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幻の新幹線

どうでもいい話


 範三さんは豚骨ラーメンにハマった際、自分で手作りしようとまずスープの出汁を取るための豚を育てるところから始めたが、思いのほか豚さんが可愛くて食べる気になれなかったので博多にある宿舎で飼育している。


 観測歴38000年


 8月10日 12:00


 オホーツク海上空 凍土型浮遊大陸『パコヴィードⅡ』







 マストに掲げられた協商連合の旗―――黄金の剣と天秤をモチーフとしたそれが、オホーツク海の冷たい風に晒されてこれ見よがしにはためく。


 艦橋の窓から見えるのは総勢48隻にも及ぶ協商連合艦隊の艦列だ。ワークホースとして量産体制に入ったソーキル級重巡洋艦12隻を含んだ艦隊が、三日月形の陣形を組み、前方に浮遊する氷の浮遊大陸『パコヴィードⅡ』へとその舳先を向けている。


 夏場でもオホーツク海上空はよく冷える―――だからこの時期、暖房の効いた艦内で飲むアイスティーほど贅沢なものは無いだろう、とチェルノボーグ級重戦艦の2番艦『ベロボーグ』をミカエルから預けられたかつてのノヴォシアの怪僧『グリゴリー・ラスプーチン』は思う。


 イライナハーブをブレンドした茶葉の爽やかな味わいに満足しながら、ちらりと視線を背後に向けた。


 大きな特注の額縁の中に飾られているのは、蒼い髪の竜人女性の肖像画だった。スーツ姿で”男装の麗人”という表現がしっくりくる容姿、その辺の男を寄せ付けない隙の無さ、凛々しい佇まいをしていながら花を愛でるという美しい感性の持ち主。どれをとっても非の打ち所の無い女性だ、とラスプーチンは心の底から思っている。


 今や彼女の―――シェリルの心はミカエルにだけ向けられていると知っていてもなお、だ。


 自分の盗撮した写真をモデルに、AI全盛の時代を迎えているアルカディアにおいてわざわざノヴォシアの画家に依頼し作成してもらったシェリルの肖像画。他人の人妻を勝手に肖像画にするばかりか、自分の預かった艦隊旗艦の艦橋に独裁者の肖像画よろしく飾るという暴挙は、ラスプーチンが協商連合に対し有能な人物であると評価されていなければ決して許されないだろう。


 幸い、艦橋で勤務しているのは戦闘人形(オートマタ)たちとAI『ルシフェル』のサブフレームだけだ。ベロボーグに乗る人間はラスプーチンただ1人だけである。


 機械技術とAIの異常な発展に伴う極端な省人化。同胞を危険に晒すまい、というミカエルの慈悲に端を発するそれが行き着く先は、きっと「戦争行為からの人間の完全排除」なのだろうな、とラスプーチンは考える。


 彼女は慈悲深い指導者だ。帝政ノヴォシア時代から皇帝(ツァーリ)を支え続けた竜人の僧侶ラスプーチン一族。その中に名を連ねる彼がノヴォシア共産党から迫害されていると知るや自ら救いの手を差し伸べ、こうして協商連合へと迎え入れてくれたのだから。


 もっとも、シェリルに一目惚れしストーカー行為のエスカレートの果てに嫌悪され、今ではもうシェリルの半径5㎞以内への立ち入りが厳重に禁止されてしまっているのだが。


 それでも愛せざるにはいられない。


 天空に咲くシェリルという美しい花―――その花の為に今、自分はこの白い両手を血で穢す。


《ラスプーチン司令、全艦配置完了しました》


「よろしい」


 空になったティーカップを側近の戦闘人形(オートマタ)に預け、ラスプーチンは両手を広げた。






「さあ、殲滅のメロディーを!」






 彼の合図で、展開した全艦の艦首が変形し始めた。


 艦首が上下に大きく割れ、その最奥から螺旋状に回転しつつ巨大な砲身がせり出してくる。


 ”ズメイ砲”の砲身だ。


 一撃で浮遊大陸を砕き、地表に直撃し炸裂すれば疑似的な”核の冬”をもたらしかねない強力極まる決戦兵器。TNT換算にして145.6テラトンにも達する、そんな化け物じみた威力の兵器の砲口がたった1つの浮遊大陸に向けられている。


 凍土型浮遊大陸『パコヴィードⅡ』は、極東におけるレギオン『インフェルノ』の拠点であると目されている場所だ。事実、作戦開始直前まで複数の空中艦や航空機の出入りが確認されており、潜入工作員(※既に退避済み)からもインフェルノの構成員の存在が確認されている事から間違いはない。裏も取れている。


