絶対零度と狼と
幼少期のユリウスの写真を見たみんなの反応
ラウル「懐かしいなオイ。目元なんか今と変わんねえ」
クラルテ(わぁここにも可愛いショタが)
ロザリー「うふふ、懐かしいわねぇ。兄さんってばラウルと仲良しだったもんねぇ? これからも仲良くしてくれるわよねえ兄さん?(圧圧圧圧圧)
ユリウス「モチロンデス」
クロエ「↑圧がすごい」
フルール「↑お兄ちゃんもっとしっかりしろ」
「―――では、ラウルさんは空中艦で世界中を飛び回っていらっしゃるのですね?」
「え、ええ、まあ」
結構グイグイ来るなこの人。
雨の中、傘を差しながら石畳で舗装された道を歩くエリス・シンシア・ペンドルトン氏。低所得者や貧民が跋扈するムーア川の対岸、貴族であればまず立ち入る事のない場所を歩いているというのに、彼女はそれを気にも留めない。
貧民は視線に入っていないという感じは微塵も感じなかった。
人間というのはどんな性格の人であれ、自分よりも能力的・社会的に下にいる相手を見るとついつい見下してしまうものだ。俺はコイツよりも強い、私はこの人よりも金持ちだ……理由なんて何でもいい。とにかく相手を見下して、自己肯定感を高めようとする悪癖が人間の心の中には巣食っている。
貴族なんかはその極致である、というのはクロエの談だ。貴族社会は足の引っ張り合い、マウントの取り合いである。いつぞやの姥捨ての森の一件とは別ベクトルで、人間の醜い部分を煮詰めたようなものだ。
だから俺は貴族をそういう目で見ているのだが、このエリスという人は全くそんな雰囲気がなかった。
むしろ、新しい世界へやってきた無垢な子供を思わせる。自分が今まで過ごしていた環境とは全く違う場所で、好奇心の赴くままに四方八方へ視線を飛ばしているような、そんな感じすら覚える。
まるでそれは世間知らずのお嬢様のようで……。
「ねえねえ、もしよろしければ外の世界の事を教えてくださる?」
「え、あ、はぁ」
どうしよう、クロエ助けて。
そんな感じで救いを求め彼女の方に視線を送ると、クロエは仕方ないなと言わんばかりに笑みを浮かべてエリスの手を取った。
「それではペンドルトン様、こんな雨の中で立ち話というのもなんです。どこかその辺のお店にでも入ってゆっくりお話しましょう」
「ええ、そうしましょう。それでは……ええと」
「クロエ・クロワールと申します。お見知りおきを」
「ではクロワールさん、エスコートしていただけるかしら?」
「はい。麗しい女性のお役に立てるのであれば喜んで」
手慣れてるなぁ……。
クロエとエリスのやり取りに感心しながらも、視線を周囲へ向けて警戒しておく。
こういう場所は治安が悪いものだ。人は貧しい環境に長く居ると、心まで貧しくなる。
どん、とエリスに正面から子供がぶつかってきた。「ごめんよ」と言いながら立ち去ろうとする子供だったが、その小さな背中が路地に消える前にその襟首を掴んでぐいっと引き寄せる。
何をするのかと驚いた様子のエリス。怯える子供を見下ろしながらそのポケットの中に手を突っ込んで、いつの間にかスリ取っていたエリスの財布を引っ張り出す。
「え、それ私の……あれっ、いつの間に?」
驚いた様子のエリスに財布を返し、怯える子供に懐から取り出したキャンディーを5つほど握らせた。
「オイ坊主、次やったら承知しねえぞ」
「……ごめんなさい」
もう行け、と頭をぽんぽんと優しく叩いて行かせ、エリスに「気を付けてくださいね」と注意を促しておく。
正直、俺も昔は他人から財布をスリ取ったりする事はあった。
それでも相手は選んだ。盗みを働いたのは主に孤児院の子供に酷い事をする大人や村のいじめっ子。善良な人や貧しい人から奪う事だけは絶対にしなかった。
