上には上がいた
どうでもいい話
一昨日、作者のスマホが逝った。
肩を殴りつけられたような衝撃だった。
ガツン、と重量級の選手に思い切り肩を殴られたような、確かにあんな感じだった。それほどまでにアサルトライフルの銃身から放たれる.50ベオウルフ弾の反動は強烈で、しかしそれに見合う威力が敵を屠る。
ホロサイトの向こう側に見えていた巨大カマキリの、三角形の頭が吹き飛んだ。ギチギチと軋むような音を発していた口器が50口径の弾丸に盛大に殴りつけられ、暴力的な運動エネルギーに屈したキチン質の外殻が砕け散る。複眼の破片と緑色の血飛沫を吹き上げて、頭部を喪失したカマキリは特徴でもある鎌をビクビクと痙攣させながら前のめりに崩れ落ちた。
バクン、とフィードカバーが閉じられる音。それだけでクラルテが、据え付けたブローニングM2重機関銃の再装填を終えたのだと分かる。すぐに傍らにスライディングで滑り込み、彼女の隣で助手の仕事をする事にした。
12.7㎜弾の連続射撃が、森の向こうから押し寄せてくる体長2~3mクラスの巨大ゴキブリ(地獄のような絵面だ)の群れを豪快に薙ぎ払う。黒光りする外骨格が12.7㎜弾に易々とぶち抜かれ、内容物と淡く黄色い体液が飛び散った。
機関銃の火力ほど頼りになるものはない。第一次世界大戦時、当時の戦争の花形であった騎兵を完全な過去の遺物に押しやり、塹壕戦という混沌を生み出すまでに至った戦場の覇者。12.7㎜弾という人体を一撃で砕く弾丸をスコールさながらに連射してくるブローニングM2重機関銃は、その最適解とも言える存在なのかもしれない。
《ラウルごめん、左翼が抜かれた!》
ヘッドセットからロザリーの声が聴こえるなり、ブローニングを撃ちまくっていたクラルテの肩を叩いて攻撃目標の変更を指示。ロザリーとユリウスの担当していた防衛ライン左翼を、2匹の巨大カマキリが突破していたようだった。
すぐさま土砂降りのように射かけられる12.7㎜弾。身体に斑模様のあった巨大カマキリの片割れが木っ端微塵に吹き飛び、人間や動物とは全く違う臓物を周囲にぶちまけて絶命する。
だいぶ撃ったな、とそろそろ弾切れするのではないかと危惧していたその時だった。
ロザリー、ユリウス兄妹を突破したカマキリの片割れを12.7㎜弾の槍衾が射抜く。大きく膨らんだ尾(メスの個体だろうか?)を弾丸が直撃し緑色の血飛沫が舞う。
突如、その中から黒く細長い影が伸びた。
臓器の切れ端―――ではない。
触手のようなそれは、紛れもなく『ハリガネムシ』だった……それも10m級のカマキリの腹の中に寄生し栄養を横取りしていた、超巨大サイズの。
宿主を殺された挙句、住処を木っ端微塵に吹き飛ばされ新たな宿主を慌てて探しているのだろう。どういうメカニズムで周囲にいる生物を探知しているかは分からないが、よりにもよってその巨大ハリガネムシはロザリーの方へと向かっていた。
ガギン、と硬質な音と共に、クラルテのブローニングが沈黙する。
よりにもよってこのタイミングで、と悪態をつきたくなりながらもMARS-Lを構え、撃った。雷管に衝撃を浴びて覚醒した装薬が燃焼し、強烈な反動が右肩に焼き付いていく。20インチのロングバレルの中、燃焼ガスに押し出される形でライフリングに沿って回転した.50ベオウルフ弾。理想的な弾速で駆け抜けたその一撃は、共に将来を誓い合った未来の妻(既定路線)を新たな宿主にしようと目論んでいたハリガネムシの細長い身体を一撃で撃ち抜いた。
運が良かったのか、それともタイミングが良かったのか。ラウル君はどっちかというと運が悪い部類(コイントスとかすると賭けが成立しないレベルで裏が出る)なのだが、この時ばかりは幸運の女神とやらが応えてくれたらしい。
.50ベオウルフ弾は2匹まとめて巨大ハリガネムシを貫通。忌まわしい寄生虫を死に至らしめ、ロザリーを守ってくれた。
「ロザリー、怪我は?」
《ううん、大丈夫。ありがとラウル、さすが私の未来の夫ね♪》
「お、おう……」
ロザリーの重すぎる愛のアピールも、しかし今回ばかりは頭に入って来ない。
それもその筈だ……この蟲島で、”あんな事”があったばかりなのだから。
インフェルノ、ヘンリック、そして俺の……。
頭を振り、邪念を吹き飛ばそうと足掻いた。
けれども忘れようとすればするほど、あの男の顔が脳裏から消えない。
いつまでも、いつまでも、あの男が頭の中で嗤うのだ。
お前たちなど殺すにも値しない、と。
相手にすらなりはしない、と。
インフェルノとの戦いを終えた俺たちは、しかしすぐに蟲島から帰還するという事にはならなかった。
彼らと徒党を組んだ尊王攘夷派の浪人たちの捕縛に、蟲島奉行所で戦死した同心や与力、奉行たちの遺体の改修及び焼却処分。二次災害を防ぐためにもやらなければならない程が山積みで、それらの事後処理を巨大昆虫の巣窟で進めるのは困難を極めた。
