火種を呼ぶ者、火種を断つ者
―――かつて100年続いた世界規模の大戦、『天地戦争』。
その熾烈極まる絶滅戦争の末期、故郷や家族を失い復讐心に燃える兵士たちだけで設立された部隊があった。
統一獣人戦線所属、第37独立突撃擲弾兵団―――通称【亡霊大隊】。
自爆用の爆薬を襷のように身に纏い、自らの死も厭わずに最前線を駆け抜けた復讐兵たち。その熾烈極まる戦いぶりは竜人側の兵士たちに強烈な恐怖心を抱かせ、彼らと遭遇し生き延びた兵士の多くがPTSDを発症。戦後8年経過した今でもなお、彼らの心に深い傷を残している。
しかし常に危険な戦線に投入されたため、結成された当初は875名の人員がいた同部隊は、終戦時には僅か【7名】まで討ち減らされていた。
その7名の生き残りのうちの2名が、今この場で激しく激突しているヴォイテクとヘンリックであった。
「懐かしいなァ……覚えてるか伍長殿? 天地戦争末期の地獄……俺にとっちゃあ甘い夢の中だった」
「相変わらずイカれたサイコ野郎だ……とっとと死んでおけばみんな迷惑せずに済んだのにな。えぇ、ヘンリック・アンデルセン上等兵?」
スイングアウトしたRSh-12の角張ったシリンダーへ、5発の12.7×55㎜弾を装填するヴォイテク。ヘンリックも先ほど彼に弾き飛ばされた水平二連式のソードオフ・ショットガンを拾い上げるなり、まだ使える状態か否かを確認してから撃鉄を指で起こす。
天地戦争末期の戦い―――特にメルキア沖空戦の地獄を、あれを「甘い夢」と表現できる神経がヴォイテクには1ミクロンたりとも理解できなかった。高性能な顕微鏡で覗いてみても1㎜理解できるかどうか怪しいレベルであり、こうして対峙しているだけでも身体中に蕁麻疹が出そうである。
そのレベルで、戦時中からヘンリックとの関係は最悪だった。
とりあえず同じ軍に所属し同じ部隊に配属されてこそいたものの、ヴォイテクのいた分隊にヘンリックがいたわけではなかったし、ヴォイテク自身もヘンリックの噂を聞いて「まあ、その矛先が竜人に向けられているならOKか」程度に認識していた。
だからこそ、今になって猛烈に後悔している。
許される事であるならば、今すぐ当時にタイムスリップしてこのイカれサイコ野郎の頭を後ろから撃ち抜いてやりたい。メルキアの夏空に、花弁の如くこのアドレナリンを分泌するばかりのガンギマリ脳味噌の破片をぶちまけて後顧の憂いを完全に断ち切るべきだと常々思う(当然そんな事をすればラウルは存在しない事になるのだが)。
「さて……銃も回収したし、続けようか伍長殿?」
「……」
こんな怪物を生み出した親の顔が見てみたい。
どっちに似たのだろうか。父親だろうか母親だろうか。いずれにせよ家庭環境は最悪の一言では済まされないレベルなのだろうな、と思いながらヴォイテクは躊躇せずに引き金を引いた。
RSh-12が吼える。筋骨隆々の巨漢でも完全には殺しきれない、50口径の凄まじ過ぎる反動。12.7×55㎜という弾薬をリボルバーで撃とうという発想も恐ろしいし、この弾薬を使用するアサルトライフルやスナイパーライフルも存在するというのだから恐ろしいものである。
しかしそれも、ヴォイテクの手にかかれば無反動も同然だった。
ヒグマの腕力にかかれば、人体など障子のようなものだ。筋力と食欲と破壊衝動の赴くままに腕を振り回すだけで、大抵の人間は死んでしまう。首の骨を折られ、臓器を引き裂かれ、見るも無残な姿となり果てるのだ。
そんな腕力で保持しているのである。人間には耐えがたい強烈な反動も、ヴォイテクの前ではそよ風にも等しい。ただ火を噴くだけの玩具の如く、1㎜たりとも銃身が跳ね上がらないほどの筋力で保持されたRSh-12から矢継ぎ早に放たれる12.7×55㎜弾。
