蟲島突入
人間同士の殺し合いほど、非生産的な事はないだろう。
人間が生まれて、自立できるようになるまでにかかる養育費はいったいいくらになるか考えた事はあるだろうか? 小学校、中学校、高校、大学……それらに加えて毎日の食費やら光熱費やら。まあ、それはこっちの世界と比較して人権とやらが貴ばれ、義務教育とか個人の権利だとか、憲法で手厚く守られた日本国民を一人前の大人にするためにかかるコストだ。
ヒトの命が比較的軽く、前世と比べてカジュアルに人が死ぬこっちの世界ではもう少し安上がりなのだろうが……それはさておき。
生まれてから大人になるまでかけたコストが、一瞬で無に帰す。そんな浪費が繰り広げられるのが凝り試合であり、その連なりを人間は戦争と呼ぶ。
無論、そういうコストの面以外で見ても得られる事などはないだろう。いくら戦争で領土を獲得できたとしても、それを得るまでに失った人名と比べるとどっちが重いかは一目瞭然である筈だ。それ以外の回答があってはならないのだ。人間社会とは本来そういうカタチであるべきだ。
だから半壊した蟲島奉行所に突入し、瓦礫に押し潰されたり身体中に破片が突き刺さって事切れている同心たちの亡骸を見た時、国が変わってもヒトは変わらないのだと軽く絶望したし、真面目に職務に励んでいたのであろう彼らの死を悼む気持ちもあった。
こんな性格だから誤解もされるだろうが、何度でも述べよう。「俺は戦争が嫌いだ」。
暴力は好きだ。調子に乗っている奴を思い切り殴りつけ、屈服させてやった瞬間など興奮すら覚える。だがそんな俺でも越えてはならない一線くらいは弁えていて、それが無益な殺しであると全細胞で理解している。
殺し合いに生きる実感を見出す相手とは、まあ一生話が合わないだろう。
目を見開いたまま絶命している同心の目をそっと閉じさせてやり、軽く手を合わせた。願わくば彼が三途の川の向こう側で、安らかに眠っている事を願いたい。
グロック40カービンを構えたのと、崩落しかけた部屋の向こう側から何やら物品を漁る音が聴こえてきたのは同時だった。誰かいる、と仲間たちに目配せするなり戦闘態勢に入る。
足音を立てないよう、気配を殺して先へと進んだ。部屋の中を覗き込んでみるとそこには薄汚れた着物姿の背中があった。背中には古びたボルトアクション式小銃を背負っていて、腰には太刀が提げられている。
突入後の白兵戦で仕留めた相手なのだろう、眉間に銃弾を撃ち込まれて動かなくなっている死体の懐を漁っては自分の懐へと収めているようだった。
―――死体漁りとは感心しないな。
武士の風上にも置けない奴。
俺がやる、とグロック40カービンをスリングに預け、バックパックからそっと金属釘バットを取り出した。床に踵をつけないよう抜き足差し足忍び足。”戦利品”の獲得に夢中だった浪人は背後から迫るキュートな狼獣人男の娘の存在についに気付く事は無かった。
幸せな奴だな、と軽蔑を含んだ冷笑を浮かべ、とんとん、と彼の肩を叩く。
「んだよ―――」
振り向いたのと、チェーンを巻きボルトを取りつけたアルミ製の金属バットが彼の頬を横合いから思い切り殴打したのは同時だった。めり、と金属バットが左の頬にめり込んで、黄ばんだ歯が口から何本か抜けて飛び出す。顔の左半分の骨が砕けて首の骨が捻じれ、浪人はそれ以上何も言わずに崩れ落ちた。
野球部の人ごめんな、と思いつつ金属バットで記念すべき1キル。得物を背中に戻して仲間たちに「獲物は仕留めた」とハンドサインを送る。
奉行所の中は酷い有様だった。
せめて誰か、1人でも生きていてくれればとは思ったが……尊王攘夷派の連中と、彼らを扇動していると思われるインフェルノは血も涙も無い連中のようだ。どうやら奉行所に駐留していた関係者を皆殺しにしたらしい。
中央指令室、と記載された部屋の中をクリアリングしようとしたその時だった。
ドォンッ、と腹の底を揺るがす砲声。
ぎょっとしながらも息を殺し、中央指令室へと踏み込んだ。案の定、中には数名の浪人がいて、俺たちがそうであるように今の爆音に驚いているところだった。
しかし目の前の敵に対応するか、それとも意識を外側に割くかの判断が見事に生死の分かれ目となったようだ。浪人がこっちに気付いて刀の柄に手をかけた頃にはサプレッサー付きのグロック40カービンが「バシン!」と空気の弾けるような銃声を発して、無粋な浪人の眉間へ10㎜オート弾のデリバリーを完遂してしまう(当然クーリングオフ不可である)。
