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皆殺しのヘンリック

どうでもいい話


ベルト式給弾ではない分隊支援火器はクラルテ曰く「性自認が機関銃のアサルトライフル」。



 ホロサイトの向こう側から、ヘンリックが消えた。


 弾丸はヘンリックの頭があった筈の空間を通過、背後にあった浮遊大陸のコアに命中するなり微細な破片を撒き散らして跳弾。どこかへと消えていく。


 唐突に生じる冷たい感覚。


 それはまるで、ラウル・エルマータという個人を構成している身体中の全ての細胞から液体窒素が分泌されてしまったかのような、あまりにもおぞましく恐ろしい感触だった。


 身体中の全てが叫んでいる。危険だと。一歩判断を誤るだけで簡単に死ねるぞと。


 理屈では理解できなかった。ただその時、本能でしっかりと理解できていたのは不幸中の幸いであった、と我ながら思う。


 まあそういうわけで、咄嗟に後方へとバックジャンプ。回避後の反撃などは考えない緊急回避をかました直後、目の前の地面に身長2m、推定体重100㎏以上のおっさんが降ってきた。落下の勢いと体重、それから腕力をもろに受けた地面が迫撃砲で撃たれた時みたく大きくへこみ、不可視の衝撃波がドーム状に広がって破片を盛大にぶちまける。


 目の前で左手を使って顔を守りつつ、ヘンリックを睨んだ。


 何が起きたのか、全く分からなかった。


 引き金を引くその瞬間までは確かに、ヘンリックはホロサイトの向こう側にいた筈だ。真っ赤なレティクルが眉間に合わされていて、引き金を引けば.50ベオウルフ弾がアイツの脳天を直撃し、アドレナリンにどっぷり漬かった異常者の脳味噌を綺麗さっぱりふきとばしている筈だった。


 なのに、今の一瞬で何が起きた? 


 跳躍して射撃を回避するどころか、落下しながらのパンチ攻撃までセットで反撃してきやがった―――マジか?


 舞い上がる土煙の中、ギラリと輝く紅い眼光。


 ヴォイテクの言っていた意味が、はっきりと分かった。


 俺たちでは勝負にならない―――まさしくその通りである、と。


 転生者だから、チート能力を持っているから。そんな異世界転生の常識を、転生者が負けるはずがないという一方的なお約束を、コイツは物理的な力で何もかも覆してきやがる。


 天地戦争の英雄が聞いて呆れる―――これじゃあ悪魔じゃないか、と。


 当時、彼の味方だった獣人たちはさぞ安堵にしたに違いない。この男の敵じゃなくて良かった……そう胸をなでおろす先人たちの姿が目に浮かぶ。


 いずれにせよ、この調子じゃあ1分も持ちこたえられない事は明白だった。


 右へと跳躍した直後、ごう、と突風が薙ぐ。


 弾丸かと思ったが、違う。


 衝撃波だ。


 俺に向かって拳を振るい、その際に生じた衝撃波を飛ばしてきたのだ。


 不可視の砲弾の如きそれは俺が立っていた空間を突っ切ると、そのまま岩肌を直撃して派手に炸裂した。対戦車砲で撃ち抜かれたかのように周囲の岩塊が吹き飛ぶ。


「ほう、反射神経だけは良いな」


 心底つまんなさそうなヘンリックの声。


 遊んですらいない―――勝負にならないほど弱い相手との戦いでは滾らないのだろう、退屈で退屈で仕方がないのだろう。だからこうして散発的に攻撃を繰り出し、こっちに回避できる余地を与えて楽しもうとしているのだ。少しでも持ちこたえてくれれば少しは無聊(ぶりょう)の慰めになる、とでも思っているに違いない。


 屈辱的だった。


 ここまでそれなりに死線を潜り抜け、厳しい訓練に身を投じた日々。着実に戦技を身に着け、強くなっていると実感したこれまでの毎日が、これまでの努力が根本から否定される―――「弱い」という二文字が、全てを否定してくる。


 この野郎、と肩に力が入ったところで息を吐いた。


 ―――格上相手に熱くなるな。


 熱くなればなるほど、感情的になればなるほど視野は狭くなる。一つの目的ばかりを注視するあまり、他の全てが疎かになってしまう。ほんの1つ、ほんの一瞬の判断ミスが死に直結する格上相手の戦いでそんなミスをかまして何になるというのか。


 銃口をヘンリックの足元に向け、引き金を引いた。


 ドカドカ、と強烈な反動がストック越しに肩に襲い掛かる。.50ベオウルフ弾が足元の地面を直撃し、ほんのわずかとはいえ土埃が舞い上がった。


 コアのすぐ近くという事もあって重力は軽く、ダストも舞いやすいのだろう。ちょっとしたスモークグレネード、とまではいかなくても視界を少し遮る程度には十分だ。


 咄嗟に思いついた小細工でしかない。


 だがそれでも十分だった。


「!」


 ドン、と舞い上がった土埃を突き破って、身長190㎝の大きな影がヘンリックに襲い掛かる。


 クラルテだった。手には例の大型回転ノコギリがある。ガソリンエンジン込みでも50㎏近くの重量があるはずだが、それを全く思わせない軽快な機動力は蟲島の重力の軽さ故なのか、それともクラルテの筋力がなせる業なのか。


