ヒトがヒトであるために
どうでもいい話
クラルテに武器を渡した後、シャロンさんは仙台まで行って無事に迷子になった。
釜石の町並みが、遥か後方へと去っていく。
もう実家のあった高台は、船体後部の船外カメラを最大望遠にしても全く見えない。
せめてこっちの世界の祖父ちゃんはいつまでも元気であってほしいと願うばかりである。
「しかし、こっちの世界の自分の家に配達かぁ」
操縦桿を握りながら、隣の席でソーキルを操縦するソコロフが何気なく口にした。
「どんな気分だった、ラウル?」
「どんな気分も何も……”俺じゃん”としか」
見知った奴と出会ったような、そんな気分だった。毎朝目を覚まし、洗面所の鏡越しに毎日顔を合わせている付き合いの長い奴。アイツとついに出会ってしまったような感覚、としか表現できない。
想像できるわけがない。よもやこっちの世界のかつての自分の家に荷物を届けに行くなど。
周辺警戒をしながら、今後の予定を頭の中で整理しておく。ひとまず釜石で下ろす予定の荷物は下ろしたしキッチリ配達も済ませた。ソーキルが次に向かうのは南部藩盛岡市―――南部藩の版図の中で最大の都市であり城下町である。
そこでも下ろす予定の荷物があるのだそうだ。一応釜石から内陸部(花巻)まで伸びる鉄道があるのでそこに荷物を任せてもいいんじゃないか、とは思ったが、例の飛竜の卵の一件で失敗してからくまさんハウスでは荷物の輸送から配達までをギルド単独で済ませるよう徹底している。
せっかく頼んだ荷物がクライアントのところに届かないとあっては、運送業を表の顔としているギルドの名に傷がついてしまう。それに運送屋としての矜持もあるのだろう。
そういう事もあって、釜石から花巻経由で盛岡まで荷物の輸送と配達を委託……という流れにはならなかった。
倭国だって治安が良いというわけではないからだ。
尊王攘夷派の浪人たちと幕府の小競り合いは依然として続いている。大衆の支持は幕府に向けられており、浪人たちはほぼ完全なテロリスト扱いとなっているが……それ故に彼らも手段を選ばなくなっているであろう事は、大舘の一件で目にしている。
腐っても武士だろうに、相手の妻子を狙うとはなんと卑劣な。
そんな連中が貨物列車を襲わないとも鍵らない。倭国側の委託業者に落ち度がなかったとしても、そういう連中の妨害で荷物が届かない事だってあり得るわけだ。
だから強固な装甲と武装、そして屈強極まりない冒険者にガチガチのガチに守られたソーキルで荷物を直接運ぶというわけだ。
いくら浪人連中でも、高度2500mを550㎞/hで巡行するソーキル級×5を相手にしようとは思わないだろう。
「ラウル」
「なんだい艦長?」
「一応お前とも情報を共有しておこうと思う」
椅子をくるりと回転させてヴォイテクの方を振り向くと、艦長席で葉巻の先端部をカットしていたヴォイテクはどこか気まずそうな雰囲気を滲ませながら、特大サイズのトレンチライターを取り出した。おそらく14.5㎜弾の空薬莢を改造して自作したものなのだろうが、普通のサイズのライターじゃ足りなかったんだろうか。
「カフリアで蜂起したレギオン……【インフェルノ】の名は聞いてるな?」
「インフェルノって確か……アレだろ、政権転覆を煽ったっていうあの」
話は聞いている。
カフリアという情勢不安定な場所で、言葉巧みに少数民族の歴史的な屈辱を煽り武装蜂起まで持っていったというレギオンだ。最終的にカフリア地域に影響力を持っていたレギオン最大手の片割れ、S&Dによって蜂起は鎮圧され、インフェルノ所属のメンバーも大多数が射殺、拘束されたという。
しかし主犯格となってる指導部は誰一人として身柄を拘束できず、今もどこかに潜伏しているのだそうだ。
厄介な事にその頭目がかの天地戦争の英雄、”八艘飛びのヘンリック”だというのである。天地戦争で大暴れして武功を打ち立て、ノヴォシア共産党最高指導者スターリンから直々に表彰された男が何ともまあ悲惨な落ちぶれようである。
……まあ、聞こえてくるヘンリックの話もまともじゃないものばかりなのだが。
こんなのが身内に居たら親族はさぞ生き辛いだろう。本当に不憫な事だ。
「……ミカから”連中の次の狙いは倭国だ”と」
「……冗談だろ?」
「お前だって分かってる筈だ、ラウル。ミカの言う事は―――」
「―――”全てこれから起こる事”」
まったく、何の冗談だ。
