大舘→盛岡へ
カフリアからのコンテナの旅は死ぬかと思った。
空中貨物船から降ろされた赤いコンテナ。事前に取り込めたルートで運搬されたそれのロックを外してもらって、ようやくヘンリックは蒸し暑かったり寒かったりしたコンテナの中から解放され、倭国の土を踏む。
長旅だった。カフリアから亡命しS&Dの追跡を巧みに躱して貨物用のコンテナを複数乗り継ぎ密航、ジョンファを通過してコーリアを通り、ようやく倭国入りである。
当たり前だが、ヘンリックの顔は空港職員や警察組織の人間には見事に割れているし、国によっては指名手配されている。かつての天地戦争の大英雄が、今や戦争の扇動行為を繰り返すテロリスト。この世界を人体になぞらえるのであれば癌細胞、というわけだ。
よく「人間誰しも愛されながら生まれてくる」とか、「生きているから必要とされる」といった綺麗事を口にする人間は星の数ほどいる。しかし忖度なく言い切るのであれば、今この場にいるヘンリックほど一刻も早く死ぬべき人間というのもそうそういないだろう。
コンテナから外に出て肩を回し首の骨を鳴らすヘンリック。一緒に乗っていたイーライはというと長時間のコンテナ移動ですっかり参ってしまったらしく、カフリアを発つ前と比較すると随分とげっそりしてしまっている。
他の同志たちもそうだった。中にはコンテナの隅に吐瀉物をぶちまけたり、それを浴びてしまった者もいた。気が動転していたのか……いや、天地戦争末期という地獄を経験していたからなのだろう。その中にあってヘンリックだけはゲラゲラと笑っていられる余裕があった。
「ヘンリック・アンデルセン殿」
コンテナの前にやってきたのは数名のツナギ姿の男たちだった。幕府の役人よろしく袴を着ているわけでもなければ帯刀しているわけでもなく、髷も結っていない。いたってごく普通の港湾労働者といったいでたちだ。
しかし目を見れば分かる―――何人かは、人間を殺した事のある目をしていた。
「カフリアから遠路はるばるご苦労であった。某は―――」
「オオー、ワコク、サムライ、ハラキリ! コニチワコニチワ! ゴキゲンヨー!!」
はっはっは、と片言の倭国語を並べながら手を握り、ぶんぶんと上下に振り回すように握手するヘンリック。
彼ら―――尊王攘夷派の浪人たちはきっと、天地戦争の大英雄としてのヘンリックを想像していたのだろう。こんなにも戦いに対して純粋で、エキセントリックな人柄だったとは全く想像していなかったようで、面食らったようにぽかんとしながらされるがままにされていた。
「へ、ヘンリック殿。此度の件、あなたのような英雄に助太刀頂き感謝の極みにござる」
「オーケーオーケー! バクフ、一緒ニブッ殺スシマショウ! イクサ、センソーダイスキオーイェー!!」
―――大丈夫かこの人。
浪人たちの顔にははっきりとそう書いてあった。
「か、かたじけない……では早速こちらへ」
浪人に案内され、水戸藩の片隅にあるジャンクヤードまで案内される。
廃品で作ったような塀の内側へと案内されるなり、山のような廃品で隠された隠し階段で地下の奥深くへ。
水戸藩は徳川御三家の一角、そのお膝元だ。「灯台下暗し」とはよく言ったもので、むしろそういう地域を拠点にする方が気付かれにくいのかもしれない。
地下室ではいったいどこからかき集めてきたのか、刀剣類や銃器類が保管されていた。ヘンリックたちが浪人の案内で地下へ通された時はちょうど若手の浪士たちがせっせと火炎瓶をこさえているところで、ガソリンの臭いが充満しないようファンが全力で回っていた。
その奥にある部屋に通されたヘンリックとイーライは息を呑んだ。
トレーラーを何台か並べられそうなスペースのある地下の広間。そこには猛獣でも押し込めておくようなサイズの巨大な檻が置かれていた。
しかしそこに入っているのは猛獣などではない。
―――もっとおぞましいものだった。
檻の主と目が合う。途端に”それ”は触角と大きな羽を振るわせるや、短刀を思わせる鋭利な口器をガチガチギチギチと鳴らして威嚇し始める。
オレンジと黒の警戒色。攻撃性の高さを主張する、自然界の視覚的警告。
檻の中に入っていたのは体長3mにも達するであろう、人間以上のサイズの巨大スズメバチだったのである。
まるで爆竹でも慣らしているかのような羽音を高らかに響かせ、尾の先端から毒液滴る針を出す巨大スズメバチ。いや、もはや”針”という次元ではない。遥か昔、馬に跨った騎士が振るった騎兵槍を彷彿とさせるようなサイズだ。
そこから分泌される神経毒も恐ろしいが、ここまでサイズが大きいとなると毒よりも針とあの顎による物理攻撃の方が恐ろしく思える。