転生前もそうだ。自分より弱い相手に暴力を振るう事は決して無かった。学校の先輩だとか会社のクソみたいな上司だとか、いつだってぶん殴ってきたのは格上ばかりだった。
さて、そんな治安の悪いムーア川対岸の工業地区沿い。低所得者向けの格安アパートや安宿が所狭しと並ぶ場所に喫茶店なんて洒落た店があるはずもない。
カウンター席が少しだけあるパブとか安い酒場があれば良い方だ。何気なく覗いた安宿の中なんか酷いもので、床一面にびっしりと棺桶みたいな長方形の木箱が並べられ、その中で死人みたいに眠っている労働者の姿に言葉を失った。
もっと酷い事例も視界に入ってくる。宿屋や酒場の片隅では、壁から壁にロープを張り巡らしているのだ。洗濯物でも干すためのものなのかと思いきやそのロープにくたびれた労働者たちがもたれかかって、そのままぐうぐうと寝息を立てはじめたのである。
そんな生活水準の労働者たちが住まう場所である。ペンドルトン家の長女を連れていくにふさわしい店があるとは到底思えないのだが……。
「あら、ここは?」
「冒険者管理局です」
―――あった。
こんなところにもあるんですね冒険者管理局。お前どこにでもあるなマジで。
世界中どこにでも店を開いてる中華料理店みたいな安心感がある。なんかこう、分かる? 全く知らない国に来て自分の知ってる店とかロゴを見つけた時の安心感。遠出とか旅行よくする人には伝わりやすいかもしれないが、あんな感じだ。
店内に入ってみるが、レイアウトも変わらない……と思いきや立地の関係で随分と幅が狭く、奥行きのある感じになっているのが特徴だった。たぶん労働者向けのアパートや安宿がドカドカ建ってる間に無理矢理突っ込んだんやろなぁ……って感じでなんかこう、奥の細道(※直喩)って感じがしていとをかし(唐突な古文)。
奥へと進んでいき、酒場と併設されている喫茶店へ。どうやらロンディニウム支部は高級住宅街方面と工業地区方面の2つがあるらしく、こっちは比較的低ランクの依頼を中心に取り扱っているようだった。
一山当てて資金を確保しようというのだろう、労働者と思われる男性が粗末なナイフとその辺の廃材でこしらえたと思われる防具を身に纏い、依頼書を手にカウンターの方へと向かうのが見えた。いったい何を相手取るのか分からないが、身の丈に合った仕事を受けてもらいたいものだ。この業界での背伸びは死を意味する。
喫茶店は閑散としていた。というか、喫茶店なんて用意してもこの立地じゃあ利用する人なんていないんじゃないだろうか。
とりあえず飲み物を注文した。エリスはイライナティーを、クロエはミルクティーを。俺はまあ、とりあえず北欧のコーヒーを注文しておく。
「ところで……エリス様?」
「エリスで構いませんわよ」
「いやでも……年上の女性を呼び捨ては」
「うふふ、それではお好きな呼び方で呼んでくださいませ♪」
「じゃあ……エリスさん?」
「はい、なんでしょうかラウルさん♪」
「あのー……ペンドルトン家ってあの御三家の一角ですよね? なぜあんなところを歩いていたんです?」
どうやってエリス・シンシア・ペンドルトン氏と会うか考えあぐねていたところに予想外のエンカウント。これは幸先が良いぞと思う一方で危機感も抱いていた。彼女ほどの地位のある人間がそう簡単にホイホイこんなところを出歩けるはずがない。スリも見抜けないレベルの世間知らずが、だ。
今頃ペンドルトン家は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている事だろう。彼女の身柄を確保するべく、一族お抱えの私兵部隊が動いてる可能性だってある。こうして彼女と会って話ができる時間は、きっとそう長くはない。
