強盗決行:エイカー家
Mk10 Banshee(ラウル仕様)
アメリカで製造されたARピストルの1つ。AR-15とほぼ同じレイアウトを持ち、8インチの短銃身(それ以下の銃身も存在)、グロックの10㎜オート弾仕様とマガジンを共用できるという特徴を持つ。AR譲りの良好な操作性と、拳銃弾としては強力な10㎜オート弾のパンチ力を両立しており信頼性は言うまでも無く良好となっているが、あくまでも民間用のARピストルであるためフルオート射撃には対応していない。
ラウルはそれをベースにロアレシーバーを魔改造、フルオート射撃に対応させる事で『自分の使い慣れたAR-15系の操作系でそのまま使える10㎜オート弾仕様のPDW』へとカスタマイズを施している。
なお、マガジンはクリス・ヴェクター(10㎜オート弾モデル)のマガジンを流用しており弾数は25+1発。やや控えめとなっているが、その分一撃の重さで圧倒するタイプの銃に仕上がっている。
今作ではやたらと10㎜オート弾の銃の出番が多く、逆に9㎜パラベラム弾の銃が少なくなっているが、これは『異世界で筋肉の密度も骨格も違う魔物を相手に戦うならば10㎜オート弾でなければ火力不足』と判断したためであり、対人/対魔物の双方に対応可能な10㎜オート弾、対人特化の9㎜パラベラム弾という形で棲み分けを行っている。
雨の日は陰鬱な気分になる、というのは所詮は外地からやってきた人間の感性でしかないのだと、エイカー家を取り仕切る当主『ウィリアム・エイカー』は考えている。
生まれも育ちもロンディニウムの高級住宅街、幼少の頃から権力を失った斜陽貴族たるエイカー家の復権を願う両親に育てられ、その思想を植え付けられた彼にとって、ロンディニウムという街に生まれた事は何事にも代えがたい栄誉である。
陰鬱も何も、一年の大半が雨なのだ。この街は。
快晴など記録に殆どなく、雨が降らなかったとしても曇り空ばかり。だからロンディニウム育ちの人間は肌が青白いと揶揄される事もあるが、むしろウィリアムにとってそれは誇りだ。
天地戦争への介入を回避し、繁栄を守り抜き映画を極めつつあるこの1000年の都、ロンディニウムの民としての誇りが。
コンコン、とドアをノックする音。「入れ」と言うなり部屋の中に入ってきたのは、紺色の軍服に身を包み腰にレイピアを提げた、金髪碧眼の貴公子と評すべき美少年だった。その端正な顔立ちたるや太古の芸術作品を彷彿とさせ、歩く所作にすら一切の無駄がない。
すらりとした均衡の取れた体格に、どこか儚げな雰囲気を放つ彼。恵まれているのは容姿だけではなく、魔術の適性に関しても同様だった。
魔術適性Aランクの水属性―――加えて光属性にもDランク相当の適性を持つ、類稀な【二重属性】の魔術師。
容姿端麗、文武両道、そして類稀な二重属性魔術師。誰もが喉から手が出るほど欲する要素がこうも揃っていれば、もはや彼は「神に祝福されて生まれてきた」と言い切っても決して過言ではないだろう。
『エドワード・エイカー』。それがウィリアムの自慢の息子であり、いずれはこのエイカー家を絶頂へと再び押し上げてくれるであろう次期当主の名であった。
「どうした、エドワード」
「”例の連中”より連絡が。協商連合の傘下ギルドがペンドルトン家と接触したと」
「……」
ペンドルトン家。
いったい何度、あの一族を恨んだ事か。
かつてエイカー家といえば、ロンディニウムでは知らぬ者は居ないほどの名門貴族であった。王家を脅かす邪悪なドラゴンを退けた大英雄、『オリバー・エイカー』をその始祖とする一族は魔術師の人材にも恵まれ、その繁栄は永久に続くものと思われた。
ウィリアムの祖父、『セオドア・エイカー』があんな愚行を犯さなければ。
