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巨大要塞カストル


「なんだ……あれは」


 一瞬、浮遊大陸かと思った。


 しかし明らかに違う。浮遊大陸や浮遊島にしては見た目が人工的過ぎるし、自然に形成されたそれらとは根本的に異なる代物である事は火を見るよりも明らかであった。


 推定全幅、およそ2.5……いや、それ以上あるかもしれない。


 B-2、というアメリカ軍のステルス爆撃機がある。従来の爆撃機と比較すると珍妙な姿をしており、「角張ったブーメラン」とでも言うべき形状をしているのが最大の特徴だ。驚異的なステルス性を持っており、更には核兵器も搭載可能という空の抑止力である。


 頭上に出現したそれは、まさにB-2爆撃機を彷彿とさせる姿だった。


 全幅2.5㎞以上まで肥大化した2機のB-2を、複数の柱(ピラー)を介して上下に連結したような……言うなれば『全翼型複葉機』とでも表現するべきか。


 あんな巨大な物体が、高度4000mを悠然と飛んでいる事がただただ信じられなかった。


「IFF……識別出てるか?」


 上を見上げたまま、ヴォイテクがクラルテに問いかけた。


 艦長席の左隣、一段下に設けられた通信士の座席から上を見上げていたクラルテは、その一言で我に返ったようにコンソールを確認。協商連合の敵味方識別を確認し、息を飲んで声を震わせた。


「識別……あれ、味方です」


「……あんなものが」


 いつの間に、とヴォイテクの表情が告げていた。


 ヴォイテクは転生者序列における№2である。ミカエルに次ぐ実力者であり、協商連合という組織の中でも最精鋭部隊に位置づけられるくまさんハウスを任せられるほどの地位にいるのだ。首脳部とまではいかなくとも、彼の権限であれば知っていてもおかしくない筈である。


 そんなヴォイテクでも、あの巨大飛行物体の事を知らされていなかった。


 いったいどういう事か。

 

 チェルノボーグ級の進空式ですら大々的に行い、海外のメディアまで呼びつけて軍事力を国内外に誇示していたというのに。


 つまりは”公開できる情報”と”公開できない情報”に線引きをしていたという事なのだろうが……無論、あれは後者なのだろう。


 やがて、ソーキルが揺れた。


 「何だ!?」とソコロフが驚きながら操縦桿を必死に引こうとする。しかしどうやらソーキルも、そして隣を航行するヴォロンの方も制御不能に陥っているらしい。


 ぎぎぎ、と船体が軋む音を発した。


 ―――艦が上昇している。


 いや、吸い寄せられているのだ。あの巨大要塞に。


「なんだ、何が起きてる!?」


「あの要塞に引き寄せられています!」


「協商連合本部に緊急連絡を―――」


「艦長、本艦のAIが」


「なんだ、どうした!?」


「あの要塞の重力変調に同調しています!」


「なんだと!?」


 要塞からの一方的な重力照射ではないのだ。


 それに呼応するように、ソーキルとヴォロンの重力変調システムも同調してしまっている。


 やがて、要塞と同じ高度にまで到達した。ここからならば全幅2.5㎞以上のでっかい全翼機が2段に重なっているという異様極まりない要塞の姿をはっきりと見る事ができる。上下のブロックを連結している柱は支柱としてだけではなく垂直尾翼の役目も兼ねているらしく、巨大なラダーらしきものが後部に装着されているのが見て取れた。


 しかし、それ以上に異質なのは……。


「え……」


 上下に連結された、超巨大な全翼機。


 その上段ブロックと下段ブロックの間のスペースに、何かの幼虫の如くびっしりと空中艦が係留されているのである。


 距離が縮んでいくにつれて、巨大要塞に係留されている空中艦はいずれも協商連合が保有するソーキル級強襲型重巡洋艦―――すなわちこのソーキルの同型艦たちである事が分かった。


 まるで”空中艦の母艦”だ。


 パラサイトファイター、という概念が存在する。


 航続距離の短い戦闘機を爆撃機から出撃させて、敵機が襲撃してきた際の護衛に使うというものだ。結局、発艦や着艦が難しかったり機体の性能の限界、戦闘機の航続距離の増加にドクトリンの変化も重なって消え失せてしまった概念だが……。