「以前、落ち蟲としてこの地に落ちてきた個体を捕獲したものだ。定期的に餌を与えて生かしてあるが……」
「オォー! 素晴ラシイデース! 幕府ブッ殺スデキマース!」
「しかし無計画に放ったところで蟲狩衆に蹴散らされるのが関の山であろう。もっと混乱を引き起こすには蟲を操る術がだな―――」
浪人の話は、しかしもうヘンリックの耳には入っていない。
蟲島―――倭国上空を回遊する、巨大昆虫が支配する浮遊大陸。
彼らは時折地上に落ち、多大な被害を出していくのだそうだ。そして浮遊大陸から落ちてしまった巨大昆虫は倭国人には「落ち蟲」と呼ばれ、それを討伐する専門の部隊が創設されるほど恐れられている。
尊王攘夷派は、その落ち蟲を利用して混乱を起こそうとしているのだ。今の幕府による統治体制を覆し、倭国をあるべき姿へと作り変えるために。
そう、火種だ。
戦争の火種がここにある。
よもやレギオン連中も、ヘンリックがカフリアから極東まで落ち延びテロを計画しているなどとは夢にも思うまい。少なくともコレで大きく時間が稼げるはずだ。
その間に、準備を進めなければ。
極東を、倭国を阿鼻叫喚の地獄に染め上げる準備を。
ここが火の海になれば、ヘンリックの望む世界はすぐに到来するであろう。
天地戦争でボロボロになった西欧。今や経済の主導権は北米とアジアへ移り、かつて世界の中心などと思い上がっていた頃の威厳は微塵もない。
そしてそのアキレス腱となっているアジアまでもが戦乱に包まれればどうなるか。
考えるだけでも楽しくなる。
殺戮のワンダーランドは、もうすぐそこまで迫っているのだ。
秋田駅を出た特急列車『こまち(※E653系の4両編成)』の窓の向こう側が、逆向きに流れていくのは何とも奇妙な感じがした。
まるで列車が後ろ向きに進んでいるように思えるが、実はまさにその通り。秋田を出た盛岡行きの特急『こまち12号』は、次の大曲駅まで奥羽本線の線路をバックで走行。大曲駅に到着するなりスイッチバックを行い、そこから田沢湖線へと入っていくのだ。
つまりどういう事かというと、『大曲駅を境に列車の進行方向が前後逆になる』のである。
これは前世の日本を走っていた秋田新幹線も同じだ。秋田新幹線『こまち』も大曲から秋田までは後ろ向きで走るという、日本国内で唯一スイッチバック運転を行う新幹線として知られていた。
まあ、こっちの世界では羽越新幹線と奥羽新幹線が開業していいるので、その代わりに秋田新幹線と山形新幹線は開業しておらず特急のままになっているようだが。
《間もなく大曲です。奥羽新幹線、奥羽本線はお乗り換えです。お降りのお客様はお忘れ物にご注意ください。大曲を出ますと、次は角館に停車いたします》
《えーお客様にお乗り換えのご案内をいたします。奥羽新幹線青森中央行き、つばさ87号は1番線から9:00、あけぼの号江戸行きは2番線から9:13の発車です。続けて在来線、奥羽本線普通列車、横手経由院内行きは9:02の発車です。向かいの11番線からの発車です、お乗り間違えにご注意ください。本日も特急こまち号をご利用いただきありがとうございました》
放送を聞きながら、隣で漫画を読んでいるフルールの方をちらりと見た。また列車を乗り継いで今度は反対側、南部藩へ移動する事になったと告げた時はこの世の終わりのような顔をしていたフルールだったが、しかし実際に乗ってみると(最初のうちは)特に不満そうな様子もなく、大人しく漫画を読みながらお茶をちびちびとやっていて平和なものだ。
にしても、昨晩は大変だった。
浪人2名殺害、2名無力化。とりあえず息のあった2名を奉行所に突き出して市村家の妻子を守り抜いたのは良いが、まあそこから与力の怖いおじさんの取り調べがちょっとだけあった。ギルドの所属を早い段階で明かした事、取り調べに協力的だった事、参考人として話を聞いたというお雪さんと真之介君の証言もあって30分くらいでホテルに帰してもらえた。
「浪人相手になかなか肝の据わった女子じゃ」だそうだ……うん。
フルールのケモミミをもふもふしている間に、特急こまち号は大曲駅を出た。
ホームのずっと奥の方には、赤と白のツートンカラーが特徴的なE5系っぽい新幹線が停車していた。あれは倭国がE5系をベースに、モーターの強化とロングノーズの短縮などの改造を行った『E5A系』という奥羽新幹線の車両らしい。
上越新幹線がそうであるように、奥羽新幹線も奥羽山脈を乗り越えていかなければならない。実際の山形新幹線も奥羽山脈を越える際はスピードを落とさざるを得ないレベルなのだ。そこをフルサイズの新幹線で越えていくのだから、それに特化した車両が欲しかったのであろう。
