を警戒するミラに背中を任せて、フルールもソコロフの後を追って金庫室へと這い上がる。
思っていたよりも殺風景な場所だった。
もっとこう、煌びやかな装飾に囲まれた豪華絢爛な、贅の限りを尽くした空間を想像していたフルール。しかしいざ中に足を踏み入れてみれば、金庫室の中とは随分と味気ない場所だった。がらんとした円形の空間の中、壁面に沿うようにずらりとロッカーのような小型金庫が並んでいるばかりである。
こんなものなのか、と少し落胆しながらも、作戦前のブリーフィング通りに『0021』と記載された金庫を探す。
ブリタニア・セントラルバンクは国家の中枢に位置する銀行、金融の大動脈というだけあって警備は強固だ。最新鋭の戦闘人形に軍用ゴーレム、旧文明の遺跡から発掘した機関短銃で武装した兵士たち。廊下には結界や魔力式センサーが幾重にも張り巡らされており、ネズミ一匹すら中に入る事は出来ない。
金庫の扉もそうだ。不定期的に変更される25ケタの暗証番号に加えて指紋認証、魔力認証、網膜認証をパスしなければ金庫の扉は開かないし、扉そのものも空中戦艦の装甲を流用して制作された特注品。生半可な爆薬ではびくともしない。
しかし悲しいかな、そんな堅牢極まるセキュリティも、金庫室の地下から直接侵入してきた強盗には何の意味もないのだ。
よもや相手が金庫室の真下までトンネルを掘り、そこから侵入するとは想定もしていなかったのだろう。
銀行側の名誉のために述べておくが、ロンディニウムの地盤は毎日の雨のせいで非常に脆く、トンネルを掘るのも一苦労だ。掘ったら堀った傍から崩落してくるのだからレンガによる補強は必須であり、ロンディニウム地下鉄の工事も困難の連続であったとされている。
そんなロンディニウム特有の事情もあり、強盗にまともなトンネルが掘れるわけがないと高を括ってしまうのも仕方がないと言えた。
おまけに分厚い金庫の扉や壁は高い防音性を誇る。だから金庫室内の物音を、外にいる警備員たちが聞き取る事は不可能に近かった。
セキュリティの盲点を突いた作戦、というわけである。
「あ、コレじゃね?」
「ソコロフ君あった?」
「これっぽいッスねぇ」
よっしゃナイスだ、と駆け寄ってくるギュンター。ソコロフの視線の先には確かに、『0021』と記載された金庫があった。
エイカー家がインフェルノに提供する資金の入った金庫だ。帳簿に記載される事のない、いわゆる裏金である。
よっしゃやったぜ、と喜ぶギュンターの隣で、ソコロフは淡々とドリルを取り出した。それを鍵穴にセットするなり、スイッチを入れて鍵穴の中を盛大に削り始める。
ギュイィィィィィィ、と甲高い音に加え金属の削れる音が響くが、しかしこの音も外に漏れる事はない。物理的な金庫の防御力に意識を向けるあまり、その分厚さゆえに異常な防音性まで獲得してしまった設計を恨むべきであろう。
しばらくして、バギン、と中で何かが破断する音が聞こえた。ドリルを引き抜き扉を開けたソコロフの視界に飛び込んできたのは、薄暗い金庫の中であってもゴージャスでメタリックな輝きを放つ、金庫一杯の金の延べ棒の絢爛たる輝きであった。
頼む、と金庫の前をギュンターに譲るソコロフ。すぐさま中に手を伸ばして金の延べ棒を引っ張り出し、そのずっしりとした重みに酔いしれながらダッフルバッグの中へと押し込んでいく。
やがて金の延べ棒の奥から顔を出したのは無数のコルタ紙幣だった。浮遊大陸で流通している、統一された紙幣である。
「すまんバッグがいっぱいだ。フルールちゃん、あと頼む」
「分かった」
M4A1の銃口を金庫の巨大な扉の方へと向け、何かの間違いで警備兵が金庫の中の様子を見に来てもすぐ撃てるよう備えていたフルールに略奪をバトンタッチ。銃の保持をスリングに任せ、とにかく金庫の中にある紙幣を掴んではダッフルバッグの中へと押し込んでいく。
ふと、この金庫室にあるすべての金庫から略奪したら一体どれだけの金額になるのだろう、とフルールは思った。一生遊んで暮らせるだけの金にはなるだろう……もしそんな巨額の富を得たとして、自分なら何に使うだろうか?
