”英雄”との邂逅
どうでもいい話
ラウル君の薄い本の売り上げの2割はエルマータ孤児院に振り込まれており、孤児院では一日三食が当たり前になったという。今日も彼女の弟妹達はラウ姉の薄い本で稼いだお金ですくすくと育っている。
残弾数は身体で覚える事。
射撃訓練の際、ヴォイテクに教わった事の1つだ。弾切れになってから慌てて再装填するよりも、頭でしっかりと弾数を数えて弾切れする方が心理的な影響も、そして隙もずっと小さいのだ。
一般的なアサルトライフルの弾数は30発、時々それ以上。
普段はマガジンの一番下に装填する最後の1発を曳光弾にする、というテクニックを実践している。ヴォイテクが教えてくれたことで、これで最後の1発を発射したという事を視覚的に確認できるのだ(実際のロシア軍がよくやっているテクニックである)。
でも今回はそうはいかなかった。.50ベオウルフ弾である。5.56㎜弾とか5.45㎜弾とか5.8㎜弾みたいな軍用小銃の弾薬ではないし、曳光弾を用意する時間的余裕も無かった。だから残弾の管理には特に気を使わなければならない。
そういうわけで頭の中の残弾のカウントが0になった。いつもの癖で薬室の中を目視確認、案の定真鍮製の薬莢に覆われたでっけえ弾丸が見当たらなかったのでSTANAGマガジンの交換を瞬時に決断……というより、脳からの命令を待たずに身体が動いていた。
毎日毎日繰り返す、戦闘という極限状況下でのルーティーン。マガジンリリースボタンを押しながら銃を振って遠心力でSTANAGマガジンを振り落とし、マグポーチから引っ張り出したSTANAGマガジンを正確に差し込む。
この最中、裏返った猿叫と共に突っ込んできた薩摩出身と思われる浪人が突っ込んできて、右斜め上から刀を振り下ろしてきた。ごう、と空気が引き裂かれるような力強い一撃。まともに受けたら死ねるな、と他人事のように考えながら身体を逸らし、紙一重で回避した。
眉間の僅か数ミリ先を刀の切っ先が擦過。ピッ、と皮膚の表面が薄く切れたような鋭い痛みを感じつつも、バンッ、とボルトリリースレバーを左手の掌で叩いて初弾を装填、薬室を閉鎖。
浪人の心臓に対戦車ライフルみたいなマズルブレーキが押し付けられたのと、そこから飛び出した一発の弾丸が胸骨もろとも心臓をぶち抜き、人体に冒涜的な大穴を穿ったのは同時だった。
力が抜けた浪人の頭を蹴り飛ばして身を屈め、後続の兵士が放った弾丸を回避。そして入れ違いになるようにクロエが前へと大きく踏み込んで、姿勢を低くしながら踏み込む勢いを乗せた鋭い刺突を放つ。
とはいえ相手も剣術の使い手、白兵戦には自信があったのだろう。あろう事か刀の横腹でクロエの鋭い刺突を受け止めたのを見た時などは嘘だろと思ったが、しかし我らが王子様ことクロエ・クロワール氏の刺突の一撃はその想像の遥か上を行っていた。
ずごん、と受け止めた刀がそのまま勢いよく押し込まれるや、相手の浪人の眉間に刀の横腹が深々とめり込んでしまったのである。ああ、ありゃあ頭蓋骨逝ったなと悟った頃には、浪人はぐるりと白目を剥いて崩れ落ちていった。
恐ろしい威力の刺突を見せつけられつつも前に出る。武器をMARS-Lからグロック40カービンに持ち替えて、手数と10㎜オート弾のまずまずの威力に物を言わせてとにかく撃ちまくる。
グロックの良いところは純正・サードパーティー製問わずにカスタムパーツが豊富なところだ。色んなパーツが存在し、ハンドガン定番のサプレッサーとかコンペンセイターとかロングマガジンの他にも、キットに組み込む事でピストルカービン化してしまうものも存在する。
そういうわけで、このグロック40もだいぶ弄ってあった。伸縮式のストックと予備のマガジンを差しておけるフラッシュマグ。そしてトドメにクリス・ヴェクターの10㎜オート弾仕様で用いる25発入りのマガジンを使用している(グロックとマガジンを共用できる銃は意外と多い。逆もまた然り)。
そのせいでシルエットはピストルカービンというよりはSMGだ。まあ、フルオート射撃ができない分瞬間火力では劣ってしまうが、サイドアームに求めるのは弾を一気に食い尽くしてしまうようなフルオート射撃ではない。メインアームのバックアップとして確実に動作する事、弾数に余裕がある事、そしてまずまずの威力を持っている事である。
魔物と対人戦、双方に一定の効果が見込める事から10㎜オート弾を選定したが、その決断は間違ってはいなかったらしい。