 そしてこの空域での軍事作戦は、既にノヴォシア、倭国両政府へと通達済みであった。


《エネルギー充填開始》


《各キャパシタ、蓄電率上限を10%に制限》


《司令、パコヴィードⅡより入電あり。しかし磁場の影響と、本艦と相手の通信装置の技術に差があり過ぎるせいで送受信できません》


「ならば捨て置きなさい」


《了解、作戦続行します》


 インフェルノの狙いは既に明白である。


 安定していると思われている極東地域における戦乱の扇動。


 100年続いた天地戦争において戦場とはならず、経済に混乱を抱えてこそいたもののいち早く立ち直った極東地域は、今や世界経済の一翼を担う経済地域と言ってもいいだろう。


 そんな場所で、政権の転覆に繋がりかねない混乱が起こればどうなるか。


 経済への影響は甚大で、それもすぐに世界中へ伝播する。


 この世界において、戦争に巻き込まれない安住の地は存在しなくなる。


 また戦争が起こるかもしれないという不安、自分たちも戦火に巻き込まれるという恐怖。それが世界中の人々へ瞬く間に伝播して、不信感が不信感を生み、敵愾心が敵愾心を育て、やがてそれは火を起こすのだ―――100年続いた天地戦争、それをも超えかねない大火を。


 そんな事はさせない。


 祖国ノヴォシアがそうであったように、今度は世界が灰になる。


 艦橋の窓の向こう、AIが映像を拡大して見せつけてくる。凍土型浮遊大陸『パコヴィードⅡ』の地表では厚手のコートに身を包んだ人影が、鉄パイプに括りつけた白旗を必死に振っていた。


 しかしラスプーチンはそれを黙殺する。


 元々、インフェルノは非合法なレギオンだ。レギオンどころかギルドとして活動するための必要な届け出を管理局に提出していないから、法律の面で見れば『レギオン』でも『ギルド』でもない。


 それに加えて、その旗の下に集うのはあらゆる国や地域で罪を犯し、死刑を宣告されているような凶悪犯罪者共だ。それが意図せず罪を犯してしまい情状酌量の余地があるというのであれば同情も出来るだろうし、更生も期待できよう。


 しかし自らの為だけに罪を犯し、更生も期待できないとなれば生かしておく価値はない。世界にとって害にしかなり得ない存在にリソースを割いてやれるほど、協商連合は寛大ではないのだ。


 だから降伏の申し出を、ラスプーチンは黙殺した。


 ―――あれは獣だ。


 ―――人間の言葉を模倣するだけの、文明も弁えも知らぬ獣なのだ。


《各キャパシタ、蓄電率10%》


《遮光フィルター、展開》


《総員衝撃に備え》


 ブロックノイズが広がり、ベロボーグの艦橋の窓が遮光フィルターで覆われていく。


「―――撃ちなさい」


 無慈悲極まる命令が下されるや、全艦のズメイ砲が蒼い光を放った。


 荒れ狂うばかりのそれが呪縛から解き放たれ、腹を空かせた猛獣さながらにパコヴィードⅡへと殺到していく。周囲を浮遊する氷塊は瞬く間に蒸発し、やがてパコヴィードⅡも同じ運命を辿った。


 地表で旗を振っていた人影はプラズマに触れるまでもなく炎と化した。やがて氷でできた大地が瞬く間に融解、水分すらも暴力的な量のプラズマにより蒸発し、後には何も残らない。


 氷の浮遊大陸を喰らうだけでは物足りぬ、と言わんばかりに、ズメイ砲たちは雲を突き抜け空へと消えていった。もし宇宙ステーションでもあれば、その輝きは宇宙空間からでも観測できたかもしれない。


 ともあれ、これで災いの芽は摘んだ。


 終わりましたよ、と言わんばかりに背後のシェリルの肖像画を振り向き笑みを浮かべるラスプーチン。今頃本物のシェリルは吐(・)き(・)気(・)を(・)催(・)す(・)ほ(・)ど(・)喜(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)だろうな、と思いながら、彼は全艦に帰投を命じるのだった。


















《ご乗車ありがとうございました。間もなく終点、”越後中央”に到着いたします。お降り口は左側です。お乗り換えの案内をいたします。羽越新幹線いなほ97号、”青森中央”行きは17時43分発射、お向かいの4番線から発車となります。在来線、新幹線共に同じく2階のホームとなります。お乗り間違えのないようご注意ください。本日も上越新幹線、とき313号をご利用いただきありがとうございました。間もなく終点、越後中央です》


 荷物を持ってデッキで待機すること1分と少し。俺たちを乗せた上越新幹線(前世の日本でも運用されていたE7系だった)が滑らかに減速し始めたかと思うと、越後中央駅のホームへと滑らかに滑り込んでいった。


 転生前、会社のパワハラ上司を殴ってから一緒に新潟まで遊びに行った事がある。あの時も上越新幹線を使ったんだけど、驚いたのが新潟駅って”新幹線ホームの隣に在来線ホームがある”という事だった。普通、新幹線は2階で在来線は1階で……みたいな感じで分けられているものなのだが、これならばスムーズな乗り換えができるし1階はバスターミナルとする事で地上のスペースも圧迫しないという合理的な構造となっていて、すっげー便利だったのを思い出す。


