蟲島急行
どうでもいい話
ミカエル君の毛玉を3億円で落札したのはクラリスだったらしい。
「幕府から協商連合本部を通じて正式な依頼があった」
艦橋の何もない空間に、蒼いブロックノイズと共に立体映像が投影され始める。何度かノイズで歪んだ後に構築されたそれは浮遊大陸だった。どこの浮遊大陸かは不明だったが、しかしこの状況で説明に出てくる浮遊大陸といったら1つしかない。
そう、「蟲島」である。
九州から関東までの区間を回遊する、倭国領に属する浮遊大陸。地上よりも軽い重力と軽度の高酸素環境により古来から巨大昆虫が生息している浮遊大陸で、そこから地上へと転落した巨大昆虫は「落ち蟲」と呼ばれ、大昔から地上に被害を出していた。
倭国からすればまさに空飛ぶ天災であり、しかしそうそう簡単に排除できない存在だったのだ―――物理的にも、政治的にもである。
「依頼内容は蟲島奉行所の生存者確認、並びに侵入者の排除。倭国側も即応部隊の派遣を急いでいるが、今一番速く現場に急行できるのは俺たちしかいない。事態は一刻を争う」
今、ソーキル率いる艦隊は最大戦速の670㎞/hで蟲島に急行している。今は高崎藩上空、現代の日本でいうところの群馬県高崎市上空で折り返しに入り、太平洋側へと徐々に逸れながら江戸や京都方面へと回遊を始めているところだという。
侵入した連中の目的は不明だが、ろくでもない目的なのは確かだ。蟲島の巨大昆虫を利用したテロなのか、それとも蟲島のコアを破壊して都市部にセルフ大陸落としをするのか。いずれにせよ、実行されれば倭国に甚大な被害が出る。
せっかく戦火を逃れ、震災からも復興したばかりの国なのだ。己の主張を訴えるために暴力を使う連中の好きにさせてなるものか。
「これより本艦隊は蟲島へと急行、奉行所の生存者捜索と侵入者の排除を行う。なお、本作戦は迅速な対応が求められる事から偵察なしでの突入となる。現地での臨機応変な対応が試されるだろう。しっかりと準備して臨むように」
もし仮に、この侵入者がテロレギオン『インフェルノ』であった場合。
おそらく、いや九分九厘。高確率で奴はいるのだろう。
天地戦争の英雄にしてこの世界の癌細胞、ヘンリック・アンデルセン。
もしそうならば―――俺が、俺たちがその野蛮極まる英雄譚に終止符を打つ。
「ラウル」
腕を組みながら作戦を説明していたヴォイテクが、低い声でこっちを呼んだ。
「……なんだよ」
「万が一、ヘンリックと遭遇した場合だが」
「ああ」
「今のお前じゃあ絶対に勝てない。大人しく逃げろ」
「―――」
やってみなきゃ分からないだろ、とは言わなかった。
一応、道理は弁えているつもりだ。自分の実力も、そして先人の忠告が何を意味しているのかも。
少なくとも近くしている範囲で二度、俺は人生というものを経験させてもらっている。何もかもが手探りだった一度目の人生の記憶が色濃く残っている身として言わせてもらうと、『先人の忠告ほど真面目に聞き入れなければならないものはない』という事だ。
相手がこっちを陥れようとしているならば話は別だが、信用できる相手からの忠告は忠実に守って然るべきであろう。ましてやそれが、地獄の天地戦争末期を生き延びメルキアの戦いからも生還した叩き上げの兵士で、現場でヘンリックを見ていたかもしれない男からの忠告であるというのならば尚更だ。
前世では本当によくあった事だ。「ああ、あの時あの人が言ってたのはこういう事だったのか」と。
親からの忠告でもそうだった。親が口を酸っぱくして忠告してきた事を無視して、いざ自分が窮地に陥った時になって初めて理解するのだ。ああ、あれはこうなるから忠告していたのか、と。言葉は軽く、されど痛みは重い。そして痛みに苦しむ頃には大概全てが手遅れなのだ。
だから言いたい事はあったが、それはそっと腹の奥底に押し込めた。歴戦の兵士が、序列2位の転生者が言っているのだからそうなのだろう、という道理で湧き上がる感情をねじ伏せる。
往々にして、感情とは獣のように振舞うものだ。だからこそ”理性”という檻が、枷が必要になってくる。そしてその獣を上手く飼い慣らす事が出来る人間は大概やり手だ。俺はどっちなんだろうな?