天地戦争開戦当時、戦争への不干渉を決めた王家の決定とは逆に分家の優秀な魔術師たちを集め、自らが指揮を執って義勇軍として戦場へ馳せ参じたのである。
結果、自らを含め全員が獣人側の苛烈極まる抵抗を受け、キリウ大公率いるイライナ公国軍によって義勇軍は殲滅。豊饒の大地の肥やしと化すという無様な醜態を晒したのである。
参加しなくていい戦争に参加した挙句、ブリタニアの関与を獣人側から疑われるなり王室はその火消しに追われた。当然である、戦争に対し不干渉を貫いていた筈の国から義勇軍が派遣され、イライナで戦ったのだ。
結果、その責めを負わされる形でエイカー家は制裁を受け没落。ウィリアムの当主人生も、6割が祖父のやらかした事の尻ぬぐいという有様である。
天地戦争の初戦で優秀な魔術師を全員喪い勢いを削がれたエイカー家を尻目に、ペンドルトン家は急激に勢力を拡大していった。優秀な適性を持つ子を蝶よ花よと可愛がりながら一族の内に留め置く事で戦力を温存、最終的にそれが功を奏し、多くの魔術師が失われ相対的にレベルの落ちた魔術師界隈において【御三家】の一角だなどと呼ばれている。
総ては祖父、セオドアのやった事。
だからペンドルトン家を恨むのはお門違いであろうが、しかしこれが恨まずにいられるか。妬まずにいられるか。
逆恨みの何が悪い―――先々代から押し付けられた負の遺産に押し潰され、ウィリアムという男もまた歪んでいったのである。
自分でも歪んでいる、という自覚はある。
だからこそ―――だからこそ、エドワードには清く正しい騎士として真っ当な人生を送ってほしいと、自分のようになってほしくはないと心の底から願っている。
「そのギルドというのは?」
「”くまさんハウス”だそうです」
「なんだそれは」
「ふざけた名前ですが、協商連合内部では最精鋭とされているのだとか。ああ、それと」
「?」
「―――そのギルドには、ソフィーも在籍しているそうです」
一瞬、誰の事を言っているのか分からなかった。
ソフィー……可愛らしい響きの、しかし思い起こす度に砂を噛んだような、ざらりとした不快感を覚えさせる名前。
思い出したくもない、一族の―――そして己の恥部であり、罪の産物。
「……そうか」
「連中の目的が何にせよ、ただちにこちらの障害になるとは思えません」
「そうだな……インフェルノとの計画も進行中だ」
エイカー家が復権するには―――悪魔に魂を売るほかあるまい。
あの栄光を、絶頂を再び手にするためには。
たとえその力の行使に対価を要求する悪魔との取引であったとしても、構わない。
そんな彼らの視界の中、窓の外で正門から堂々と入ってくるミストルテインのバンに、しかしウィリアムもエドワードも気付かない。
「いやぁよく来てくれた」
「いえいえ。本日はお声がけ頂き本当にありがとうございます。栄えあるエイカー家のお庭の手入れだけでなく、お屋敷の清掃までさせて頂けるとは」
胡麻を擦るような言葉を選びながら、流暢な(ネイティブだから当たり前だ)竜人語で対応するユリウス兄貴。
浮遊大陸で話されている言語は全て竜人語だ。地上の獣人みたくイーランド語だとかジョンファ語だとかスパーニャ語みたいな「語圏」が存在しない、統一された言語というのも竜人たちの特徴である。
とはいえさすがに微妙なイントネーションや言い回しの違い、いわゆる”訛り”という概念は存在するらしい。言語が統一されている分、竜人たちは微妙な発音の違いから相手の出身地を推測してしまう事も珍しくないそうで、だからメルキア生まれのユリウス兄貴に対応を頼んだ。
「じゃあ案内するよ。今日も見ての通り雨だし、先に屋内の清掃から頼めるかな。終わったら庭の手入れをしてもらう感じで」