とりあえず、バスタブ一杯の札束というのは見てみたいな……と思うフルール。
ふと、以前にラウルの言っていた事を思い出した。ラウルたちとお金の話になった際に彼女が言っていたのだ。『一度でいいから俺、札束で人の事思い切り殴ってみたい』と。
札束って鈍器になるのかな、と思っている間に、あれだけ富が詰め込まれていたエイカー家の裏金用金庫はすっからかんになっていた。
これだけ盗んだというのに、警備兵が気付いている様子はない。
「こっち、早く」
トンネルの中にいたミラが手招きしている。
誘われるがままにトンネルに飛び込んだ。ぽた、と頭上から水分の染み込んだ泥の水滴が落ちてきて、嫌な予感がフルールの背筋を伝う。
「急ぎましょう、トンネルが崩れそう」
「ヤバいじゃないか」
ソコロフとギュンターも合流、4人で出口に向かって全力で突っ走る。
このトンネル崩落も織り込み済みだった。トンネルが崩れる前に強盗を終わらせて脱出する―――後から警備兵が被害に気付いても、肝心なトンネルが崩落してしまっている以上は後を追う事は出来ないし、どこから掘られたトンネルなのか特定する事も困難を極める。
やがて下水道に掘られた出口から、4人全員が飛び出した。
背後でトンネルが崩れる音。べちゃ、とペースト状の泥が一気に落ちてくるような湿った音の通り、連日の雨で水分を吸った泥が完全にトンネルを塞いでしまっていた。一部は下水道のメンテナンス用通路にまで達し、手すりを越えて汚水の中にまで流れ込んでしまっている。
いずれにせよ、銀行の方は成功だ。
後はエイカー家に向かったラウルたちが、作戦を成功させてくれればいい。
もっとも、こちらこそが最大の鬼門なのであるが。
クロエの中で何かが外れたのだと、彼女の背中を見て思った。
眉間を大型レイピアで一突きにされ、頭蓋もろとも脳をブチ抜かれて絶命した警備兵。死体を蹴とばすようにして強引にレイピアを引き抜いたクロエは、愛用のそれを振るって返り血を払い落す。
何も言わず、警備兵の死体を弄り始めるクロエ。ポケットの中から血にまみれた鍵を引っ張り出すなり、それを憎たらしそうに思い切り握り締めた。
無理もない。
クロエにとっては幼少期のトラウマであり、同時に腹の底に溜め込んでおいたどす黒い感情をぶちまける対象に他ならないのだ。さすがにこればかりは、俺に咎める資格はないだろう。
というか第一、当事者以外に復讐を止める資格など無いのだ。全く関係ない第三者が「復讐は何も生まない」だの何だの言ったところで、当事者からすれば何も事情を知らないクッソ邪魔な奴が増えたという認識だろうし、そもそも「お前は俺の何を知ってるんだ?」という話になるからだ。お門違いにも程がある。
そういうわけで、その辺を弁えているラウル君はノータッチを貫く事にした。感情を剥き出し……とまではいかなくとも冷静を装いながら殺意を滲ませる彼女に先導をお願いしつつ、いつもよりも感情的になっているクロエの隙をカバー。今だって何気なく廊下の曲がり角から出てきた警備兵2名を、Mk10 Bansheeの素早いセミオート射撃でヘッドショットし天に召したところだった。
「ここだ」
瀟洒な装飾の施された赤い扉の前でクロエは立ち止まった。
「ここが宝物庫?」
「ああ」
血まみれの鍵を使い、開錠するクロエ。
大型レイピアからグロック40カービンに持ち替えて警戒するクロエ。彼女の死角を補うよう、俺もMk10 Bansheeを構えCQBの訓練で散々やったカッティング・パイの要領で室内をクリアリング。セキュリティの類がない事を確認し、宝物庫の中を物色し始める。
