サン・パライソ島移送作戦
多目的空中貨物船『コヤンイ』
トキ級武装貨物船の1隻。トキ、サジャに続く三番艦であり、その名前はコーリア語(※韓国語)で『猫』を意味する。どうやらトキ級の命名規則はコーリア語での動物の名前のようだ。
元々トキ級は天地戦争時に民間の空中貨物船を徴集、武装を施した艦であったが、その艦内容積と拡張性の高さから使い勝手が良く、協商連合でも優秀な万能選手として活躍していた。三番艦『コヤンイ』は空中艦隊整備計画に伴い協商連合で増産された艦であり、厳密に言えばコーリア製ではないのだが、協商連合側はコーリア政府に対ししっかりとライセンス料を支払っている。
増産に伴いトキ級の問題点が改善されたり、一部が設計変更されている事から一部資料では『コヤンイ級』、『後期トキ級』とも呼ばれる。
コヤンイより艦載機や物資搭載用のコンテナユニットは標準装備となったほか、艦首には出力上限を10%に制限した『マイクロズメイ砲』を装備。武装面、汎用性の面において優秀な艦として仕上がっている。
観測歴38000年 9月12日
浮遊島『サン・パライソ島』沖
暫定的に浮遊大陸『ムララ』の管理下にあった浮遊島『サン・パライソ島』が無人の浮遊島となったのは、つい最近の事だった。
協商連合による、トランス・コンチネンタル・エアライナーとくまさんハウスの合同作戦。それによりこの浮遊島を根城に、麻薬の密売や人身売買などの非合法ビジネスを展開していたマフィアたちは一掃された。
今となっては、かつて彼らが甘い汁を啜っていた痕跡くらいしか残っていない。
浮遊大陸ムララの排他的経済空域ギリギリに浮遊している事もあって、サン・パライソ島の所有権は一応はムララ政府の元にあった。
徹底的な破壊の痕跡が刻まれた、無人の浮遊島。
協商連合上層部より、『正式にサン・パライソ島を買い取りたい』という申し出があったのは、9月に入ったばかりの頃だった。
第十一章 広がる血脈
協商連合の放った第37任務部隊の旗艦『チェルノボーグ』の艦橋で、艦隊司令と艦長を兼任する『イルゼ・パヴリチェンコ』は作戦がタイムライン通りに進んでる事を確認し満足しつつも、臨機応変に対応できるようあらゆる情報に目を光らせていた。
今しがた、トキ級武装貨物船『コヤンイ』の両舷に接続されていたフレームユニットから、4基の巨大な乾電池型のユニットが射出されたところだった。黒塗りの乾電池、あるいは全長30m、直径5mのドラム缶のようにも見えるそれは、外付けされたパルスジェットエンジンから特徴的な轟音を発しつつサン・パライソ島の地表へ降下。逆噴射しながらふわりと接地するなり、パルスジェットエンジンを切り離して変形を開始する。
外殻部が四方へと大きく広がったかと思いきや、内部からアンテナのようなものがせり出した。
「重力変調ユニット、動作正常」
「対消滅エンジン、臨界稼働」
「了解。対消滅エンジン、臨界稼働」
艦橋でコンソールを操作する戦闘人形のオペレーターたちに、イルゼは淡々と命じた。
協商連合の現時点での切り札、チェルノボーグ級重戦艦に搭載された特型のフリスチェンコ式対消滅機関は、艦の動力を賄ってなお余りあるパワーがある。その潤沢な電力があるからこそ、今しがたサン・パライソ島に降下した4基の重力変調ユニットに供給できる余裕があるのだ。
「重力変調ユニットとの回線確立。送電開始」
「ユニット01から04、稼働を開始。重力場変調律20から30……45、53%」
「サン・パライソ島、軌道を離れます」
オペレーターの報告があったのと、艦隊の正面に鎮座するサン・パライソ島が動き始めたのは同時だった。
今まで浮遊していた空域から徐々に逸脱し始めるサン・パライソ島。まるで不可視の巨人が島を剛腕で掴み移動させているようにも、あるいは見えざるワイヤーで繋がれ牽引されているようにも思える。
一般的に、浮遊大陸や浮遊島には『固定型』と『回遊型』の2種類が存在する。固定型とはその名の通り、浮遊する空域から移動する事なく留まっているタイプの浮遊大陸であり、メルキアをはじめ殆どの浮遊大陸がこれに分類されている。
