強盗準備:逃走車両調達
人生、何があるか分からない。
ある日いきなり懐に大金が転がり込んでくるかもしれないし、公衆の面前で一大スキャンダルを暴露されてしまい、二度と戻れぬ転落人生を味わう事になるかもしれない。
低所得者が数多く住まう貧民街のほど近く、ムーア川の対岸に位置するその事務所はやたらと哀愁が漂っているように見えたが、きっとそれは「ミストルテイン」のロゴが看板に描かれているからだろう。
今年の夏の辺りまで、この世界には『影の支配者たち』とも呼ばれた6つの大手レギオンが存在した。そのうちの一角として名を馳せ、あの天地戦争にも竜人側として参戦し助力した事で名高いレギオン『ミストルテイン』はまさに老舗中の老舗、所属する冒険者も実戦経験豊富で百戦錬磨……というつもりだったらしい。
まあ、蓋を開けてみればあの有様だが。
天地戦争の終戦で正規軍が売り払った艦艇の多くを買い込み、軍人崩れの連中も雇い入れて戦力の底上げを図ったつもりなのだろうが、まあ軍艦というのはとにかく金を喰う。国民の血税で(ボロクソ言われながら)運営されている国家の正規軍とは違い、レギオンやギルドは完全に民間の組織だ。潤沢な資金でもない限りは背伸びして空中艦を購入したところで、戦闘に投入すれば燃料と弾薬を喰い尽くし港に置いとけば維持費を食い荒らすトロールみたいなホテルを持て余すのは必定である。
第一、終戦に伴う軍縮で正規軍ですら持て余していた規模の軍艦である。そんなのを大量に買い込めば維持費が嵩むのは当然で、だからこそミストルテインはそれを補填するために道を踏み外したのだろう。コカインの密売で得た金で食う飯は美味かったのだろうか?
さて、そんなスキャンダルを暴露された挙句、乾坤一擲とばかりに協商連合に吹っ掛けた大陸落とし作戦も見事に失敗。残存戦力の大半を失い、取引先からも見放される形で資金源を断たれたミストルテインはそりゃあもう悲惨だった。人員と兵器はS&Dに流れ、組織の規模は縮小。加盟していた冒険者ギルドも経営陣を見限る形で次々に離脱していきレギオンとしては見事に空中分解。今となってはこうして浮遊大陸に散らばる小規模な事務所を拠点に、コツコツと地道な活動を続けながらいつの日かレギオンとして返り咲く日を夢見ている……のかもしれない。
まあ、そんな日は訪れないが。
このブリタニアにもミストルテインの事務所がある、と聞いた時はちょうどいい逃走車両の調達先が見つかったと小躍りしたものだ。いっそのこと、冒険者稼業なんて辞めてレンタカー事業でもやればいいのに。
黒いコンバットパンツとコンバットシャツに同色のチェストリグ、正面にはSTANAGマガジンを6本ほど差し、手にはホロサイトとブースター、サプレッサーを装備した銃身長8インチのMk10 Bansheeがある。
そろそろ時間だ。
廃屋の中、目出し帽を被りFASTヘルメットを装着して待機していると、ブロロロロ……と車のエンジン音が聴こえてきた。ムーア川対岸の貧民街では個人で車を所有している者などほとんどいない(その日を食っていくだけで精一杯な低賃金で車なんぞ買えるか)。
ということは、と待つこと10秒と少し。案の定、ミストルテインの事務所の前にバンが停車した。
いくぞ、とフルールに合図を送り、廃屋を飛び出した。他に車なんて通るはずもない車道を姿勢を低くしたまま通り過ぎ、そのまま運転席側から降りてきた竜人男性の後頭部にMk10 Bansheeの銃口を向けて引き金を引く。
パスッ、と思いのほか静かに放たれた10㎜オート弾が竜人男性の後頭部を直撃。まるで後ろからいきなり金槌でぶん殴られたような衝撃と共に、彼は天に召されたに違いない。
10㎜オート弾でも静穏性は維持できるのだ―――装薬量220グレインの亜音速弾ならば。
というわけで相方がどさりとぶっ倒れたわけだが、助手席側から降りてきた男がそれを不審に思わない筈もない。
