代理執行官、シャロン
どうでもいい話
クラルテはソーキル艦内に『セッ……しないと出られない部屋』を作るべきと意見具申している。なお予算は下りた模様。
《本日も、幕府東北鉄道をご利用いただきありがとうございます。当列車は特急ほくせい17号、仙台行きです。全車指定席で自由席はございません。一般車は1号車から3号車、4号車は士族・華族専用の一等車となっております。全車禁煙となっておりますので、喫煙はご遠慮ください》
《お客様に停車駅のご案内です。当列車は特急ほくせい、仙台行きです。途中の停車駅は花巻、北上、水沢、一関、小牛田、松島、岩切、終点仙台の順に停車いたします。江戸方面へ向かうお客様は特急ひたち、東北新幹線へのお乗り換えが必要となります。お乗り換えの際はお乗り間違えにご注意ください。また当列車は全車指定席となっております。自由席券ではご乗車になれませんのでご注意ください》
例の巨大ナメクジ討伐で得た報酬は、いつもより豪華な駅弁に消えた。
ちょうどお昼時。平日の昼間という事もあって車内はガラガラだが、駅員さん曰く『一ノ関か小牛田の辺りからどっとお客さん増えますよ』との事だ。ほぼ後半の方じゃねえかとツッコミを入れつつも、駅弁の中で一番高かったやつの蓋を開ける。
わーお、という声がついつい漏れた。ご飯の上にはでっかい梅干しが乗っていて、おかずはだし巻き卵と里芋の煮物、塩鮭とビーフステーキ。それとこっちのスペースにあるのはキムチだろうか(蓋の裏にあるメニュー表には”朝鮮漬け”と表記されている)。
そういや前世の日本でも盛岡はやたらと韓国グルメが充実している印象があった。冷麺美味かったなぁ、と転生前に盛岡を訪れた時の事を思い出しながらとりあえず駅弁を一口。
倭国って恵まれてるんだな、というのが正直な感想だった。
俺の今の祖国、スパーニャも天地戦争に関わっていた国の1つだ。とはいえイライナやノヴォシアのように国土が戦場になって地獄を見たわけではなく、あくまでも交戦国に対する経済的支援や義勇軍の派遣に留まっており、間接的な参戦というのが正直な立場と言えるだろう。
倭国も同じだ。倭国も天地戦争には直接の参戦をしておらず、参戦したジョンファに対する経済的支援や義勇軍の派遣に留まっていて、直接参戦はしていない。
それでもかのメルキアの戦いでは虎の子の『大和型空中戦艦』を4隻すべて喪失、空中戦艦長門、陸奥の2隻も満身創痍となって戻ってきたほどの犠牲を払っており、間接参戦ではあるもののその存在感は非常に大きなものとして国際社会に受け止められている。
立場は同じだというのに、スパーニャと倭国ではいったいどこで差がついたのだろう?
幼少の頃、とにかく食べるものには困った。パンはボロボロでカビが生えているのが当たり前、スープは薄味で具材は屑野菜ばかり。肉なんて貴重品で、サラミが出てきた時はみんなで取り合いになったものだ(そういう喧嘩を諫めるのは俺やリカルド兄ちゃんの仕事だった)。
今では多少マシになったそうだが、それでも食糧事情は依然として厳しいらしい。マチルダ先生の手紙によるとひとまず生ハムやチーズが手に入る程度には改善したそうだが……弟妹同然の子供たちがちゃんとお腹いっぱい食べれてるか心配である。
祖国はそんな有様だが、倭国は全く違った。
鉄道網が発達して、当たり前のようにこんなにも贅沢な食事が摂れる。一日三食キッチリと、だ。スパーニャじゃあ一日二食だった。
レギオン最大手の双璧―――協商連合とS&Dが経済支援をしているのが大きいのだろう。特にインフラ整備に関してはS&Dも本腰を入れて支援したようで、新幹線の早期開業にこぎつけたのもこのインフラ整備が主な要因であるという。