一方の回遊型浮遊大陸は、気流やコアの重力場の特性など様々な要因で回遊する浮遊大陸であり、協商連合の拠点であるアルカディアもこれに分類されていた。
そして一般的に、両者の特性が変わる事は原則として有り得ない。
固定型の浮遊大陸が、いきなり回遊型になったりするという事例は、少なくとも現時点では全く記録がないのだ。
それこそ、天地戦争中の大陸落としのように浮遊大陸にロケットエンジンを取りつけ強引に移動させない限りは。
「サン・パライソ島、太平洋方面へ移動を開始。アルカディアとの迎合軌道に遷移します」
「タイムラインとの誤差は?」
「ありません。依然として計画通り」
予定とは、往々にして狂うものである。だから多くの場合、プランBなどの予備の対策を用意しておくものであるのだが……。
夫の立案した『サン・パライソ島移送計画』がこうも上手くいっている事に、イルゼ艦長は恐ろしさすら覚えた。そして同時に、浮遊大陸をこんなにも簡単に動かせる技術を開発した協商連合の技術陣にも。
先ほどコヤンイが撃ち込んだ『重力変調ユニット』とは、そういうものだ―――母艦からの電力供給を受ける事で動作し、ユニット周辺の重力ベクトルを書き換える機能を持つ。
だからサン・パライソ島は回遊型の浮遊大陸よろしく移動を開始したのである。あの島は今、アルカディアが普段回遊している軌道へと向けて、重力ベクトルの書き換えによって「自由落下」している状態なのだ。
「ムララ政府に動きは?」
「今のところ確認できません。レーダーに感なし」
浮遊大陸ムララの政府は、今回のこれを快くは思わないだろう。
元々サン・パライソ島は、浮遊大陸ムララに属する浮遊島だ。排他的経済空域のギリギリに浮遊しているため、ムララからすれば自分たちの領空を主張する目印にもなっていた。
それを協商連合からの要求に応じて売却してくれたのは、以前の掃討作戦があっての事であろう。
あそこを根城にしていたマフィアの規模は凄まじいものであり、「定期巡回」と称してムララ側の警務艦隊も巡回していた。マフィアの生み出す甘い汁に、ムララ政府も一枚噛んでいた格好だ(無論ムララ側は公式な関与を否定しているが)。
だからこそ、ムララ政府は協商連合の力を思い知った。
警務艦隊もろともサン・パライソ島を叩き潰されたわけである。もしここで協商連合代表ミカエルの機嫌を損ねるような事があれば、次にその矛先が向けられるのはムララ本土であろう。
無論ミカエルはそのような事をする人物ではない。が、サン・パライソ島のマフィアの壊滅とレギオン『ミストルテイン』の落伍という一連の出来事が、保守派の竜人たちによるミカエルに対するイメージを確固たるものとしていた。
不毛の地となったサン・パライソ島を明け渡す事で済むならば安いもの、と判断したムララ政府。しかしいくら国家予算レベルの金を支払われたとはいえ、獣人率いるレギオンに領土を掠め取られて軍が大人しくしている筈もない。
「―――レーダーに感、11時方向より接近する艦影あり」
「データ照合」
「高速戦艦1、軽巡洋艦6、駆逐艦6。ムララ艦隊です」
《敵艦隊はこっちで仕留める。イルゼ艦隊は移送作戦を継続されたし》
艦橋にあるモニターに映し出されたのは、戦友にしてミカエルの妻の1人、カーチャ・パヴリチェンコの姿だった。チェルノボーグ級と比較して薄暗く、狭い発令所の中に立っているのが映像から分かる。
「でもカーチャ」
《大丈夫。すぐ終わらせるわ》
通信は切れた。
ドン、と艦隊の遥か手前で黒い煙が花畑さながらに咲き乱れる。オペレーターの「敵艦発砲」という報告を聞くまでもない。射程距離という概念も知らない三流軍隊の攻撃など屁でもないのだ。
イルゼが心配しているのは、あの艦隊を撃滅してしまう事で変に協商連合の敵を増やす事にならないか、あるいはインフェルノの付け入る隙を与えてしまう事にならないかであるが……ミカエルの事だ、こうなるのも見越して各所に根回ししているのだろう。
