空からの侵略者たち
どうでもいい話
ラウル君はペイロードに余裕のない軽装の機体に乗せられると蕁麻疹が出る。
艦橋に駆け込んだ俺たちの目に飛び込んできたのは、我が目を疑いたくなるような光景だった。
艦橋の前方、天井に据え付けられた大型のモニター。
そこに映し出されているのは、オレンジと黒の縞模様に染まった外骨格で前進を覆われた昆虫たち―――無数のオオスズメバチがびっしりとしがみついた、ビルの姿だった。
ビルだけではない。
南部藩の城下町、盛岡―――街のいたるところを、巨大なスズメバチたちが飛び回っているのだ。
逃げ惑う人々と巨大スズメバチたちのサイズを比較してみるが、当然そのサイズは自然界ではありえないものだった。目測ではあるが、盛岡の街中で暴れ回っている巨大スズメバチたちの体長は概ね3~4mはある。
落ち蟲か、と一瞬ばかり思った。
しかし蟲島の回遊コースは九州から関東地方までだ。東北地方まで回遊してくる事はないし、倭国の記録にもそんな事例は存在しないのだという(だから被害が集中しがちな九州に巨大昆虫討伐専門の”蟲狩衆”が配備されている)。
街中はまさしく阿鼻叫喚だった。
奉行所から出動した同心たちや盛岡城の守備隊が銃剣付きのボルトアクション小銃を持ち出して応戦しているが……如何せん数が多すぎる。軽機関銃が必死に弾幕を張るが、迫りくる巨大スズメバチを殲滅するには至らない。
巨大な針で貫かれ、強靭な顎で噛み砕かれ―――平穏の只中にあった盛岡の街は、こうしている間にも蹂躙されつつあった。
「全艦に通達、航空隊発艦用意!」
艦橋内に漂っていた空気を、一喝するかのようなヴォイテクの声が吹き飛ばす。
「ラウル、いけるな?」
「あ、ああ」
「武装を積めるだけ積んですぐに出ろ。他の艦の航空隊を統率、砲撃と同時に攻撃を開始せよ」
「了解!」
―――気に入らない。
暴力は好きだ。理不尽に振舞っている奴をぶん殴ってやった瞬間の快感に勝るものはない。断言しても良い。
だが―――無抵抗の非戦闘員を嬲り殺しにするのは、どんな理由があれ気に食わない。
来た道を引き返すように全力で突っ走った。隔壁を潜り、タラップを滑り降りて、酸素マスクをひったくるように掴み取ってエアロックの中に飛び込んだ。
ソーキルの艦内は全てが与圧されているわけではない。格納庫といった区画は与圧されていないから、そう言った区画を往来する際には必ずエアロックで与圧や減圧を行わなければならないのだ。
酸素マスクを着用、隙間がない事を確認してから格納庫へと飛び出す。パイロットスーツに着替えている余裕もなかったので、パイロット用のヘルメットを掴み取ってそのまま制御室へと飛び込んだ。いつもは兵装の搭載はソコロフがここでやってくれるのだが、今の彼は艦の操縦で手いっぱいである。自分でやるしかない。
相手は巨大スズメバチの群れだ。となると爆弾は無用の長物、必然的にミサイルや機関砲が必須となってくる。
とにかくペイロードの許す限りサイドワインダーと、それから20㎜機関砲を搭載したガンポッドをガン積みした。武装を選択するなり稼働を始めたクレーンが天井を移動して、格納庫で出撃の時を待つ紺色のF-105Dに選択した武装を次々に搭載していく。
武装の搭載を待つのももどかしく、俺は武装搭載中の機体のコクピットにそのまま滑り込んだ。マニュアル通りにエンジンを始動、計器類をチェックして出撃準備を進めている間に、格納庫内の天井に出撃準備完了を告げる赤のランプが点灯する。
ガゴン、と音を立てて床が左右に開き始めた。眼下には盛岡市の郊外にある村落や町が見える。あの辺は矢巾の辺りかな、と元岩手県民の土地勘が目覚めつつあったところで、機体を吊るしていたクレーンがゆっくりと降下を始めた。
ソーキルの腹の中から、F-105が外へと晒される。
おそらくほとんどの空中艦がそうなのだろうが、ソーキルにはカタパルトやスキージャンプ甲板といった洒落た発艦補助設備はない。だから艦載機は推力を得た後、こうやって艦底部のハッチから投下され自力発進をしなければならないのだ。
手が微かに震えた。
ビビるな、ラウル・エルマータ。