やっぱり金なのかね。世の中金より大事なものがあるとはよく言うが、少なくとも人間社会が続いていく限りは金が全てだと思うよラウル君は。実際に貧困の底に居たからね、説得力が違うよ説得力が……え、自画自賛すんなって? ……アッハイサーセンシタ。
それはともかく、だ。
こっちの世界の東北本線じゃあ新幹線と在来線特急が共存してるのが面白いな、というのが正直な感想である。
前世の日本では東北新幹線開業の影響をもろに受け、東北本線からは特急列車が見事に一掃されてしまっていた。それまでは東北地方と東京を結ぶ大動脈であったにもかかわらず、少なくともラウル君が死んだ2026年までは在来線の普通列車か貨物列車が走る程度で随分と寂しい印象を受けた。
でもこっちの世界では―――走ってるのだ、特急列車が。
在来線特急『ほくせい号』。E653系の4両編成で運用されており、盛岡から仙台までを結んでいるのだという。
実際、前世の日本の東北本線では盛岡から仙台に行く場合、それぞれ一ノ関と小牛田で乗り換えが必要で、ホームを跨いで乗り換え列車に移動するくらいなら新幹線使うわ、というのが正直な感想だったが、この特急ほくせい号はそれがない。南部藩の城下町、盛岡から伊達藩のお膝元たる仙台市まで一直線なのである。
だからなのだろう、盛岡駅の在来線ホームにはでかでかと、南部家の当主と伊達家の当主がほくせいに乗って仲良く談笑している姿を収めた白黒写真が飾られており、ショーケースの中には両者が旅で用いた扇子とかが保管されていた。侍が現存している倭国らしい展示であると言えよう。
ちなみにほくせい号、盛岡から仙台まで片道でなんと2590円。お安い……新幹線よりお安い。お財布に優しいので「盛岡から仙台行くなら……」とお安く済ませたいお客さんの受け皿になっているようだ。
とはいえ利用者の減少を受けてなのだろう、時刻表では1日たったの3往復のみ。しかも近々実施されるダイヤ改正で更に減便され2往復になってしまうのだそうだ……やはり新幹線と線路が重なるという致命傷からは逃れられなかったらしい。
余談だが、ほくせいの中には特急ひたちの繁忙期に限り、付属編成扱いとして仙台駅で特急ひたちと連結してそのまま江戸まで直通(!?)するという特急『スーパーほくせい』なるものが存在するらしい。何それ面白そうなんだけど。
さて、そんなほくせいでの旅もそう長くない。盛岡の次の駅、かの宮沢賢治の故郷としても知られる花巻でほくせいを降りて釜石線へ乗り換える事になる。わずか1駅だけではあるが、前世の日本には存在しなかった特急に乗れてちょっと嬉しい。
新幹線ではなく特急を選んだ理由は単純明快、安いからである。まあ1駅の移動だからね、そのためだけに新幹線を使うのはちょっと……というわけでこうなった。
「ごめんなさい、ちょっとトイレ行ってきますね」
「ん、揺れるから気を付けて」
隣でもぐもぐと駅弁を頬張るフルール。今回の旅ですっかり彼女の保護者ポジションに収まった俺の後ろに座っていたクラルテが立ち上がるなり、2号車の方にあるトイレの方へと歩いていった。
さて、盛岡から花巻までおよそ25分くらい。
短い間ではあるが、車窓からの景色を楽しむとしようか。
鉄道の旅の醍醐味だ。
用を足して手を洗い、さあ仲間のところへ戻ろうと思ったその時だった。
ぽん、と後ろから肩に手を置かれた。一瞬、ラウルかなと思ったクラルテであったが違う人だというのは感触で分かった。努力家であるラウルの手だったらもっと肉刺の潰れた痕でゴツゴツした力強い感触だし、それに身長差もあるから手の置き方にも違和感が生じる。
じゃあロザリーだろうか。あるいはクロエ?
