望まれぬ命
コールセンター勤務モニカ
モニカ『お電話ありがとうございます!!!!!!!! 協商連合コールセンターのモニカでございます!!!!!!!!!!!! はい!!!!!!!! 私の声がうるさい!?!?!?!?!?!?!? 申し訳ございません!!!!!!!!!!!! ご指摘を真摯に受け止め今後の再発防止に務めさせていただきます!!!!!!!!!!!!!!! ヴァァァァァァァァァァ(900㏈、以下無音)』
シェリル「クレーマーから【耳聞こえなくなった】とクレームが」
クラリス「計画通り」
ミカエル君「人の心とかないんか?」
「ラウル・エルマータ。15歳、スパーニャ出身の第二世代型獣人女性」
コツ、コツ、とブーツの音と共に、書類を読み上げる刑事の声が取調室に響き渡る。記録係ともう1人の刑事が見守る中、人のプロフィールを何の断りもなくべらべらと読み上げた刑事はその書類を机の上に放り投げ、向かい側にどっかりと腰を下ろした。
太り気味の刑事だった。労働者たちが資本家や貴族たちに搾取され、今日食べていくものにすら難儀している有様だというのに、まあ随分といい暮らしを送っているのだな……と分かるレベルで腹がたるんでいる。
「で、何でやったんだ?」
「何をです?」
「決まってるだろ、お前が殺した被害者女性だよ」
何を言ってるんだコイツは。
さてさて、いきなり理不尽な取り調べを受けて読者の皆さんも困惑していると思うので、前の話の後に何があったのかを簡潔に説明させていただこうと思う。
娼館の裏口で、娼婦をナイフで刺したと思われる殺人鬼をグロックで撃った。殺人犯はその場に倒れ、やがて銃声を聞きつけた警察が現場に到着。「事件の目撃者として証言を聞きたいので署まで来てほしい」と要請され、まあ断る理由も無かったのでホイホイついていったらこれだ。
なんか知らんが、証人から容疑者にジョブチェンジしてないかコレ。
「殺してませんが」
「嘘つけ、お前がやったんだろ」
「現場にナイフ持って倒れてた奴が居たでしょう? ソイツですよ」
「でたらめを言うな。お前もナイフに拳銃を持ってたじゃないか」
「ありゃあ仕事道具です。冒険者ですから」
「じゃあ凶器を持っていた事は認めるんだな?」
「ええ。ですが殺人の事実はありません」
きっぱりと否認するなり、もう1人の刑事が優しく声をかけてきた。
「エルマータさん、否認を続けると罪が重くなりますよ」
「やってもいない罪を認めろと?」
「ですが現場にはあなたしか―――」
「いい加減認めたらどうだ、薄汚い獣人め!」
バンッ、と声を張り上げながら机に手を叩きつける太った刑事。全く臆するそぶりも見せず、ゆっくりと彼の方を見上げてやると、太った刑事は不満そうに睨んできた。
まあ、そういう事だろうな。
切り裂きジャックの被害者は今の時点で5名……犯人は一向に捕まる気配がなく、犠牲者は増えるばかり。ロンディニウム市警の評判は地に落ちていると言ってもいいだろう。
治安の維持にクソほども役に立たない警察組織ほど、民衆からの憎悪を向けられるものはない。
というわけで、彼らもそろそろ”成果”が欲しいのだ。一連の事件の犯人を何とか逮捕した、という目に見える成果を。
そんな苦境に喘いでいたところに、なんともまあ居るじゃないですか。容疑をかぶせるだけかぶせ、あとは偏見と一方的な決めつけでゴリ押しできるであろう立場の獣人が。
あーだりぃ、コイツら全員ぶちのめすか?