インフェルノの構成員なのだろう、でっかいメイスを肩に担ぎながら岩陰から飛び出してきたのはツキノワグマの第一世代型獣人だった。軍服のズボンのタンクトップという、トレーニング中の軍人みたいなラフな格好ではあったがそんな事はどうでもいい。コイツが軍人崩れだろうが冒険者崩れだろうが、やろうとしている事は大虐殺であり絶対悪、コイツもまた「死んでいい命」の持ち主なのだから。
メイスを振り下ろされる前にグロックを構え、眉間に3発くらいまとめて叩き込んだ。ドカドカドカ、と.50ベオウルフ弾と比べるとだいぶ軽快な(※比較対象がおかしいが10㎜オート弾もだいぶパワーのある拳銃弾である)銃声を響かせて、3発の弾丸が相手にめり込む。
しかしよっぽど丈夫な頭蓋を持っているらしい。頭を揺らしながらもツキノワグマの獣人は呻き声と共にメイスを振り下ろしてくる。
ラウル君は愛国者なので右へとジャンプして直撃を回避。衝撃波に煽られながらも体勢を立て直し銃口を向けるが、追撃の必要はなかった。
後方から飛来した一発の.50ベオウルフ弾が、ビリヤードさながらにさっき俺が撃ちこんだ10㎜オート弾の傷口へとめり込んだ。後方から大口径の弾丸に押され、頭蓋で止められていた10㎜オート弾が脳まで突き抜ける。
フルールの狙撃だった。
ACOGスコープを覗き込みながら援護してくれたのであろうフルールに親指を立てて感謝の意を示しながら、10㎜オート弾を軽率にばら撒いて前へ前へと突き進み、前線を押し上げる。
この奥だ。鍾乳洞の奥から確かに重力場の発生源を、そして威圧感を感じる。
まるで古今東西、ありとあらゆる「戦争」の狂気を塗り固めてヒトの器に押し込めたかのような、そんな狂気に満ちた気配。同じ人間というよりは怨霊だとか、この世のものとは思えないナニカとも言うべきだろう。
―――これが”天地戦争の英雄”の気配なのか?
こんなおどろおどろしいものが?
そんな馬鹿な事があってたまるか。いつぞやのカシスオレンジ(ごめんマジで名前なんだっけ)の方がチワワくらいマシに見える。
左右から銃剣を装着した小銃を手に浪人たちが飛び出してくる。右側の浪人の眉間に10㎜オート弾をデリバリー(※クーリングオフ不可)してから身体を捻り左側の相手に……と思った頃には、既に左側から突っ込んで来ようとした浪人の上顎から上が粉微塵に吹き飛んでいるところだった。
「行け、ラウル!」
ドカンドカン、と.50ベオウルフ弾仕様のMARS-Lをぶっ放し、浪人やインフェルノ構成員の肉体を粉砕しながらユリウス兄貴が叫んだ。
再装填のタイミングでクロエも前に出る。レイピアを縦横無尽に振るって浪人を両断、黒い剣身には返り血一つついていない。
「ここはボクたちが!」
「……頼んだ」
行こう、とクラルテとロザリーの2人に目配せして、最奥へと突き進んだ。
蟲島のコアはもうすぐそこだ。という事は、ヘンリックもそこにいるはずなのだ。
ヴォイテクからは「ヘンリックと出会っても戦うな」と言われているし、俺もその命令に納得しているが……しかし状況が状況である。仮に勝てなくとも時間稼ぎくらいはできるはずだ。ヴォイテクだって現場に向かっているのだろうから。
せめてそれまでは立派に時間を稼いで見せよう。
―――やがて、鍾乳洞が唐突に広くなった。
「……これが」
ぼんやりとした紅い光を放つ、地中から隆起した巨大な結晶体。
目測ではあるのだが、その高さは少なくとも50mはあった。まるで教会の礼拝堂に据え付けられている巨大なパイプオルガンのような、荘厳な雰囲気を放つ巨大な結晶。あれこそが浮遊大陸を空に浮かせている代物―――遥か彼方、外宇宙から贈り物たる『賢者の石』である。
身体がふわりと浮き上がるような身軽さを感じながらも、俺はMARS-Lの銃口を前へと向けた。
巨大な結晶体に爆弾らしきものを設置している大きな背中が、ホロサイトの向こう側に見えていた。
よほど楽しいのだろう、鼻歌を口ずさみながらも傍らの袋の中からアナログなタイマーがついたダイナマイトじみた爆薬を取り出しては、賢者の石の根元にペタペタと貼り付けていく大きな背中。
「お」
ぴょこ、と狼のケモミミが動いた。
ゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向くハイイロオオカミの第一世代型獣人。
