クロエの過去
ごめんなさい風邪ひいて寝込んでました。
というか蒸し暑くなったり寒くなったりマジでどうなってんだ令和の秋はよォ!
リョナるぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「で、まあ今回の標的なんだが……その前に、だ」
夕食後。
連日の雨で増水に増水を重ね、そろそろ雑炊にでもなりそうな勢いの(?)ムーア川に係留されているソーキル艦内。重力変調システムの恩恵でさっきから床が1㎜たりとも微動だにしない、実にクッッッソ気色悪い姿勢制御システムに支えられた艦内は驚くほど静かだった。
ヴォイテクの声が、艦橋の中によく響く。
メインモニターが点灯し、協商連合のエンブレムのアニメーションが再生される。やがて天使の翼と平等を意味する天秤、それから3本の剣をモチーフにしたエンブレムが組み上がってアニメーションが終わると、人が死ぬ思いで2㎞に及ぶ道のりを魔力ドバドバ垂れ流して2、3回真面目に三途の川を見ながら特訓をやっている裏で、それを勝手に隠れ蓑にして集めたと思われる画像が表示される。
「ラウル」
「はい艦長」
「悪かった、悪かったからそんな出だしから攻撃的な文章にしないでくれ」
「はい艦長」
だってさ。
というわけで表示された画像は金融地区にある大層ご立派な銀行だった。『ブリタニア・セントラルバンク』と竜人語で記載された看板がでかでかと掲げられ、建物は伝統的なバロック様式。そこにブリタニアのエッセンスをアクセント程度に、それこそ申し訳程度に加えてギリギリ他国の建物と建築様式で見分けがつくような姑息な差別化を図った痕跡が伺える。
さて、そんな犬の鼻でなければ嗅ぎ分けられない程度の違いしかないクソデカ銀行が今回の標的なのかと思いながら腕を組んで眺めていると、ヴォイテクが説明を始めた。
「目標はこのブリタニア・セントラルバンク。見ての通りブリタニアの金融の中枢に位置するカネの流れの大動脈だ」
「なるほど、ここから山ほど盗んでやるってわけね!?」
バシ、と掌に拳を打ち付けながらロザリーが意気込んだ。
「これだけ大きい銀行なんだもの。ラウルと結婚した後に家を買ってローンを一括返済、子供を10人くらい育てて大学に送ってもお釣りが来るわね」
「いや待て、学歴が全てじゃない。子供のやりたい事を応援してやるのが親ってもんだろ」
「それもそうね、さすがラウル♪」
「あーオホン、続けていいか?」
「「あっハイどうぞ」」
「……」
お前らなぁ、とヴォイテクと一緒に頭を抱えるユリウス兄貴。それはそうとマルチカムのコンバットシャツ似合ってるよ兄貴。もう実質米軍じゃんか兄貴。異世界米軍。
「で、だ。まああの中にある金庫の中身を全部盗んでやりたいのは山々だが、目的はあくまでも”インフェルノの財布にダメージを与える事”。これに尽きる。だからミカエルからは直々に、盗む金庫について指定が入っている」
「指定?」
画像が切り替わった。
協商連合のスパイが撮影したものなのだろう、画像には『0021』と記載された金庫が映っている。
「盗んでいいのはこの中身だけだ。金庫番号0021番、情報部の情報によるとこの中にインフェルノが自由に使える金が入っているそうだ」
前々から不思議に思っていた事がある。
インフェルノの連中はいったいどこから資金を得ていたのか、と。
カフリアでの内乱の扇動、倭国での蟲島を利用した無差別テロと、それを利用した第二次天地戦争開戦のための扇動工作。連中が運用していた空中艦や武装の規模を見ても、その辺のテロ組織がかき集めたにしては些か”モノが良すぎる”のだ。
そりゃあテロリストにだってネットワークがある。戦場に遺棄された兵器をかき集めて使用可能な状態にレストアしたもの、世界のどこかで密造されたもの、正規軍から横流しされたもの、どこかのメーカーから盗んできたもの……調達方法は多種多様だ。