 それはまるで、空中艦でそのパラサイトファイターをやっているかのような、そんな異様な光景だった。


 やがてソーキルは巨大要塞『カストル』の重力変調システムの赴くがままに、”E-3”と記載されたスペースへと係留されていった。船体を左右から挟み込む形でアームが展開、後方から物資搬入出用の蛇腹型ホースが伸びてきて艦尾の格納庫へと連結される。


「艦長、エンジェルパレスから入電です」


「繋げ」


 艦橋の正面上部にあるメインモニターに映し出されたのは、椅子の上に座るクラリスと、彼女の膝の上で猫みたいに身体を丸めているミカエルの姿だった。


 組織の長という威厳に満ちた姿……とは何ともかけ離れた姿に困惑するが、今はそれどころじゃあない。


「ミカ、何だこのデカブツは!?」


《はっはっは、驚いたかい?》


「お前……」


《いやぁすまない、その”カストル級戦略空中機動要塞”は機密扱いでね》


 そりゃあそうだろ、とギャグシーンよろしくクッソ簡単作画になりながらラウル君は思う。こんな、ソーキル級を何かの幼虫 or 稚魚よろしく片翼につき10隻×上下2列、合計40隻分も係留する事が出来る上にレールガンまで積んだ超巨大空中要塞である。


 それも、さっきのソーキルの挙動を見る限りではこの要塞、そもそも自重で飛べないのだろう。おそらくはそれを高出力の機関と、それが生み出す電力を総動員した重力変調システムで強引に浮かせて飛ばしているに違いない。


《まあその、出来れば誰にも口外しないでくれるとミカ嬉しいな》


「口外も何も、誰も信じねえよこんなの」


《あっははははははwwwww》


 ヴォイテクのリアクションが予想通りだったのだろう。ミカエルは盛大に草を生やし始めた。なんだかその、ラウル君の世代ってああいうのただ単に「草」で済ませたりするから、「wwwwwwwwww」みたいな感じで画面を埋め尽くすレベルで草を生やすのって一昔前ってイメージあるのよね。


 ミカエル氏の中の人、あの辺の世代の人なのかなと勘ぐっている間に、モニターの向こうでミカエル氏はクラリスさんに撫でられて喉をゴロゴロ鳴らし始めた。いや猫か。


 ケモミミをぺたんと倒し、お腹を撫でられて気持ちよさそうにするミカエル氏(30歳男性既婚者子持ち)。思いっきりガッツリと尊厳もくそも無いところを見られているというのに、ミカエル氏は気にする素振りを見せない。


 慣れてるのだろうか、尊厳破壊。


 それともアレか、ジャコウネコの本能に逆らえないのか。やっぱり飼い主(?)の膝の上でお腹を撫でられてゴロゴロするのが至福の時だとでもいうのか。


 「いいなぁ~」なんてクラルテの声が聴こえてきたが聴かなかった事にしておこう。俺はほら、アレだから。あんな無様に飼い慣らされた小動物とは違うから。狼だから俺。気高い狼だから。わん。


 だからクラルテ、首輪を準備すんなリードもセットで準備するなオイオイなんだそのフリスビーは。俺は犬じゃねえぞ狼だぞこら。


《あっヤベッ、通信切れてなかった。申し訳ございませんご主人様、甘えてる姿が丸見えでございます》


《ゴロゴr……は???》


 あ~……。


 すっごい気まずい空気が艦橋内に流れる。こうしている間にも勝手にドッキングされた空中要塞カストルから必要な物資の受領が勝手に進んでいるようだった。いずれにせよAI君が有能すぎる。これもう人間要らねえんじゃないかって思うくらい。


 さて、醜態を晒してしまったミカエル氏(30)はというと、くりくりとした目をビー玉みたく見開くとクラリスの顔とこっちを交互に見てから、《ぴえ》と防犯ブザーみたいな甲高い声で鳴くとスイッチを切って通信を終了させた。


 というかミカエルよ、アンタそのスキルでこうなる未来も予知できたんじゃないのか。あれか、全部が全部予知できるわけではないのか、それともウケ狙いでわざとやったのか。あるいはクラリスが予知能力を全部覆してしまうやべえ可能性の持ち主だったのか。


 巨大要塞の登場というとんでもねえインパクトをあっという間に持っていくミカエル氏(30歳男性既婚者子持ち)、恐ろしすぎる……あれくらいサラッと尊厳をセルフ破壊できるくらいじゃないとレギオンの代表って務まらないのか。


 などと、こんなにも先代男の娘に対するリスペクトに満ちた事を考えていたその時だった。


 メインモニターが点灯するなり再びミカエルが映った。なんかその、真顔でこっち指差してるんだけど何これ。


《ラウル》


「はい」


《帰ってきたら覚えてろよ》


「え、あのいや、ちょっ」


 通信が切れた。


 え、何?


