黒い翼
どうでもいい話
アルカディアでは居住者の誕生日を調べ、未成年を対象に誕生日パーティーの実施とプレゼントの配布を行っている。
《ハッチ解放5分前。投下コンテナの固定具最終チェック》
酸素マスク越しにコンテナの固定具を目視確認。金具はしっかり固定されているか、異常はないかとチェックリストに照らし合わせて確認。どこにも異常がないと確信するなりハンドサインをロザリーに送った。
こっちが防寒着に酸素マスクという装備なのに対し、ロザリーはいつも通りの服装だ。ほぼ全身を覆うタイツみたいな黒いインナーの上に軍服風にアレンジされたグレーのエプロンドレス。酸素マスクすら身に着けていないが、これは彼女が浮遊大陸での生活に適応した竜人だからである。彼女たち竜人にとっては、空の薄い大気もこの寒さもへっちゃらなのだ。
さて。目的地は浮遊大陸ブリタニアだが、今回も例によって道中に空中投下の配達がある。
ハッチ解放、というアナウンスと共に警報灯が赤く点滅した。ゴウン、と重々しい音と共に艦尾下部のハッチが解放され、薄い大気と極寒の風が艦内にまで入り込んでくる。
《投下時期近付く》
ユリウスの声だ。
投下用の積み荷のレバーに手をかけ、投下命令を待った。このレバーを倒せば落下傘が展開、空気抵抗を受けたそれによって積み荷がパレットと一緒に外に投げ出される。
戦車や装甲車の空中投下と同じだ。あれとの違いは投下する高度が段違いに高い事くらいか。
《―――投下、投下、投下》
レバーを倒した。
床に固定されていたパレットのロックが解除されると同時に落下傘が解放。目立つ真っ赤なそれが艦の外へと飛び出して広がるなり、猛烈な空気抵抗によってコンテナが引っ張り出された。
パレットと一緒に投下される積み荷。ちなみに今しがた投下されたコンテナの中身はブラジリア産のコーヒー豆18t。そんなに買い込むとはよほどのコーヒー好きなのだな、と思う。
パラシュートでふわふわと減速しながら降下していくコンテナ。やがてそれはソーキルの真下に浮遊する浮遊島の平原へと降り立った。クライアントが荷物を受け取ったのだろう、信号弾を撃ち上げてこちらに知らせながら大きく手を振っているのが見える。
「この辺の人って獣人にフレンドリーだったりするのかな」
何気なくロザリーに問いかけながら壁面のコンソールを操作し、ハッチを閉鎖した。ハッチの完全な閉鎖とセンサーのステータスが「ハッチ閉鎖」を表示している事を確認してからロックをかけていると、後ろにいたロザリーが応えてくれる。
「うーん、フレンドリーというよりは無関心なだけだと思うわよ」
「そういうものなの?」
「ブリタニア系の人ってそうだもの。良い物は良い物として認める素直なところがあるし」
「へぇ……」
「まあ、でもあくまでもそういう傾向があるってだけの話。普通に獣人は疎まれるだろうけど……でもメルキアほど酷くはないんじゃないかな。メルキアの竜人と違って、ブリタニアは戦争には参戦してないし」
そう、ロザリーの言う通りだ。
ブリタニアは天地戦争には参戦していない。あの100年間も続き、第27文明を崩壊の淵に立たせ、今もなお深すぎる爪痕を刻んだ戦乱には全く関与していないのだ。交戦国に対する経済支援や経済制裁、武器の輸出に義勇兵の派遣など、戦争に関与するような事は一度もしていない。
当時の彼らはそれを「繁栄ゆえの孤立」と呼び、誇った。
竜人も思ったほど一枚岩ではない、というのが実情なのだろう。記録によると今よりも古い時代、地上の獣人たちがそうであったように浮遊大陸でも空の支配権を巡りたびたび戦争が起こっていたというのだから。
竜人と獣人が犬猿の仲なのは周知の事実だが、特に主な交戦国であったメルキアやその同盟国は特に獣人たちと直接殺し合った関係である。両親や子供たちの仇が今なお存命中であるという事も考えると、自分たちから家族や財産を奪った直接の怨敵なのだから、その胸に抱く憎しみは相当なものであろう。
ブリタニアは参戦していないため、獣人を恨む事はないだろうが……それでも竜人には、「自分たちは地を這うばかりの野蛮な獣人は違う」という意識が根強く残っている。悪い扱いを受けるとしたらこっちの方が原因になりかねない。
「まあでも任せて。ラウルを悪く言う奴が居たらドタマにスラグ弾ぶち込んでやるから♪」
「ゴメンそれはフツーにやめて」
カジュアルに銃なんか持ち出すんじゃありません。そこは穏便にまず釘バットで殴り合いするところから始めて、段々と関係を深めてから最期はジュテームって感じでだな……。
荷物投下の仕事を終えるなり、今度は艦の右舷で見張りのお仕事がある。
エアロックを通過してからロザリーと一緒に武器庫へ。割り当てられたロッカーに設置されている端末に暗証番号を入力してロックを解除、中に入っている銃を引っ張り出す。俺はMARS-Lの14.5インチバレル、シュアファイア製の100発入りマガジンというとんでもねえ構成の銃を取り出した。ハンドガードにはハンドストップが、レシーバーの上にはAimpoint Comp M2とブースターが乗っている。