しかしインフェルノの行動を見ていると違和感が生じる。
カフリアでの内戦の扇動失敗から、倭国で行動を起こすまでの間隔があまりにも短すぎるのだ。そんなにもコンスタントに、それこそゲームオーバーになったゲームをコンティニューするノリで次のテロを準備する事など不可能である。
……背後で支援している組織が居ない限りは。
そこまで考えが至ったのと、ヴォイテクが俺の考えを見透かしたのは同時だった。
「んで、今回の標的はもう1つ……インフェルノに資金提供している”大元”を断つ」
「大元?」
画像が切り替わった。
映し出されたのはさっきの銀行と同じくバロック様式の、しかし金融地区の中枢にあってカネの巡りを管理しているだけあって血行の良さそうなブリタニア・セントラルバンクとは打って変わって、随分と寂れた感じの屋敷だった。
庭は手入れしているのだろうが処理が追い付いていないのか、花壇には雑草が目立つ。塀も一部が崩れているのに修繕される様子はなく、率直に言って幽霊屋敷と何が違うのかと思えるほどである。よもやこれが貴族の住まいだとでもいうのか。
などと、侮蔑的な思考がついつい頭の中に浮かんでは消えてというクッソ不健全なループに入った俺の視界の隅で、クロエが小さく肩を震わせた。
「……クロエ?」
「……っ」
ヴォイテクが全てを察したように、艦長の軍帽を目深に被った。
「資金源はここ、没落貴族の【エイカー家】だ」
計画の概要説明が終わるなり、ボクは逃げるように艦橋を後にした。
一刻も早く、離れたかった。1人になりたかった。今ばかりは、誰の目にも触れたくなかった。
だから艦橋を出て、部屋には戻らずに甲板へと出た。雨は勢いを増していて、けれども甲板まで落ちてくる雨粒はそれほど多くない。船体を包み込むように展開している重力変調システムの力場のおかげだった。落ちてくる雨粒は片っ端からそれに巻き込まれる形で、不可視の壁の輪郭をなぞるように滑り落ちていく。
でもそれも、艦のAIがリアルタイムで姿勢制御を計算して調整しているものだから、その隙を突く形で落ちてくる雨粒は落ちてくるけれど。
夜の帳が下りたロンディニウムの街。
小さい頃から、この街は夜になると悪辣な一面を覗かせる。
工業地帯や貧民街があるムーア川の対岸と、高級住宅街が軒を連ね富裕層が住まう、金融地区を含んだこちら側。灯りの多さは比べるまでも無く、その光の数が富の差を象徴しているかのよう。
嫌になる。何もかも。
金、権力、力。この国にいる人間はみんな、そんなものにしか興味がない。
だから信用できない。血の繋がった親、姉弟でさえも!
どいつもこいつも、ボクの事を見下すんだ。「忌み子」だの「不貞の証」だの、そうやって自分たちの都合で勝手に生んでおいて!
そうやって勝手に捨てるんだ! 勝手に殺そうとするんだ!
昔の記憶が、憎悪や恐怖と一緒に心の奥底から吹き上がってくる。そのままヘドロみたいに沈殿していればいいものを、間欠泉みたく噴火してくるものだから、嫌な記憶が脳裏に浮かんでは消えてを繰り返す。まるで人が嫌がる記憶だけで組んだスライドショーのように。
「うぷっ―――」
我慢できなくなって、ついつい胃袋の中身をムーア川へとぶちまけてしまう。
ぜえぜえと呼吸を整えながら手すりに寄り掛かり、手すりを握る両手に力を込めた。
《―――さあ、おいで。キミの居場所はここにある》
―――あの時、あの人の手を取っていなかったら。
―――あの時、あの優しい言葉を拒絶していたら。
―――あの時、大人しく運命を受け入れて死んでいたら。
こんなにも悩む事は無かったのに。
こんなにも苦しむ事は無かったのに。
こんなにも、心を折られる事は無かったのに。
ああ、ミカエル様。
あなたはどうして、ボクに生きろと仰ったのか?