ともあれ、逆らう理由は無かった。
だから俺は、大人しく首を縦に振った。
まさかこのラウル・エルマータともあろう男がそんなにもすんなりと従うとは思ってもいなかったのだろう。ヴォイテクはちょっと驚いたように目を丸くしたが、すぐにさっきの調子へと戻っていった。
「遭遇したら、どうすればいい」
「俺を呼べ」
即答だった。
「この中で恐らく、俺だけが奴と互角に戦える」
派生型はクローンの多い銃を挙げろと言われたら真っ先に思い浮かぶのはAK-47である事に異論はないだろう。本国ロシアでの純正品から同盟国、同じく共産主義陣営でのコピーを含めたバリエーションの多さは数えきれないほどで、これにアメリカでのコンバージョンキットを組み込んだモデル、個人製作モデル、密造銃を含めると相当な規模になる。それこそAK-47をテーマとした博物館が2棟くらい建てられそうなくらいに。
しかし西側の資本主義陣営の代表格とも言えるAR系列の小銃もまた、(主にアメリカの法規制の穴を突いた事情もあって)多種多様な派生モデルやコンバージョンキットを生み出していると言っていい。
セミオート限定のAR-15、米軍に採用されたM16やM4系列、海を渡りドイツで改良されたHK416系列。
それだけならばAKと同じだが、ARの場合はここに銃器大国アメリカの「法規制」という概念が加わる事で、自由の国に恥じぬフリーダムっぷりを見せつけてくれる。
ARベースのボルトアクションライフルにレバーアクションライフル、挙句の果てにはマスケットよろしく前装式に変換されたモデルやコンバージョンキットまで。如何にAK-47といえどもここまでの変態的なラインナップは取り揃えていない。
だから機関部と銃身を組み替えるだけで使用弾薬を変えられるなど、そういったド変態モデルと比較するとまだまだ序の口。エロ本に対する保健体育の教科書、健全な部類なのだ。
さて、何でこんな話を始めたかというと、だ。それは今回の作戦で使用するメインアームが”そういう得物”だからである。
ドカン、と爆発したかのような銃声が響き渡る。試射していたクロエがゆっくりとこっちを振り向くなり、「反動がエレガントじゃないねぇ……」と呟いた。
彼女の手の中にあるのはMARS-Lの20インチモデル……なのだが、銃身がただ事ではない状態になっていた。
20インチの銃身が異様に太くなっているのである。おまけに銃口付近には箱型の、古めかしい対戦車ライフルじみたクソデカマズルブレーキが取り付けられており、明らかに人に向けて撃つものではないかのような異様さを醸し出しているのが見て取れる。
さて、アメリカの弾薬に【.50ベオウルフ弾】という狂気のような弾薬が存在する。
口径12.7㎜―――口径だけならばあのブローニングM2重機関銃や、バレットM82で使用される12.7㎜弾と同等の口径を誇る化け物じみた弾薬である。とはいえ装薬量は12.7㎜弾程ではなく、弾頭重量に対して装薬は少なめになっているのであんな遠距離狙撃はできないが。
圧倒的質量の大口径弾薬を至近距離で叩き込む事をコンセプトにした、ショットガンのスラグ弾のような弾薬という認識で良いだろう。
バレルとアッパーレシーバーを組み替えるだけで全く別の銃になるのだから、AR系列の小銃は本当に面白い。本質は人殺しの道具だが、なるほどこりゃあ良いオモチャである。
特に気に入っているのが5.56㎜弾用のSTANAGマガジンをそのまま流用できる事だ。12.7㎜という破格の口径を誇る銃弾だが、STANAGマガジンは5.56㎜弾をダブルカラムで収めるマガジンであるため意外と幅に余裕があり、.50ベオウルフ弾をそのまま装填する事が出来るのである。
とはいえダブルカラムのところにぶっとい弾薬を装填するわけだから必然的にシングルカラムになってしまい、30発用のSTANAGマガジンでは10発しか装填できなくなってしまうが。
おまけに純正品だとマガジンのスプリングが5.56㎜弾の使用を前提にしてあるため、.50ベオウルフ弾を10発フル装填してしまうとスプリングが弾薬を上手く押し上げられずに装填不良を起こす恐れがある。なので何発か抜いて装填するなどの対処法が必要になってくるのだが、弾数についてはこれ以上妥協したくなかったのでスプリングをもっと強烈な奴に取り換えておいた。
動作確認を兼ねて試し撃ちをしたのだが、まあ動作良好だ。これといった以上もなく、期待通りに動いてくれる。期待通りかつ当たり前に動作してくれる銃の何と頼もしい事か。
