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浮遊大陸ブリタニア

ヴォイテク「モグモグ」

ラウル「何食べてんの?」


ヴォイテク「ん、シケモク」


ラウル「」


「艦長ォ、ロンディニウム航空管制局より侵入許可来ました。ムーア川へ着水するように、との事です」


「左舷より嚮導艦が接近。発光信号、”我ニ続カレタシ”」


「了解、あの嚮導艦の誘導に従え。ヘマすんなよソコロフ」


「りょーかい」


 浮遊大陸ブリタニア首都『ロンディニウム』は、雨と霧の都としても知られている。


 そう表現される通り、首都ロンディニウムの空は鈍色の雲に覆われていた。嚮導艦の誘導に従い高度を落としていくにつれて、艦橋の窓にはぽつりぽつりと雨粒がぶつかってくる。遥か彼方、雲の切れ間で瞬いたのは稲光だろうか。


 なぜこんな天候なのかというと、ブリタニアが浮遊する地域と周囲の地形によるものとされている。


 大西洋から吹き上がってくる湿った海洋性気流と、ロンディニウムの周囲に広がる河川や湖沼。天地戦争の戦火に覆われなかったが故に健在な工場群が発する暖房や水蒸気、そして高度2000mであるが故の気温低下。それらの要素が複雑に作用するために雨が多く、また霧も発生しやすいのだ。


 高度を下げ、ムーア川へ降下していくにつれて濃くなっていく霧。綿のような霧の中から姿を現すのは、ぼんやりと光を発する街頭に濡れそぼった石畳、そして剣の切っ先を思わせる尖塔のような建造物だった。


 霧で覆われた市街地の向こうにぼんやりと浮かび上がる、工場の煙突のシルエット。


 都市の中央に鎮座するのは高さ1200mにも達する巨大な時計塔【クロムウェル】だった。


 浮遊大陸ブリタニアの重力は0.9G。いつぞやの蟲島ほどではないが地上よりも重力がやや軽い。だからなのだろう、建造物はどれもこれもが高層建築となっていた。やたらと迫ってくるような圧迫感があるな、と感じていたのはこれなのだろう。


 大都市のシンボルでもあるあの時計塔【クロムウェル】が高さ1200mという、前世の世界ではまず考えられない超高層建造物となっているのもこの軽いGの恩恵を受けているためだろう。地上でやったら、よっぽど足回りをガッチリさせつつ頑丈な支えを用意しない限り倒壊してしまいそうである。


 やがて、ソーキルの腹がロンディニウムの中心を流れるムーア川へと静かに着水した。それにやや遅れる形で、一緒にやってきた同型艦『ヴォロン』も着水。向こうの操舵手はかなり優秀らしく、重力変調システムを用いているとはいえこっちよりも静かな着水だった。水飛沫1つ飛ばさないとは驚きである。


 嚮導艦がチカチカとライトを点灯させて旋回、ソーキルの頭上を通過していった。


「機関そのまま、重力変調システムは低出力を維持。錨降ろせ」


「機関止めないのか?」


「良い事を教えてやろうかラウル。このムーア川はな、下流が大陸の淵からそのまま大西洋へ注いでいる」


「……OK、察した」


 怖いねぇ。


 さすがに誰も気付きませんでした、というヘマをする筈も無いが、万一何者かが「舫(もやい)を切って」「錨鎖を切断してしまったら」、ソーキルはそのままムーア川の流れに浚われ下流まで流されてしまう可能性がある。最悪の場合、配達や用事を済ませて戻ってきたら艦が流されて大西洋へ落水してました、何て笑えない事になりかねない。


 いくら竜人の国とはいえブリタニアは獣人と直接殺し合ったわけではないし、メルキアを経済的に支援していたわけでもない。だから彼らに恨まれる所以も、俺たちが彼らを恨む所以も無いわけなのだが、それでも獣人を蛮族と見下す差別意識は確かに存在するのだという。


 まあ、何でヴォイテクがそんな事を気にするのかというと、天地戦争終戦から2年くらいの辺りに実際にあった事件なのだそうだ。浮遊大陸に荷物を届けに行った獣人たちの空中貨物船が停泊中に舫を切断され、係留も外されて気流に浚われ遭難……1年後、餓死した乗員たちを乗せ幽霊船と化したそれが南米まで流れ着いてちょっとした騒ぎになったのだ、と。