ならば心配する要素はどこにもない。自分たちはタイムライン通りに事を進めればいいのだから。
「……作戦に変更なし。全艦、浮遊島を追尾しつつ移送作戦を続行」
今回の作戦にあたって、上層部はムララ政府より『ムララはこの作戦を決して妨害しない』という確約をとりつけている。
つまり妨害する勢力が現れたのであれば、それはムララの正規軍ではない。ムララ艦隊を装った何者かという事になる―――少なくとも政治の上では、だ。
だからカーチャはミカエルから事前に「抵抗勢力が現れてもムララ艦隊ではないので殲滅してOK」という許可を与えられていたし、こうなる事も見越して艦隊殲滅用の弾頭も用意している。
敵艦隊はいずれも、天地戦争序盤~中盤にかけて運用され、酷使した船体を応急処置して騙し騙し使っていたような旧式艦ばかりだった。メルキア辺りで運用されていたそれを同盟国たるムララに供与したのだろう。一世代どころか二世代以上も前の艦であり、型落ちもいいところである。
よくもまあそんな”レーダー”という装備も積んでいないような艦で協商連合に楯突こうと思ったものだ、と感心しながら、カーチャは発令所で腕を組む。
「ふん―――遊んでやるわ」
敵艦隊は、カーチャの艦に目もくれない。我先にと最大戦速で突進しながら、サン・パライソ島を移送するイルゼ艦隊へ向けて当たりもしない20.3㎝砲を射かけている。
カーチャが無視されている―――わけでは、ない。
―――見えていないのだ。
「偽装解除」
カーチャの命令が下った直後だった。砲撃中のムララ艦隊とイルゼ艦隊の中間地点、雲も何も無い空間に突如として全長480m、全幅40m、重量にして39500tにも達する巨大な葉巻型の船体が現れたのは。
そんな巨大な飛行物体が唐突に現れたのである。ムララ艦隊が気付かない筈もない。
あまりにも異様な姿をした空中艦だった。
それはまるで、極度に巨大化した魚雷のような葉巻型の船体をしていた。空中艦に本来あるべきレシプロエンジンのポッドは存在せず、船体後部に備わっている筈の推進用プロペラもまた存在しない。一見するとどうやって浮遊しているのか……その推力はいったい何なのかと判別に困る姿をしているが、協商連合の最新鋭艦である事を考えれば飛行と推進に重力変調システムを用いているのは火を見るよりも明らかであった。
フォボス級先進”潜空艦”【フォボス】―――それが、潜雲艦に代わってカーチャに与えられた新型艦である。
ナノマシンを添加した氷の微粒子の散布により光の屈折角を制御、自身の姿を消す光学迷彩システム『ラウラ・フィールド』と、極めて高度なステルスシステムを搭載した空飛ぶ原潜とも言える艦であった。
見せつけるように目の前に現れたフォボスの姿に、ムララ艦隊の照準が集中し始める。しかしフォボスにその砲門が向けられた頃には、船体上部にずらりと並ぶ対艦ドローン用のVLSから1機のドローンが射出、艦隊へ向けて飛行を始めていた。
ソーキル級にも搭載されている対艦ドローン攻撃システム『スイッチブレード改』である。
対人、対戦車用の自爆ドローンであるスイッチブレードをベースに、対艦ミサイルサイズまで大型化させた自爆ドローンだ。それの発射用VLSが前部甲板に16セル、弾道ミサイルを装填したALBM用のVLSに至っては破格の36セルである。
潜水艦のセイルを思わせる形状の艦橋は、船体後方にある。
艦首のデバイスが動作、再び氷の粒子を放出し透明になるフォボス。重力変調システムで素早く反転、離脱に移行しているのも知らず、ムララ艦隊は無意味な砲撃を続けた。
見張り員が接近する自爆ドローンの存在に気付き、艦橋に報告を入れるがもう遅い。
二重反転プロペラを限界まで駆動させ、金切声にも似た甲高い飛翔音を発しながら艦隊の陣形中央にまで達したスイッチブレード改。対空砲手がそれに照準を合わせようとした頃には、既に信管が動作して―――内部に充填された対消滅エネルギーが、一気に溢れ出していた。