その矛先は、しかしヘンリックの姿を捉える事はなかった。彼の眉間を撃ち抜き、アドレナリン漬けの脳味噌を鍾乳洞の中にぶちまけグロテスクな壁画を描く予定だった弾丸は、しかし何もない空間を突き抜けて岩肌に跳弾。鍾乳洞の中に銃声と跳弾の音を幾重にも響かせるばかりでどこかへと消えてしまう。
床に1つ、影が映った。
上か、と顔を上げるヴォイテク。しかしもう既にヘンリックはソードオフ・ショットガンの銃口をヴォイテクへと向け、引き金を引いていた。
ショットガンの銃口には、”チョーク”と呼ばれる部位が存在する。
これで散弾を”絞る”事で拡散する範囲を調節する事が出来るのだが、銃身を切り詰めてソードオフ・ショットガンを作成する場合、当然ながらそのチョークもろとも切り詰めてしまう事になるわけだ。だから散弾はチョークによる散布範囲の調節を受ける事が出来ず、極めて広範囲に拡散する。
中距離では脅威度が下がるが、しかしむしろ至近距離では恐ろしい事態に発展する。
散弾が広範囲に散らばるから、至近距離で放たれようものならば人体のほぼ全域に散弾が拡散し牙を剥くというわけだ。それ故に近接戦闘における殺傷力はこれ以上ないほど凄まじいものである。
水平二連式の有鶏頭という古めかしい銃であっても、恐ろしい得物である事に変わりはない。
放たれた散弾は無情にも、ヴォイテクの全身へと降り注いだ。
10ゲージ相当の散弾が飛び散り、ヴォイテクのがっちりとした肉体に散弾がめり込む。空軍のジャケットに穴が開き、その下にある毛皮から血が滲んだが、しかしヴォイテクにとってはかすり傷も同然だった。
彼は第一世代型の獣人である。
第一世代型の獣人は骨格も、筋肉の構造もヒトより獣に近い。だから獣人という括りとなっていて人類とされているが、差別的な表現が許されるのであれば、実質的には『二足歩行で喋る獣』と表現したほうが手っ取り早い。
前の話でも述べたが、ヴォイテクはヒグマの第一世代型獣人である。その頭蓋は猟銃の大口径ライフル弾を弾いたり逆に粉砕するほど硬く、生半可な銃弾では仕留める事すら難しい地上最強の猛獣。まさに森を闊歩する戦車とも言うべき覇者である。
だからいくら至近距離で人体をトマトソースを塗りたくったかの如く真っ赤にできるソードオフ・ショットガンの散弾だろうと、ヒグマからすれば恐るるに足らないのである。
ヴォイテクもそれは例外ではなかった。拡散したペレットを浴び血にまみれようと、致命傷になったものは1つもない。数発が頭を直撃し被弾した際の衝撃で頭が揺れたが、その程度だ。ほとんどは頭蓋骨が弾いてしまったから全くダメージになっていない。
彼を仕留めたいのであれば、それこそスラグ弾でも持ってくるべきなのだ。確実にその頭蓋を撃ち抜ける類の弾丸で頭に撃ち込めばそれで事足りる。なのに命中精度に劣るソードオフ・ショットガンで、尚且つ散弾を使ってきた目的は想像がついた。
ヘンリック・アンデルセンという男は、道具をとことん信用しない。
顔を上げたすぐそこに、ヘンリックが迫っていた。
RSh-12の銃口を向け発砲。しかしヘンリックの反射速度はヴォイテクの予想をはるかに上回る域に達していたようだった。この距離ならば当たる、絶対に外さないと確信を持って放った攻撃も、予想に反してヘンリックの眉間を撃ち抜く事はない。辛うじて右眼を覆っていた眼帯の紐を撃ち抜いただけだった。
カフリアでのS&Dとの戦闘で、アニーに撃ち抜かれ潰された右眼。真新しい傷が顕わになる。
ゴッ、と顎に強烈な右ストレートが入った。
脳が激しく揺さぶられる。骨格が、そして分厚い筋肉が衝撃から脳を守るダンパーとして機能するが、それを以てしても防ぎきれない衝撃。なるほど、常人がヘンリックに勝てないのも道理である。こんな一撃を受ければ首が身体から千切れてしまうだろう。