「かしこまりました。にしても、ロンディニウムって本当に雨ばかり降ってるんですね」
「ああ、そうだよ。そういう君はメルキア出身?」
「やっぱりわかります?」
「そりゃあね、メルキア訛りだし肌の色も陽の光をよく浴びているような色をしてるからさ」
案内してくれる竜人の警備兵と雑談しながら先へ進んでいくユリウス兄貴。微妙な発音の違いであっという間に出身地を見抜かれているのだから怖いものだ。これ、もし俺が対応してたら一瞬でスパーニャ出身ってバレてたかもしれない。
手押しワゴンを押して後に続きながら、ふと腕時計を見た。
9:15……そろそろ銀行を狙ったチームも行動を始める時間だ。
あっちはすぐ終わるだろう。無論、こっちも手早く終わらせなければならない。手間取ればそれだけ面倒事が増える。
面倒は嫌いなんだ。
《クラルテよりアルファチーム、聴こえますね》
今回の作戦を行うにあたり、オペレーターとしてソーキル艦内から戦闘の補助と情報収集を引き受けるクラルテの声が耳に装着した小型イヤホンから聴こえてきた。
《協商連合情報部より新情報です。インフェルノのボス、ヘンリックがブリタニア入りした可能性があるとの事です》
……クソみたいな状況に、より一段とクソッタレ度の磨きがかかった。
エイカー家はインフェルノにとって、活動のための資金を用意してくれる”スポンサー”だ。まあここ以外にも資金源は複数あるのだろう(普通リスクは分散するものである)。だがしかし、潤沢な資金を持つわけでもない連中にとっては生命線に変わりない。
強盗が発覚すれば死に物狂いで阻止しようとしてくるはずだ。
インフェルノに加担している事、そして発覚を阻止する必要性があるという意味でも、今回の強盗作戦では警備兵及び作戦遂行上の障害に限ってのみ【殺害が許可されている】。
屋敷の中、応接室のような場所に案内された。随分と煌びやかな装飾が施されており眩しいが、しかしよく見るとカーペットに綻びがあったり壁にシミがあったりと、手入れが行き届いていない印象だ。そこまで手を回せるだけの使用人が居ないのか、それともそもそも雇うための金が無いのか。
いずれにせよ、エイカー家の底を見たような気がした。
そしてそんな崖っぷちの一族を、更なる地獄へ突き落すのだ。
「ん、君」
案内してくれた警備兵が、俺の後ろにいたクロエに気付いた。
どこかで見たような……思い出せそうで思い出せない、一番もどかしいライン。確証を得るべく彼女の傍らでまじまじと見つめながら記憶の詰まった引き出しを弄っているところだろうが、自分の内側にばかり意識を向けたのが命取りとなった。
その人物こそまさにエイカー家の庶子、かつてここの当主が『忌み子』と断じ処分しようとしたクロエの成長した姿だとは夢にも思わなかっただろう。あれだけ苛め抜き、心に消えない傷を穿った庶子がよもやここに戻ってくるなど、予想外にも程があった筈だ。
まあ何であれ、彼がその結論に到達するよりも先に無防備極まるその首筋へ、俺の両手が絡みついていた。唐突な奇襲に驚く警備兵。しかし自分の身に何が起こっているのかしっかりと理解するよりも、その首の骨をへし折る方が早かったらしい。
ボキュ、と湿った肉の中で骨が折れるような音。
彼の身体から力と熱が徐々に抜けていく。死体をカーペットの上に寝かせるなり、手押しワゴンの中から引っ張り出したサプレッサー付きのグロック40で眉間に風穴を開けておいた。
ゾンビ化対策だ。本当はしっかりと火葬で弔ってやりたいところだが……時間がない。いちいち死体を持ち帰って律儀に火葬している猶予なんてないし、かといって死体を放置しゾンビによる被害をロンディニウム全域に引き起こすわけにもいかない。ゾンビ災害は恐ろしい勢いで広がっていくからだ。
