力也さんステイステイ
幼少期のフルールの写真を見たみんなの反応
登場キャラ一同「かわいいなぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「お迎えに上がりました、エリス様」
ひょこ、と力也の後ろから現れたのは黒装束に身を包んだスレンダーな体系の獣人女性だった。彼女の話す竜人語にカタカナ英語みたいな若干の倭国訛りが確認できる事、そしてその顔つきから東洋人である事が分かる。
行動の邪魔にならないように短く切った髪。前髪の一部は白く染まっており、ミカエルと共通した身体的特徴がみられる。ハクビシンの獣人なのだろう。
俺たち獣人は、遺伝子に含まれている動物の特徴が反映されている。例えば俺はハイイロオオカミの獣人なのだが、足の速さとか発達した嗅覚とか、あとはなんだかんだで仲間意識が強いところにそれが反映されている。
ハクビシンの獣人は総じて臆病だ。不要な争いを避ける傾向にあり、加えて素早く軽快な身のこなしが特徴である。電線の上を綱渡りしたり、屋根の上を簡単に走ったりジャンプで大通りを飛び越えたり……生まれながらにしてパルクールじみた動きができるのだ。
彼女もそうなのだろう。なんだか忍者っぽいな、と思っていたら腰にマジでクナイを下げていた。女の忍者だ。
深々と頭を下げる彼女に、エリスは笑みを浮かべた。
「あらあら、ナオハまで来てくれたのね。ごめんなさい、なんだか大事にしてしまったようね」
「いえいえ。まあ、エミリア様は慌てていらっしゃいましたが……ともあれ、羽を伸ばせたのならば良かったではありませんか」
「ええ、今日は貴重な体験をさせてもらえたわ。こういう喫茶店って私初めて入ったの。工場も間近で見る事が出来たし」
「それはそれは」
うふふ、とガールズトークに花が咲いているが、正直俺の方はというとそれどころじゃあなかった。
ナオハ、と呼ばれたくノ一のすぐ隣に立つ巨漢。ヴォイテクと同じかそれ以上の背丈に詰め込めるだけ筋肉を詰め込んだような体格の狼獣人が、真っ赤な瞳をずっとこっちに向けているのである。
妻であるエリスの安否を確認して安堵するような素振りは見せたが、妻が無事だと知るや視線はずっとこちらをロックオン。あの、俺何か粗相でも……?
「……あの、なにか」
「……ラウル・エルマータってェのはお前か?」
「は、はあ。自分です」
「そうかい」
腰の右側に提げた大太刀の柄に、左手が伸びた。
それを知覚するよりも先に、濃密な殺気に反応した身体が反射的に手をナイフの柄に近付けていた。手を伸ばせば触れられる距離、さすがにこの間合いならば鞘からTask Jを引き抜く方が早い。そしてそのまま切先を心臓に突き立てるまでの一連の動きもイメージできる。
が、しかし。
理屈の上ではそうだが、身体が怯えている―――ナイフを引き抜いて突き刺すまでの間に絶対首を刎ねられる、と身体中の細胞が赤信号を灯しているのだ。
まあ、無理もない。
相手はあの天地戦争の末期戦、最も熾烈を極めたメルキアの戦いから生きて帰った倭国の英雄豪傑である。腕一本と目玉1つで済んだ……1000隻以上の空中艦が殴り合い、両軍共に70隻余りに撃ち減らされるまで続き、参加した将兵の死傷者がおよそ4800万人を数えたという地獄から腕一本と目玉一個を失う程度で帰ってきたのだ。
あれを、あの戦いを生き延び、更にはヘンリックと矛を交えた猛者の中の猛者。
そんな相手に、教科書通りの戦い方なんて通じない。
無論、当たり前の理屈もだ。
『坊ちゃま』
そんな彼の殺気に水を差したのは、エリスに「こちらのウィンナーコーヒーというのも美味しゅうございますよ」と勧めていたナオハだった。
久しぶりの外出ではしゃぐエリスにかける言葉とは打って変わって、闇夜でギラリと輝く短刀のように鋭い声。
それもエリスには分からないようにという配慮なのだろう、竜人語ではなく倭国語だった。
『目的をはき違えてはなりません。今はエリス様をお迎えに上がっただけ』
それに、とナオハはこっちに視線を向けた。
『こちらのお二方はエリス様をエスコートしてくださった様子。無礼な振る舞いがあっては速河家の、そしてペンドルトン家の名に泥を塗る事になります』
『……』
それでも力也は殺気を緩める気配はない。
あのー……ところで俺、なんで殺気を向けられてるんです?