体格は筋骨隆々、ボディビルダーとか格闘技の重量級チャンピオンとか、アクション映画の主演男優みたいな体格をした巨漢だった。身に纏っているのは随分とボロボロになった旧い軍服である。戦時中の統一獣人戦線のものらしいが、しかしそれは過酷な戦いの中で酷使され続けた結果擦り切れに擦り切れ、今ではただのぼろきれのようになってしまっている。
裾や袖口が同じくボロボロになった上着をマントのように羽織っている事もあって、まるであの忌むべき100年戦争―――天地戦争の亡霊のよう。
あれが英雄の姿だなどと、到底信じたくはなかった。
右眼に眼帯をした顔がゆっくりとこっちを向く。
「動くな。その爆弾を解除して跪け。両手を頭の後ろに」
竜人語が通じればいいのだが……いや、それ以前に話しの通じる相手であればいいな、と淡い期待を抱いていた。もちろんこれも時間稼ぎだし、今このアングルで発砲してその流れ弾が爆薬に命中してしまったら大惨事になる。
クラルテとロザリーも左右に散開、3方向から相手に射撃を浴びせかけられるような位置につく。
「……聞こえないのか!?」
『What is it? Where are you from? You’ve got a Spanish accent, don’t you? Do you have roots in South Ameria?(何だ? 何人だお前。スパーニャ訛りがあるな? 南米にルーツがあるのか?)』
帰ってきた言葉はイーランド語だった。こっちの世界における英語に相当する言語だが、目の前の獣人男性―――ヘンリック・アンデルセンの話すイーランド語には確かに拭いきれない北欧訛りがある。
一発、威嚇のつもりで奴の足元を撃った。ドカン、と.50ベオウルフ弾がヘンリックの足元に着弾する。もう少し右にズレていれば足の指の一本でも吹き飛んでいる筈なのだが、しかしヘンリックは眉一つ動かさない。あ、撃たれた、程度の認識なのだろうか。それともこの敵意すら児戯にしか感じていないのだろうか?
「……やめとけガキ。この言葉ならお前でも理解できるだろ」
呆れたような口調で、ヘンリックは竜人語で返答してきた。
「戦争は大好きだ。個人の闘争も然り……だがお前はその、なんだ。心意気だけは良いがまだ俺と戦えるレベルじゃねえ」
今度はこっちが眉一つ動かさず、ヘンリックに銃口を向け続ける番だった。
分かっている―――そんな事は百も承知だ。
実際に対峙してよく分かった、痛いほどよく分かった。ヴォイテクの言っていた意味が。『上には上がいる』という言葉の真理が。
転生前、空手をやっていた頃の話だ。よく漫画とかで『コイツの間合いに入ったらやられる』という直感が描写されるシーンがあると思うが、空手を習っていた際に一度だけ、それをガチで経験した事がある。あれは確か他の道場との合同合宿の時だったか。相手の道場の先輩と組手をやらせてもらった際に、当時まだ高校生ではあったが確かに感じた感覚だった。
それと同じ感覚が今、確かにしている。
そして俺たちは今、まさにヘンリックの間合いに入ってしまっている。
この予感が正しければ、ヘンリックはその気になりさえすれば俺たち3人をすぐにでも殺せるのだ。なのにそうしないのは、彼の言う通り「まだ戦えるレベルではない」からなのだろう。戦いは好きだが実力差があり過ぎて戦うのもめんどくさい、という事だ。
それほどの実力差が、俺たちの間には存在する。
序列19位に急上昇したし、俺も中堅層や上位の仲間入り……そう思っていた。驕りはなかった、と言ったらウソになる。
しかし、それでも。
『―――ヘンリックに出会ったら戦うな。逃げろ』
……それでも!
ここでおめおめと背を向けて、逃げ帰るわけにはいかない。
俺たちの背後には京都に住む人々の命があって、そしてその大事件を起こそうとしている張本人が目の前にいるのだ。
たとえ勝負にならなくとも、時間を稼ぐ事は出来る。足掻く事は出来るのだ。
腹を括った。
遥か上の存在―――それはちっぽけな羽虫が、恐竜に挑むようなものなのだろう。
その愚かさを承知の上で、俺は引き金を引いた。
『ノイズを消し去ってクリアな人生を』
『苦しまなくていい、優しい世界はもうすぐそこに』
『調律を受けましょう ~協商連合はこの活動を推進しています~』
アルカディアで放送中の調律治療のCMより