というわけで、そういうジレンマから生じた妥協策がこれだった。相手は殺す、そして脳か心臓を破壊し応急的にではあるがゾンビ化を防ぐ。こうする事で36~48時間というゾンビ化までの猶予時間が過ぎても死体はゾンビ化しない。
ロザリーが手押しワゴンから俺のMk10 Bansheeを取り出して渡してくれる。銃と、それから予備マガジンを受け取りチェストリグを私服の上から装着。ネックウォーマーで顔の下半分を隠し、ベースボールキャップを被る。
エイカー家襲撃チームは俺、ユリウス、クロエ、ロザリーの4人。銀行の方にはソコロフとフルール、それから『モリガン』から派遣された冒険者2名がいる。戦力配分的には申し分ないだろう。
ベテランのヴォイテク、そして巡洋艦『ヴォロン』の艦長は万一ヘンリックと遭遇した場合に備えてスタンバイしているのだそうだ。ヴォイテクは分かるがヴォロンの艦長もかなりの手練れらしい。
「殺人に加えて死体損壊罪……ハッ、警察には捕まりたくないな」
「大丈夫だ、ロンディニウム市警は無能揃いだよ」
理不尽な取り調べを受けた時の事を思い出しつつ吐き捨てた。
「さて、時間がない。手早く行こう」
「死体は隠す?」
「当たり前だ」
殺した警備兵の死体を引き摺り、とりあえず部屋の中に飾られているでっけえ壺の中に押し込んだ。手足を折り畳んで無理やり押し込むとぴったり収まったのでもうコレで良いだろう。
おいおい、と呆れるユリウスの後ろでは、早くも私服に口元を覆うハーフマスクとベースボールキャップ姿のクロエとロザリーが室内を物色しているところだった。
「効率よく行こう。ロザリーは俺と来い。クロエはラウルと2人で動け」
「了解」
「クロエ、この屋敷に宝物庫とか金庫はあるよな?」
「もちろん。場所も覚えてる」
「だそうだ。ユリウス、こっちは大物を狙う」
「了解。しくじるなよ」
「はいよ」
行こう、とクロエを伴い応接室を後にした。Mk10 Bansheeを構えて素早く通路を確認、身体を露出させないよう徹底しながら、しかし的確に素早く脅威の有無を確認して移動する。
曲がり角まで来たところでクロエと先頭をバトンタッチ。彼女の背後をカバーするように後に続く。
さあクロエ、清算の時間だ。
今まで味わった苦痛―――そっくりそのまま怨返ししてやるといい。
二重属性
適性を持つ属性が2つ存在する魔術師のこと。原則としてこの世界の人間が適性を持つ魔術属性は1つのみとなっているが、ごく稀に2つの属性に対して適性を持つ魔術師が生まれる事があり、多くの魔術師たちにとっての羨望の的となっている。
当然ながら2つの属性を操る事が出来るため戦術の幅は広く、引き出しの数では並の魔術師では対抗できない。そういう意味では非常に強力であり、戦時中には人工的に二重属性魔術師を生み出す研究も行われたが、どのようなメカニズムで生まれてくるのかは今なお不明となっており、『突然変異』としか言えないのが現状である。
なお、観測歴38000年現在、3つの属性に適性を持つ『三重属性』は1人も確認されていない事から、魔術師の適性の数については2つが頭打ちであると結論付けられている。
著名な二重属性魔術師としては、炎と光属性に適性を持つイライナの『アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ』が挙げられる。現在彼女はその実力と政治的手腕を買われ、キリウ大公ノンナⅠ世より最東端リュハンシク州の守りを任されており、イライナ併合を虎視眈々と狙う隣国ノヴォシアに対し睨みを効かせている。