たださすがに、『向かいの廃屋で待ち構えていた協商連合傘下の冒険者が、強盗で使用する車を調達するために襲ってきた』とまでは思わなかったらしい。ぶっ倒れた相方に「おいおい飲みすぎだろぉ」だなんて気の抜けた事を言いながら、バンのボンネット側から回り込むようにして歩いてくる。
その無防備極まるこめかみに、5.56㎜の風穴が穿たれたのは次の瞬間だった。
映画とかアニメだと撃たれた人間って派手に吹っ飛んだり悲鳴を上げるイメージがあるが、現実では割とそんな事はない。本当に、誇張でも何でもなく本当に、「いきなり転んだ」ように倒れるのだ。
今しがたこめかみに5.56㎜弾をデリバリーされたボケナスもそうだった。まるで貧血でも起こしたかのように、あるいは足元から伸びた見えざる腕に掴まれたようにぶっ倒れ、それっきり動かなくなってしまう。
ナイス、とウチの優秀なスナイパーに向かって目立たないようにハンドサイン。暗くてよく見えなかったが、廃屋の窓の向こうでジャッカルのケモミミがピコピコ揺れてるのが見えた。可愛い。
死体を急いで後部に積み込み、運転席に座った。幸いキーは差しっぱなしだったのでそのまま捻ってエンジンを再起動。クラッチとブレーキを踏みながらシフトレバーを操作、ギアを後進に入れてバックしつつ素早くギアチェン。
転生前にMTのジムニーに乗ってた経験がまだ身体に染み付いている。AT車も乗れない事はないんだが、MT車に慣れ過ぎたせいで無意識のうちに左足でクラッチを踏んでしまう癖をどうにかしたい……いやこっちの世界じゃMT車全盛だから別にいいか。
どん、とルーフに何かが着地する音。音の重さで何となく相手の体重を把握、フルールである事を察するなりUPR-15を抱えた彼女が助手席へと乗り込んできた。
「簡単だったな」
「ああ、優秀なスナイパーがカバーしてくれたからな」
「むふー」
まあ私だからな、って言いながらもっと褒めてと言わんばかりにケモミミをピコピコさせるフルール。かわいい。
「ところで、この死体はどうする?」
「んー、コイツらには恨みは無いが……とりあえず持ち物漁って金目のものは俺とフルールで山分け、身ぐるみ剥いだらムーア川にでも捨てよう。あ、もちろん頭と心臓は潰すようだが」
「うげ」
「冗談だ……死体はソコロフが何とかしてくれる」
「ふー……よかった」
まあな、その方が証拠は残らないからな。
さて、計画はこうだ。
ブリタニア・セントラルバンクとエイカー家への強盗作戦は同時に行う。各個撃破で片方ずつやると相手もバカじゃないだろうから、資金の流れを読まれていると悟って残りの警備を増強してくるだろう。難易度が上がるし単純にめんどくさいのでそれは避けたい。
となると同時襲撃以外に作戦はない。
幸い、ブリタニア・セントラルバンクの方は楽だ。俺の魔術の特訓を隠れ蓑に、ソコロフと空中艦『ヴォロン』から派遣されてきたメンバーが穴を掘り、既に金庫の床下にまで続くトンネルを完成させたのだそうだ。
あとはトンネルを通って直接金庫へ出向き、カネを盗むだけ―――全てが終わったらトンネルを崩落させてミッション完了。こっちは楽である。
問題はエイカー家の方である。
没落貴族とはいえ貴族の端くれ、私兵部隊も抱え込んでいる。それにインフェルノのお財布という事は強盗が露見した場合、連中の息のかかった奴らが襲い掛かってくるだろう。
こっちは今、ユリウスたちが情報収集やら事前の仕込みの為に動いている。
ムーア川に架かるロンディニウム大橋の近くに差し掛かったところで右折。路地に入って直進、月当たりのところにあるガレージの前にバンを停車させた。
エンジン音で察したのだろう、ガレージのシャッターが開いて中からツキノワグマの獣人―――ソコロフが顔を出した。
バックで入れろ、と指示されたのでその通りにケツからガレージに入った。中でエンジンを停止、キーを外してソコロフに預ける。
「早いな」
「まあな」
「むふー」
「んで、何か死臭がするが」
「悪いが死体処理頼める? 2人分」
「はいよ」
死体を下ろすのを手伝い、持ち物をまさぐる。財布の中からは30コルタ……え、これだけ?
