盛岡でのお仕事
「うっふふ~♪」
「嬉しそうですねぇロザリーさん」
「そりゃあもう、ラウルが選んでくれたんだもの♪」
駅前のお店で購入した簪をニッコニコで見つめ、嬉しそうに尻尾をパタパタさせるロザリー。黒い漆塗りのそれには黄金の稲穂が描かれており、色彩と艶が実に美しい。
和服が欲しい、なんて言われたらどうしようかと少し心配になった。うん。
隣ではフルールがシスター服のヴェール越しにもはっきりと分かるくらいピコピコとジャッカルのケモミミを動かしながら、両手で抱えたコロッケパンをちっちゃいお口ではむはむ頬張ってるところだった。
可愛い。見てるだけで癒されるしついついいろんなものを食べさせてあげたくなるんだけど何この可愛い小動物は? →ジャッカル獣人です。
「ん」
さっき売店で購入した鉄扇を物珍しそうに眺めていたユリウス兄貴が、ふと足を止めた。
視線の先には見慣れたエンブレムと、下手すりゃ親の顔より見たデザインの建物がデデンと鎮座している。多少は和風にアレンジされているがそれでも何のための建物なのかが一目で分かってしまうそれは、俺たち冒険者にとっては仲間と共に泣いて笑って盃を共にして仕事をするために欠かせない施設、冒険者管理局だった。
盛岡支部、とこれ見よがしに記載された看板がある。
「……どーする?」
「買い物だけじゃあ物足りないし、いっちょ暴れるのもアリだと思うな俺は」
「はーっはっはっは! いやぁ腕が鳴るじゃあないか! このボクの実力を倭国の人々に見せつけ極東の大地に以下略!」
んじゃあ行きますか、とコロッケパンをハムハムしているフルールの手を引きいざ中へ。
中はいたって普通の管理局といった感じだった。依頼を受けたり各種手続きをするための受付があり、向かって奥側に依頼書が貼り付けてある掲示板が設置されていて、入り口から右手を見ると冒険者向けの食堂……というか酒場が併設されている。
江戸時代の居酒屋よろしく、店内は総じて和風の装飾が施されていた。まだお昼にもなっていないというのに居酒屋はほぼ満席で、髷を結った倭国の冒険者たちがワイワイガヤガヤと、酔いの回った顔で武勇伝を語ったり力比べに興じたり。随分と楽しそうだ。
国が変わってもやっぱりみんなやる事は変わらないんだな、と思いつつ依頼書をチェックしてみる。
女性と言えば伝統的な和服姿、とまるでファッションセンスだけ江戸時代で止まってしまったような場所に、シスター服やらテイルコートやら軍服風のエプロンドレス姿の身長も胸もその他諸々でっかい女×3を伴った一団が入ってくれば注目も集めてしまうというものだ。
数名の酔っぱらいが鼻の下を伸ばしながらこっちを覗き込んでくる。「下心」という言葉が服を着て歩いているような有様にちょっと警戒心を抱くが、クラルテは何を思ったか聖母の如き柔和な笑みを浮かべるや、その男たちに手を振ってやった。
何それファンサ?