さて、何でこんな化け物じみた銃を今回のメインアームに据えたかというと、だ。
―――巨大昆虫との交戦も視野に入れているからである。
博多での巨大カマキリとの戦闘で判明した巨大昆虫の外殻の強度は、こちらの想定以上のものであった。
昆虫の外殻はいわゆるキチン質である。軽く堅牢だし巨大化した事でその質量も強度も上がっているだろうとは思ったが、銃弾ならば問題ないだろうと見込んでいた……だからこそ、10㎜オート弾を真っ向から弾かれた時は度肝を抜かれてしまったのである。
結論は、『最低でも7.62㎜弾の近距離射撃でなければ効果は見込めない』というものだ。5.56㎜弾でも関節などの脆弱部を狙えばいけない事はないだろうが、激しく動き回る相手の関節部だけを狙うなんて至難の業である。
理想は「想定している交戦距離において、どの部位を狙っても一定のダメージが見込める事」。そして尚且つ「各々が使い慣れているAR系の操作性を持つライフルである事」が条件として挙がったのだが、そんな特異な条件で真っ先にこの化け物が有力候補として躍り出てくるのはきっと何かのバグだと思いたい。
訓練で使ったSTANAGマガジンに.50ベオウルフ弾を押し込んだ。マガジンの底にあるスプリングを強力な奴に交換したせいなのだろう、なかなか弾丸が入っていかない。指が赤くなるまで力いっぱい押し込んで、やっとカチリと装填できたほどである。
弾数が少ないので、とにかく満タンに装填したSTANAGマガジンを大量に用意する。10個……まだ少ない、15個。予備にあと2個欲しい。
チェストリグやらマグポーチにそれを押し込んで、出撃準備を終えた。
サイドアームはカービン化したグロック40を、ターシャリとしてグロック29を用意しておく。グロック40に関しては巨大昆虫の関節を狙撃したり、後は敵対してくるであろう侵入者に対処する場合など、総じて.50ベオウルフ弾を節約したい場合に用いる事になる。それを見越してマガジンがクリス・ヴェクターの10㎜オート弾仕様で用いられる25発入りのロングマガジンを用意した。
近接武器はナイフとナックルダスター、それからこの前拾った金属バットに色々改造して作成した”金属釘バット”をスタンバイ。アルミ製のバットにドリルで穴を開けてネジを切りボルトを装着、あとはトドメにチェーンを巻いた野球部ブチギレ案件な鈍器である。
スワッタースワッター!
え、野球じゃないって? 野球って相手チームのキル数を競う競技じゃないのか(白目)
《蟲島上陸15分前。陸戦隊は格納庫へ》
「行こうか」
「ええ」
銃身を短縮した状態の対物ライフル『ゲパードGM6 ”リンクス”』を携え、クラルテも後をついてくる。
今回の作戦の異質さが、参加メンバーの携行している武器から見えてくる。普通の作戦ではまずこうはならないだろう……前世の世界の常識が通用しない異世界ゆえの風景だった。
《蟲島の重力圏に突入》
ソコロフのアナウンスを境に、身体が軽くなった感じがした。
無重力……というわけではないが、普段立っているだけで感じる両足や腰への負担が一気に和らいだような、そんな感じだ。装備の重量こそ気にならなくなったというレベルではないものの、それでも多少の重量増加は無視できる程度である。
加えて、呼吸がしやすい。
高度1500m。酸素マスクが必要な高度ではないが、それにしたって呼吸がしやすいのだ。酸素が細胞の1つ1つに行き渡っているようにすら思える。
蟲島の重力は0.8G、酸素濃度は25%。人間にとっては住みやすい環境だが、それは巨大昆虫たちにも同じ事が言える。加えてこの軽度の高酸素状態は火器の扱いにも気を付けなければならない。地上よりも火災が起きやすい環境だから、火炎瓶や焼夷弾、ドラゴンブレス弾といった熱や炎を用いた武器の扱いは厳禁だ。
無論、炎属性の魔術も。
《着陸した―――陸戦隊、降下開始》
艦尾のハッチが開き、強い風が流れ込んでくる。
上空1500mの地獄へと、俺たちはついに足を踏み入れた。
金属釘バット
ラウル君が自作した鈍器。たまたま手に入れたアルミ製のバットを暇つぶしに磨き上げ、ドリルで穴を開けてネジを切り、ボルトをはめ込んでチェーンを巻いたもの。本当は内部の空洞にコンクリートを流し込んで重くしたかったらしいがさすがに携行性が劣悪になるため泣く泣く断念したらしい。




