海と空と熊の山
倭国で開業してて日本で開業してない新幹線
・羽越新幹線
青森中央駅から越後中央駅までを結ぶ新幹線。一部の列車は上越新幹線区間まで乗り入れて江戸まで向かう。太平洋と倭国海、列島を縦断する”背骨”としての役割を担っており、東北大震災の際は壊滅した太平洋側に代わってフル稼働、新幹線を全車投入し物資を被災地へと送り届けた。
利用者の人数と東北大震災時の実績もあり、貨物新幹線「あさかわ」優先のダイヤが組まれている事もあって、羽越新幹線「いなほ号」は2時間に1本程度の運行頻度となっている。東海道新幹線みたく頻繁に来るわけではないので、倭国を訪れる際は注意しよう。乗り遅れたら2時間待ちである。
・奥羽新幹線
青森中央駅から福島駅を経由、東北新幹線やまびこ号、もしくはあおば号と連結し江戸までを結ぶ車両。奥羽山脈という難所を越えるため、E5系新幹線をベースにロングノーズを短縮、モーターを強化した独自改造車両『E5A系』を使用しているのが特徴。
※なお、この2つの新幹線が開業している事もあって倭国では秋田新幹線・山形新幹線の2つは開業しておらず、秋田新幹線こまちの名は奥羽本線と田沢湖線を走る特急『こまち』として、山形新幹線つばさの名は奥羽新幹線の速達列車『つばさ』として存在している。
宿から出ると、海から吹いてくる潮風がまだ身体に纏わりついていた微睡を吹き飛ばしてくれた。
良い場所に宿を構えてくれたもんだ、と思う。
昨日、東北本線の特急列車ほくせい号と釜石線を乗り継いで釜石までやってきた俺たち。博多から大舘、そしてそこから秋田と盛岡、花巻を経由し釜石という長距離を陸路で移動してきたのである。そりゃあもうヘトヘトで、昨晩なんか宿にチェックインするなり全員部屋に備え付けてあるシャワーを浴びてそのまま眠ってしまった。
一応宿泊した宿には大浴場があったそうなのだが、ああも陸路での移動が続けば疲労も蓄積するというもの。博多からの長距離移動があった事もあって、さすがに大浴場でリラックスしてしまったらそのまま寝落ちしてしまいそうだった。はぁ~極楽極楽、なんて言いながら大浴場で寝落ちしそのまま本当に極楽浄土に旅立ってしまうなんて笑い話にもなりはしない。
俺たちの宿泊した宿は釜石港を一望できる高台に建っていた。天地戦争末期に倭国を襲った東北大震災により東北地方は甚大な被害を受けており、この釜石も例外なく津波の被害を受けたという話を耳にしたが……まるで何も起きていなかったのではないか、と錯覚してしまうほどの復興ぶりに我が目を疑いたくなる。
釜石港に出入りするのは大きなタンカー船だ。コンテナを満載したそれらが入港するなり、まるでティラノサウルスみたいに巨大なクレーンで荷下ろしされ、次の船と入れ違いに出ていく。
タンカー船だけではない。港に隣接する広場には空中艦の発着場も整備されていて、今も空中貨物船がエンジンポッドの向きをオスプレイよろしく稼働させ、巨体に見合わぬ短距離着陸を成し遂げた。そのまま誘導員の誘導に従って、貨物の積み下ろしスペースへとゆっくり進んでいく。
明るくなってからよく見渡して思った事だが―――前世の世界の故郷、釜石と比較するとさらに発展しているという印象を受けた。
さながら『空と海の玄関口』とでも言うべきだろうか。
船から降ろされた貨物は港湾地区に隣接するターミナルまで運ばれ、そこから貨物列車に積載されて内陸へと運ばれていく。そしてすれ違ってきた別の貨物列車の貨物もここで降ろされて、今度は別の船に乗せられ遠方の地へ。
実際、今の倭国の経済は右肩上がりなのだそうだ。
天地戦争で混乱した経済を立て直したS&Dと協商連合。両者の助けを得て経済を軌道に乗せた倭国は、元々の技術力を武器に極東随一の技術大国としての頭角を現しており、好調な経済に後押しされ人口も増加傾向。3年前からベビーブームが始まっていると聞く。
少子高齢化が叫ばれていた日本がかつて通ってきた道といえばそうなのだろう。100年にも及んだ壊滅的な戦争を乗り越え、倭国は高度経済成長期に入ったと言っていい。
倭国だけではなく、極東地域全体の経済が好調だ。倭国は技術力を、ジョンファはその豊富な資源と人口を武器にした工業力を、そしてコーリアは両者を結ぶ中継地点として大いに栄えているという。最近では海外、特にアメリアからの投資も増えており、アメリアと並ぶ世界経済の”第二の柱”としての地位を確立しつつあるのだそうだ。
そういやこの町のどこかに俺の家もあるのだろうか……ラウル・エルマータとしてではなく、この世界を生きているはずの『川端明』という男の家も。
こっちの世界の自分は何をしてるのかな、と思いを巡らせていると、腕を組みながら空中艦の往来を見守っていたユリウス兄貴が不意に口を開いた。
「ソーキルが博多を発つのは8時……到着まで時間どのくらいだ?」
「巡航速度は550/hだから……変針とか高度調整の時間も考慮すると2時間30~40分が相場かな」
ちなみにソーキル君、最高速度は改修の甲斐もあって680㎞/hだそうだ。重力変調システムの恩恵もあってスムーズな回頭や急旋回もできるらしいが、常時その速度を出していると普通に機関がぶっ壊れるらしいので運用マニュアルでは550㎞/hを巡航速度にする事を推奨している。
あーでもな、ヴォイテク艦長は機関に負荷かける使い方するからなぁ、痺れを切らして最大戦速でかっ飛ばしてくるんじゃねえかなぁ……機関に負荷かける運転しまくるもんだから前に何度か機関長にスパナで殴られたらしい。そりゃあそうだ(血涙)。
とはいえこの速度は空中艦の中でも軍用民間用問わず最速をマークしている。最速の鳥の名を冠した艦名は伊達ではない、ということだ。
すげえよな。俺ら陸路で9時間くらいかけて九州から東北まで来たのにソーキルはたった2時間30分だぞ?