こんなにも、庶子である自分を貴族のように振舞わせ、虚勢を張る事でしか正気を保てないこのボクを。
生きるのは、こんなにも辛く苦しい事なのですか?
じゃあいっそ、死なせてくれていれば僕は―――。
「―――」
そこでふと、重力変調システムを潜り抜けて降り注いでいた雨粒が身体に当たらなくなっている事に気付いた。
ゆっくりと振り向いた先に立っていたのは―――仔犬ちゃん。
いつもと変わらない、ぶっきらぼうな……けれどもちょっとだけ心配しているような表情で、狼のケモミミを不安そうにぺたんと倒したまま、無言で傘を差し出し雨粒からボクを守ってくれている。
―――見ないでくれ。
こんな弱いボクを。
こんな醜いボクを。
「ぁ……ぁ……っ」
声が、言葉にならない。
やめて、やめてと言いながら後退ろうとしたところで、濡れた甲板で足が滑った。
けれども甲板に背中を打ち付けるような事は、無かった。
背中に感じる仔犬ちゃんの手の感覚―――ああ、受け止めてくれたんだと思った途端に、心の奥底で何かが外れる音がした。
それはきっと、いつの間にか閉ざしていた心の最も深い部分。
「……大丈夫か?」
「ぁ……あ、ああ」
「……部屋、行こう。風邪ひくぞ」
何気ないその言葉が、引き金になった。
堰を切ったように溢れ出す涙。けれどもそんな、感情をむき出しにして泣いている顔なんて見てほしくなくて、ボクの弱いところなんて知られたくなくて、けれども身体は勝手に彼女に抱き着いていた。両手を背中に回し、ラウルの優しさに全力で甘えるかのように。
生まれて初めてだった。
こんなにも―――こんなにも、声を上げて泣いたのは。
―――物心ついた時から、ボクは男として育った。
お父様は娘よりも息子が欲しかったらしい。それは使用人たちと、お父様の会話を盗み聞きしているうちに何となく察した。
じゃあ、男として振舞えば―――お父様が望む子供になれば、ボクも少しは気にかけてもらえるかなと淡い期待を抱いた。抱かずにはいられなかった。
だってそうじゃあないか。子供にとっては血の繋がった親が絶対で、生まれ育った家が自分にとっての世界の全てで、その親に見てもらえない、気にかけてもらえないというのは世界の全てから否定されるに等しいのだから。
必死に剣術の鍛錬に打ち込んだ。とはいっても、剣術の師範も雇ってもらえなかったし使用人も腫れ物に触れるような扱いしかしてくれなかったから、剣術は中庭で鍛錬している異母弟のものを見様見真似でやっただけだけど。
読み書きも自力で覚えた。簡単な計算も、魔術の簡易検査もやった。
少しでも自分の才能を証明したかった。ボクだってエイカー家の子供なんだよって。ボクだってお父様の仔なんだよって。
『―――それがどうした』
『まあ、なんて汚らわしいの。母親と同じだわ』
『地位欲しさに旦那様の前で股を開いた卑しいメイドの仔、か……』
―――結局、誰もボクの事なんて見ていなかった。
そもそもボクは、エイカー家の仔としてすら見てもらえなかった。かつてのボク―――『ソフィー・エイカー』なんて忌み子はどこにも存在しない。それはエイカー家にとっての恥部であり、当主とメイドの間に生まれてしまった不貞の証でしかない。
父上に否定された時に、そう理解した。
ああ、そうだ。ボクは最初から不要だったんだと。
でも、存在そのものを否定されたと理解しても、物心ついた時から身についてしまった習慣は消えない。
男らしい振る舞いも、剣術も、何もかも。
今のボク、ナルシストだってよく言われるんだ。仔犬ちゃんもそう思うでしょう?