そこで江戸幕府から直接の依頼があったのだ。『遺体の回収が終わるまで蟲島に踏み止まり、巨大昆虫を退けてほしい』と。
パパパ、パパパン……遠くから銃声が聴こえてくる。ああ、こりゃあMARS-Hの銃声だな……とついには銃声だけでどの銃やどんな弾薬が使われたのか何となく予想できるようになっていた自分に気付いて、変わっちまったなと息を吐く。
さっきMARS-Hをぶら下げた武装ドローンの一団が、巨大昆虫を追い立てていった。多分それだろう。
カチ、カチ、カチ、とMARS-Hのマガジンに7.62×51㎜NATO弾を装填していく。フルサイズのライフル弾という重い弾薬を押し上げるため、マガジンに内蔵されているスプリングは強力だ。だから素手で弾丸をマガジンに押し込むのは少々骨が折れる……だからほら、指先がもう真っ赤だ。
トントン、とマガジンの背を叩いて整える。こうする事でマガジン内で弾丸がしっかりと”整列”し、装填不良を起こさずに済むのだという。本当かどうか分からないし、半ばおまじないと化しているらしいけど、でもこういう命のやり取りをしていると「とにかくできる事をやる」という思考回路になりがちだ。
生き残るために手を尽くした奴が生き残る。サボった奴は、いずれ皆死ぬのだから。
『战斗口粮!(戦闘糧食!)』
旧蟲島奉行所より一歩手前の盆地に構築した即席の陣地。そこでさっきまで中華鍋を振るっていた迷彩服姿のチャンさん(珍しい)が母語であるジョンファ語で声を張り上げるなり、食事を持ってきてくれた。
飯盒いっぱいに詰め込まれた卵とハム、ネギ入りのチャーハン。飯盒の隅にはザーサイも添えられている。具材はシンプルだが調理では一切妥協をしない中華の達人チャンさんの一品という事もあって、具材はすっかり水分が飛んでパラパラに仕上がってた。
ありがとうチャンさん、と礼を言いながら飯盒を2人分受け取り、クラルテのところに戻って彼女にも渡す。
「わぁ、美味しそうですねぇ♪」
「……そうだね」
確かに食欲を刺激してくれる良い匂いだ。
スプーンでチャーハンを掬い上げ、口へと運んだ。しっかりと火が通った具材にふわふわのお米と卵。火力や調味料の濃さで誤魔化すような事は一切なく、それでいて中華鍋に投じた食材の全てを主役に引き上げるような仕上がりには脱帽である。
戦場でこんなに美味い飯が食えるのだから、俺たちは幸せ者なのだろう。
「……まだ、気になるのですか」
「……まあ、ね」
―――ヘンリック。
上には、上がいた。
今まで自分は強くなったと思っていた。スパーニャの片田舎にある孤児院で生まれ、ガキの頃から腕っ節と度胸だけは自信があって、冒険者になってからもそれは遺憾なく発揮された。協商連合というレギオンの中にあっても、上に立つベテランの冒険者たちから指導を受け、クラルテを始めとした仲間たちにも支えられて、着実に上へ上へと進んでいると思っていた。
今回の敗北で、それが全て否定されたような……そんな感じがする。
まあ、それは仕方のない事だ。どれだけ強い奴でも、それより強い奴というのは世界中にいる。結局のところ自分は最強だと思い込み、努力を怠った者から転落していくのが世の常。前世でも十分に学んだ摂理である。
壁にぶち当たったのならば。
どん底に突き落とされたならば。
脇目も振らずに這い上がっていけばいい。
それはいい、それはいいのだ。
問題は―――なぜあの男から、俺と同じ”匂い”がしたのか。
イヌ科の獣人は特に嗅覚が発達している。視覚的情報だけでなく、嗅覚的情報からも相手を識別できる。それどころか遠くの匂いを嗅ぎ当てたり、匂いを頼りに追跡したりなど造作もない事なのである(だからなのだろう、前世と比較すると納豆とか臭いがキツい食べ物が少し苦手になった)。
だからこそ、そのレベルの嗅覚だからこそ誤魔化せない事もある。
そして、認めたくない。
嘘だ、と心が叫んでいる。
あんなサイコ野郎が俺の……。
「……ラウルさん」
「いや、いい」
クラルテが言う事は、何となくだが分かった。
調律を受けてください―――悩む姿を見たくないのだろう。自分にできる事が何もないと思うのが嫌なのだろう。調律で心を整えてもらえる事を知っているからこそ、俺にもそれを奨めたいのだろう。
確かにそうだ。何もかも、嫌な事を綺麗さっぱり忘れる事が出来たらどんなに幸せだろう。あらゆるストレスにも動じない心を手に入れられたら、労働で心を壊している日本人のどれだけが救われるのだろう。
でもそれは、明確に拒否した。
こうやって悩んで、苦しんで、だからこそ足掻こうと思える。次こそはと奮い立つ事も出来る。波紋一つ立たないフラットな心など、果たしてそれは「心」と呼べるのか?
