英雄と魔獣と
どうでもいい話
ラウル君の声で勝手に作られた音MADの再生数がアルカディアだけで10億回を突破した。
「ラウル!」
爆弾をダンプポーチがパンパンになるまで詰め込んで、ロザリーが傍らへと駆け寄ってきた。目を見開き心配そうな顔をしているが、まあそうだろう。あれだけヘンリックにボコボコにされたのだ。むしろ我ながらよく生きてるなとすら思う……母が、きっと頑丈な身体に生んでくれたんだろうな。
ロザリーもよく我慢してくれた。
いつもだったら命令を無視してヘンリックに飛びかかっていたのだろうが、今回は爆弾の解除に専念してくれた。おかげでもう、コアに爆弾は残っていない。ダンプポーチに入っている爆弾のタイマーも全て解除済みだ。これで蟲島が京都に落下する事はなくなった。
「良かった、無事なのね」
「ああ……クラルテの魔術のおかげで、だいぶ痛みは引いたよ」
俺のすぐ近くでは、クラルテが両手をかざしながら魔術を発動しているところだった。
俺たちを中心に、周囲にそれぞれ大・中・小の3つのサイズの光の輪が展開している。光属性魔術、治癒特性に分類される『ファーストエイド』。初歩的なものだが、それ故に失敗し辛く消費魔力も少ないという利点があるのだ。光属性に適性を持つ冒険者は大概これを習得している。
だが、俺の知っているファーストエイドはあくまでも自分にだけしか効果がないものだ。味方を回復させるならばワンランク上の『ヒール』が必須なのだが、クラルテのファーストエイドは違う。自分だけでなく、しっかり俺にも効果がある。
ヘンリックに散々殴打されて生じた内出血の痛々しい痕が消えていき、出血も無くなる。身体から戦闘の痕跡が、何事も最初からなかったかのように綺麗さっぱり消え失せたのはそれからすぐの事だった。
「ありがとう、クラルテ」
「どういたしまして。それより……」
ゲパードGM6に手を伸ばしながら、クラルテは淡々と問うてくる。
「……あれ、援護しますか?」
「……いや、やめとこう」
俺たちの視線の先。
そこでは2人の人間が……いや、闘争本能を剥き出しにした獣たちが、正真正銘の本気の殺し合いをしているところだった。
慈悲ナシ、情けナシ、容赦ナシ。
時間無制限、どちらか片方が死ぬまで勝負が終わらない無差別級デスマッチ、とでも言うべきだろうか。
ヴォイテクの銃弾に穿たれて血を流しながらも肉薄、走る勢いを乗せて顔面を殴りつけるヘンリックと、それに平然と耐えながら左のアッパーカットでヘンリックをかち上げるヴォイテク。
だいぶ昔、動画サイトで見たヒグマ同士の喧嘩を思い出した……重量級の殴り合い。ド迫力、なんて表現している余裕すらない、ヒトの力の及ばない領域での殺し合い。
「ありゃあ巨大怪獣が肩組んでタップダンスしてるようなもんだ……俺たちが介入する余地はないよ」
「そう、ですね……」
援護しようとするだけ邪魔になる。
今の俺たちに出来る事は、巻き込まれない場所から勝負の行方を黙って見守る事だけだ。
7.62×39㎜弾は、一般的に近距離向けの弾薬と見做される事が多い。
西側で一般的な5.56㎜弾と比較すると、口径が大きい分弾頭重量もあり、しかし装薬量がフルサイズのライフル弾と比較して少ない事から山なりの弾道を描きやすい。また反動の問題もあり、中距離射撃や遠距離狙撃に適した弾薬と評価するのは難しい。
しかしその反面、近距離においてはその弾頭重量が保証するストッピングパワーで猛威を振るう弾薬と言えた。
ヴォイテクが通常使用のベリルではなく、7.62×39㎜弾を使用するベリルM762を持ってきたのはそのためだ。ヘンリックとの交戦距離、そして彼に致命傷を与えうる弾薬として採用した、というわけである。無論そこには携行性や取り回しといった要素も絡んでくるわけではあるが。
ベリルM762から放たれた7.62×39㎜弾が、ヘンリックの左の肩口を射抜いた。ズキン、と鋭い痛みに加えて着弾の衝撃がヘンリックの神経に噛み付くが、しかしそれもヘンリックは甘受していた。
戦いとは、”痛み”が常に伴う。痛みから逃れようとする事ほどナンセンスな事はない。彼の美学によれば、痛みとはすなわち「生きている」という証に他ならない、という事だ。