 事件があったのはブリタニアではなくメルキアだそうだが、同じ事をされないとも限らない。


 だから罐(かま)には常に火を入れて、艦の舫を切断されても流される事のないよう重力変調システムは常時展開とする事で対策するのだ。


 やだねぇ、人間って。


 この仕事をやってて人間の醜い部分ばかり見てきたからさ、人間のこと嫌いになりそうだよ俺。


 係留作業が終わり、戦闘人形(オートマタ)の乗員に引継ぎをしてから俺は艦橋を後にした。ここでの配達もそうだが、ミカエルの言う通り会わなければならない人物がいる。


 氷属性の使い手、『エリス・シンシア・ペンドルトン』。


 そう、御三家の一角ペンドルトン家の魔術師だ。”絶対零度のエリス”とも呼ばれている通り、氷属性魔術の使い手として知られている。


 彼女との出会いが俺を変える―――ミカエルは確かにそう言った。


 ということは、会えない事はない、という事だ。


 ただそれがどういう巡り合わせでエリス・シンシア・ペンドルトン氏との出会いが発生するのか、そこまではミカエル君は教えてくれなかった(自分で考えろという事なのだろう)。


 自室に戻りグロック40カービンとグロック29、それからコンバットナイフの『Task J』を用意する。いくら警戒が必要な浮遊大陸とはいえフル装備で出歩くわけにもいかないだろう。重装備で街中を歩いている獣人がいる、なんて通報されたらいらんトラブルを抱え込む事になってしまう。


 だから「仕事で来てますよ、敵意はありませんよ」というアピールのためにも装備は軽装で。こういう場所での鉄則である。


 格納庫で自分用のベスパGTSスーパー150に荷物を積み込む。サドル後方にある荷物用のラックにダンボールを積み込んでいると、一足先に荷物を満載し甲板に出たバイクが走っていく音が聞こえた。ユリウスやロザリーたちだろう。


 俺も酸素マスクを片手に、バイク用の小型エレベーターのスイッチを入れた。床のパネルが押し上げられ、そのまま艦底部の格納庫から後部甲板まで押し上げられる。


「……さすがにちょっと呼吸し辛いな」


 でも身体は軽い……0.9Gだからそう感じるのだろう。荷物を持つ時も、ベスパを手で押してエレベーターに移動する時も地上にいる時ほど重いとは感じなかった(1Gと比較し10%ほど軽く感じるためだ)。


 ただし、高度2000mに位置する浮遊大陸という事もあって空気が薄い。身体はこんなに軽いのに、ほんの少しの呼吸のし辛さが足を引っ張っているような、そんな矛盾した感覚だった。


「やあ仔犬ちゃん」


 バイクに跨りエンジンをかけようとしていると、やってきたクロエがベスパの後ろに跨り始めた。いつものミニサイズの王冠をそっと取り外し、竜人用のヘルメットを着用するクロエ。思い切りついてくる気だ。


 ちなみにウチの巫女であるクラルテさんはというとお留守番である。通信士は残しておきたいらしい……まあ、今回は荷物もそんな数はないし、何より大勢の獣人で竜人の浮遊大陸に押し掛けるのもあまりよくないという判断なのだろう。


 同様の理由でフルールもお留守番である。鼻が利くイヌ科獣人のスナイパーという事で斥候にもお留守番にも需要しかないというのがニコチン切れて辛そうな我らがヴォイテク艦長の判断である。


「さ、行こうか」


「え」


「ふふふっ、ここはボクの故郷だからねぇ。案内くらいはできるよ」


「助かるけど……いいの?」


「ああ。むしろ君と一緒だと落ち着くんだ」


 そんな理由じゃダメかな、と笑みを浮かべるクロエ。以前2人でチェスをしていた時にも見せてくれた、ちょっと弱みを見せるような哀愁漂う笑み。


 卑怯者だ、コイツ。


 そんな顔を見せられたら断れないじゃないか……。


「……しっかり掴まってろよ」


「ん、お願いね」


「出すぞ」


 アクセルを入れてベスパを走らせた。


 一応酸素マスクを持ってきたが、まあ激しい運動をしなければ問題ないかもしれない。このちょっとした息苦しさにもそのうち慣れるだろう(むしろ肺活量のトレーニングになっていいかもしれない)。


「仔犬ちゃん、ロンディニウムの気圧は80~85kPaくらいだから獣人でも慣れれば普通に生活できるよ」


「マジで?」


 じゃあやっぱり慣れなのか。


 さて、ロンディニウムの伝統的な建物で形成された街並みは、やはり高層建築が多いせいなのか圧迫感を感じた。空中艦から見下ろせば空にまで迫ってきそうで、地上から見上げれば上から覆いかぶさってくるような、そんなプレッシャーがある。


 きっちりと石畳で舗装された車道はやはり濡れていて、アクセルやブレーキの使い方には気を使う必要があった。うっかりスリップなんてさせようものならば俺もクロエも痛い思いをするし荷物も大変な事になる。


 それにうっかり疲れからか黒塗りの高級車にでも追突したら大変だ。


 雨の中、信号待ちをしているとポケットの中に生じる振動。まだ信号が赤になったばかりだし……とスマホを取り出してみると、画面に表示されているのはAKを抱えた軍服姿のヒグマのイラストだった。ヴォイテク曰く「自画像」との事である。