うん、そう。あれはね……自分に感じていた劣等感の反動でもあるんだ。ああやって、自分に言い聞かせるようにして自己肯定感を高めていないとね、すぐ駄目になってしまうんだ……。
そんなある日、ボクは屋敷の外に連れ出された。
振る舞いは男だけど身体は女……今思えばあれは、どこかの奴隷商人にでも売り飛ばすか、どこかの路地裏で始末するためだったのかもしれない。貴族の恥部、足の引っ張り合いが当たり前の貴族にとって、自分の弱点になりそうな庶子を生かしておく利点は存在しないから。
でも―――そんな時だった。
あのお方が、ボクの前に現れたのは。
『―――もう、苦しまなくていい』
今と全く変わらない、小柄なハクビシンの獣人。
卑しい獣人とされるジャコウネコ科の獣人。けれどもそう蔑むにはあまりにも神々しい雰囲気を放った、変わった人だった。
『―――さあ、おいで。キミの居場所はここにある』
生まれて初めて、自分自身の存在を肯定された瞬間だった。
こうしてボクはエイカー家を離れ―――協商連合へと渡った。
その日からボクはソフィー・エイカーという名前を棄て―――『クロエ・クロワール』になった。
クロエの話が終わった。
前々から彼女にも辛い過去があるのだと感じていたが、本人の口から語られたそれはあまりにも凄惨極まり、話の最中は一言も言葉を発する事が出来なかった。発する事を許されなかった。
世の中に蔓延る不幸という不幸が、彼女の経験談の前では霞んで見えてしまうほどだ。
俺ですら上澄みだったのだと、そう強く思った。
生まれながらにして忌み子として扱われ、存在そのものを否定され続けた少女の話。無垢な心も、ささやかな希望すらも踏み躙られた果てにあったのがミカエルとの邂逅だったのがせめてもの救いなのかもしれない。
話を終えて少し落ち着いたのか、クロエは手にしていたティーカップを傾けてハーブティーを口に含んだ。
「……ごめんね、本当はもっと早く明かすべきだったのかもしれないけど」
「いや……」
無理に語る必要は無いんだ、クロエ。
話したくないなら、どうしても思い起こしたくないならば、心の中で鍵をかけてそっと深いところに沈めてしまえばいい。そうして楽しい思い出で埋め立ててしまえばいいんだ。もう二度と、過去のトラウマが蘇らないように。
「残念だけどこれがボクの素だよ、仔犬ちゃん……普段はあんなに気取っているけど、本当はこんなに弱くて……」
「……」
「結局、ボクって誰なんだろうね? 生まれてきた意味も、生きる意味も……」
「―――誰でもいいんじゃないか?」
そんな言葉が、自分でもびっくりするくらいするっと口から滑り出た。
一瞬、誰かが俺の意識を乗っ取ってそんな発言をさせたんじゃないかと思えるほどだった。そう錯覚してしまえるほど、あまりにも自然に本音が出た。
「え?」
「誰でもないんだったら、裏を返せば誰にだってなれる。だからなりたい自分になればいい」
「誰にだって……」
口元に笑みを浮かべ、トン、と自分の胸に手を当てた。
「そんなクソみたいな経験しながら、今まで生きてきた強い心を持ってるんだ。そんな自分の心が恥ずかしくないような、カッコいい自分になればいい。俺にはきっとそれがクロエのあるべき姿だと思う」
「……ラウル」
「わっ」
唐突にクロエに抱き着かれ、為す術も無くベッドの上に転がるラウル君。そりゃあ180㎝のでっけえ美女にいきなり抱き着かれたらこうもなりますよ……って、んな事言ってる場合じゃない。
驚きながらも彼女の背中に手を回し、クロエを受け止めた。
「ありがとう、ラウル……君のおかげで自信が持てた」
「ん、そりゃあ良かった」
「ラウル」
「ん」
そっと、静かに唇を重ねた。
長く、長く。