まあ良くも悪くも100発入りマガジンが重い。最初の1本だけで後は普通の30発入りSTANAGマガジンを使う予定とはいえ重いのだ。FPSとかだとどんな装備でも軽々使ってるものだが、当然ながら弾薬にも重さという概念は存在するわけで、それが100発も装填されているという事は……うん、考えたくない。
とりあえずドローンや小型の魔物対策に、とにかく弾幕を張れるようにとコレを選択した。
ロザリーはというといつものDP-12―――ではなく。
「さ、行きましょ♪」
「お、おう」
彼女が持っているのは、ごつい30発入りドラムマガジンと18.5インチのロングバレル、そして対戦車ライフルみたいなマズルブレーキが装着されたいかついショットガンだった。
【Origin-12】と呼ばれる、アメリカ製のセミオート式ショットガンである。
セミオート式のショットガンの中でも特に高い発射速度を持ち、更に大容量のドラムマガジンを選択する事でその暴力的な破壊力を長時間叩き込む事も可能という恐ろしい火力を誇っている。ロザリーの場合、普段使用するのはスラグ弾中心になりそうな感じではあるが……いずれにせよ恐ろしい。
さて、協商連合ではドローンの配備が積極的に行われているが、それと同じくらいドローンの対策も進んでいる。
迎撃用のドローンに電波妨害、いろいろな手段があるが最終的に鍵を握るのはやはり人間の兵士である。
そういう意味で着目されたのが、散弾を発射できるショットガンという選択肢であった。とにかくドローンは小型で機動性が高く、それ故に弾丸を命中させるのは至難の業である。だから散弾をばら撒く事で撃墜できる確率を少しでも上げよう、という方向に話が進むのは当然であった。
協商連合では既にM16A5やM4A1といったアサルトライフル、カービンが採用されているが、それと並行する形で対ドローン兵器として採用・配備されているのがあのOrigin-12というわけだ。しかも人間の兵士ではなく戦闘人形が使用する前提だからなのだろう、30発入りのドラムマガジンでの運用がデフォルトとなっている。
タラップを上がったところで左舷に行く彼女と別れ、右舷へと向かった。エアロックを潜って右舷にある見張り台へと上がり、命綱を装着。金具が外れないようしっかりダブルロックになっているのを確認して見張り台に立ち、周囲を警戒する。
レーダーが搭載され、武器システムも最新のものに更新されてもなお、こうした見張り員の存在は重要である。人の目を欺く術もたくさんあるが、レーダーやセンサーを欺く術もまた存在するのだから。
見張り台には見張り員が使用するためのブローニングM2重機関銃が1基、ご丁寧に用意されていた。これ以外にもAIによる自律制御で運用されるブローニングM2重機関銃が多数、船体に搭載されている。無論ドローンや小型の飛竜対策だ。そういう相手にミサイルで対応するのは、些か贅沢が過ぎるというものであろう。
さて、今後の予定だが。
コーヒーの配達が終了した後は、アスマン・オルコ帝国上空で協商連合所属のソーキル級強襲型重巡洋艦『ヴォロン』と合流する手筈になっている。
そう、以前浮遊大陸ムララへの強盗作戦を成功させた少数精鋭の冒険者ギルド『モリガン』に割り当てられているソーキル級である。
無事に彼らと合流を果たした後は同じくアスマン・オルコ帝国上空で味方艦から補給を受ける予定となっている。
が、不可解なのはここからだ。
そこで補給の際に受領する予定の装備が、あろうことか”戦闘用機甲鎧”なのだという。
機甲鎧はガソリンエンジンで稼働する一種のパワードスーツだ。今のソーキルにも荷物の積み下ろしの際に使用する作業用の機体が1機搭載されているが、しかし受領するのは戦闘用。歩兵が携行できない重装備を身に纏い、軽快に動き回りながら火力支援を行う「でかい歩兵」とでも言うべき兵器だ。
ブリタニアに向かうのに、なぜそんな物騒な代物が必要なのか。
そしてもう1つ。
―――俺たちに補給を行う「味方艦」とやらの正体が不明なのである。
ミカエルに問い合わせても「行けば分かる」の一点張りだし、ヴォイテク艦長殿に聞いてみても「俺も分からん」と、彼も知らされていないようなのだ。
付き合いの長いトキだろうか。それともサジャやコヤンイといった他のトキ級なのか。
情報がふわっとし過ぎていて訳が分からない。今までこんな事はなかったというのに。
《―――右舷、レーダーに感。IFF確認、ヴォロンだ。見えるかラウル?》
「待ってくれ、雲が濃くて何も……」
次の瞬間だった。
ドン、と雲海が弾けた。
それはまるで、海原からクジラが浮上してくるかのよう。