お前の戦いに盛岡の人々の命が懸かっているのだ―――そう言い聞かせて目を瞑り、ゆっくりと息を吐く。
「―――”ストレイド”、出撃する!」
リリースレバーを引いた。
重々しい金属音と共に、艦とF-105を接続していたアームが解放される。ふわり、という浮遊感と共に機体を一気にフルスロットルへと持っていき、主砲の仰角を調整しているソーキルの艦首下を通過する。
V字型に展開するソーキル艦隊。他の後続艦から出撃してきたF-105たちと合流するなり、編隊の中央を飛びながら無線機を手にする。
「―――コールサイン”ストレイド”より各機、突然ですまないが俺が指揮を執る。よろしく頼む」
隣にやってきた白いF-105のキャノピーの向こうで、パイロットが親指を立ててくれた。ありがとよ、と意味を込めてこっちも小さく手を振る。
さあ、やるぞ。
俺の故郷に牙を剥いた報いだ―――相手が蟲だろうとなんだろうと、容赦はしない。
「航空隊、全機発艦!」
「主砲1番2番、三式弾を装填。目標、盛岡駅上空の巨大昆虫!」
無制限戦略指揮AI『ルシフェル』のサブフレームが算出した諸元をヴォイテクが復唱、それに基づいて砲雷長の席に座るロザリーが主砲の仰角を調整していく。前部甲板に背負い式に備えられた20.3㎝連装砲の砲口が、盛岡駅上空で輪になる巨大スズメバチの一団を睨んだ。
後続艦も単縦陣から左右へと展開、お互いに射線を遮らないように位置取り始める。素早い陣形転換も最新鋭の重力変調システムがあってこそだ。通常動力の空中艦ではこうはいかない。
「主砲照準、旗艦指示の目標。全艦連動!」
「主砲三式弾、撃ち方始め!」
「撃ちーかたー始め!」
カッ、と砲口が火を噴いた。
協商連合謹製の『複合装薬』―――通常の装薬に魔力を添加したそれが急激に燃焼、装填された砲弾を一気に押し出した。
1隻につき4発、合計20発の20.3㎝砲弾が盛岡駅の上空へと放たれるや、巨大スズメバチの一団に着弾する寸前になって急激な変化が生じる。
目標に着弾する手前で、砲弾が炸裂してしまったのだ。
信管調整のミス―――では、ない。
元々そういう兵器なのだ、三式弾という砲弾は。
炸裂した砲弾の中から飛び出したのは、燃え盛る無数の散弾だった。凄まじい速度で飛び出したそれは広範囲に拡散し、今の炸裂音で驚いた巨大スズメバチの群れに牙を剥く。
ガガガ、とキチン質の外骨格が燃え盛る散弾にぶち抜かれていく。鮮やかな、しかし本能的に危機感を感じる自然の警告色も、凄まじい運動エネルギーを頼りに殴りつけてくる砲弾を止めるには至らない。まるで障子を指で突くかのように撃ち抜かれ、無残な遺骸を空に晒す巨大スズメバチたち。
身体を燃やされたスズメバチが、撃墜された戦闘機さながらに錐揉み回転しながら高度を落としていき、遥か眼下を流れる北上川へと突っ込んでいった。
今まで一方的に人間を”狩る”側だったスズメバチたちが、逆に”狩られる”側に立たされた瞬間である。
同胞の死を目の当たりにした個体たちが口器をガチガチと鳴らし、大きな羽をけたたましく鳴らしながらフェロモンを放つ。新たな外敵の出現を仲間たちに知らせるためだ。
それを合図に、街中で暴れ回っていた巨大スズメバチたちが一斉に飛び上がった。噛み砕いていた人間の死体を放り出し、羽を鳴らしながら空へ空へと舞い上がっていく。
「艦長、敵が!」
レーダーと通信を担当するクラルテが報告する。スズメバチたちの標的が、盛岡の市民からソーキル艦隊へと切り替わったのだ。街中に居たスズメバチたちが一斉に飛び上がって、ソーキル艦隊へと直進してくる。
「全艦砲撃続行、機関後進。このまま居住地の外まで誘引するぞ」
砲撃を交互撃ち方に切り替えたソーキル艦隊が、ゆっくりと後方へ進み始めた。
重力変調システムを用いて重力のベクトルを書き換えたのだ―――今のソーキル艦隊は皆、艦尾方向に『自由落下』するようにベクトルを調整している。そしてその変調された重力は艦の外部、ごく限られた一部の空間にしか作用しない。
だからいちいち回頭したり旋回する必要もないのだ。
(頼むぞ、ラウル)
ラウル率いる5機のF-105の編隊が、間もなくスズメバチたちとの交戦に入る。