 きっと両方だろうな、と思っている間に、クラルテは猛然とヘンリックに切りかかった。長い柄とケーブルで繋がった回転ノコギリが振るわれヘンリックの肉体を無残に切り刻もうとするが、しかし重量級に見えてヘンリックのフットワークは軽かった。ボクサーのように軽快な動きで斬撃の軌道を読み、必要最低限の動きで回避している。


 ならば、と足技やフェイントも交え、攻撃を多様化していくクラルテ。蹴りに見せかけて回転ノコギリを振るい、斬り上げと思いきやタックル、派手な回転斬りを繰り出した直後の連続蹴り。至近距離で繰り出されたならば、熟練の格闘家でも完全回避は難しいだろう。


 それが―――あの2m以上の巨体でどうやって完全回避しているというのだろうか。


 ボキン、と金属の破断する音。


 無造作に振るわれたヘンリックの裏拳。それがクラルテの回転ノコギリの長い柄を殴りつけていたのだ。


 いったいどんな腕力をしているのかは定かではないが、あろう事かその一撃でクラルテの回転ノコギリの柄がぶち折れていた。ケーブルも断線し、派手にスパークを散らしながら回転を止めたノコギリと共に地面へと落下していく。


 得物を破壊された衝撃に、しかしクラルテは全く顔色を変えていなかった。


 マザーによる”調律”の恩恵だ。戦闘中に生じる無駄な感情をノイズとして処理し、精神的な要素を先頭に最適化させる施術(セラピー)。さすがに異質なものと捉えたのだろう、退屈そうだったヘンリックの顔が一瞬だけ強張った。


 落下したノコギリの横腹を思い切り蹴り飛ばすクラルテ。殺人ブーメランみたいな勢いでノコギリがヘンリックの首筋目掛けて飛んでいくが、彼はそれを首を傾ける事で回避。さも当然のように事なきを得る。


 が、しかし。


 その一瞬、その一瞬だけ注意を逸らせればクラルテ的には良かったのだろう。


 どすっ、とヘンリックの足元に投げ捨てられる重そうな物体。


 クラルテが背中に背負っていた、回転ノコギリを動かすためのガソリンエンジンだった。


 得物が破壊された以上、重いバックパックはもはや不要。むしろ可燃性の燃料を満載しているのだからそれを攻撃手段として用いる事に何の疑問があるというのか。


 バックパックから香るガソリンの臭いで、ヘンリックもそれで何をするつもりなのかを悟ったらしい。


 クラルテに遅れる形で飛び退こうとするが、一歩遅かった。


「―――舐めんなよクソ野郎」


 彼女が何を狙っているのか。俺に何を求めているのか。


 そんなもの、分かるに決まっている。


 彼女は俺にとっての”特別な存在”なのだから。


 俺の巫女なのだから。


 レティクルを重ね、引き金を引いた。


 .50ベオウルフ弾がまっすぐに飛翔、クラルテの投げ捨てたバックパックを正確に撃ち抜いた。武器に動力を供給するためとはいえ、元はガソリンエンジンである。この距離からであれば十分に貫通は見込めるし、ガソリンが満載されているタンクに弾丸が飛び込めばいったいどうなるか。


 直後、ヘンリックの身体が爆風に包まれた。


 ガソリンエンジンを撃ち抜いた.50ベオウルフ弾によって、タンク内のガソリンが一気に燃焼したのだ。僅かな開口部という開口部から光が芽吹いたのも一瞬で、それはあっという間に火球へと変貌せしめた。


 せめて一矢……どうだ、報いてやったぞ。


「クラルテ、怪我は?」


 呼吸を整えながら銃を構えて尋ねると、クラルテは淡々と「問題ありません」と返してくる。やはり戦闘中で調律もフル稼働してるからなのだろう、彼女の声は素っ気なく聞こえた。


 でもまあ、怪我がないならそれでいい。


 ところでヴォイテクはまだか? 俺たちだけでヘンリックを倒すのは無理なのだから、早いとこ合流して


























 ごう、と空気の流れが変わった。

























 ぶわっ、と爆炎が舞う。


 何事か、と思った俺のすぐ目の前に、拳があった。











 あっ、これ俺死ん



















 








 ぐしゃあっ、と肉が潰れるような音。


 あまりにもの激しい衝撃に、脳が激しく揺さぶられる。


 脳に強い衝撃が走ると深刻な影響が生じるというのは本当の事だ。今の俺にしたって、一瞬ばかりだが自分がこんなところで何をしているのか、そもそもここはどこなのか、俺は誰なのか。今まで当たり前のように意識していた思考が全てリセットされたかのように真っ白になり、何も考えられなくなる。


 目がチカチカして、まるで星空を見上げているかのよう。あるいは蛍だろうか……そういや転生前、ガキの頃は地元の近所の川によく蛍を見に行ったっけな、と思い出す。母さんが小さい頃はもっとたくさん居たんだよ、って言われてびっくりした。俺たちが見に行った時はほんの少ししか居なかったから。


