まさかのお届け先
どうでもいい話
博多で美味しいもの食べ過ぎてソコロフは体重が4㎏増えた。
「いや~おがげさまで助がったぁ」
「どうもどうも。主人はもう熊にやられでしまったものだどばり思っていまして……」
「あ、はぁ、いえいえ、当然の事をしたまでですよ。あはは……」
多分、今日ほど冷や汗をかいた日はないだろう。
大鬼熊の討伐に成功し下山した俺たち。その際管理局の職員の人が払い下げられたと思われる火縄銃を持って討伐確認をしてくれたのだが、その時に大樹の根元に埋められていた農民の人がまだ生きていた事が判明。大慌てで掘り起こし致命傷がない事を確認して一緒に下山、念のためこれから病院で検査……というわけなのだが。
―――生存確認もせずに俺らロケランぶっ放してた。
偶然にも加害範囲から外れていたか、大鬼熊が楯になっていたから大事にはならなかったものの、一歩間違ってたら助けられる命を俺らの手で殺していたところだったのである。
だってあの状態で生きてるとは思わねえじゃん……なんで生きてるんだよこっちの世界の釜石の民もしやHP99999くらいでカンストしてない?
冗談はさておき、今後は生存確認を徹底しようと強く思った。今回は偶然事なきを得たが、何かが間違っていたら今頃この奥さんから亭主を奪っていたところなのだから。
そういや転生前のラウル君の親戚に自衛隊に行った笑顔が爽やかなマッスル☆お兄ちゃんが居るんだが、部隊ではカールグスタフの砲手をやってるらしい。実際に俺もこっちで担いだ事あるけどまあ重い。行軍中は絶対に担ぎたくねえなって思うレベルで重い。ヤンデレの愛と比べるとヤンデレの方に軍配が上がる程度には重い(ヤンデレの愛に負ける無反動砲 is 何)
さてそのマッスル☆お兄ちゃんなのだが、砲撃前には教官から「周囲に巻き込む物がないかよく確認するように」と何度も始動されたとの事だ。バックブラストで仲間を傷付けないか、砲撃地点の近くに味方や捕虜、民間人がいないかを確実に確認し、敵しかいないと確認してから撃つように……と。
つまり今回俺らがやったのは見事な大失態というわけだ。連帯責任で腕立て伏せ……で済めばいいね☆というレベルである。
気を付けよう、本当にガチで気を付けよう。
「いやーどうもどうも」と取引相手と名刺を交換するおじさんさながらにぺこりと頭を下げ、心配させてた奥さんと一緒に病院へと歩いていくおじさん。そんな夫婦を安堵4割、気まずさ6割くらいの心境で見送り、俺たちも港の方へと向かう。
今回の報酬は5円(※現代の物価で30万円相当)。どうやら倭国でも小判ではなく円に移行して久しいようだが、すげえよなコレ。ほら、報酬の入った封筒の中身。1円玉じゃなくて”1円札”なんだぞコレ。
さーてこれをコルタ(※浮遊大陸での通貨)に換算したらいくらになるかな、といったところか。あれ、今のこっちの世界って円高だっけ? 円安だっけ?