 まさか俺の考え読まれてたの? え、今のを?


 えぇ……何それ。
















 

 ドッキングが解除された。


 重力変調システムにより、要塞の生み出す気流に巻き込まれないよう静かに空へと”放流”されていくソーキルとヴォロン。


 こっちの乗員に対してAIなりに配慮してくれているのだろう、離れていくソーキルの前方にデフォルメされた可愛い猫の立体映像が投影されるや、急に二本足で立ち上がって肉球を見せつけるようにブンブン手を振ってバイバイしてくれる。


 やっぱ猫よな。


 やがてソーキルとヴォロンの2隻が要塞から距離を取ると、カストル級要塞の巨体がまるで周囲の空間に溶けるように消え始めた。あの巨体がみるみるうちに透明になっていき、やがてはあれだけの巨体が完全に見えなくなる。


「なんだありゃあ」


「驚いた……あんなデカブツでも”ラウラ・フィールド”が使えるのか」


「ラウラ・フィールド?」


「氷の微粒子を用いた光学迷彩システムだ。光の屈折角を偏向して姿を消す事が出来る」


「そんな装備が実用化されてたのか」


「協商連合(ウチ)の技術は世界一ィィィィィィィィィィィだからな」


 なんだこの熊。


 さて、なんかとんでもないものを(2つも)見てしまったが、まあこれで晴れてブリタニア行きだ。荷物も捌いたし、例の”戦闘用機甲鎧(パワードメイル)”とやらも無事に受領した。あとはこのまま一直線にブリタニアに向かうのみ。


 なんか嵐のように去っていったなぁ、と要塞の飛んでいた筈の空を見上げていると、艦橋にクロエが上がってきた。


「はーっはっはっは! 交代の時間だよ仔犬ちゃん!」


「ん、頼む。そういや受領した機甲鎧(パワードメイル)ってどんな感じのやつか見た?」


「はーっはっはっは! うん、ミカエル様も太っ腹だよ。最新式のやつを4機と2機分の予備パーツをセットで送ってくれたんだ!」


「え、そんなに?」


「いやぁ、あのお方の慈悲深さといったら本当に……まあいいや、”検品”してくるといい。ここはボクに任せて」


「ん、じゃあお願いね」


「任せたまえよ! このボクの手にかかればインフェルノなんぞ、千切っては投げ千切っては投げ長くなるから以下略!」


 げ、元気だねぇクロエさんは……。


 あはははは、と愛想笑いするクラルテもフルールとの引継ぎを済ませて席を立った。


 ヴォイテクやソコロフのような艦の運用を専門的に行うクルーと違い、俺たち陸戦隊やパイロットはそっちが本職なので、彼らと比べて短めのローテーションを組んでもらっている。だからこうやって交代している間に休めるし、新型の装備を確認する余裕も生まれてくるというわけだ。


 タラップを滑り降りて格納庫へ。


 エアロックを通過しマスクを装着、防寒着に身を包んで格納庫へと足を踏み入れるなり、俺とクラルテは息を飲んだ。


「おうラウル、来たか」


 既にツナギ姿のユリウスが、コンテナの中に同梱されていた運用マニュアルをチェックしながらコクピットに座って計器類のチェックや初期設定を済ませているところだった。


 格納庫に鎮座していたのは、さながら”鋼鉄の騎士”とでも言うべきだろうか。


 関節を防護するためなのだろう、両肩には丸みを帯びた可動式のアーマーが肩回りの関節を完全に覆う形で搭載されており、そのせいで随分とずんぐりした見た目をしている。脚部はガッチリしていて、悪路を踏破するためのアンカーと高速移動用のホイールがあった。


 頭部は胴体や形のアーマーに埋もれるような、というか遮られるようなアングルになっているので被弾率は低そうである。騎士の兜をディーゼルパンクな感じにアレンジしたような雰囲気の、丸みを帯びた装甲。それは整備中という事もあってか解放されていて、内部に搭載されている眼球のようなボールタレット式のセンサーが丸見えだった。