 東京から実家に帰省した日の夜も、玄関の前まで1匹だけ蛍がやってきたっけな……。


 そんな事が、今に限ってはどうでもいい事ばかりが思い出される。


 まさかこれ走馬灯か、と思っていたところに容赦のない二度目の衝撃が走った。


 視界が上下左右に激しく揺れる。平衡感覚という概念が消え失せて、どっちが天井でどっちが地面なのか分からなくなる。やがて肩を擦り剥くような衝撃と痛みが答えを教えてくれた。俺は殴り飛ばされていて、今になってやっと地面に叩きつけられたのだと。


「ガフッ」


 左の頬が腫れ、食い縛った歯の向こうから血が溢れてくる。ぼたぼたと目の前の地面に真っ赤な染みが出来た。


 立ち上がろうとするが、身体が思った通りに動いてくれない。力を込めようとしてもまるでどこかから漏れ出ているかのように、力が抜けていく。無理に力を入れれば腕がブルブル震えてしまい、立ち上がる事も出来ない。


 相変わらず視界にはホタル見たいな極彩色の光が……ああクソ、綺麗だな……令和の夏は蛍見れるのかな、と思いながらも、こっちにゆっくりと歩いてくるヘンリックにターシャリのグロック29を引き抜いた。


 パン、パン、と最後の抵抗を試みる。ただ座して死を待つよりはせめて、という心理だ。勝てるとは思っていないし、弾丸のうちの1発が運よくヘンリックを直撃するなんて思ってもいない。案の定、ヘンリックは弾丸を躱すなり拳で叩き落すなりして、ゆっくりとこっちに近付いてくる。


 視線をちらりと奥へ向けた。


 コアに設置されていた爆弾はもう、ない。


 俺とクラルテが戦っている間にコアに肉薄したロザリーが全部解除してしまったのだ。彼女は今、大量の爆弾をダンプポーチに収め、俺を援護しようと鬼の形相でヘンリックの背後から襲い掛かろうとしている。


 ガギ、とグロック29のスライドが後退したまま動かなくなった。弾切れだ。


「……ハッ」


「ガキにしちゃあ肝が据わってやがるな」


 残念だ、と吐き捨てるように言いながら、ヘンリックは腰のホルスターに手を伸ばした。革で作ったと思われる粗雑なホルスターの中から出てきたのは、狩猟用の水平二連式散弾銃を切り詰めたソードオフ・ショットガン。


「もうちょい強くなっててくれりゃあ、こんなに退屈しなくて済んだのによ」


「……一つ、聞いて良いか?」


「あ?」


 ふう、と息を吐いた。


 さっきからずっと、疑問に思っていた事だ。こうして向こうからこっちにやってきてくれたもんだから、今になってその疑問が確信へと変わりつつあった。















「―――お(・)前(・)、俺(・)の(・)何(・)だ(・)?」
















「……」


「お互いイヌ科の獣人なら……分かるだろ、同(・)じ(・)匂(・)い(・)が(・)す(・)る(・)事(・)く(・)ら(・)い(・)」


 イヌ科の獣人は、イヌ科に属する動物がそうであるように嗅覚が特に鋭い。だから視覚的情報以外にも、匂いで個人を判別する事だって造作もないのだ。


 戦闘中、ヘンリックから微かに漂ってきた匂い。


 それはまるで、俺の匂いそのままのような……。


「言われてみりゃあ、そうだな」





「ヘンリック……アンタまさか、俺の」





 認めたくない事実。


 しかしそれを確定させてはならない、とでもいうかのように、後方から飛来した1発の7.62×39㎜弾がヘンリックの持つソードオフ・ショットガンを打ち据えていた。ガギィンッ、と硬質な音が響き渡り、全く察知できないレベルで殺気を消していた男からの襲撃にヘンリックが飛び退く。


「よお、旦那。ウチの新人に手ェ出すのは勘弁してくれるかな?」


「……ハッ。久しいなぁ、ヴォイテク軍曹殿?」


 いつの間にか、俺たちがやってきたコアへの入り口にはヴォイテクがいた。その手にはM-LOKハンドガードで現代風に近代化改修したポーランドのアサルトライフル『ベリルM762』が握られており、ホロサイトを覗き込む眼光はこれ以上ないほど鋭かった。


 いつもの頼れる兄貴というよりは、まるで天地戦争当時の彼が戻ってきたような……。


「”ワルハワの魔獣”とこんなところでやり合えるとはなァ……待ってたんだ、アンタみたいな強い奴と戦えるのを」


「……屑野郎の道楽に付き合う義理は無ェ」


 ドン、と空気が震えたような気がした。


 それはヴォイテクが、今まで秘めていた殺気。


 天地戦争という地獄を生き延びた彼の、もう1つの”顔”であった。









「お前をぶち殺して、全部終わらせてやるよ」











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― 新着の感想 ―
確かにラウル君達じゃ一矢報いても長持ちしませんね…確かに天地戦争の時に悪魔だの地獄だの言われただけあります。普通はガソリン数十リットルが気化爆発したら無事な生き物なんているはずないんですが…20ミリ機…
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