純白の熱線が甲板上の乗組員たちを瞬く間に焼き尽くし、荒れ狂う対消滅エネルギーの爆風が艦隊を残らず食い尽くす。回避しようにも既に遅く、そもそも装甲で”耐えられる”ものではない対消滅エネルギー。触れた物質の性質に関係なく反応・消滅させ、その際に莫大な熱を発するそれに耐えられる筈もなく、ムララ艦隊は純白の泡にも似た閃光の中へと消えていった。
協商連合の艦隊を沈めるどころか、爪痕すら刻む事の叶わなかったムララ艦隊。
何事も無かったかのようにカーチャの潜空艦が艦隊に合流すると、協商連合の艦隊はサン・パライソ島を牽引するかのように南の空へと飛び去っていった。
総ては事前の計画通り。
タイムラインに変動は微塵もない。ミカエルが策定した通りに計画は推移したし、ムララは予想通り移送阻止に動いてきたがあっさりと蹴散らす事に成功。サン・パライソ島は『エスペランサA-12』と名を変え、アルカディアと同じ回遊軌道に乗った。
今後は協商連合の新たな版図の開発と難民たちの入植先としての整備、移住計画の策定に国防体制の議論、やる事は山積みである。
無制限戦略指揮AI『ルシフェル』のメインフレームの前で、ミカエルは静かに佇む。
総ては順調、計画通り。
不安要素はヘンリックの存在と、この世界の人々が彼の暴挙を止められるか否か。
そのカギとなるのがギルド『くまさんハウス』であり、最後のピースこそがラウル・エルマータという転生者なのだ。
『審判』の時は近い。
もしこの世界の人類が、ヘンリックを止められず天地戦争を再開する程度に愚かなのであれば、その時は……。
重力変調ユニット
協商連合で開発された大型デバイス。内部には人工タイプの賢者の石が収められており、母艦からの電力を受信する事で動作。デバイス周辺の重力場を変調し、母艦からのコントロール通りに重力ベクトルを偏向させる事が出来る。
実用化された重力変調システムから横展開する形で発展した装備であり、サン・パライソ島移送作戦で初めて実戦投入された。今回は浮遊島クラスであったが、理論上は「数さえ揃えれば浮遊大陸の移動も可能」とされている。
フォボス級先進潜空艦
全長
・480m
全幅
・40m
重量
・39500t
動力
・フリスチェンコ式特型対消滅機関×3
・フリスチェンコ式特型原子炉×1
同型艦
・フォボス(就役済み)
・デイモス(艤装中)
・イオ(明日進空式)
・エウロパ(建造中)
・ガニメデ(建造中)
・カリスト(建造中)
・プロメテウス(計画中)
・エピメテウス(計画中)
武装
・艦首533㎜対艦ロケット発射管×10
・艦尾533㎜対艦ロケット発射管×6
・対艦自爆ドローンシステム『スイッチブレード改』VLS×16
・弾道ミサイルVLS×36
・オートメラーラ127㎜速射砲×1(艦橋後部)
・CIWS×6(艦橋両舷上下に4基、艦首両舷に2基。いずれも隠匿式)
・先進光学迷彩システム『ラウラ・フィールド』
協商連合が潜雲艦に代わって建造した新たな空中艦。前身となった潜雲艦は雲の中に潜む空飛ぶ潜水艦といった趣の兵器であるが、作戦展開空域における雲の有無や天候に左右される不安要素の大きさ、運用の困難さなどが欠点として挙げられており、またS&Dなどを始めとした転生者率いるレギオンがレーダーの運用を活発化させた事により潜雲艦の戦略的優位性は喪失、急激に陳腐化した事を受けて建造が始まった。
最大の特徴は雲に隠れる潜雲艦とは異なり、ナノマシンを添加した氷の微粒子で光の屈折角を偏向する光学迷彩システム『ラウラ・フィールド』の採用である。これにより極めて高度な視覚的ステルス性を獲得した他、敵からのレーダー照射に対し真逆の位相の電波をぶつけて相殺する事によりほぼ完全なステルス性を獲得するに至っている。
無論、核弾頭や対消滅弾頭の搭載も可能となっており、ミカエルからの命令さえあれば世界全土を焦土とする事も可能であるが、それが実行される時はきっと第27文明の終焉であろう。




