ロンディニウムのパブにて
ヴォイテク「スパー」
ヴォイテク「……アメリアの葉巻か」
ヴォイテク「……自由主義の味っていいなぁ」
???『ウギャァァァァァァァァァァァァァァ』
クラルテ「今何か叫び声が」
フルール「除霊されたんでしょ」
ロンディニウムは高層建築物が多い。
0.9G、という高層建築がやりやすい条件もあるのだろうが、それに支えられた事で高層建築関連の技術が一気に成長を果たしたというのが最も大きな要因なのだろう。
天地戦争の戦火を免れ、各国の混乱を尻目に、今は100年以上続く産業革命と経済成長の真っ只中である。街を見れば蒸気機関で動く自動車やボイラーを背負った自律型の戦闘人形が大通りを闊歩し、ど真ん中に敷かれた線路を路面電車がゆったりと進んでいく。
市街地を見れば天まで続くかの如く聳え立つ巨大な工場の煙突が群れを成し、濛々と黒煙を吐き出していた。
ブリタニアという国家の動力源は、資源であり、カネであり、ヒトだ。
権力を持つ貴族が労働力を買い、労働力が生み出した製品が国内外へと売られていく。戦争に巻き込まれる事なく、戦場となった地域から遠く離れた植民地から吸い上げた資源で潤うブリタニア経済。故にこの国において、巨額の富を生み出す金の卵とはまさにヒトなのだ。労働者なのだ。
就労時間が終わったのだろう、工場からぞろぞろと傘を差しながら出てくる労働者たちの姿。くたびれてそのまま労働者向けの格安アパートに入っていく者や、日雇いのなけなしの賃金で一時の癒しを得ようとパブに入っていく者たちの姿が目立つ。
高層建築ができる技術があるから、労働者向けのアパートはいくらでも建てられる。工場からほど近い場所にアパートを用意し、そこに従業員を押し込める事で迅速な就労が可能となるのだ。さながらそれは、労働者という金の卵を封じておくための”宝箱”とでも言うべきだろうか。
必要最低限の生活設備が用意されたアパートで、安い賃金で働かされる労働者たち。だからなのだろう、彼らの食事はとにかく簡素だ。
UPR-10のスコープを覗き込みながら、フルールは道行く人々の姿をその紅い瞳に焼き付けた。
ブリタニアは栄えた国だ。他の国と違って、天地戦争の戦場にもならず、参戦もせず、また影響も受けなかったという大き過ぎる強みがある。他の国家群が相対的に弱体化していく中、唯一戦前の影響力を維持し続ける事に成功した稀有な国家だ。
しかし、しかしである。
(これが富める国の姿なのか……?)
彼女が抱いたのは、疑問だった。
くたびれた労働者たち。路地裏には手足の欠けた労働者たちが寝転がり、傍らに穴の開いたバケツを置いて物乞いの真似事をしている。
いくら富を生み出す金の卵でも、使えなくなればそれまでだ。替えはいくらでもいるという現実が、あっさりと彼らの首を切るのだ。
貴族や資本家による富の搾取という、些か短絡的な、しかし本質を突いた構図がうっすらと見えてきたところで、耳に装着したヘッドセットからクラルテの声が聴こえてきた。
《フルールさん、見えましたか?》
「ああ、よく見える」
UPR-10―――AR-15ベースのボルトアクション式スナイパーライフルにマウントしたスコープの倍率を上げ、随分と仲睦まじそうにパブへと入っていく2人組の背中をレティクルの中央に捉えた。レインコート姿のラウルとクロエだ。
ラウルが身長172㎝、クロエが180㎝もあるからなのだろう、相対的にラウルが幼く見える(実際に年齢でも5歳くらい差があったはずだ。クロエは20歳である)。
《様子を詳しく》
「ものすごく仲良さそう」
《……羨ましいですねぇ》
いいなぁ私も行きたかったなぁ、と羨ましがるクラルテの声に呆れながらも、しかしフルールもラウルの隣にいるのが自分だったら……と妄想する。
ラウルはフルールに色々と良くしてくれる。カシウスの元で受けていた仕打ちがあまりにも酷過ぎたのだからせめて幸せになって欲しい、という願いもあるのだろうが。
《その調子で監視をお願いします》
「構わないが、クラルテはいいのか? こんな事に現を抜かしてて」
《ええ、構いませんよ》
ぐう、ぐう、と聞こえてくる大きな鼾。まるで冬眠中の熊みたいな、いや、まるでというかほぼそのものなのだろう。