でもなあそれはなぁ、出来ない事は無いが後々面倒な事になるからなぁ、と視線を巡らせながら思う。
供述書にペンを走らせている記録係と太った刑事、それからもう1人の優しそうな刑事。仮にこの3人が全員拳銃を所持していたとしても、この密室で奇襲すれば7秒以内に全員やれる。
まあ、やらないが。
「吐け、やったのはお前だろう!?」
「違います」
「嘘をつくな!」
「これ以上は無駄なので黙秘します」
「貴様に黙秘権はない!」
「ブリタニア王国憲法第42条」
「……っ」
「随分勉強不足なようで」
楽な仕事でいいッスね、と続け、それ以降は黙秘を続けた。
それから20分くらいだろうか。取調室のドアをノックする音が聞こえ、太った刑事が舌打ちをしながらドアの方へ。
ガチャ、とドアが開く音。やがて聴こえてきたのは警官にしては随分と軽い足音と、つい昨日聴いたばかりの凛とした声だった。
「―――出たまえ、ラウル君」
え、と振り向いた先にいたのは蒼い髪と軍服風の服に身を包んだ竜人の女性だった。胸元には燦然と輝く勲章と、ペンドルトン家の家紋が刻まれたメダリオンがある。
エミリアさんだった。
「現時刻を以て君の容疑は晴れた。釈放だ」
「は、はあ」
いったいどんな手品を使ったのやら。
椅子から立ち上がり、出口へと向かおうとする俺の後ろで、エミリアさんは「君、それを貸しなさい」と記録係から供述書を取り上げるなり、手のひらの上で一瞬だけ生じた電撃で跡形もなく焼き尽くしてしまう。
行こう、と促され、俺は歩いた。
入り口のドアのところで脂汗を浮かべていたデブ刑事に「無駄なお仕事ご苦労様でした」と苦労を適当に労い、じゃあねと言わんばかりに振り向きもせずに手を振った。
ロンディニウム市街地、コバルトチャペル警察署。
外にはペンドルトン家の家紋が刻まれた黒塗りの高級車が待っていた。
「乗りたまえ」
「あ、でも俺のバイクとか荷物が」
「押収された君の所持品については既に力也が回収して屋敷へ運んでいる」
「仕事が早いッスね」
「礼はナオハに言いたまえ」
出せ、と運転手に言うエミリアさん。承知しました、と抑揚のない声で応じた運転手は、なんと力也の傍らに控えていたくノ一のナオハ。どうやら俺が警察に連行されていくまでの一部始終をどこかから見ていたらしい。
「あの、助かりました……ええと、ナオハさん?」
「ナオハで結構ですよ、エルマータ様」
ともあれ、助かった……最悪の場合あの警察署を吹き飛ばしているところだった。いや、やらないけども。
車がコバルトチャペルを離れて高級住宅街の入り口にある交差点に差し掛かったところで、エミリアさんが口を開いた。
「さっきの事件、模倣犯だそうだ」
「え」
「君が撃ったのは本物の切り裂きジャックじゃない。あと刺された被害者女性は病院で回復、魔術師数人がかりで治療を受け一命をとりとめた」
「生きてた……よかった」
「ついでに言っておくが、君に撃たれた模倣犯だがな。銃弾が脊髄の神経を傷付けていたそうだ……もう二度と自分の足では立ち上がれまい」
「当然です。イキって無抵抗の人を手にかけるようなケダモノだ、そうなって当然だ」
今日は朝っぱらからツイてねえなぁ、と思いはしたが、でもこれであの被害者の女性が救われたのだからそれでヨシとしようか。あそこで血の臭いに気付かず素通りしていたら、犠牲者が1人増えていたところだし模倣犯の余計な犯行で警察の捜査は攪乱されていただろう。
とはいってもまあ、その辺にいた獣人を都合のいいスケープゴートにしようとする警察である。今回の事件がどっちに転がっていようともクソの役にも立っていなかっただろうが。
まあ、自分の中にあった選択肢の中では最善の結果であった、と断じていいだろう。
結局、未来は1つしか選べないのだから。
「これがマンゴープリン……!?」
はぁぁぁぁぁぁぁ……♪ とスプーンの上に乗った異国のスイーツに目を輝かせるエリスさん(22)。そりゃあ、こんな30mくらいの尖塔のてっぺんにポツンと拵えた部屋の中に幽閉されて毎日を過ごしているのである。彼女にとっての「世界」とはこの部屋の中で、部屋の窓から見えるロンディニウムの街並みで、あらゆる書物の中で、世界地図で……どれもこれもが仮初の世界なのだ。
だから自分の埒外からやってきた物品に、こうも強い関心を寄せているのだろう。
いただきまーす、とマンゴープリンを口にした瞬間、エリスさんの瞳がビックバンでも起こしたかのように強烈な反応を示した。
「あっ……なにこれ。ぷるぷるで甘くて、舌の上で溶けていくみたい……!」
俺もマンゴープリンを一口。
やはりチャンさんクオリティと言うべきだろう、期待を裏切らないマンゴープリンの味わいに思わずラウル君も口の中でビックバンを起こしそうになる。