今はとにかく、エースの実力を信じるしかない。
フォックス2、とコールするなり操縦桿のスイッチを押し込んだ。主翼のパイロンに親の仇のように搭載されていたサイドワインダーの1発が切り離されるなり、火を噴いてスズメバチの一団へと突っ込んでいく。
着弾を見届けるよりも先に、操縦桿を手前に引いた。突っ込んでくるスズメバチの群れに腹を見せるようにして全機が上昇に転じ、高度を取りつつ敵の頭上を飛び越えていく。
視界の後方で紅い炎が瞬いた。発射されたサイドワインダーがスズメバチの群れを直撃して、ごっそりと豪快に吹き飛ばしてくれたのだ。
「散開、格闘戦には付き合うな。速度を生かして嬲り殺しにしろ!」
《《《《了解!》》》》
散開していく仲間たちを視線で見送り、俺もフルスロットルで一気に距離を取った。
スズメバチのサイズは概ね3~5m。個体によってサイズはバラバラだが、いずれにせよ戦闘機よりは小ぶりだ。小回りは効くだろうから至近距離での格闘戦では不利に作用するかもしれない(そもそも向こうに飛び道具がないからどうやって撃墜してくるのかという話だが)。
戦いの基本は「相手の土俵で戦わない事」。リングの上では無敵のボクサーだって痴漢冤罪で訴えられたら太刀打ちできないし、逆もまた然り。痴漢冤罪のプロを電車から引きずり出して無人島に連れて行き、顔面が変形するまでボコスカ殴りまくれば勝てるのだ。
そういう事だ。そもそも相手に畑違いの勝負を強いる事。ガードしようのない専門外の分野での勝負を余儀なくさせれば、理論上はどんな相手でも勝てるのである。
そういうわけで、俺は巨大スズメバチ相手にスピード勝負を挑んだ。確かにスズメバチの飛翔速度は速いし人間の足では逃げ切れない程だ。それがそっくりそのままあのサイズに巨大化したのだから速度も上がっていると考えて然るべきであるが……。
しかしこっちは核爆弾の投下も視野に運用されていた戦闘爆撃機である。昆虫程度が追い付ける相手である筈もなく、案の定、俺を追って来ようとしていた巨大スズメバチたちとの距離がどんどん引き離されていった。
追撃を諦めたと見るや機体を減速、操縦桿を倒して急旋回。凄まじいGに振り回されて全身の血が爪先へと集中、脳に血が行かなくなりアカン事になりそうになるが何とか耐え抜く。パイロットに必要なものはいくつもあるが、忍耐力も間違いなくその中の1つであると自信を持って言える。
(やっぱりか)
ミサイルをロックオンしながら、予想が当たっていた事を確信する。
博多での一件以降、出来る範囲で巨大昆虫の根城である蟲島について調べた―――あの浮遊大陸の重力は0.8G。地上と比較すると若干軽いのである。
つまり地上よりも重力が軽い環境で育ってきた巨大昆虫たちは、地上にやってくると機動力が鈍る、という事だ。1Gの世界で生きている俺たち人類が、2Gや3G、果てにはスマホの如き5Gの世界に行った途端にその重い重力に苦しむように。
それだけではない―――0.8Gの世界ではそれだけ身体が大きくなっても肉体に負荷がかかる事は無かったのだろうが、地上では話が違ってくる。ただ立っているだけで、飛んでいるだけで、それだけでも身体には尋常ではない負荷がかかる。”自分”という存在、その肉体が成立する事が許されていた前提条件が変わってくるわけだからだ。
つまり蟲島ならばまだしも、地上ではあの巨大昆虫たちは本来の100%のスペックを発揮できない。
だったら遠慮する必要など微塵もなかった。
「ストレイド、フォックス2!」
ミサイル発射のコール。サイドワインダーでまたスズメバチを吹き飛ばし、通過しながらとりあえず視界に入った奴を20㎜機関砲でミンチにしてから離脱していく。
他の仲間たちも相手の性質に気付いたらしい。巨大スズメバチたちの得意とする間合いでは決して勝負せず、一撃離脱戦法に徹するF-105のパイロットたち。航空隊からの情け容赦のない攻撃と、ソーキル艦隊から降り注ぐ三式弾のつるべ撃ちで、巨大昆虫たちは瞬く間に数を減らしていった。
盛岡の空から忌々しい警告色が消え失せたのは、戦闘開始から15分後の事だった。