なんだ貴様ら、という他の浪人の言葉も最後までは続かなかった。グロック40にメインアームのゲパードGM6”リンクス”という両極端な武装構成、そのバックアップとして持ってきたのであろうクラルテのMP5/10(※10㎜オート弾仕様のMP5)が火を噴くなり、高精度の10㎜弾が浪人の眉間をぶち抜いて、奉行所の壁に新しい血痕を描くに至る。
立て続けに2人を排除され、残る1人が怯えながらも拳銃へと手を伸ばす。しかし薄汚れ、まともなメンテナンスもされていないであろう粗悪なそれが火を噴くよりも早く、疾風の如く踏み込んだクロエの大型レイピアが浪人の喉笛を穿つ。
喉元から脊髄までを正確に射抜く鋭利極まりない刺突。あの浪人は、自分の身に何があったのかすら知覚できずにこの世を去ったに違いない。
ずるり、と崩れ落ちる浪人。室内に敵がいない事を確認してやっと、俺たちは意識を奉行所の外へと向けた。
いつの間にか、奉行所の上空で砲戦が始まっていた。釜石でも目にした倭国の飛行貨物船に武装を後付けしたと思われる空中艦が、果敢にも5隻のソーキル級へと突撃しながら砲撃しているのだ。
しかし民間の貨物船に武装を後付けしただけの粗悪な戦闘艦に対し、相手は設計の優秀なイライナの空中艦をベースに協商連合が最新技術の粋を集めて近代化改修した最新鋭ワークホースたちである。
案の定、ソーキル艦隊に命中弾を出すよりも先に武装貨物船から火の手が上がった。大きく下面に向け広がるように配置された肋骨のようなフレーム。人体に例えるならば背骨に相当する部位に20.3㎝砲の砲弾が命中してしまったようで、肋骨型のフレームが剥離しながら火達磨になっていく。
やがて第二、第三の砲弾が命中し、武装貨物船は燃え盛りながら小さな爆発を繰り返して、空中でバラバラになっていった。
破片に混じってパラシュートで脱出したと思われる乗員の姿は確認できた。運の良い野郎だ、と視線を外そうとしたまさにその時、どこからか高速で飛来した”何か”がパラシュートで降下中だった乗員に襲い掛かったのを見てしまい、思わず目を見開く。
特徴的な細い体と4枚の羽、緑色の複眼。外殻は黒と黄色の縞模様、「俺は危険だぞ」と言わんばかりの自然界における警告色。それは紛れもなく恐るべき肉食昆虫で、あのオオスズメバチですら恐るべき相手と認識する昆虫界の捕食者であった。
そう、巨大な『オニヤンマ』である。
子供の頃、庭とか学校の校庭で見つけては虫かごに捕まえて飼育していた身近な昆虫。それがよもや異世界の地で、空から襲い掛かって人間を容易く食い殺してしまう恐るべき捕食者になってしまうなどいったい誰が考えただろうか。
口元に血と千切れた臓物の一部をべっとりと塗りたくったオニヤンマが急停止、戦闘ヘリもびっくりなホバリングで上空のソーキル艦隊へと目を向けるや、高度を上げて全長190mの空中巡洋艦隊へと向かっていく。
が、その牙が黒い装甲を穿つ事は無かった。
射程距離へと入るよりも遥か手前で、右舷に4門搭載されたオートメラーラ製の76㎜速射砲が火を噴き始めたのである。護衛艦の主砲としても採用された事のあるそれがポンポンと面白いくらいの勢いで砲弾を吐き出すと、巨大オニヤンマの巨体はたちまち抉れたように吹き飛んだ。堅い外殻の破片や肉片を撒き散らしながら、真っ二つになったオニヤンマの亡骸が蟲島から琵琶湖目掛けて落下していく。
「ソーキル、ソーキル、大丈夫か?」
《こちらソーキル、損害無し。それよりスマン、止むを得ず敵艦を撃沈したんだが……蟲たちを刺激してしまったようだ》
「……だろうな」
虫かごの中の臭い、と表現するべきだろうか。
腐葉土の臭いと、昆虫特有のやや刺激のある独特な臭い。それが風上から風に乗ってこっちに流れてくるのがはっきりと分かった。
武器をグロック40カービンから無言でMARS-Lに持ち替える。他の仲間たちも空気の流れや殺気にも似た威圧感で異常事態を察知したようで、武器を対人用の得物から対巨大昆虫用の得物へと持ち替える。
「敵襲、敵襲!」
「くそ、いったい何がどうなって―――」