濃密な甘みとマンゴーの風味。目を瞑るだけでジョンファ南部の肥沃な大地と照り付ける太陽の下で育ったであろうマンゴーの一生(何それ?)が瞼の裏に浮かんでくる。
しかもこれ、ただのマンゴープリンじゃないのだ。
食べている最中に飽きさせないためなのだろう、中に細かくサイコロ状にカットしたマンゴーの果肉が入っている。おかげで単なるぷるぷるジューシーで甘いスイーツだけに留まらない工夫が凝らされているのだ。
陶器製の器に入っていたマンゴープリンがあっという間に空になる。あれ、俺まだ一口しか食ってない筈じゃ……と錯覚してしまうレベルの味だった。チャンさんおそるべし。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……美味しかったわ。差し入れありがとうラウル君♪」
「いえいえ。こちらもお世話になっているわけですし」
「ふふっ。名残惜しいけれど、それじゃあ授業を続けましょうか」
「お願いします」
ことん、とテーブルの上にランタンを置くエリスさん。ランタンの中では普通の炎……ではなく、緑色の炎が揺らめいている。
なんだこれ、とまじまじと見つめていると、エリスさんは右手の指を広げて小さく魔力を放射した。冷気にも似たそれが瞬く間に拡散したかと思いきや、ランタンの周囲に浮遊し始める。
次の瞬間だった―――中で揺らめく緑色の炎が、フッと消え失せてしまったのである。
「……これは?」
「これはね、魔力で光を放つ魔力式ランタン。第5文明辺りからブリタニアで使われていたものなのよ」
「第5文明の……遺物……!?」
「その通り。といっても、今の技術にダウングレードされた模造品だけど」
第3文明から第7文明前半までは、このように魔力を用いた技術が大きく発達していたとされている。
しかし第7文明後期から第8文明にかけてその流れは一気に衰退。魔力で動く動力機関は大きく規模を縮小し、現代でも運用されている蒸気機関やディーゼル機関といった動力機関が台頭し始めるようになる。
おそらくこれはその魔力技術の全盛の頃に生み出されたものをモデルにしているのだろう。
まあそれはさておき、今炎が消えたよな?
「さて、魔力的エントロピーの授業は昨日やったわね?」
「ええ」
「じゃあ今日は実技です。ラウル君、魔力を上手く放射してこの炎を消してみましょう♪」
「は、はい」
よーし、やったるぞ。
指をパキパキと鳴らし、魔力放射の準備に入る。
さすがに大魔術師にはなれないだろうが、ここで学んで力をつけるんだ。
ここから先に進むには、避けては通れない関門……ッ!
瓶の中、ホルマリン漬けになっているのはいずれも女性の臓器―――子宮だった。
仔を成す器官を奪ってやった、という満足感だけが彼の頭を支配している。そうだ、総てのヒトの仔はこの肉の揺り籠から生まれてくるのだ。
しかしその新たな命が、総て祝福されて生まれてくるとは限らない。
確かに両親から望まれて生まれてくる仔もあろう。神々から祝福されたとしか思えない才能を宿す仔もあろう。
そしてそれと同じくらい、”望まれずに生まれた生命”というのも存在する。
一夜限りの関係の筈が身籠ってしまった生命。貴族の当主と妾の間に生まれてしまい、不逞の証の烙印を押されてしまった忌み子。
だから彼は、それを憎んだ。
一時の快楽のために身体を重ね、望まれずに生まれる哀れな仔を生みだす娼婦を憎んだ。
そんなもの、居なくなればよい。そうすれば少なくとも、自分のような存在は生まれて来なくなる。
だから切り刻んだ。だから殺した。だから子宮を奪ってやった。
仔を成す肉の揺り籠を。生物としての雌の象徴たる器官を。
「―――よう、派手にやってるようだなジャック」
唐突に投げかけられた野太い声に、ホルマリン漬けの子宮を見つめていた黒ずくめの男―――切り裂きジャックは殺気すら発さず、手首のスナップで無造作に投げナイフを放っていた。
しかし聴こえてくるのはナイフの切っ先が砕ける硬質な音だ。少なくとも、切っ先が相手の眉間を刺し穿った手応えはない。
「おーおー、怖いねぇ」
「……ヘンリック」
「そうだよぉ、パパでちゅよぉ」
両手を広げ、抱きしめようとするヘンリック。
しかしジャックの発する異様な殺気に、さすがにこれ以上からかえば火傷しそうだと察して一歩後ろへ下がった。万に一つも負ける要素は無いが、次の一手の前に派手にやり合うのも得策とは言えない。
「まあその、なんだ。お前が派手にやってくれたおかげで、警察の目はお前にだけ向けられている。おかげでペンドルトン家の襲撃計画とエリス拉致計画はまあ、予定通りに進みそうだ」
「興味ないね」
「そう言うな。お前におあつらえ向きの獲物も用意している」
手をひらひらさせながら、ヘンリックはにんまりと笑みを浮かべた。
「お前の妹も今、この国に来ているらしい―――興味あるだろう?」