ごう、と風向きが変わったような気がした。
南の空の向こう、あばら骨のように大きく開いた船体下部に内臓みたく貨物を抱え込んで飛び去っていく空中貨物船の一団とすれ違うように、軍艦かと見間違うほど威圧的な空中艦の一団がゆっくりと釜石港へ向けて降下してくる。
航空管制局のレシプロ機に誘導されながらゆっくりとやってきたその一団こそ、ソーキル率いる協商連合艦隊だった。
ネームシップ兼艦隊旗艦のソーキルを先頭に、チャイカ、カナレイカ、プーハチ、クールカの5隻が単縦陣を組んで釜石港上空を低空で通過。町の子供たちも生まれて初めて外国(そもそも協商連合を外”国”と呼んでいいかどうか)の空中艦を見たらしく、5隻の軍艦も同然な艦隊を見て何やらはしゃいでいるようだった。
ソーキル艦隊は釜石港に隣接する空中艦の発着場へと降下していく。搭載している重力変調システムの恩恵なのだろう、他の空中艦が自分たちの速度に細心の注意を払いながら慎重に着陸するところを、ソーキルは発着場のスタッフも驚愕するほど滑らかに、ふわりと綿のように降り立ってみせたのである。
操縦士の技量もさることながら、倭国との技術格差を見せつけるような着陸だった。
発着場のゲートで身分証を提示。協商連合傘下のギルド『くまさんハウス』所属である事を確認してもらい、発着場へと足を踏み入れた……しかしこのギルド名なんとかならんものか。平成後期くらいのネトゲのプレイヤーネームみたいなノリで毎度毎度脱力するんだよねコレ。
5番ゲートへと向かうと、見知った塗分けの空中艦の舳先が見えた。喫水線から下が赤、上が黒という水上艦のようなツートンカラー。心なしか、艦首の舳先と大きく突き出た衝角のせいで水上艦に見えなくもない……かもしれない。
艦尾の方にある艦底ハッチが解放されるなり、機甲鎧に乗ったソコロフが荷物の積み下ろしを始めた。博多からの荷物をここで下ろすようだ。
さて、なんだか久しぶりに母艦を見たような気もするが……とりあえず配達の仕事を手伝うか。
これはいったい何の因果だろうか。
獣人用のヘルメット(ケモミミ収納用のカウル付き)を被りながら、サドル後方にラックを増設したベスパGTS300スーパーで勾配を上がっていく。
荷物の積み下ろしが終わった後、休憩時間中にヴォイテクから渡された配達先の住所。そこに記されていたのは身に覚えしかないものだった。
「冷凍の荷物だから手早くな」と頼まれたのは博多の明太子。なんでも岩手にいる親戚に博多の名物をぜひ……という経緯らしいのだが、それはさておき。
身に覚えのある坂道、身に覚えのある近所の煙草屋。平成初期と昭和中期~後期が混ざり合ったような、ノスタルジーに溢れた風景を進んでいくこと5分と少し。釜石港を一望できる高台の上に家が4軒ほど建っているのだが、その中に1つだけ赤い屋根の家がある。
こっちの世界でも一般家庭に自動車が普及しているようで、庭先には年季の入った軽トラと軽自動車が1台ずつ仲良く並んでいるところだった。家の周囲には畑が広がっていて、野菜が栽培されているのが分かる。裏手にある山の方には鹿やハクビシンなどの害獣(ごめんねミカエル君)の侵入を防ぐためのネットが張ってあった。
何もかも、見覚えしかない光景だった。
軒先には『川端』という表札がある。
「……」
―――俺の家だ。
岩手の釜石にあった、俺の実家。
物心ついた時から生まれ育った家。東京に出稼ぎに行った後も不定期ではあるが帰省して、親戚の子の遊び相手をしたり母さんの仕事を手伝ったり、家族の墓に線香をあげたりしていた。
あの畑のネットを潜り抜け、山に少し行ったところに開けた場所があって、ガキの頃はよくそこを「秘密基地」だなんて呼んで学校が終わった後にゲーム機持って友達と集まったっけ。まあ、裏山で熊の目撃例が増えてからはめっきり行かなくなったけれども。
もう二度と目にする事がないと思っていた風景。幼少の頃の記憶を呼び起こしていると、がさがさと音を立てながら畑の方から老人が顔を出した。畑仕事で日焼けした肌は浅黒く、毎日毎日鍬を振るう腕は高齢者とは思えないほどガッチリしている。手には害獣や熊を追い払うためなのだろう、ロケット花火が握られていた。
「……何さ来た?」
「え、ぁ、ああ、すいません。荷物の配達に来ました。博多の古賀さんから冷凍の明太子を」
「あ、配達の姉ちゃんか」