もしかしてアレですか、俺がエリスさんを屋敷から連れ出したとかNTRを図ろうとしていたとか、そんなあらぬ疑いをかけられてたりする感じですかコレ。
いつ刀を抜くかも分からぬ状況で、やれやれといった感じで溜息をついたナオハはとんでもねえ爆弾を投げ込んだ。
『―――3秒以内に刀から手を離さないと、坊ちゃまのエロ本を隠してる場所を全部エミリア様にチクります』
力也の顔がみるみる青くなった。
さっきまではいかにも「俺強いですよ」みたいな、ラノベとか漫画の中盤辺りから出てくる強キャラっぽい雰囲気を醸し出していたというのに、ナオハの脅迫1つであっという間にブルーベリーと見間違うレベルで真っ青だ。
お、お? どしたん、腹の調子でも悪いんか?(煽)
『さ~……んにーいーちぜろー!』
『ちょっ!? なんか数えるの早くない!?』
『3つ数えるといっただけです。平安貴族みたいにまったり数えるなんて一言も言っていませんが』
『待て、それは卑怯だろうお前!』
『喫茶店でくつろいでいる相手にいきなり刀を抜こうとした坊ちゃまの方が遥かに卑怯かと思いますが』
『う゛』
ずびし、という効果音と共に力也さんの胸に矢が刺さる。こういう表現マンガとかアニメでしか見た事なかったけどマジでやる人いるんだ……。
『大体エリス様を安全な場所までお連れしてくれた相手にいきなり抜刀って何考えてるんですか。蛮族ですかあなたは。いいんですかそんな事で。ペンドルトンの婿は誰彼構わず斬って捨てる辻斬りだと噂が長し、一族の評判を地に落とすような事になってもいいのですか? あなたは一時の快楽を享受できても後でクッソ迷惑するのエミリア様とエリス様なんですよバカ坊ちゃま』
『誰がバカだ誰が!』
『坊ちゃま以外に居ないでしょうこのバカ』
『ついに坊ちゃま消えたぞオイ!』
「あらあらうふふ♪ だーりんとナオハったら本当に仲良しねぇ♪」
エリスさん?
あの、俺には侍女にガン詰めされる立場の弱いオスにしか見えないんですけども……ってそうか、エリスさん倭国語分からないからこの2人の発言の内容全然伝わってないんだなコレ。
『いいんですか? 名を貶められる事を何よりも嫌う侍がこんなところで恥晒して』
『いやあの恥晒そうとしてるのお前のせい―――』
『だまらっしゃい。坊ちゃまが刀から手を離しこちらのお二方に対して普通に接すればいいだけの事。普通の振る舞いがなぜできないんですか?』
『だってラウルってやつがどの程度の強さなのか知りたくて……』
『そういう思考回路はお捨てになってください。今は戦国乱世ではなく天下泰平の世、やがてお生まれになるご子息をご立派にお育てする事に全力を注げばよいのです』
『でも……』
『ホントマジでいい加減にしないと寺子屋の隅でこっそり保健体育の教科書を見てドキドキしてた事をバラします』
『やめて!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『あ、あのー……』
すっ、と小さく手を上げ、スパーニャ訛りも何も無いネイティブ顔負けの倭国語で名乗りを上げた。
ちょっと驚くナオハ。その隣ではぎぎぎ、と油を差してない機械を無理矢理動かしたような音を発し、力也が首をゆっくりとこちらに向ける。血の涙を流しているように見えたがきっと気のせいだろう。
『すいませんあの、自分……倭国語分かるんでその……ハイ』
『『……』』
力也の顔がブルーベリーになった。
武士が最も恐れる事は、死よりも恥である。
戦で恐れをなして逃げ出したとか、無様な死にざまであったと後世に語り継がれてしまい、祖先から続く一族の名誉を貶めてしまう事を何よりも恐れる。
現代日本から異世界転生してきた俺から言わせてもらえば、長い歴史の中でその価値観は見事に逆転した。
どんなに恥をかいても泥臭く生き延びる―――今の日本人はどっちかというとそういう考え方の人が多いように思える。
まあ、そういうわけでブルーベリーと化した力也さんを伴い、案内されたペンドルトン邸。それはもうご立派な屋敷であったが、そこまで主張が強くないように思えるのは建物の色合いのせいなのだろう。クリーム色っぽい感じのレンガを使っているせいもあり主張は控えめで、デザインはどこか中世の城を彷彿とさせる。