《熊さんもタバコたくさん吸ってお酒飲んで寝ちゃいましたから》
「ギルドマスターがそれじゃあ拙くないか!?」
《大丈夫です。いざとなったら叩き起こします》
「Oh……」
《さあ、それより監視と実況を。今あの2人はどんな感じです? 2人で仲良くホテルに行っちゃった感じですか?》
「いや、ご飯食べるつもりなのかパブに入ったぞ」
《パブ》
「ああ。というかクラルテ、何でホテルに入るんだ? 何のために?」
《え、あの、アレですよアレ。いわゆる男女の営みというやつです》
「だんじょのいとなみ?」
なんだそれは、と心の底から疑問を抱きながら問いかけるフルール。
通信越しにクラルテは衝撃を受けていた。いやまさか、フルールくらいの年頃のシスターならば当然そういう知識も身に着けているものなのではないか、と。
《……フルールさん、失礼ですが子供はどうやって生まれてくるかご存じです?》
「え、子供? アレだろう、コウノトリさんが運んでくるんだろう?」
《Oh……》
こんなにも純粋な娘がユリーカに在籍していたなんて、とクラルテは欲望に塗れた自分の心のどす黒さを恥じた。思わず我が身を見て嘆いてしまうほどに、フルールの心は純粋だったのだ。
《ああ、マザーよ。全能なる我らが電脳の母よ、お許しください。このクラルテの欲に塗れ切った墨汁の如きどす黒い心を。隙あらば自分の担当の転生者にR-15の範疇では決してできないプレイをしようと妄想し最近ついには『ラウ×ユリ本とかよくね?』と腐った思考回路を働かせているこの私をお許しください。どうかその慈愛と調律で、性欲に塗れたこの卑しい電脳の迷い仔を安寧へとお導き下さい……っ》
「……急にどうした?」
《いえ、何でもありません。というかフルールさんはそのままでいてください》
「?」
よく分からなかった。
フルールにとってはクラルテは「物知りだなぁ」程度の認識で、しかし逆にクラルテにとってフルールはその純粋さで脳を焼かれんばかりの存在だったのである。
とにかくスコープを覗き込みながら、フルールは首を傾げた。
「子供ってコウノトリが運んでくるんだよな?」と。
絶句した。
いや、見た感じイギリスと文化が近いっぽいからまさかなとは思っていた。でも浮遊大陸だし、地上とは気象条件も地理的条件も違うのだから食文化もそうであってほしい、という淡い期待を抱いていたラウル君。
それをバッサリと裏切るかのようなメニュー表に、思わずラウル君は「くぅーん……」と飼い主とはぐれた仔犬みたいな声を出してしまう。
竜人語で記載されたメニュー表には恐怖のウナギゼリーとかスターゲイジーパイとかハギスとか、あとフレイヤに教えてもらったトーストサンドイッチも。
マジかよ、と簡単作画な二頭身ラウル君になりながらクロエの方を見ると、「ここフィッシュアンドチップスが美味しいんだ」と教えてくれた。
とりあえずおススメされたフィッシュアンドチップスを注文。あと怖いもの見たさからトーストを1枚、マーマイトとセットで注文してみる。
「あはは、仔犬ちゃんチャレンジャーだねぇ」
「なんかね、食べもせずに”不味い”って言いたくないの。自分で食べてから不味いって言わないとエアプで終わる」
「あー、ね。確かにそうかも」
「ところでクロエ、その……ブリタニアの文化とかってイギr、じゃなくてイーランドと似通ってるように見えるんだけど、これ歴史的な繋がりとか何かあるのか?」
窓の向こうに広がるロンディニウムの街をぼんやりと眺めていたクロエは、「ん、そうだね」と口元に笑みを浮かべながらこちらに視線を向けた。
「大昔……それこそ”観測歴”なんて暦が生まれるよりも昔、ブリタニアはそもそも浮遊大陸ではなかったらしいんだ」
「え?」
「イーランドとフランシスの間にドーバー海峡ってあるだろう? あそこにぴったり収まっていたらしくてね」
「じゃあ、大昔のイーランドって大陸と地続きだったのか?」
「まあ、そういう説が濃厚だねぇ。文化が似通っているのもそのためだ、なんて言われてる」
つまり大昔にブリタニアは何らかの理由で空へと舞い上がり、浮遊大陸になったと?