ラウルが五体満足で生きていられたのはヘンリックが手加減したのか、それとも彼の血を引いているが故か。両方だろうな、とヴォイテクは思いながらもその一撃に踏み止まる。
「どうしたどうした伍長殿? 戦争が終わって随分とぬるま湯に浸かってたようだな!?」
RSh-12を投げ捨て、渾身の右ストレート。必殺のくまパンチがヘンリックの顔面にめり込んで吹き飛ばし、彼を黙らせる。
ヴォイテクは、少なくとも戦闘中はヘンリックほど饒舌ではない。淡々と任務を遂行し、周囲の罵詈雑言を結果で黙らせるタイプだ。だから彼の心境は言葉ではなく、行動が、攻撃の意思が、これ以上ないほど雄弁に物語っていた。
ここでこの男の頭を砕き、確実に息の根を止める。
拳を鳴らしながら、ヴォイテクは必殺を誓う。
この男が生きている限り戦乱は終わらない―――むしろ新たな火種に風を吹き込み、全世界を焼き尽くす大火へと育て上げてしまうだろう。
それではあのクソッタレ極まる戦争で死んでいった戦友たちに、そして一足先に天国へと旅立った妻子に顔向けができない。
今こうして生きているのは、あの惨劇を繰り返さないためだ。もう二度と戦争など起こさせない。戦争で無駄死にする命を出さないためにも、あの無益極まる戦いを後世に伝えるためにもヴォイテクは生かされているのだ―――彼は自身の命を、そう定義している。
だからこそ殺す、この男だけは。
ヘンリックだけは、絶対に。
口から血を吐きながらよろよろと起き上がるヘンリック。命ある限りとことん戦いを楽しもう、そんな言葉が聴こえてくる表情であったが、しかし彼の後方にぽっかりと口を開けている鍾乳洞の入り口側から不気味な、まるで振動しているかのような羽音が聴こえてきて、その表情は大いに曇った。
腐葉土のような臭いと若干の刺激臭が入り混じった、虫かごの中の”昆虫の臭い”。
やがて鍾乳洞の向こうから、オレンジと黒の縞模様が特徴的な外殻に覆われた、この蟲島の捕食者の群れが溢れ出るように飛び出した。小型の個体でも3mはあるであろう、巨大スズメバチの群れである。
どうやらこの近隣に巣を構えていたらしい。口器をガチガチと鳴らし威嚇しながら、尾の先端から毒液滴る針を露出させてこちらに接近してくる。
ここでの激しい戦闘で、彼らの防衛本能を刺激してしまったようだ。
「チッ、興醒めも良いところだ」
ふざけるなと言わんばかりに吐き捨てるヘンリック。彼はソードオフ・ショットガンを拾い上げるなり、それを腰のベルトに下げてあるホルスターへと無造作に突っ込んだ。
一瞬、ヘンリックは蟲島のコアの方を見た。全高50mにも及ぶ賢者の石の塊。あれこそがこの蟲島を高度1500mに浮遊させている重力場の源。
あれを破壊すれば、この浮遊大陸は脆くも崩れ落ちる。
しかし、ヘンリックの狙っていたタイミングはもう既に逸していた。既に蟲島は京都上空を通過して、大阪湾上空へと達し四国方面へと回遊を始めていたのである。
四国に落として惨禍を招き、竜人向けに認知戦を展開しても良い。しかしそれでも、倭国の歴史の宝庫たる京都が惨劇に見舞われた場合と比較してどうしてもインパクトに欠けた。当初見込んだレベルの反応は、世界からは得られないだろう。
滅茶苦茶にされた、何もかも。
「……また会おう、伍長殿」
「待て、ヘンリック!」
ぎり、と怒りを噛み締めるように立ち去るヘンリック。襲ってきた巨大スズメバチを殴り飛ばし、回し蹴りでその首を刎ね飛ばして、怒りを巨大昆虫たちにぶつけながらヘンリックは凄まじい勢いでコアを後にした。
それはまるで台風のようだった。
ベリルM762を拾い上げ、銃口をヘンリックの背中へと向けるヴォイテク。
しかし彼の姿は既に巨大スズメバチの群れの遥か彼方へと消えていた。