警備兵に警戒されながらも正門を潜ると、正面玄関で待ち構えている蒼い髪の竜人女性が目についた。
軍服のような服装で、腰には剣がある。
海原を思わせる蒼い髪と、頭髪の中から伸びるブレード状の角。腰の後ろからは蒼い鱗に覆われたドラゴンの尻尾が伸びており、やはり日照時間が短くなりがちなロンディニウムで育ったからなのだろう、肌は青白いように思える。
ルビーのような瞳の形状は爬虫類のような形状をしていた。角も瞳も尻尾も、竜人の身体的特徴である。
顔のパーツが似通っている事もあって、エリスさんの血縁者である事は一発で分かった。しかしエリスさんが包容力のある大人の女性といった雰囲気であるのに対し、彼女は厳格な女性の将軍といった感じだ。目つきも鋭いし警戒心に緩みがない。”隙”がないのだ。
「あらあら、エミリア」
「あらあらではないぞ姉さん。塔を勝手に抜け出して……」
「ごめんなさいね、たまには外を歩いてみたかったの」
「外出したいのならば兵を通して私に言ってくれればいいものを」
「だって、エミリアに言うと絶対護衛をつけてくるじゃない」
「当たり前だ……とはいえ、窮屈な思いをさせてしまったのならば謝罪する。ところでその2人は?」
視線がこっちに向けられた。
「ああ、この2人は工業地区で会ったの。こっちの王子様みたいな人がクロエ、こっちの狼の獣人さんがラウル。2人とも凄いのよ、軍用のゴーレムを簡単に―――」
睨むような鋭い視線を、俺ではなくクロエに浴びせかけるエミリア。
エリスの話はもう耳に入っていないようだった。エミリアは適当に相槌を打ちエリスの話を最後まで聞くと、歩みを進めてクロエの方までやってくる。
「……あの、何か」
「……貴様、エイカーの庶子か」
「―――」
ぶるり、とクロエの唇が微かに震えた。
否定も肯定しない―――しかしそのリアクションが、何よりもの答えだった。
エイカーの庶子。
くまさんハウスでは、というかどこのギルドでもそうなのだが、相手の過去を執拗に聞き出そうとするのはご法度だ。人間誰しも探られたくない領域というのは存在するし、適度な一線を引いてそこからは踏み込まない事こそが人間関係を円滑に保つ秘訣でもある。
その暗黙の了解は、くまさんハウス内でも徹底されていた。
故に、俺はクロエの過去を知らない。やけに育ちのいい貴族っぽい振る舞いの王子様系美女、というのが今の俺にとってのクロエの全てだ。漠然としているが、それでもいいのだ。戦場で背中を預けるには十分すぎる信頼が確かにあるのだから。
そんな一線を、しかしエミリアは簡単に踏み越えてみせた。
庶子―――要するに、貴族の当主と愛人の間に生まれた仔である。
エミリアの言う事が本当ならば……じゃあ、クロエは。
触れられたくない部分であった、と確信するなり、エミリアは踵を返した。きょとんとした様子のエリスにメイドを2人ほど付け、屋敷の敷地内にある塔へ連れていくように命じたエミリア。エリスは2人のメイドと共に一足先に屋敷の中へと消えていった。
「……今日は姉さんが世話になった」
「あ、いえ……」
「せめて礼だけでもしたい。上がっていってくれ、茶と菓子を出す」
さあどうぞ、と執事らしき初老の男性に促され、エミリアのあとについていく。
クロエはというと、よほど触れられたくないところをごっそりと抉られたようだ……目はどこか虚ろで、いつもの自信に満ちた彼女はどこへやら。すっかり狼狽えてしまった様子である。
前々からそういう予兆はあった。何かトラウマでもあるのだろう―――ロザリーが何気なく「クロエって貴族?」と聞いた時も、思い出したくないナニカを思い出してしまったような、嫌な記憶がフラッシュバックしているような仕草を見せた事があった。
ぎゅっと彼女の手を握り、エスコートする。
大丈夫、俺が隣にいる。
言葉には出さずに、行動で示した。
クロエの過去が何であれ、彼女は彼女だ。
彼女は、クロエ・クロワールという女は現在を生きているのだから。
アーチボルトの魔力的熱力学の法則
第一法則
・魔力は術式により魔術に変換されるが、総量そのものは失われない。
第二法則
・魔力変換に伴い、魔力的エントロピーは不可逆的に増大する。氷属性魔術は特にエントロピーの増大が顕著である。
第三法則
・絶対的に魔力的エントロピーがゼロとなる空間は存在しない。