いや、どちらでもない―――鼻腔に香るラベンダーの香水。鏡越しに見えるセミロングの蒼い髪と、頭から伸びた竜人の角。
クラリスかと思ったが、彼女でもない。
しかし、懐かしい人だった。
クラルテにとっては家族のような、歳の離れた姉のような存在。
「しゃ……シャロンさん!?」
「久しぶりですね、シスター・クラルテ」
クラルテがラウルの元へと遣わされた時、スパーニャまで見送りに来てくれた巫女たちの統括管理役。
電脳の母、マザーの右腕―――異世界転生者統括管理機構『ユリーカ』所属の代理執行官【シャロン】。
巫女たちへのマザーの言葉は、すべてシャロンを介して伝えられていた。だからこそクラルテにとっては、このシャロンこそがまだ姿も見た事の無いマザーの”顔”なのだ。
真っ黒なパンツスーツにサングラス、そして巫女たちと同じく太陽を象ったメダリオンを首に下げた彼女。すらりとした長身痩躯の女性で、短距離ランナーのような体つきをした竜人女性である。
そんなシャロンの背後には、同じく黒いトレンチコートに身を包んだ巨漢の姿があった。西洋式の山高帽を目深に被っているせいで顔は伺えないが、少なくとも人間のような生気や呼吸の気配は感じられない。
『ユリーカ』で製造された戦闘用の重オートマタか何かなのだろうか、と思っていると、シャロンはパチンと指を鳴らして片手を差し出した。その華奢で、力を込めて握れば薄氷の如く崩れてしまいそうな儚い手に、背後に立つ2m以上はあるであろう筋骨隆々の巨漢は巨大な楽器ケースのようなものをそっと置く。
黒塗りで艶はなく、うっかり暗闇に置けばそのまま溶けて消えてしまいそうな、そんな色合いだった。表面には異世界転生者統括管理機構『ユリーカ』のシンボルである黄金の太陽を象ったエンブレムがしっかりと刻まれている。
そっとそれを開けてみるクラルテ。
中に収まっていたのは、”楽器”などではなかった。
しかしそれは彼女がまだ巫女見習いであった頃―――多くの同期達と切磋琢磨していた頃に振るっていた、懐かしい得物であった。
「マザーからのお告げです。あなたのこれからの旅路は、より一層苛酷さを増すでしょう……と」
「……承知しています」
電脳の母、マザーには何もかもが見えている。
この世界のどこかにいるマザーには全てが見えるのだ。巫女たちの内心も、世界の全ても―――そしてそれらの未来ですらも。
決して見透かす事の出来ぬ未来を、果ての無い数式と演算の中から導き出し、凄まじい精度で”確定した未来”と結びつけてしまうマザー。故にその言葉に嘘偽りは存在しない。
「ですからあなたも、使い慣れた得物を持っておくべきです」
「―――マザーのお慈悲に感謝いたします」
そっとケースを受け取った。
重量にして50~60㎏。人間の兵士が携行するにしてはあまりにも重すぎるが、しかし190㎝という巨躯の中に強靭極まる筋肉を幾重にも詰め込んだクラルテにとっては、『ちょっと重めのトレーニング用ダンベル』程度のものでしかない。
それほどまでに化け物じみた筋力と持久力の持ち主だからこそ、汎用機関銃に分隊支援火器、挙句の果てには迫撃砲を砲弾込みで携行し軽歩兵と遜色ない機動力で前線を押し上げるという、並みの兵士どころか特殊部隊の精鋭ですら難しい事を平然とやってのけるのだ。
彼女は、そのように造られたのだから。
「それともう一つ」
「なんです?」
「マザーは、あなたの転生者……ラウル・エルマータを”序列19位”とする決定を下しました」
―――序列19位。
転生者たちの序列は1位から100位までである。
マザーは全ての転生者の行動を、巫女を介して絶えず監視するわけだが、序列はその得られた記録から総合的に勘案して決定づけられる。
だからあらゆる行動が序列変動のきっかけとなるのだ。冒険者として真面目に仕事をこなし、あるいは転生者を狩って悪名を知らしめ、あるいは研究に没頭し新たなる発見をし、あるいは経済に精通して世界を動かす。
いずれにせよ、”力”がモノを言う界隈なのだ。
そんな魑魅魍魎の跋扈する界隈に、圏外からいきなり19位にランクインする事がどれだけ異常な事なのか。
大番狂わせも良いところである。
聞き間違いではあるまいか、とクラルテは我が耳を疑った。
しかし聞き間違いなどではない。首に下げたメダリオンがシャロンの発言を一言一句違う事なくテキストメッセージとして書き起こし、直接クラルテの脳へとその言葉の意味を送り届けてくる。聴覚だけでなく視覚的にも無理矢理理解させられるから、聞き間違う余地など微塵もない。
ラウルが圏外から19位への大躍進をした。
それだけが事実なのだ。
「……信じられません」
「格上の転生者2名の撃破、それ以外でも数々の戦果を挙げています。全能なる我らが母は、彼女をこのまま圏外で腐らせておくべきではないと判断なさられました」
「……では、本当に」
「はい、マザーの最終決定です。ですが序列上位、1ケタ台への道はなお遠い。彼女を更なる高みへと導くのは、巫女たるあなたの役割です」
「……はい、シャロンさん」
「頑張って。できますよ、あなたなら」
笑みを浮かべるなり、シャロンは護衛の巨漢を伴って踵を返した。
誰も居なくなった特急ほくせいのデッキで、クラルテは胸のメダリオンを握り締める。
自分が、自分こそが―――ラウルを更なる高みへと導くための鍵。
指名の重大さは、しかしそのまま彼女自身へのモチベーションへと直結していた。
《間もなく、花巻です。東北新幹線、釜石線はお乗り換えです。花巻の次は北上に停まります》