人間がどれだけ機械のように振舞ったところで、ヒトである事に変わりはない。心を押し殺し、自我を押し殺し、感情を押し殺したとしても、その身体の中を流れているのは冷たいオイルではなく熱い血である。身体の中を這うのは電子回路ではなく神経である。故にヒトは機械とはなり得ず、生まれてから死ぬまで人間である。
だから、俺は「人間」でありたい。
どんなに苦しい事があっても、それを乗り越えられる「人間」でありたい。
ザーサイの添えられたチャーハンを平らげ、お茶を飲んで休憩しているところでスマホがポケットの中で振動した。俺たちと入れ違いで前線に向かったドローンたちが弾薬補給のために後退をリクエストしているらしい。
バトンタッチの時間だ。
「行こう」
「大丈夫ですか」
「ああ。ごめん、心配かけた」
にっ、と笑顔を作る。
もちろん空元気である。心の中は、はっきり言ってそれどころじゃない。
敗北の屈辱と、自分の出生の片鱗。
負の情報の濁流で、心の整理がまだ追い付いていなかった。
線香の匂いと共に、日の丸の国旗で包まれた骨箱が、幕府の侍たちの手によってソーキルの格納庫から運び出されていく。
倭国のため、民の安寧のために命を懸けた侍たち―――あの骨箱の中には職務を全うし、そして燃え尽きた男たちの遺灰が収められている。
この世界で厄介なのはゾンビ化だ。死体は死亡してから概ね36~48時間でゾンビ化し、生存者を襲う。死体の放置に端を発する疫病よりも遥かに厄介で恐ろしい二次災害だ。だから死体を発見したら、迅速に火葬し処理しなければならない。
前世の日本のように、遺体を遺族のところに送り返して……という事は出来ないのだ。
頭部と心臓を激しく損壊した場合はゾンビ化を免れるが、しかしそれでもそんな損傷の激しい遺体を遺族のところに送り返すわけにもいかず、結局は燃え尽き灰になる。
だからなのだろう、こっちの世界における死者の遺族はなかなか家族の死を認識できず、1ヵ月、2ヵ月3ヵ月……半年くらい主人が帰って来ない生活を経験して、やっと堰を切ったように涙を流すのだという。
遺体という「直視できる死」が残らないが故に、こちらの世界の人々は家族の死に対し少しだけルーズなところがあるのだ、と葬儀屋の話を聞いて知った。
あの骨箱たちも、いずれは遺族のもとへと帰るのだろう。
蟲島奉行所や蟲狩衆、新選組に所属する隊士たちは、勤務先に家族を連れていく事を規則で禁止されている。何故かというと、いつでも家族と会える環境だと命を懸けた戦いの最中に家族の存在が未練となり、刀と覚悟が鈍ってしまうからだそうだ。
だから妻子は『最低でも藩を2つ以上跨いだ遠距離に住まわせる事』という規則が存在し、今なお徹底されているらしい(だから範三さんは博多で勤務しており妻子を大舘に残しているのだ)。
骨箱の運び出しが終わった。幕府の役人がやって来るなり、骨箱の運搬及び搬出に立ち会った俺たちに深々と頭を下げ、艦の格納庫から立ち去っていく。
線香の残り香がいつまでも漂うソーキルの格納庫の中。いつもは荷物でパンパンになっているその空間は、何も置かれていないせいで随分と広く思える。
仲間たちが配置に戻っていく中、俺と……それからヴォイテクだけがその場に残った。
「なあ」
「ああ」
言いたい事は分かっている―――ヴォイテクの視線が、確かにそう告げていた。
懐から葉巻を取り出し、先端をカットしてトレンチライターで火を点けるヴォイテク。ライターを新調したのだろう、前よりもでっけえ20㎜弾の空薬莢で作ったお手製のもののようだ。
南米リューバ産の高級葉巻。お気に入りの銘柄のそれを少しだけ楽しんで、彼は煙を吐き出した。
そして、告げた。
認めたくない現実を。
残酷極まる、俺の出生の秘密を。
「ヘンリック―――ありゃあお前の親父だ、ラウル」