オイコラオス共、人の巫女見て鼻の下伸ばしてんじゃねえ。
「なんだか注目されちゃいますねぇ……異国の地だからでしょうか?」
「クラルテはもっと自分の大きさを自覚した方がいいよ」
「???」
無自覚だったのかお前……。
困惑しつつもとりあえず依頼掲示板へ。Bランクの依頼の中から色々調べてみるが、まあ南部藩のお膝元たる盛岡という事もあってだいぶ治安は良いみたいで、ちらほら浪人の拘束だとかそういう依頼がちらつくがどれも今一つ。浪人絡みの仕事は奉行所に行って調書取られる事もあって正直あまり受けたくない。
もっとこう、サクッと受けてサクッと稼げる依頼はないものか。そんな贅沢な要求を胸に抱きながら依頼書をチェックしていた俺の指が、唐突にピタリと止まる。
「……ねえクラルテさん」
「何ですラウルさん?」
「報酬が高い代わりに嫌な仕事と、楽だけど報酬が安い仕事だったらどっちがいい?」
依頼書を見ながら問いかけると、クラルテはJカップのでっけえおっぱいをぶるんっ、と揺らしながら(わざと?)胸を張った。
大きいおっぱいを見てるとさ、幸せになるよね。
え、ラウル君はおっぱい無いのかって? 俺 は オ ス だ よ 。
「それはもう決まっています。報酬金額の高い仕事一択ですよ!」
「……じゃあコレ、受けようか」
依頼書を掲示板から外して、クラルテにそっと渡す。
さっきまであんなに太陽のように輝いていたクラルテ☆スマイルが一瞬で曇った。
「いや~、こったら綺麗な外人さん達がこのすごど受げでけるどは思わながったよ(いや~、こんなに綺麗な外人さんたちがこの仕事受けてくれるとは思わなかったよ)」
ツナギ姿の年配の獣人男性はニコニコしながら、後ろに建っている倉庫の扉をコンコンと叩いた。
横にスライドして開けるタイプの扉の向こう。おそらくは農業用の重機を格納している倉庫なのだろうが、しかし扉の隙間やトタンの壁の穴から香ってくるのは機械油の臭いではなく、そのほらアレ、なんというかこう、アレだ。腐葉土っぽい感じの……。
生臭い臭いに加え、耳をよーく澄ましてみると……ぬちゃ、ぬちゃぁ……と湿った音が聴こえてくる。
まるで何か、粘液を纏った生物が蠢いているような……。
「3日前がらウチの倉庫さオオナメクジが住み着いでしまって、おがげで重機使って畑すごども出来ねえんだ。なんとがしてけんねぇべか?(3日前からウチの倉庫にオオナメクジが住み着いてしまって、おかげで重機使って畑仕事もできないんだ。なんとかしてくれないか?)」
「オオ、ナメ……クジ……」
頼んだぞ~、と手を振りながら去っていく年配の獣人男性。そんな年季の入った背中を見送る俺たちの隣で、クラルテはというとギャグシーンにありがちな簡単作画になりながら口から魂を放出しているところだった。ああ待て逝くな逝くな。
ぐいー、と彼女の魂を引っ張ると、ロザリーがそれを容赦なく口の中に押し込み始めた。あの、女同士だからっていうのも理解できるけどこう、もう少し手加減をこう、あ、ごめんなさい何でもないです。
「ラウルさん何でこの仕事受けたんですかぁ!?」
「だって盛岡市内だし報酬金額も高額だし……サクッと終わる仕事だし……」
「だからって、だからって! あんなヌメヌメでヌルヌルな気色悪い奴と戦う必要ないじゃないですかぁ!」
肩を掴まれがっくんがっくんと揺らされるラウル君。何だろう、こんなに感情をかき乱されるクラルテを見たの初めてかもしれない。
「クラルテ、お前巫女なら調律してもらえばいいだろ」
Bulldog 762のマガジンをチェストリグに押し込みながら、さらりとフルールが言った。
そうである、クラルテにはマザーからの”調律”があるのだ。それさえあれば作戦の遂行の障害になる余計な感情の揺らぎを「ノイズ」として除去してもらえ、常に最高のコンディションでミッションに臨む事が出来るのだ。
メダリオンを破壊してしまったフルールには、もうできない事ではある。
「ええ、しますよ! しますとも! ああマザー、悩める仔羊をお導き下さい……!」
両手を胸の前で重ねて祈るクラルテ。寛大なる電脳の母ことマザーはそんな彼女の祈りを聞き入れたようで、クラルテの胸元にある太陽を象ったメダリオンが一際強く紅色の光を放った。
それに合わせて彼女の蒼い瞳も一瞬だけ紅く変色。困惑と嫌悪の表情が浮かんでいたクラルテの顔が、一瞬にして落ち着き払った無機質な表情に変わっていく。
「……お見苦しいところをお見せしました。さあ行きましょうか」
「お、おう……」
口から魂が出るレベルで嫌がってたクラルテがこうもスンッ……って感じで落ち着き払うと逆に怖くなる。大丈夫なんだろうか、あの「調律」って。