そんな事あるのかよ、と思いつつもまああくまで数ある説の中の1つだからなと納得しているうちに料理が運ばれてきた。大きめの皿の上に大量のフライドポテトと、随分とラージサイズな白身魚のフライが乗っている。
皿の端っこにはタルタルソースの入った小皿も用意されていた。
そして一緒に運ばれてくるトースト。既にバターが塗られており、後は征夷大将軍の如く鎮座するマーマイトを塗りたくるだけである。
転生前、ネットで調べた事だ。
トーストを食べる時の鉄則は、必ずバターかマーガリンをトーストに塗る事。どう間違ってもいきなりトーストにマーマイトを塗ってはいけない。タールの如く粘度が高くて塗り辛いらしいのだ。
恐る恐るマーマイトの瓶を開けて臭いを嗅いでみた。
「……うわっふ」
「仔犬ちゃん、マーマイトはブリタニア人でも好き嫌いが分かれるからあまり無理はしないでね?」
「ん、レッツチャレンジ」
「ブレないなぁ」
そりゃあね、エアプマーマイトにはなりたくないもの(?)。
なんかあの……ピーナッツバターあるでしょ?
うまく表現し辛いけど、アレを激しく発酵させたような感じというか、なんか……こう、いずれそうだ。発酵食品特有の臭いだ。ただ断じて”良い匂い”ではないとだけ言っておく。
それを小さめのスプーンでうすーく、とにかくうすーくトーストに塗っていく。バターの表面がうっすら茶ばむくらいだ。これ以上は致死量。
その状態で息を呑み、恐る恐る齧ってみる。
「……あ、意外とイケるかも」
「え、ホント?」
「ん。キツめの塩気がバターのおかげでマイルドになっててサクサクのトーストに合うわコレ」
なんだよマーマイトを不味い不味いって言ってる連中、もしかして”正しい食べ方”を知らずにそのまま塗ったんじゃないの?
しっかり火の通ったトーストの食感とバターのコク、マーマイトの適度な塩気のおかげで意外といけた。あっという間にトーストが胃袋の中に消えたところで、フィッシュアンドチップスにも手を付けてみる。
消費カロリーがえぐい竜人仕様だからなのだろう、とにかく大きかった。魚を丸々一匹使ったんじゃないか、と思ってしまえるほどだ。魚つってもマグロ級のやつ。大間とかで堪能できそうなサイズの。
これちゃんと中まで火入ってるんだろうな、と半信半疑になりながらナイフでカット。
思わず、シェフに土下座したくなった。
使ってる魚は多分タラなのだろう。黄金の衣の下に潜んでいたのは降り積もった雪原を思わせる肉厚の身だった。それもしっかりと、奥まで火が入っている。
誰だ、大英帝国の飯が不味いって言った奴は。
これどう考えても美味いやつじゃねえか、と思いながらタルタルソースに絡めて口へ。
「……うっま」
「んー、懐かしい味だねぇ」
衣はサクサク、揚げ物特有の脂っこさもくどさもない。タルタルソースは濃厚で、しかも微塵切りにした野菜のシャキシャキという歯ごたえがしっかりと残っている。
それでいて味の濃さで食材本来の味を蹂躙するわけでもなく、しっかりと主役に引き立ててソース自体は脇役に徹している……これが食材と調味料の調和、料理のあるべき姿なのだ。
え、なにこれ。普通に美味しいんだけど。
誰ですか大英帝国の飯が不味いって言った人は。全員エアプなんじゃないかと思ったがワンチャンこれこの店がちゃんと調理してるだけって説もあるからまだガード下げるの早いぞラウル。
ちなみに厨房の奥では、坊主頭のムキムキマッチョの竜人兄貴が「どうだお嬢ちゃん、ウチの飯は美味いやろ?」みたいな感じでニコニコしながら腕を組んでいたので、笑顔で親指を立てて賛辞を贈る。ありがとう兄貴、美味すぎッス。最高の体験を本当にありがとう……。
そんなこんなで、マグロサイズのフィッシュアンドチップスを完食するのにそれほど時間はかからなかった。
「いやぁ美味かった……ありがとうクロエ」
「はっはっは、気に入ってもらえたようで何よりだよ」
外を見た。
ちょうど雨も小雨になりつつある。
「さ、残りの配達も済ませちゃおうか」
「そうしよう」
ちゃっちゃと仕事を済ませてしまおう。
そして―――エリス・シンシア・ペンドルトン氏とどうやって接触するか、その算段を考えなければ。
※なお、作者はエアプになりたくなかったので通販でサルミアッキとマーマイトを実際に購入して食べてみました。サルミアッキには勝ちましたがマーマイトはまだ冷蔵庫の隅っこに居座ってます。とりあえずトーストにちょっとずつ塗って食べてますがこの食べ方なかなか美味しいですよ。
※ちなみに届いた直後にスプーンでパクっとイって作者は無事に虹を吐きました。身体張ったので往復ミサイルの中の人は決してエアプマーマイトではないとここに宣言いたします。