だからヘンリックは笑った。戦いの興奮も、この痛みも全てが愛おしかったから。
身体を右へと傾け、ボクサーが相手のストレートを回避する要領で弾丸を回避するヘンリック。
―――昔から変わっていない。
ヴォイテクは相手を仕留めにかかる際、頭を狙う癖がある。
かつてヘンリックも、そしてヴォイテクも所属していた統一獣人戦線の亡霊大隊では、そういった戦技を身に着けている兵士というのは思いのほか少なかった。復讐心と勢いに任せた熾烈な戦いは、それ故に死傷率も高いものとなってしまった原因であるが、その中にあってヴォイテクだけは違った。
地道に努力を積み重ね、実戦の中でその戦技を研ぎ澄ましていった。
だからこそ他の有象無象とは違った―――ヘンリックが彼を、よく記憶していた理由の1つである。
タイミングが読まれている、とヴォイテクが悟った頃には、懐に踏み込んだヘンリックの右ストレートが彼の頬を捉えていた。
音速を越え、熱の壁すらも乗り越えて、うっすらと断熱圧縮熱を纏うヘンリックの拳。常人であればそんなものをもろに喰らった時点で首が捩じ切れ、少なくとも「痛い」では済まぬほどの無残な死にざまを晒していたところであろう。
が、しかし。
ヴォイテクは違った。
ヘンリックもまた、思い切り殴りつけた側でありながら、その鋼鉄の装甲のような……というより、まるで重戦車を殴りつけているような分厚い質量感と打たれ強さに、背筋に冷たいものが走るのをはっきりと知覚していた。
獣人は、第一世代型と第二世代型の二種類に大きく分かれるのは周知の事実であろう。
人間にケモミミと尻尾を生やしたような第二世代型と比較して、骨格密度も筋肉も獣にほど近い第一世代型の獣人は、天地戦争において特に恐れられた。
いうなれば彼らは「人間の知性を持ち、人語を解する獣」とでも形容するべき存在だからである。骨格が動物に近いという事はその強靭さも人間のそれを大きく上回っているという事だ。
特にヴォイテクは、ヒグマである。
地球最強の哺乳類であり、食物連鎖の頂点に君臨する大型の猛獣。その骨格の強靭さたるや、場合によっては狩猟用のライフル弾を頭蓋骨で砕いて防いでしまう事もあるとされている。
元からそんな恐ろしい打たれ強さとパワーを持つ獣が、軍人同然の訓練で更に肉体を鍛えたらどうなるか。
そのパワーを、人間の知性で管理し振るったらどれほどの威力を発揮するのか。
次の瞬間だった―――ヘンリックの頭が激しく揺れたかと思いきや、地面を踏み締めていた両足がふわりと宙に浮いたのは。
「―――」
それはただの、左腕を無造作に打ち上げただけのアッパーカットだった。
ハンドガードを握っていた手を振り上げての咄嗟の反撃でしかなかったものの、それでもその破壊力たるやすさまじいものだった。かち上げられたヘンリックの脳が激しく揺れ、一瞬だけ記憶が飛ぶ。自分は誰なのか、ここで何をしているのか。あれだけやろうとしていた京都への大陸落とし、そして楽しみにしていた強者との戦い。ヘンリック・アンデルセンという人間の魂、その根底に根差す記憶すら一瞬だけ思い出せなくなる。
脳とは、そういう部位だ。
衝撃に対してとことん脆弱で、だからこそ頭に強い衝撃を受けるとこのような事が起こるのである。
だがそれも、あっという間の事だった。
ぐるん、と白目を剥きかけたヘンリックの意識が復帰するなり、脳裏に冷たい感覚が迸る。このままでは拙い、と理屈ではなく本能で理解するなり、ヘンリックは天井を蹴って軌道変更した。
その直後であった。ヴォイテクがベリルM762のフルオート射撃でマガジンが空になるまで撃ち続け、ヘンリックを本気で仕留めにかかったのは。
「ハッハッハッハッハッハッ!」
落下する勢いを乗せ、ヴォイテクへと急降下するヘンリック。
それを迎え撃つかの如くベリルから手を放し(スリングで保持はしている)、右の拳を突き出すヴォイテク。ヘンリックはそれに対し真っ向からぶつかり合う事を選び、落下する勢いを乗せながら彼の拳に己の拳を激しく打ち付けた。
砲弾が爆発するような轟音が鍾乳洞を揺るがし、骨が砕けんばかりの衝撃が両者の身体を駆け巡る。