協商連合のCQBで重要なのは素早さと射撃の性格さ、瞬間的な判断力もそうだが、CQB訓練で一番重要視されるのは『遮蔽物から身体を晒さない事』だ。壁や扉、曲がり角などの障害物から必要最低限の部分だけを出して、余計な部分は敵の射線上に晒さない徹底した遮蔽物の取り扱いが叩き込まれる。
それを素早く、かつ正確に。最初の頃はえんずくて(※岩手の方言。やり辛い、窮屈、もどかしい等の意味がある)仕方がなかったが、回数をこなしていくうちに身体が覚えた。
それはさておき、宝物庫という事だけあって中には宝石や金塊といったおなじみの品がずらりと並んでいた。斜陽貴族にしては良いもん持ってるじゃないか、と思わずニヤけながら物色、宝石やら金塊をダッフルバッグに詰め込んでいく。
クロエも淡々と盗品をダッフルバッグへと詰め込んでいるところだった。
没落貴族にしてはやけに宝物庫の中が充実しているように思える。没落貴族だと外側から舐められないよう、背伸びして買い集めたものなのか。あるいはインフェルノと裏で結託し得た利権で手にした富なのか。
まあ、どうでもいい。こっちにとっては手に入るカネが増えるだけなのだから。
ダッフルバッグがパンパンになり、入りきらない分はダンプポーチやら空いたポーチ、ズボンのポケットに捻じ込んでさあ出よう、と思ったのと、背後から足音が聞こえてきたのは同時だった。
コツ、コツ、コツ。
見栄だけを張るような虚しい宝物庫の中に、その足音はひときわ大きく響く。
振り向くと、そこには真っ白な服に身を包み右手にレイピアを手にした、容姿端麗な竜人男性が立っていた。男性、いやワンチャン女性かもしれない。顔つきは中性的でモデルのように整っており、さぞ神様に愛されて生まれてきたんだろうなぁ、という背景までうっすらと見えてきてなんか嫌になる。
持たざる者はああいう生まれつき何もかも持っている者を無条件で妬んでしまうものだ。
「これはこれは。血の臭いがすると思ったらこんなところにコソ泥が入り込んでいたとは」
さすがに死体の隠し方が杜撰すぎたか、と反省しつつクロエに目配せ。左手をMk10 Bansheeのハンドガードから放し、魔力放射の準備をする。
「まあいい……このエイカー家を見くびった事、後悔してもらおうか」
高い適性の持ち主なのだろう、現れたその男はこっちに向かって左手を突き出し、魔術を発動しようとする。
が、しかし。
「……!?」
いつもであれば、左手から(属性はわからんが)魔術が放たれていたのだろう。しかし彼の左手は虚しく虚空に突き出されるばかりで、その瞬間こそ一瞬だけ水の球体が生成されたように見えたが……あっという間に消失、うんともすんとも言わなくなってしまう。
そんな馬鹿な、と言わんばかりにもう一度繰り返す男。しかし結果は同じで、魔術が発動しそうになるとまるで咳き込むように出力が不安定化、そのまま消失してしまう。
気のせいか、周囲の空間の空気が随分とひんやりとし始めていた。
だがしかし、彼はそれに気付かない。
魔術が使えないという異常事態に、思考回路がパニックを起こしている。
「バカな―――」
待っている理由も、容赦する所以も無かった。
ホロサイトのレティクルを眉間に合わせ、人差し指を引いた。薬室内に装填された10㎜オート弾の雷管を撃針が殴打、装薬を燃焼させながら8インチの銃身で加速した弾丸は、しかしサプレッサーの中で発射ガスを分散させられ亜音速にまで減速した状態で、彼の眉間を撃ち抜いた。
結局、最期まで彼は自分の魔術に何が起こっているのかを理解できずに逝った。
「……知り合いか?」
「いいや」
大粒のダイヤモンドをポケットに押し込むなり、クロエは死体を見下ろしながらゾッとする声で告げる。
「―――知らない人だよ」