そんな焦りを感じ取ったクロエが「そんながっつくな」と言わんばかりに視線を投げかけてくるが、そんな事はこっちだって百も承知だ。ただ、最短ルートで本題に入らなければ何も得られない。貴重な時間を世間話に費やすために、わざわざブリタニアまで来たわけではないのだ。
思惑を察したのか、それとも本当に何も感じていないのか、エリスはニコニコしながら話を始めた。
「お屋敷の中が退屈だったから……ですわ」
「退屈だった……あの、護衛がいなかったところを見るとやっぱり」
「ええ、勝手に抜け出しましたの♪」
なんとアグレッシブなご婦人なんでしょうか。
クロエの方を見ると、彼女は話題が本題へ近付くにつれて段々と険しい顔をしているのが分かった。
エリス・シンシア・ペンドルトン。
ペンドルトン家の長女であり、氷属性魔術に対しEXという破格の適性を持っておきながら、しかしついに当主に選ばれなかった存在。
その理由は単純明快、【その力を制御できないから】だというが……。
話している間に飲み物が運ばれてきたので、とりあえずここで出会えた幸運を互いに祝し合いながら飲み物に手を付けた。
浅煎りのさっぱりした味わいと適度な苦味。雑味も無いクリアな風味が癖になる。
「それにしても、先ほどは凄かったですわ。軍用のゴーレムをあんなにも簡単に」
「いえいえ、まだまだ未熟でして……最近は魔術も練習しているんですが、何分Eランクですので」
魔術、という単語が出た瞬間にクロエが警戒態勢に入ったのが分かった。対するエリスはというと自分の知っている話題が出てきたもんだから随分と嬉しそうに「まあ、属性は?」なんて聞いてくる。
「氷です。でもまあ、頑張っても石ころ程度の氷を生成するのが精一杯でしてね」
「あら、私と同じですわ」
そうだったんですか、とかそんな白々しい反応は返さない。
驚いたような素振りを見せながらもコーヒーを一口。カップをソーサーの上に置き、舌の上から苦味が引いたタイミングで話題を更に深堀りする。
「この適性です、幼少の頃から素質ナシと切り捨てられたも同然でしてね」
「そんな事はありませんわ。適性が低くても魔術が使える事に違いはありませんもの」
イライナティー(※イライナハーブを使ったお茶)を飲んでから、しかし急にエリスの言葉が確信を突き始める。
「―――ラウルさん、あなたは何か焦っているように見えますわ」
「……分かりますか」
「ええ。なんだかそんな感じがしますもの」
俺ってそんなに考えている事が顔に出やすいかな、と肩をすくめる。いずれにせよ彼女との面会を求めた目的がうっすらと見透かされているのであれば、もう様子見のジャブばかり打っている場合ではない。
本題に入ってしまえ、と腹を括りながら北欧風のコーヒーを飲み干した。
「―――天地戦争の英雄、ヘンリック・アンデルセン。ご存じですか」
「その名を知らない竜人は居ませんわ」
「今、あの男はこの世界に再び戦火を呼び起こそうとしている。それを止めなければなりません。しかし今の俺にそれだけの力がない……あの男を打倒し、恐ろしい計画を止めるために、今の俺には力が必要なんです。適性の低い魔術でも、小細工でも何でもいい。あの100年戦争の英雄を超えるための力が」
「……」
「……浅ましいと思っていただいて結構です。本来ならば”神が与えたもうた奇跡”たる魔術を、殺し合いの道具としか見ていない俗物とでも、何と呼んでいただいても構わない。嘲りも罵倒も、甘んじて受け入れましょう。でも俺はもう二度と、あんな地獄を見たくないのです。戦乱で傷つくのは前線で戦う兵士で、世界のどこかに住む弱者たちなのです。あんな流血はもうたくさんだ……その混沌を、俺に対する嘲りとただ1人の流血で止められるというのであれば安い物です」