時計を見た。
今は朝の7時。宿には素泊まりのプランで宿泊したので朝飯もまだ食ってない。どこかモーニングやってる飲食店はないものか……。
「ん、何やら美味しそうな匂い」
「何だって?」
「こっち!」
きらーん、と目を輝かせながら鼻をすんすん鳴らし歩き始めるフルール。なんだろう、冷静沈着なスナイパーキャラから段々と食欲旺盛な小動物キャラにジョブチェンジしてないかこの子。
ともあれ同じイヌ科の獣人なので俺も美味しそうな匂いはキャッチしている。やはり港町ということもあってこの匂いは海鮮系だな、と思いつつ港の方へ降りていくこと5分と少し。段々と見えてきた建物は、多様性というか現地の文化を尊重するという組織の意向もあってか倭国文化を強調するかの如くご当地風にアレンジされているものの、それでもどれだけ香水を吹きかけてもむさ苦しい男がオスの香りを隠し切れないように、その建物もなんかこう、違う。上手く溶け込んでいるつもりで溶け込めていない。
『冒険者管理局釜石支部』という表示を見て、俺はフルールと顔を見合わせた。
……いや、そんな「え、ここ?」みたいな顔をされましても。美味しそうな香りに誘われてホイホイ歩いてきたの君じゃあないか。
とはいってもまあ、選択肢としては間違いではないと思う。
冒険者管理局は24時間営業だ。夜間も危険ではあるが金のために仕事に出かけていく冒険者はそれなりにいるし、24時間開けておかなければ帰りが遅くなった冒険者が実は仕事で負傷し立ち往生して助けを待っていた……という非常事態に対応できない。
もちろん併設されている食堂や酒場も24時間営業なので、「とりあえず困ったら管理局行くか」とコンビニで夜食を買うノリで管理局に居座り酒を浴びるように飲んで高カロリーの飯を腹いっぱい食べる冒険者は多い。
……肝臓が過労死しそうな生活である。適度な運動、あるいはカロリー制限を心がけよう。学生の頃のノリで人生RTAみたいな生き方ができるのは20代半ばまでだ。それ以降は普通に死ぬので気を付けよう。あるいは短い20代を存分に楽しむがいいさふっふっふ。
なーんて事を言ってた会社の先輩もいたなぁ。
とりあえず他に開いてる飯屋もなさそうなので中へ。多分コレ朝飯食べたらその流れで一仕事してソーキルの到着を待つ感じになるんだろうなぁ、と思いながら併設されている酒場に向かった。和服姿の女性のウェイトレスが「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」と倭国語で出迎えてくれた。
着席してメニューを見ようとするなり、ご親切にイーランド語のメニューを持ってきてくれるウェイトレスさん。「あ、自分倭国語分かるんで大丈夫です」と流暢な、それはそれは流暢な倭国語で申し出ると、外国語での対応を余儀なくされようとしていた和服姿のウェイトレスは安堵したように「ああ、左様でしたか。では何かあったら何なりとお申し付けください」と頭を下げて奥へと下がっていった。
1人くらいは酔いつぶれて寝てる冒険者でも居るんじゃねーかなと思っていたが、意外とそんな事は無かった。店内は静かで、琴で演奏したと思われる静かなBGMが流れている。
モーニングメニューは……うん、和食だ(当たり前)。
焼き魚定食、納豆定食、卵焼き定食、その他諸々。ご飯と味噌汁におかずがついてくるオーソドックスな定食スタイルで、それに大盛だとかトッピングだとか漬物を自由に選べるシステムとなっているらしい。
日本と倭国の文化が共通という事もあって、前世の知識が大いに役に立った。フルールに「これ何?」と聞かれたので「ん、納豆。ネバネバで臭いがキツいから人を選ぶよ。美味いけど」とだけ答えておく。
イヌ科の獣人に納豆の臭いはきついと思う。15年のブランクがあるとはいえ、エンジェルパレスで納豆定食を食べてる倭国出身者を見かけた時は「え、納豆ってこんな臭いキツかったっけ?」と思ったものだ。ホンオフェ(※韓国料理。ガンギエイの身を発酵させて食べる刺身で”世界で2番目に臭い料理”として有名)かシュールストレミング(※解説不要)でも食べてるんじゃないかと思ったほどだ。
まさか嗅覚が発達した事で納豆に予想外のバフがかかるとは。
「お魚が多いのね。ライスもついてくるんだ……このスープは何?」