ともあれ、俺も仕事道具を用意する。
今回選んだのはMARS-H。いつもは20インチのヘビーバレルを用いて命中精度と弾速の底上げを図っているのだが、今回は倉庫の中で7.62×51㎜NATO弾の威力を振り回すために10.5インチのショートバレルとした。
ロザリーはいつものDP-12を装備しているが、他のメンバーはというとずんぐりとした形状のブルパップ式のライフルを手にしていた。
『Bulldog 762』という、ブルパップ式のバトルライフルだ。
フランスのFA-MASをそのままでっかくしたようにも見えるそれは、信じがたい話だが『M14をブルパップ化したカスタムライフル』である。高い威力と射程を持つ代わりに取り回しに難のあったM14を、如何に取り回しやすくするかという試行錯誤の果てに生み出された模範解答とも言えるだろう。
無論、機関部が後退しただけで銃身が短くなったわけではないので、命中精度や弾速に関しては据え置きだ。
行くか、と口の周りを覆うタイプのフェイスマスクを着用。フィルターがしっかり装着されている事を確認するなり、意を決して扉を開けた。
中に居た化け物を見るなり、思わず足が竦む。
トラクターを取り囲むようにとぐろを巻き、トラクターの分厚いタイヤを削り取るように食べていた巨大なナメクジが触角をこっちに向ける。全長にしておよそ5m……梅雨になると庭先とか、旧い家だと家の中でも目にする機会のあったナメクジ。あれのクソデカバージョンが目の前にいる。
俺たちに興味を持ったように、タイヤを食べていたナメクジがこっちに近寄るそぶりを見せた。奴が食べていたタイヤはかなり粗いやすりで削られたような凹凸が刻まれ、粘液を浴びて気味の悪い光沢を放っていた。
カタツムリやナメクジには”歯舌”と呼ばれる器官がある。人間のように歯を持つわけではないが、細かい刃の生えた舌を動かす事でヤスリのように対象物を細かく削って捕食するのである。
無論、あのサイズだ。人間の上にのしかかられるだけでも致命傷だが、その歯舌を使って捕食されれば肉など容易く削ぎ落されてしまうだろう。
それだけじゃない。
じゅうじゅう、とナメクジの這った粘液の痕から、まるで塩酸をぶちまけたかのようにうっすらと煙が上がっている。
あの粘液は酸性だ!
幸い相手に飛び道具はない。とっととぶち殺して―――と思ったところで、咄嗟にクラルテを横に突き飛ばしながら俺も大きくジャンプしていた。
直後だった。ずんっ、と凄まじい衝撃と共に、天井にぶら下がっていた2匹目のオオナメクジが1秒前まで俺の立っていた場所に落ちてきたのは。
「っ!」
「ラウル!」
ぬぅっ、と顔を上げるオオナメクジ。俺たちを獲物と認識したのか、口を開けて捕食しようとする素振りまで見せてきた。
躊躇する事なく引き金を引く。
パシンパシン、とサプレッサー付きのMARS-Hが吼えた。2発の7.62×51㎜NATO弾がナメクジの顔面に食い込んで、粘液と黄色い体液を周囲に撒き散らす。
よもや逃げるばかりだった獲物が反撃してくるとは夢にも思わなかったのだろう。被弾したオオナメクジは苦しそうに身体をくねらせると、その全身から更にどろりとした濃い粘液を分泌し始める。
だがしかし、まともな反撃など出来るはずもなかった。
ドガガガガガ、と響き渡る銃声。
フォアグリップをしっかりと握ったクラルテが、Bulldog 762のフルオート射撃を殆どブレさせる事無く完璧なリコイルコントロールを披露。20発入りのマガジンの全弾をオオナメクジの顔面に叩き込んでいたのである。
一撃で人間の歩兵を死に至らしめるフルサイズのライフル弾をそんなに叩き込まれれば、如何に5mの巨大ナメクジでもたまったもんではなかったらしい。顔中からカラシみたいな色の黄色い血を吹き出しながら、巨大ナメクジの片割れが崩れ落ちる。
さてもう片方は、と思ったところで重々しい銃声が2度響いた。
DP-12を構えたロザリーが、ナメクジの顔面に12ゲージのスラグ弾を2発も叩き込んだのだ。空気抵抗を受けやすい形状であるため狙撃には向かないが、しかしそのストッピングパワーはヒグマなどの大型の猛獣を狩猟できるほどである。
そんなものを2発も顔面に叩き込まれたのだ。酸性の粘液で覆われているとはいえ、カタツムリのような殻を持つわけでもないナメクジでは防ぎようがない。
ぐったりと崩れ落ちるオオナメクジ。死亡確認のためなのだろう、さらに2発追加でスラグ弾を叩き込んだロザリーは、ものすごく純粋な笑顔を浮かべながらこっちにVサインを送る。
思ったより早く終わった大仕事ではあったが……なかなかインパクトのある仕事だったな、と思った。