これが、俺の”覚悟”だ。
小さい頃から戦争の影で苦しむ人々を見てきた。
ろくな食事も口に出来ない子供たち。
夫や婚約者に先立たれた女性たち。
手足を失い、故郷を奪われ絶望の底に沈む兵士たち。
あんな地獄は、あれっきりにするべきではないか。
それを望むヘンリックは、まさにこの世界から消え去るべき存在。
ましてやその張本人が俺の実の父親だというのならば―――あの大馬鹿野郎の幕引きは、なおの事俺がやるべきであろう。
クソ親父は、俺が責任を持って地獄へ落とす。
そのためならば、手段は選ばない。
「―――適性が低くても、使い方次第で魔術というのは化けるものですわ」
呆れたり、嘲るようなニュアンスは微塵もなかった。
ただただ淡々と、今の俺に対し何が必要なのか―――余りあるほどの適正と魔力を持つ遥かな高みから、豊富な知識を基に最適解を引っ張り出してくれたかのような、そんな言葉だった。
「ラウルさん、あなたは武器の扱いにも、そして体術にも精通している……そうですわね?」
「え、ええ」
「でしたら魔術を攻撃に使うのではなく、補助的運用に徹するべきだと私は考えます」
「補助的運用って―――」
具体的にどんな、と言葉を続けたその時だった。
カランカラン、と管理局の入り口のドアベルが音を奏でた。冒険者でもやってきたのかな、と振り向くより先に感じたのは限りなく、99.9999999%くらいヘンリックに近いような威圧感と殺気だった。
蟲島での敗北の記憶が、あの時間近まで迫った「死」の気配が鮮明に蘇り、身体中の毛穴からぶわっと脂汗が噴き出る。
反射的にグロック29のグリップに手を伸ばそうとしたのを何とか堪えている間に、管理局を訪れたその人物の足音がこっちに近付いてくる。
「こんなところにいたのか、エリス」
ヘンリックとは違う声―――しかし低く、あの男と同類であると断じるには十分すぎる風格が滲んだような、そんな声だった。
顔を上げた先に居たのは筋骨隆々で左目に眼帯をした、隻腕の東洋人だった。
「あら、あなた。迎えに来てくれたのね」
―――速河力也。
ペンドルトン家に婿入りしたという、倭国最強の剣士。
倭国の歴史で初めてその斬撃が熱の壁を超えたという文字通りの「最強」が、すぐそこに立っていた。
魔力的エントロピー
『一定面積の空間の魔力がどれだけ整っているか』を現す指標。魔力的エントロピーが小さければ空間中の魔力が整っていて魔術の発動に適した環境であると解釈されており、逆に大きければ空間中の魔力が乱れに乱れ、乱雑極まる魔力の点在が正常な魔術の発動を妨げるとされている。
一般的に、この世界における魔力とは【生命エネルギーの一部】であると定義されており、人間の体内で自動的に生成される。魔術はこれを”術式”と呼ばれる魔術の設計図により変換、一度体外に放射してから発動するという手順を踏むが、この「体外に放射」という工程で魔力的エントロピーの影響を大きく受けてしまう。
そのため、魔力的エントロピーの大きな空間で発動すると魔術が「咳き込む」ように出力が不安定になってしまったり、最悪の場合魔術の使用が出来なくなってしまう恐れがある。
こうした概念やメカニズムは第6文明時代を代表する大魔術師『メルダース・ローヴェル・アーチボルト』によって発見された。「アーチボルトの魔力的熱力学第三法則」は魔術を学ぶ上で必須の科目であり、多くの魔術師にとっての壁である。
なお、アーチボルトにより【氷属性魔術を使用すると周囲の空間の魔力的エントロピーを大きくする】事も発見されており、このため氷属性魔術師は魔術師界隈で忌み嫌われている。