そうかそうか、と笑いながらこっちにやって来るなり、老人はラックから取り出した荷物の差出人の名前を検めた。とはいえ老眼なのだろう、目を凝らして近くで見てやっとそれが”古賀さん”からの荷物であると理解したらしく、玄関の方へとずんずん歩いていく。
……祖父ちゃんだ。俺の。
亡くなったのは小学校の頃だったと思う。学校から帰ったら母さんが深刻そうな顔で電話を受けていて、涙目になった母さんから告げられたのだ。祖父との死別を。
涙腺に焼けつくような刺激を覚える俺を他所に、祖父ちゃんは玄関を力強く開けた。よく祖母ちゃんに「静かに開けてけらい」と注意されていたが我の強い性格で頑固だったからあまり聞き入れなかった祖父ちゃん。そんな細かいところまで、全くと言っていいほど同じだった。唯一の違いは頭からツキノワグマのケモミミが生えてるくらいか。
「おぉぉぉぉい明ぁ! 荷物届いたぞぉ! 博多のゲンちゃんから!!」
「はーい!」
まだ変声期を迎えていない子供の元気な声。
とととと、と廊下を走ってくる軽い足音がして、ロケット花火のような勢いで小学生くらいの子供が飛び出してくる。
祖父がそうであるように、ツキノワグマの獣人の仔だった。
俺……だ。
正確には小学校に入りたての頃か。元気はあった方で、この辺りから空手を習い始めた気がする。原因は小学校で受けた苛めで、最終的に身につけたそれは社会に出て交通事故で着地狩りされるまで役に立つ事になるのだが。
「ええと……明くんかな?」
「うんっ。おねえさんはだあれ?」
「ええとね、配達のお姉さんだよ」
”お兄さん”だよ。
ヴォイテクの奴、とんでもねえ仕事を回しやがった……よりにもよって転生前の自分の実家に配達させるとは。
もちろん転生前の個人情報まではヴォイテクに言ってないし、俺の記憶を読み取らない限り把握する術もない。だからこれはヴォイテクが仕組んだというよりは偶然の一致、もらい事故のようなものだろうが。
「この荷物はね、九州のゲン兄からの荷物なの。受け取ったらすぐに冷凍庫に入れること。できるかな?」
「うんっ! あれ、おねえさんゲンにいちゃんのことしってるの?」
「ん? ぁ、ああ、えっとね……うん。荷物お願いされたんだ」
あはは、と誤魔化しながら頭を撫でた。
「じゃあここにハンコ押してもらえるかな?」
「うん」
ぽん、とハンコを押してもらう。事前に荷物が届く事を知らされていたのだろう、お金の入った封筒を持っていた明君は「はい、おかね!」とすっごい純粋な笑顔でそれを渡してきた。
「ありがとねぇ……あ、そうだ」
「?」
首を傾げる彼の傍らにしゃがみ込み、そっと耳打ちした。
「キミのお爺ちゃん、病院に連れていった方がいいよ」
「え?」
「約束して。特に頭の血管を検査してもらって」
「なんで? じいちゃんげんきだよ?」
「いいから」
ポケットから財布を取り出して、さっき仲間と均等に分け合った大鬼熊討伐の報酬全額と倭国での移動とか生活用に換金したお金を取り出すなり、彼に握らせた。
「いつまでも元気でいてほしいでしょう?」
「う、うん」
「いい? お姉さんとの約束。ぜったいお爺ちゃんを病院に連れて行って。頑固だからきっと嫌がると思うけど、孫のキミが説得すれば言う事聞いてくれる筈だから」
ね、と念を押すように言うと、明君は首を縦に振った。
幼いながらにきっと「只事ではない」と本能的に理解してくれた……のかもしれない。
指切りげんまん、と彼と約束を交わしてから、俺はベスパに跨った。
「おーい姉ちゃん」
さあ帰るか、とアクセルを吹かそうとしていたところで祖父ちゃんに呼び止められる。家の中から戻ってきた祖父ちゃんの手には、冷蔵庫でキンキンに冷えたソーダの瓶があった。
「今日暑いがら、これ持って行かいや」
「え? あっ、どうも」
ソーダを受け取り、礼を言ってから別れを告げてバイクを走らせる。
下り坂で風を受けながら、せめてこっちの世界では……少しでもいい、祖父が長生きしてくれるようにと祈りながら。
その後、明君の必死の説得で病院で検査を受けた祖父は脳梗塞による急死を無事に回避。短期間の検査入院を経て治療を続けて回復した後は、立派な大人になり江戸へ出稼ぎに行く明君を見届け、曾孫を可愛がり、110歳で天寿を全うしたという。
『しかし、あの配達の姉ちゃん何者だったんだべな?』
事ある毎にそう疑問を口にしていたそうだが……さあ、誰だったんだろうね?
いずれにせよ、俺の知る由はない。
今の俺は川端明ではなく、ラウル・エルマータなのだから。