”マザー”のデータベースにアクセスできるクラルテを介し、ミカエルの能力のヤバさについては把握している。あらゆるパラレルワールドの自分と記憶を共有し、限定的ではあるが未来すらも見透かすユニークスキル『全知全能』。
未来を知るが故に、今の協商連合の栄達はあった。あの女はこれまで、人生で突きつけられてきたありとあらゆる選択肢の中から常に最適解だけを選び抜いてきたのだ。
そんな彼女が言う事なのだから、そうなのだろう。これから実際にそうなるのだろう。
ということは、だ。
―――天地戦争の大英雄ヘンリックと矛を交える事もある、という事。
俺たちで太刀打ちできるのか。
そんな不安が、鳩尾の辺りに沈殿していくのがはっきりと分かった。
「一気に強くなる方法なんて存在しない」。
転生前、空手を習っていた頃に師範に何度も言われた事だ。そして俺も、後輩や入門したばかりの子供たちに口を酸っぱくして言い聞かせてきた事だ。
強くなるには練習が大事で、その練習も頭を使ってしっかりと要点を抑える事。効率よく技術を身に着け、自分の中で噛み砕き最適化できた奴がどんどん強くなっていくのだ、と。
結局のところ、一番大事なのは基礎なのだ。基礎が出来ていなければ応用も出来ない。
基礎をガン無視して仮に強くなったとしよう。強くなって結果を出せば周囲から注目され、研究される。そして対策されてしまうわけだが、基礎をガン無視していればそこから”変化”する事が出来ない。なぜなら基礎が出来ていないから、変わりゆく周囲の環境に”適応”する術がないのである。
だから長い目で見て、まずは基礎を覚える事。応用に転じ、技術を自分色に染め上げていくのはそれからである。
前世で得た教訓は、川端明という1人のごく普通の社会人の肉体が滅び、ラウル・エルマータという新たな人生を受けた今となっても、この魂に克明に焼き付いている。
ホロサイトのレティクルの向こう側に、人型の的の頭がピタリと重なる。銃を手にしたばかりの頃はというと、照準を合わせてから引き金を引くまでに一瞬の”間”があった。アイツは敵か、と考える時間、それから少なくとも20年以上は殺し合いと無縁の環境で生きてきた日本人特有の躊躇というのが、魂の奥深くに息衝いていたのだろう。
それがすっかり消えたと自覚したのは、ソーキルに乗り込んでヴォイテクから訓練を受け始めた辺りからだ。今はそもそも「銃口を向ける以上は敵であり、殺して然るべき相手」という前提条件が身体に染み付いている。だからレティクルの向こう側に映るのは基本的に殺していい命であって、そもそも殺してはいけない相手に銃口など向けないのだ。
頭で考える余地などどこにもなかった。次の敵は、部屋の中は、残弾は。頭が複数の事象を並行して考えている間に、右の人差し指が引き金を引いて相手を殺す。薬室で点火された装薬とガスに押し出され、4.1g金属の礫が10.5インチの銃身を駆け抜けて、人型の的の眉間を撃ち抜いた。
相手の無力化を発砲前より確信。頭の中にある残弾のカウントが1発ずつ減っていき、マズルフラッシュの向こう側では発砲した回数だけ、人型をした的が倒れていった。
ああ、実戦だったらこれだけ殺してるんだな……まるで他人がFPSをプレイしているのを横からぼんやり眺めているような感じで、ふとそう思った。
殺し合いで最も効率が良いのは、『人間性を捨てる事』だ。
やれ人権だの、性的マイノリティだの多様性だの、耳障りの良い言葉は21世紀には豚に食わせられるほど溢れている。それらは耳障りが良くて、温かくて、居心地の良い概念なのだろう。
でも殺しの場では違う。
人権も多様性も、クソの役にも立ちはしない。そんな概念で飛んでくる銃弾は止められないのだ。
現代社会であれだけ貴ばれている”人間らしさ”をかなぐり捨て、如何に冷徹な殺人マシーンになるか―――武器を用いた殺し合いで強くなるための最適解は、きっとそうなのだ。どこまでも合理に徹し、人間らしさを排して、ヒトの姿をしておきながら機械に近付いていく。
なんたる皮肉であろうか。なんと悪辣極まる真理か。
これ以上ないほどおぞましく、ヴォイテクですらおくびにも出さない心理に指先が触れたような感じがして、身体中に一瞬だけ悪寒が走った。
だがそれも一瞬だ。すぐに脳が不要な思考をノイズと断じてシャットアウトし、意識を目の前の戦闘に呼び戻す。