 というわけで今頃ニコチンが切れてひいひい言っているであろうヴォイテクからの電話に「はいもしもし」と応じた。信号待ちしてたんだけど、という抗議の言葉も添えて。


《ラウル、帰りにタバコ買ってきて》


「いいけど。指定の銘柄とかある?」


《リューバ産の葉巻、箱で1ダースくらい》


「いやどんだけ吸うんだよ!?」


《あ、ちょっと艦長代わって……んんっ、あーラウル? ソコロフだけど》


「はいはい」


《いやあのさぁ、艦長ニコチンが完全に切れちゃってさぁ。今艦内の喫煙室から灰皿持ってきてベロベロ舐め始めてるんだよね》


「なんて?」


《灰皿おいしい。このセラミックの小物にこんなにも味わい深さを見出す日が来るとは》


《ちょっとヴォイテクさん! さすがにそれはヤバ……いやちょっ、力強ッ!? フルールさん、そっち押さえてください!》


《このバカヒグマ! さすがに灰皿舐めるのは止めろ健康に悪いぞ!》


《うるせえうるせえ! こちとらニコチンをダイレクトに摂取してんだよ! パチパチ弾けて脳味噌幸せだぜ!》


《……というわけで頼む、マジでヤバいから》


「アッハイ」


 信号が青になったので通話を切り上げ、走りながらクロエの方をちらりと振り向いた。


「……葉巻、買ってこようか」


「……そうしようか」


 なんだこれ。


















 煙草屋さんにいた竜人のお婆ちゃんに50デナリウス紙幣を支払って、とりあえず商品棚にあった分の葉巻を購入。カリブ海と大西洋という距離の関係なのか、さすがにリューバ産の高級葉巻は取り扱っていなかったらしい。


 仕方がないのでアメリアの西海岸辺りから輸入したやつを山ほど購入。鷹のイラストと星条旗がでかでかと描かれた箱がとにかく目立つ。箱の裏面には『World, this is the flavor of liberalism(世界よ、これが自由主義の味だ)』なんて印刷されてるけどこれ大丈夫かな? ヴォイテクこれ吸って死んだりしないかなってちょっと心配したけど、この葉巻吸って悶え苦しみそうなのはどっちかというと某ソビエトデスヒグマ(前作のヒグマ枠)だから大丈夫か。


 うん、大丈夫だろう。


 というわけでスマホでフルールを呼び出して葉巻を預け、艦に持って帰ってもらった。あのままじゃ灰皿では飽き足らず、ヤニで黄ばんだ壁とか天井まで舐め始めるかもしれない……いやさすがにそれは全力で止めてもろて。


「しっかし、凄い雨だなぁ」


「ロンディニウムは年がら年中雨だからねぇ」


「それってどうなの、洪水とか土砂崩れとか大丈夫?」


「まあ、何万年も前に崩れる土砂は全部崩れてるし、今はコンクリートでがっちり補強してるんだ。あとムーア川は常に増水してる状態だからね」


「え」


 なんかすげえ場所に来たな……ロンディニウムの人、何を思ってこんな水害と隣り合わせの場所に住もうと思ったのだろうか。


「ぶぇっくし」


「はははっ、風邪をひいたら大変だ。どこかで雨宿りも兼ねてご飯でもどう? この街にはパブがたくさんあるよ」


「ん……じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」


 クロエの申し出を快諾しベスパを走らせて、俺はふと思った。


 そういや地上にあるイーランド王国は、案の定飯がクッソ不味いらしい。前世の世界でいう大英帝国枠であり、土地が痩せている事と質素倹約を美徳とする文化も手伝って食文化の発展は遅れに遅れ、とにかく「腹に収まればいい」という考え方の人が多いらしい。


 だから倭国とかジョンファとか、食に情熱をかけまくる国にイーランド人が行くとその熱量にカルチャーショックを受けるんだとか。


 さて、このブリタニアですが。


 国名といい建築様式といい雰囲気といい、ガッツリ英国の面影を感じさせる国となっている。さながら空飛ぶ大英帝国(大雨エディション)である。


 まさかウナギゼリーとかマーマイトとか出されたりしないよね、と警戒してしまう。


 いやぁ、無いよねさすがに。あははは……。

















 無いよね?




ニコチン切れヴォイテク「灰皿うめえ、灰皿うめえよぅ……」べろべろ


ドン引きラウル君「えぇ……?」

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― 新着の感想 ―
ヤ ニ カ ス デ ス ヒ グ マ まさかタバコや葉巻が切れたからって灰皿まで舐めだすとは何だこれは…合衆国のタバコを吸うと苦しみだすのは前作枠とか、ラウル君何か見えてますか?() 中立地域とは言え…
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