「楽しいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! なぁぁぁぁぁぁぁ伍長殿よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「チッ」
しかし地面を踏み締めている側と、落下の勢いを乗せたものの空中にいる側ではどちらが有利なのかは明白だった。案の定ヘンリックの方が先にパワー負けし、後方へと飛び退く。
着地し呼吸を整えようとしたヘンリックだったが、ヴォイテクはそれほど甘くはなかった。
「!」
ドン、と地面が爆ぜる音。
あれだけの巨体を、肉食獣さながらに急加速させる―――それだけで一体どれだけの力が必要になるのか。それをもろに受けた地面を激しくへこませるほどの脚力で、ヴォイテクが前に出てくる。
着地の瞬間を狙っているのだ。避けられない。
笑いながらも両手を交差させて身体を守るヘンリック。
その直後だった。前に踏み出す足と肩及び腰の捻り、そして適切な体重移動―――文字通り「全身を使って放つ」本気の熊パンチが解き放たれ、ヘンリックの身体を凄まじい衝撃が突き抜けたのは。
腹が裂け、内臓が爆ぜ、背骨がぶち折れたのではないか―――それほどまでに己の死を知覚してしまうほどの凄まじい一撃に、ヘンリックも食い縛った牙の隙間から血を滴らせる。衝撃の方も凄まじく、殴られた衝撃を殺す事も出来ずに彼はそのまま壁際まで吹き飛ばされると、分厚い岩盤にちょっとしたクレーターを構築してしまうほど背中を撃ちつける羽目になった。
空になったマガジンを予備のマガジンで弾き飛ばし、ハンドガードの下を潜らせるようにして左手を伸ばしコッキングレバーを引くヴォイテク。その間は片時も、ヘンリックから視線を離さない。ホロサイトのレティクルも、ぴたりと正確に彼の眉間に定められたままだ。
ヴォイテクがそうであるように、ヘンリックもまた第一世代型の獣人だ。身体はとにかく頑丈で、この程度では壊れない。
さあ次はどう出る、と考えるまでも無かった。
口から血を吐きながらも、口元を大きく歪ませて突っ込んでくるヘンリック。M762の射撃で彼を仕留めにかかるが、視線と指の動き、銃口の向きと雰囲気で発砲のタイミングを完全に見切られている。どの弾丸も必殺を期して放っているのだが、当たらない。
加えて、追い打ちをかけるようにM762が唐突に沈黙した。
何かが噛み込むような音。見てみると、エジェクション・ポートに7.62×39㎜弾の薬莢ががっちりと噛み込んでいた。排莢不良だ。あの薬莢を排除しない限り、M762での射撃は出来ない。
ツイてねえなぁ、と思う一方で、ヴォイテクは冷静にサイドアームを腰のホルスターから引き抜いていた。
RSh-12―――12.7×55㎜弾を使用する、ロシア製の大型リボルバーである。
12.7㎜という銃弾の中でも特に大きな口径の弾薬を使用するが、装薬量が重機関銃用の弾薬と比較して少なく、それ故にこれもまた至近距離で真価を発揮する銃弾と言えるだろう。
そんな化け物じみた拳銃を、2丁も。
「!?」
西部劇のガンマンよろしく、引き抜いた拳銃での連続射撃。まるで大砲のような轟音と共に放たれた12.7×55㎜弾のうちの1発が、ヘンリックの左の太腿にその破壊の牙を突き立てる。
歯を食いしばり、痛みに耐えながら一際強く足を踏み締めた。隆起した岩塊が衝撃で目の前まで飛び上がり、それに右の拳を思い切り叩きつける。
砕けた岩塊を用いた岩の散弾。打製石器の如き鋭い岩の破片が広範囲に飛び散り、それにはヴォイテクもたまらず両手で頭を防護した。
その一瞬が、ヘンリックには欲しかった。
身体中に突き刺さる岩の破片。腕も脚も顔も、自分の血でぬるりとしている。
鉄のような臭いに覆われながらも、ヴォイテクはリボルバーから手を放した。
ヘンリックの挑もうとしている格闘戦に応じるがごとく、大きな拳を握り締めて一歩、二歩と前に出る。
逃げ場のない、真っ向からのぶつかり合い。
ヘンリックの突き出した右ストレートと、ヴォイテクの放った左ストレート。
クロスカウンターの如く交差してお互いの顔面を殴打した拳が、骨の軋む音を響かせた。