車体には『E5A TSUBASA』のマーキングがあった。
スマホで写真を撮るよりも早く、ホームを去っていくこまち号。今度こそ進行方向が前方になったかと思うと、今まで高架の上を走っていた線路が緩やかな下り坂になり、最終的には地上を走り始めた。
倭国の鉄道の駅で特徴的なのが、『新幹線の駅では在来線も高架を経て2階の新幹線ホームの隣に入線する』というものだ。
少なくとも俺の知っている範囲では、前世の日本の新潟駅がそうだった。在来線の隣に新幹線のホームがあるので、特急から新幹線への乗り継ぎが非常にスムーズなのだ。
乗客の乗り換えを強く意識しているのだろう、そう言えば今まで通ってきたどの新幹線の駅もホームの奥には必ず在来線のホームがあった気がする。
じゃあ盛岡もそうなのかな、と期待に胸を膨らませながら、窓の向こうに視線を向けた。
かつての故郷まで、もう少しである。
《間もなく終点、盛岡です。東北新幹線、東北本線、花輪線、山田線はお乗り換えです。本日も特急こまち号をご利用いただきありがとうございました》
《ご乗車ありがとうございました。間もなく終点盛岡、盛岡です。お乗り換えのご案内をいたします。東北新幹線はやて18号青森中央行きは9:56、11番線から発車いたします。えー、東北新幹線江戸行きのやまびこ112号は10:03にお隣の12番線からの発車となります。お乗り間違えにご注意ください。続けて在来線のご案内です。東北本線八戸行きの普通列車は9:59分に3番線から発車、東北本線特急ほくせい号仙台行きは10:15に5番線から発車となります。山田線は普通列車―――》
床がゆっくりと傾き始めた。列車が高架に向けて勾配を登り始めたのだ。
窓の向こう、前世の世界の盛岡とはまた違った街並みが見えてくる。転生前の日本の盛岡はもっとこう、駅前にホテルやらアパートやら雑居ビルが立ち並ぶ風景が記憶に焼き付いているのだが、そういった建物は控えめで巨大なグラスドームを備えた大きな駅舎と、そしてその遥か向こうに見える盛岡城の威容が目についた。
前世の日本じゃもう跡地になってるんだよな、盛岡城……そうか、こっちじゃ遺ってるのか……。
さて、感慨に浸ってる場合じゃない。早いとこ下りないと車両基地まで連行されてしまう。
「ラウルさん、降りましょう」
「うん」
荷物をまとめ、特急こまち号に別れを告げた。
やはり盛岡駅も在来線のホームが新幹線のホームの隣に整備されているタイプの駅になっていた。すぐ隣では江戸まで行くやまびこ号(※親の顔より見たE5系新幹線)が乗り換え客を待っていた。
まあこれに乗って次の花巻駅で降り、そこから釜石線に乗り換えれば今日中には釜石にはつくだろう。
ただまあ、ソーキルが釜石に到着するのは明日の話である。少しくらい盛岡の街を散策してから移動しても問題はない筈だ。
改札口を通り、外に出る。
頭では分かっている―――ここは俺の知っている日本でもなければ盛岡でもない、岩手でもないのだと。
それでも何故だろうか。
”魂”だけは声高に叫んでいた。
ここが故郷だ、と。
俺の故郷なのだ、と。
倭国の盛岡駅に入線する特急
特急こまち
盛岡から秋田を結ぶ特急列車。田沢湖線を経由し大曲駅で奥羽本線に入線、そこからスイッチバックで秋田まで向かう。倭国で唯一スイッチバックを行う特急列車として知られており、鉄オタの間では有名らしい。
現実では秋田新幹線が走行する盛岡~秋田間の在来線区間を走行する特急となっている。
かつての東北大震災の際は鉄道奉行、浅川仁衛門の指揮の下、羽越新幹線で運搬した貨物を盛岡へと運び入れる役割を担った。その際仙岩峠にて崩落事故が発生、被災したこまち8号の車掌が自分を犠牲に後方車両を切り離し、前方5両を盛岡まで送り届けた話は有名である。
特急ほくせい
盛岡から仙台までを結ぶ特急列車。走行区間の殆どが東北新幹線とラップしてしまっている事から、東北新幹線開業時より減便に減便を重ねており、現在では1日に僅か3往復のみ。3年後に迫ったダイヤ改正では2往復への減便も確定してしまっている。
新幹線が開業する前は東北地方の大都市仙台と盛岡を結ぶ東北本線の花形であったが、今ではその役割を東北新幹線に明け渡している。
ごく稀に、仙台から特急ひたちと連結しそのまま江戸までの直通運転を行う『スーパーほくせい』も設定されており、その際はチケットの争奪戦が凄まじい事になるらしい。