んだよマジで斜陽ギルドだなミストルテインは、と悪態をつきながらとりあえずコイツの持ってたナイフと腕時計を没収。換金すれば少しは金になりそうだ。死体処理をやってもらうわけだし、俺の分はソコロフと折半にしよう。
「そっちは?」
「230コルタしか入ってない」
「マジかよジュース3人分買えるな。ラウルお前何飲む?」
「ん、ブラック」
「フルールは?」
「私カフェオレがいい」
「OK、買ってくるから少し休んでろ」
「サンキュ」
なんか緩いなぁ……と思いながらも、えげつない作戦を立案するものだと少々恐ろしくなる。
この車はミストルテインのものだ。バンの側面にはご丁寧にミストルテインのエンブレムも描かれている。そんな車を逃走に使ったらどうなるか。それも警察への車両盗難届が出される前に。
そりゃあ誰もがこう思うだろう。『資金繰りに窮したミストルテインが貴族を襲った』と。
元々、麻薬密売に人身売買といった真っ黒なビジネスに一枚噛んでいたレギオンである。前科がある以上は社会からの信用はゼロといっていい。
強盗に活用できるし、潰せる敵は徹底的に潰す……一石二鳥というわけだ。
ただ今回に限っては、ミストルテインに同情するよ。
まあ、顕微鏡でちらっと見える程度の同情ではあるのだが。
借りていたアパートの自室に入った途端、エイカー家での激務を終えて帰宅した庭師の男はいつもと違う様子に違和感を覚えた。
金目の物など何もない、地方から出稼ぎにやってきた労働者の部屋だ。こうして粗末なベッドのある個室で寝泊まりできるだけ彼も上澄みの方ではあるが、いずれにせよ盗む価値のあるものなど何も置いていないわけだから部屋に鍵などかけた事はない。
だというのに、この違和感は何か。
部屋に入って明かりを点けた瞬間、庭師の男の背後から大蛇のように何かが伸びてきて、その口を塞いだ。驚きのあまり声を発しようにもくぐもった声が小さく漏れるだけで、助けを求める事すらままならない。
《―――ああ、落ち着いてミスター。私は話がしたい》
ベッドに黒ずくめの男が腰かけ、手にした機械のプレート―――スマホを片手に違和感のある野太い声で喋り始める。
いや、男が喋っているのではない―――手にしているスマホの向こう側にいるヴォイテクが、加工された音声で喋っているのだ。
《まずミスター、本日の激務ご苦労様。安い賃金、終わりの見えない仕事、酷使される身体、故郷への仕送りに消える貯金……どれもこれもうんざりしているだろう。違うか?》
「……っ」
心当たりは、ある。
地方の村から家族の期待を背負ってロンディニウムにやってきたは良いが、そこでの毎日は想像を絶する苛酷なものだった。貴族や資本家からの搾取、壊れたら捨てられ路頭に迷うだけの地獄。食事もとにかく腹に押し込めればいいという程度で、とにかく寝て働いて飯を食べて寝て……というのがいつものルーティーンだった。
おまけに今のロンディニウムには、労働時間だとか最低賃金という概念がない。
休みが欲しいと言えば「もう来なくていい」と解雇される。
うんざりだった、何もかも。
《その苦労、我々が代わろう。君の代わりに我々が明日から働く》
「むぐ、むぐぐ」
《あー、分かっているともミスター。じゃあこれからどうやって食っていけばいいのかという事だろうがそこは心配いらない。君と故郷の家族も揃って、理想郷への渡航許可証を用意した。人数分だ》
そう言うなり、スマホを片手に目出し帽とベースボールキャップで素顔を隠していた男―――ユリウスは懐から7枚の紙切れを取り出した。映画館のチケットにも似たそれには協商連合のロゴが描かれており、『дозвіл на імміграцію(渡航許可証)』とイライナ語で記載されている。
男も噂程度に聞いた事があった。遥か南、あるいは北の空のどこか。果てぬ雲海と渦巻く積乱雲の彼方に、苦しむ弱者たちのための理想郷があるのだと。
そこを管理するレギオンこそ、協商連合。
《向こうに行った暁には、もうこんな苛酷な労働は不要であると約束しよう。食料も欲しいだけ手に入る。労働に見合った賃金が支払われる。休暇もあるし子供を学校にだって行かせられる。信じられないというならば証拠を提示するが……どうするね?》
そんな事をされるまでも無かった。
ロザリーに背後から口を押さえつけられていた庭師の男にとって―――アルカディアというネームバリューだけで、もう全てが決まっていた。