「味噌汁。味噌っていう調味料……あー、大豆のペーストなんだけど、それを使って作るスープ。色んな具材があって種類もたくさんあるよ」
「へぇ~」
倭国の食文化を知らない仲間たちに色々と解説すること数分。注文してからしばらく待って、やっとの事で朝食にありついた。
『生活習慣病になりたくないのなら、食と仕事を両立せよ』。
駆け出し冒険者、あるいは冒険者を目指す人に向けたパンフレットの冒頭には、そんな一文が添えられている。アメリアの医学界の権威、フランクリン・ウィリアムズの言葉なのだそうだ。
肥満率が高いとされているアメリアにおいて、食生活を見直すよう警鐘を鳴らした際の発言だそうだが、なぜそんな一文が引用されているかというと冒険者も決して他人事ではないからである。
前にも述べたと思うが、そもそも冒険者管理局で提供される食事は普通の食事とはカロリーが違う。塩分多め、意図的にハイカロリーになるよう調整されて調理されているのである(だから一般的な家庭料理と比較すると塩辛い味付けの傾向があるし揚げ物も多い)。
なんでそんな調整をしているのかは単純明快、『冒険者の平均的なカロリー消費量を見越している』からだ。
冒険者は走って、戦って、また走るのが仕事だ。それも防具や武器を装備した状態で……である。そんな状態で長時間激しい運動をするのだから、一日に消費するカロリー量は凄まじい事になってしまう。それを補うためのハイカロリーな食事を提供しているのがあの酒場なのだ(軍隊のレーションと同じである)。
だから仕事をして飯を食うのは良いが、仕事もせず酒場に居座って飯ばっかり食べてるとあっという間に肝臓がフォアグラになっちゃうよ、というわけである。よもや『働かざる者食うべからず』という言葉が逆の意味で通じてしまう事になるとは。
というわけでソーキル到着まで時間があるし、俺たちは朝食で摂取したカロリーを消費するべく依頼を受けていた。
内容は釜石市近辺の山に出没する魔物『大鬼熊』の討伐である。
「あー……しょっぱかったな、鮭」
朝食で食べた焼き魚定食の鮭を思い出す。一体どれだけ塩漬けにしたのか分からないが、とんでもなくしょっぱかった。一瞬ぼだっこ(※秋田の名物で紅鮭の塩漬け。かなりしょっぱい)かと思ったほどである。
おかげで白米がどんどん進んでおかわりまでしてしまった。でもなんだろ、前世が東北出身だからなのかしょっぱいおかずってご飯が進むんだよね。
まだ口の中に塩気が残ってるや、と思いつつMARS-Hを構え、左の拳を振り上げた。「止まれ」というハンドサインだ。
しゃがんで地面を確認する。
一気に濃密になった獣特有の臭い。夜の間雨が降っていたからなのだろう、水分を含んでじっとりと湿った地面の上には、これ見よがしに大きな獣の足跡が刻まれていた。
「この足跡は?」
「熊だなぁ……昔実家の近所で見たわ」
「あれ、ラウルさんって孤児院出身では?」
「ごめん転生前の話」
岩手に出る熊といえばもっぱらツキノワグマだ。あれでも十分恐ろしかったんだから、ヒグマとの付き合いの長い北海道民の皆様はさぞ苛酷な生活を送っていたのだろう。北海道の苛酷極まる大自然と比べれば岩手の山など最弱ッ……四天王の面汚しよ……。
がさ、と草むらが揺れる。
獣の唸り声と共に現れたのは、体長3mにも達する巨大な熊。
アレここ北海道だっけ、と困惑しながらも俺は半ば反射的に引き金を引いた。
倭国における鬼の伝承
倭国の伝承にはたびたび「鬼」が登場しており、悪、あるいは災いの象徴とされている。酒を好み、恐ろしい腕力で金棒を振り回して暴れ回り、女を連れ去り隠れ家には金銀財宝が山のように溜め込まれ、それを対峙する侍たちの英雄譚というのは多い。
海外においても倭国における代表的なモンスターとして認知されている「鬼」であるが、近年の研究によるとこの鬼の正体は【浮遊大陸から転落し倭国へ流れ着いた竜人ではないか】という説が有力視されている。
確かに頭には角が生えているし、多くの伝承で『尾が生えていた』、『聞いた事もない言葉で喋っていた』、『刀を通さぬ岩の如き皮膚』と記録されており、竜人の身体的特徴と一致するのである。
また彼らが伝承で振るったという金棒も類似したものが竜人の伝統的な打撃武器として伝わっている事から、この説は強く支持されている。