怪談の上からどたどたと駆け下りてくる足音。浪人たちなのだろう―――まともな戦闘経験を受けていないようで、そもそも俺たちが奉行所にやってきた事にすら気付いていないらしい。
浪人は藩や幕府に属さない武士であるというが、彼らはいったいどこで生まれてどういう生き方をしてきたのだろうか。まあ、天下泰平の世では飽き足らず政権転覆を目論んでいる時点で社会から見ればまごう事なき癌細胞、テロリスト、”死んでいい命”である事に変わりはない。
ドカン、とユリウスのMARS-Lが吼えた。
アッパーレシーバーとバレルを.50ベオウルフ弾専用のものに換装したそれが、対人相手には過剰ともいえる威力の.50ベオウルフ弾を吐き出す。ホロサイトのレティクルを重ねられた浪人は哀れな事に、その首に死神の鎌をかけられたにも等しい状態であった。
瞬間、浪人の上顎から上が吹き飛んだ。まるで爆竹を内部に埋め込まれたトマトのように、飛んできた大質量の弾薬と運動エネルギーの暴力に耐えかねた頭蓋が一気に吹き飛ぶ。
アニメとかでは首から上が吹っ飛ぶと血が噴き出す描写をされがちだが、こういう殺し合いに身を置いている者として言わせてもらうとそれは明確に誤りだ。『人間の身体の内側は思いのほかピンク色をしている』。
というわけで、砕けたプリンみたいな質感のピンクの肉片が壁に飛び散った。仲間の無残な死にざまに、浪人の片割れが言葉を失って立ち尽くす。しかし俺たちの姿を認めるなり我に返ったようで、声を裏返させながら刀を抜いた。
「おのれ何奴―――」
ブブブ、という低い羽音が一気に近付いてくる。
視界の端にオレンジと黒の縞模様が一瞬映ったと思った直後には、どちゅ、と肉に鋭利な何かがぶっ刺さるような音がして、浪人が苦悶の表情を浮かべていた。
腹に、騎兵槍のようなサイズの巨大な毒針が突き刺さっていたのだ。
鉤爪でがっちりと身体を押さえつけながら毒針を突き立てているのは、外ならぬオレンジと黒の縞模様で染まった外殻の持ち主。自然界の警告色、圧倒的捕食者として知られる巨大スズメバチだった。
「が……ぁ、ぁ……っ!」
ぎちぎち、と擦れるような音を発しながら、鋭利な口器が開閉を繰り返しながら浪人の頭に迫る。口の中からはどろりとした唾液が滴り落ちていた。
咄嗟にMARS-Lを構え、巨大スズメバチの尻を撃ち抜いた。丸みを帯びた外殻が吹き飛んで、中からクリームパンの中身みたいなどろりとした体液や臓物が溢れ出る。
如何にキチン質の、そしておそらく蟲島特有の環境で発達したと思われる外殻でも、10m足らずの距離で放たれた.50ベオウルフ弾には耐えられなかったらしい。障子同然に腹を喰い破られる巨大スズメバチ。人間でいう下半身を吹き飛ばされてもなお、その口器はギチギチ開閉していたし、触角はビクビクと動き続けていた。
頭にももう一発ぶち込んでトドメを刺し、浪人へと駆け寄った。
あんな太い針で腹を刺されたのだ。痛い、なんてものではないだろう。当然毒はあるだろうが、それ以前に針に刺された物理的な外傷が致命傷となりかねない。
案の定、浪人は口から血を吐き身体をブルブルと震わせて死にかけていた。傷口は出血を続けながら大きく腫れ上がり、それを起点にして全身に蕁麻疹が広がっている。あの巨大な針だけでも簡単に死ねるというのに、キッチリと毒がある辺り殺意の高さが窺い知れるというものだ。
視線を奉行所の外に向けた。
先ほどと同様の羽音が急速に近付いている。奉行所の庭をうろついていた浪人たちがその威容に脅え、銃撃するか背を向けて逃げるというスズメバチの本能を刺激するような行動をとっているせいで、オオスズメバチの群れはそっちに向かっていった。
クラルテやロザリーたちに外を警戒してもらいつつ、そっと跪いて浪人に問いかける。
「―――お前たちの頭はどこだ、どこにいる?」
言ったら助けてやる、とエリクサーをちらつかせると、浪人は口から血を吐きながら声を絞り出した。
「し、島の……核……京の都……を……………」
目から光が消え、力が抜ける。
ありがとよ……と短く礼を述べ、そっと目を閉じさせた。
ヘンリックの野郎……なるほど、とんでもない事をしでかそうとしているようだ。
今、この蟲島は琵琶湖の上空へと到達している。
―――京都はもう、目と鼻の先だ。