純白の雲を叩き割るようにして、鋭角的な舳先が天空を睨む。しかしそれもほんの僅かの間だけで、すぐに重力変調システムによる重力ベクトルの調整が開始。全長190mの巨体が、従来の艦とは比較にならないほど滑らかに姿勢制御を行う。
ソーキル級強襲型重巡洋艦『ヴォロン』。
13番艦であり、既に53隻も量産されているソーキル級の”フライト2”に属するタイプだ。ソーキルやカナレイカ、チャイカなどのいわゆる初期ロット艦と比較すると機銃の増設やエンジンの効率化、センサーの増設などが主な改良点だという。
そういった改良はいずれソーキルたち初期ロット艦にもフィードバックされるのだろう。
まだ艦級が駆逐艦だった頃から天地戦争を経験し、地獄の末期戦を生き延びたソーキル。既に歴戦の艦であるソーキルと比較すると、天地戦争を知らずアルカディアで新造されたヴォロンはところどころ”真新しさ”を感じさせられた。
手を振ると、向こうの艦橋でチカチカとサーチライトが点灯する。
『コ・ン・ニ・チ・ワ』……だそうだ。
随分とまあノリが軽いなぁ、と思っていたその時だった。
《総員戦闘配置。繰り返す、総員戦闘配置》
唐突な戦闘配置。
ソーキル名物の抜き打ち訓練ではない。訓練であれば必ず『”教練”・総員戦闘配置』と宣告するはずだ。いくら抜き打ちでもそれが訓練なのかそうでないのかくらいの配慮はする。ヴォイテク艦長はそういう人である。
艦内に戻りエアロックを通過、銃をロッカーに返却する時間も無いのでとりあえずマガジンを取り外し薬室から5.56㎜弾を抜き取った。安全装置をかけて発砲できない状態にしながらタラップを駆け上がり、艦橋へと転がり込む。
砲雷長の席に座っていたユリウスとバトンタッチ。彼にはドローンステーションで待機してもらう。
座席に座ってヘッドセットを装着、AIのアシストを受けながら武器システムを立ち上げている俺の周囲ではクラルテがレーダーから得られた情報を報告し始めた。
「10時方向、距離4500に不審船を確認。本艦の航路とラップします」
「ヴォロンに衝突警報。不審船の甲板に武装は?」
コンソールを弾き、艦外にあるカメラを最大望遠でチェックした。映像が荒いが、AIがリアルタイムでノイズの除去と画像の高画質化を並行でやってくれるおかげですぐに鮮明な映像を確認する事が出来た。
AIってすげえ、と思いながらも必要事項を報告する。
「武装は確認できず。ただし前部甲板にカバーで覆われている部位を認む。武装秘匿の恐れあり」
「クラルテ、不審船へ警告を。主砲1番2番、左砲戦用意。目標左舷の不審船―――不審な動きを見せたら躊躇せず撃て」
「了解」
最近は物騒だからな―――もちろんインフェルノと、ウチのクソ親父のせいで。
あれもインフェルノの船なのかもしれない。武装貨物船であれば他の空中艦と航路をラップさせるなんて事はないのだ。竜人であれ獣人であれ、敵意剥き出しで戦う戦時中以外はそういう空のルールを順守するものである。
「航行中の空中艦へ告ぐ。こちらは協商連合所属、巡洋艦ソーキル。貴艦は―――」
がごん、とカバーが外れた。
見た目は中型の貨物船―――しかしその前部甲板にあったカバーの下から出てきたのは、推定で57㎜はあろうかという榴弾砲だった。おそらくは戦時中に使用されたものを横流ししたのだろうが、そんな事はどうでもいい。
「ラウル!」
「発―――」
ソーキルの主砲が火を噴くよりも先に―――頭上から伸びてきた光の矢が、不審船をぶち抜いた。
「……ぇ」
甲板から艦底部までを串刺しにするように飛来した、1発の砲弾。
鋭利な穂先を思わせる槍状の砲弾にぶち抜かれた不審船は、その着弾の凄まじい衝撃だけで竜骨をぶち折られてしまったらしい。船体を大きく「く」の字にへし折られながら、船体各所から何度か小さな爆発を生じさせつつ崩壊。雲海へと消えていった。
「……誰が撃った」
操縦桿を握っていたソコロフが、金縛りから解けたばかりのように声を絞り出す。
「れ、レーダーに感。超大型の反応が……」
「どこからだ?」
「上です。本艦直上」
馬鹿な、と吐き捨てるように言いながらも上を向いたヴォイテクが凍り付く。
彼だけではない、俺たちもだ。
艦橋にいた全員が、ソーキルとヴォロンの頭上にいつの間にか鎮座していたその巨大な威容に息を飲み、目を見開く。
そこにあったのは、巨大な”黒い翼”だった。
推定全幅、2.5㎞以上。
無数の大口径二重反転プロペラを搭載した巨大な翼を2枚、上下に角度をつけて重ねた”全翼型複葉機”。
下段の翼の下面には、速射砲やミサイル発射機、そして冷却パネルから熱気を吐き出す大口径レールガンの砲身が並ぶ。
「なんだ……あれは」
【Стратегічна повітряно-десантна мобільна фортеця "Кастор"(戦略空中機動要塞『カストル』)】。
協商連合のエンブレムと共に、イライナ語でそう記載されていた。