 通信用なのだろうか、頭部にはブレード状の角がある。


 機体の周囲にある武器ラックには手持ち式に改造されたブローニングM2重機関銃やブッシュマスターの機関砲、発射機を4つ束ねたTOWやらスティンガーミサイルがあった。武装は基本的に車載や陣地に据え付けて運用する大型の兵器で構成されているようだ。


 解放された腕の装甲には機銃らしきものもあるので、機体そのものにも固定武装があるのだろう。


 コンテナのところにマニュアルがあったので、何気なく手に取ってみた。


 機体名称は『PzT-03 スパルタクス』。


 ドルツ系の技術者が開発したものなのだろう、マニュアルは標準ドルツ語とイーランド語で書かれている。竜人語とスパーニャ語はないのか……。


 ということは、型番のPzTは『装甲(パンツァー)歩兵(トルッペン)』の略なのかもしれない。


 ユリウスが乗り込んで初期設定を行っている1番機の隣、床に膝をついた状態でコクピットを解放している2番機に歩み寄り、そっと装甲に触れた。


 ひんやりとした鋼鉄の鎧、鉄血の剣闘士。


 俺たちの、新たな矛だ。






 


 

 

カストル級戦略空中機動要塞


全長

・444m

全幅

・2.8㎞

重量

・?????????

乗員数

・0名(完全無人)


武装

・48㎝レールカノン砲×1(主砲。核弾頭発射可能)

・28㎝連装リニアカノン砲×8(副砲)

・ミサイルベイ(機体各所。対艦、対空含む)

・近接戦闘用レーザー砲×12

・隠匿式近接防御火器(機体各所)

・防空型ドローンシステム(機体各所)

・ズメイ砲×20(フルサイズ)

・ラウラフィールド


備考

・要塞1基につき40隻のソーキル級を係留、補給と整備が可能


同型機

・カストル(前期型)

・ポルックス(後期型)



 協商連合が極秘裏に建造、実用化していた超巨大空中要塞。重力変調システムや航法システム、推力ブロック、動力ブロックで構成される上段と、武装ブロック、空中艦整備ブロック、ドローンブロックで構成される下段を連結する形で運用されている。

 浮遊大陸アルカディアの回遊コースをトレースする形で協商連合支配空域の防衛を担う『ポルックス』と、勢力圏外の空を回遊し前線での補給や支援を行う『カストル』の2機で対になるように運用されているのが特徴で、そのコースや高度、補給時期などは機密情報のため非公開となっている。


 S&Dとは異なり地上での活動に消極的な協商連合であるが、その分空における支配権の確立とヘンリック率いるインフェルノへの対処、そして来たるべき『ミカエルの計画』に向けて軍拡が急ピッチで進められており、このカストルとポルックスは支配空域における切り札として生み出された。機体中枢には無制限戦略指揮AI『ルシフェル』のメインフレームが搭載されており、協商連合全軍を統制下に置く事が可能となっているほか、人工衛星を凌駕する制度と広範囲のネットワークを構築するに至っている。

 

 本要塞は協商連合の最高機密に属する戦略兵器であり、そのためチェルノボーグ級の就役が全世界に公開され、注目がそちらに向けられている隙に急速に建造された。なお建造の際にはミストルテインから購入し、当時まだ開発が行われていなかった浮遊大陸カッパドキアが活用されており、ここで建造された上段ブロックに下段ブロックを空中でドッキングさせる事で就役させている。

 つまるところ、ミストルテインから浮遊大陸カッパドキアを購入したのは、「生活圏の拡大」を隠れ蓑とし、この兵器の建造を人目につかない場所で行うための隠れ蓑にするのが目的であった。


 なお、本要塞は機内にミカエルの錬金術を参考にして開発された『ミカエル式3Dプリンター』が搭載されており、破損や寿命を迎えたパーツおよび弾薬、ミサイル、ドローンなどはそこで即座に製造されるため、着陸しての整備を必要としていない。

 現時点では53隻のソーキル級が就役しているが、協商連合の艦隊増強計画では合計で200隻余りのソーキル級の建造を計画しており、今では収納スペースがガラガラになっているカストル級要塞もいずれは定数一杯のソーキル級を係留して世界の空を飛ぶ事となるであろう。



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― 新着の感想 ―
チェルノボーグ級戦艦すら見せ札でこの空中要塞こそ協商連合の本命でしたか…巡洋艦40隻を係留できる莫大なペイロードや数多の最新戦闘艤装。何よりこれだけの巨大空中要塞を過不足なく動かせるAIシステムなど、…
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