ハンドストップに指を引っかけるようにしてMARS-LのM-LOKハンドガードを左側からガッチリと握り、Cクランプ・グリップのスタイルで構えながら室内をクリアリング。カッティング・パイの要領で少しずつ、しかし確実にクリアリングし室内に脅威がいない事を確認。突入し安全を確認する。
そこでやっと訓練終了のブザーが鳴り響いた。
STANAGマガジンを抜き、薬室から弾薬を抜いて、それから安全装置をかける。これでやっとMARS-Lという荒ぶる最強の矛は牙を抜かれ、意図的に弾薬を装填しない限りは他人に危害を加える事の無い大人しい仔になった。
「お疲れ様です、ラウルさん」
「ありがと、クラルテ」
ソーキルが駆逐艦から巡洋艦に格上げされた際に、艦内の居住性や機能性は大きく拡張され、改善された。
この『簡易キルハウス』もそうだ。アパートの1フロアを模した小規模な訓練用スペースでは、より本格的なCQBの訓練ができる。実戦に近い訓練とはそれができるか否かで兵士の練度に大きく響くので、質の高い訓練ができるというのは他の艦と比較して大きなアドバンテージとなるだろう。
クラルテからタオルとドリンクを受け取って汗を拭きとり、休憩用のベンチに腰を下ろす。
なんだろうか、この胸のざわめきは。
落ち着かない―――常に何か不安を抱えているような、そんな感じがする。
「ラウルさん、落ち着かないですか?」
「……うん」
なんなんだろうな、これは。
先ほどまで銃を握っていた手が、小さく振るえている。
―――まさかインフェルノとの武力衝突にビビってるのか?
すると隣にいたクラルテが、おもむろに首に下げていたメダリオンを取り外した。
「……”調律”、試してみますか?」
「え?」
「マザーが不要なストレスを取り除いてくださいます。これがあればより効率的に―――」
「いや、大丈夫だよ……ありがとう、心配かけてごめんね」
笑顔を作って、彼女の申し出を断った。
確かにそうなんだろう、調律とやらですっきりした方が良いのだろう。
でもなんだろう、こういう不安とか恐怖とか、そういうマイナスな感情も……そういう感情を感じる事が出来るからこそ、「俺はまだ人間である」と胸を張って言えるのかもしれない。
人間性をかなぐり捨てる訓練を経て殺人マシーンへと変容しながらも、しかし人間である証を求める相反した感情。人間ってこんなに矛盾を抱えていたんだなと今になって思う。
そりゃあAIも人間の行動原理を完全には理解できないわけだ。こうも不確定要素が多ければ、学習する側もさぞ困り果ててしまうだろうに。
「お疲れ様ネ」
「え、チャンさん?」
扉が開く音がして、大皿を片手にチャンさんが入ってきた。
強烈な香辛料の香り。何か新作でも作ってたのかなと思いながら視線を向けてみると、チャンさんは「”スオディウ”作ったヨ、味見しテ」と言いながら大皿を差し出してきた。
「……スオディウ?」
聞いた事がないな、と思いながら皿に乗っている料理を見た俺とクラルテは凍り付く。
皿の上に乗っているのはニンニクとかネギとか唐辛子とか、後はその他諸々の中華系スパイスと一緒に炒められたのであろう黒い艶のある物体たち。辣油でコーティングされたそれは―――なんと食材でも何でもなく、『石』だったのである。
「ちゃ、チャンさん? これはいったい……?」
「い、石……食べるんです……?」
「スオディウ、風味を味わう料理ネ。石食べない、吐き出す。味と風味楽しむヨ」
「は、はぇ~……」
中華料理ってさ、何でいつもこっちの予想を軽く超えてくるんだろうね? 見てて飽きない食べて美味しい中華料理、4000年の歴史は伊達じゃないってか。
恐る恐るそのスオディウとやらを味見しようとしたその時だった。
《―――総員戦闘配置、総員戦闘配置! これは訓練ではない、総員配置につけ!》
けたたましい警報と共に、スピーカーから響くヴォイテクの低い声。
そろそろ盛岡に着く頃だが―――そんな想いを抱きながら、俺はモスグリーンのジャケットに袖を通して走り出した。
スオディウ
マジで存在する石を使った中華料理。河原とかで拾ってきた石を消毒し、ネギ、ニンニク、唐辛子、その他諸々の香辛料で炒めたもの。当たり前だが石は食べられないので付着している他の具材を口の中でしゃぶるようにして味わい、石は捨てるなり持ち帰るなりするらしい。