 さすがに異世界だしそこも違うんだろうなぁ、変わってるんだろうなぁ、と思いながらドアが開くのを待って降りてみると、しかし意外な事にレイアウトは似通っていた。ホームの遥か向こう、線路をいくつも挟んだ先には角張った在来線の車両が停車していて、和楽器をふんだんに利用した発車メロディーに見送られて新津方面へと旅立っていくところだった。


 設計者の思想が似ていたのか、それとも鉄オタの転生者が設計に関与していたのかは定かではない。


「ふぇ~……まだつかないのか……?」


「頑張って、あと1回乗り換えだから」


「んむぅ~……」


 8:30に博多を出て既に17:15……まるまる1日を新幹線での移動に費やした感じだ。ここから更に2時間30分ほど、倭国海(日本海)沿いを新幹線で揺られて秋田に向かう事になる。


 前世の日本だったら東京駅で秋田新幹線に乗り換えるだけで直通できた。はやぶさ号とこまち号が連結して盛岡まで行って、そこからこまち号が秋田へと在来線区間を走って向かうのだ。


 しかしこっちの世界の日本、すなわち倭国では羽越新幹線が開業している事もあって秋田新幹線が開業しておらず、秋田へ向かうには一旦東京から新潟に行ってそこから羽越新幹線に乗り換えて……という工程を踏まなければならない。


 ちょっと不便だなとは思ったが、時刻表をよく見たら江戸から青森中央までの直通運転を行う羽越新幹線も存在するらしい。何だよそっちに乗ればよかったとは思ったが運行が3時間に1本という少なさでラウル君泣いた。


 お疲れモードのフルールと手を繋いで、駅のホームにある改札口(ホームに改札口あるの凄いよね)を通過し隣のホームへ。あと20分くらい待たなければならないので、その間に夕飯代わりの駅弁でも買っておこう。


 荷物をクラルテに預けて弁当屋さんの列に並んでいたその時だった。


 新潟のお米は美味いからな、何が良いかな……とメニュー表を見て悩んでいると、聞いた事もないアナウンスが頭上のスピーカーから流れてくる。


《間もなく4番線を、貨物新幹線”あさかわ119号”が通過します。危険ですから黄色い線の内側までお下がりください》


「?」


 貨物……新幹線?


 なんのこっちゃ、と思いつつ弁当を購入して仲間のところへ戻ろうとしたその時だった。


 オレンジの塗装に白い帯の入った巨体―――かつて東北・上越新幹線で活躍していたE4系新幹線の改良型と思われる二階建ての車両が、連結して4番線を通過していったのである。


 窓は全部塞がれていて、乗客が乗る余地は微塵もない。貨物の高速輸送の為だけに生まれ変わった車両、という印象だった。


 8両編成のE4系を2つ連結したそれは、凄まじい速度で越後中央駅を通過。そのまま秋田、青森方面へと駆け抜けていった。


「はぇー……」


 やっぱりというか、異なる歴史を歩んだのだから鉄道1つとっても異なる進化を遂げてるんだなぁ、と実感させられる。


 おもしれー、と頭上の電光掲示板を見上げた。そろそろ羽越新幹線の到着時刻である。これに乗ったら後は『新大舘』まで一直線、そこで範三さんの実家を目指す事になるわけだが……。


「ぬ゜」


 時刻案内を見て変な声が出た。


 俺たちが乗る予定の羽越新幹線は17時43分着、45分発。その下に次の新幹線の案内があるんだが、なんと到着時刻が【19:38】と表示されてて魂抜けた。


 に、2時間後……?


 もしかして、羽越新幹線って運行本数少ないの? じゃあこれ万一乗り逃したら新潟で2時間足止め……?


 ひえぇ……。


《お待たせしました。間もなく4番線に、羽越新幹線いなほ97号、青森中央行きが参ります。自由席は1号車から3号車、一等車は8号車です。なお、全車禁煙となっております》


 しばらくして、前世の日本では開業していなかった羽越新幹線がやってきた。黄色い車体に鮮やかなオレンジのアクセントで彩られた、E7系新幹線だった。


 さて、ここから新大舘まで2時間30分。


 到着は大体20時くらい……長旅である。






 

貨物新幹線E4C系『あさかわ』


 羽越新幹線で用いられている貨物新幹線。ベースとなっているのは日本最後の二階建て新幹線、E4系。車内の客席をすべて撤去して貨物の積載スペースとしており、1階に重量のある大型貨物を、2階に小型貨物を積載し240㎞/hで羽越新幹線区間を走行する。車体側面がトレーラーのように大きく解放される構造となっているので、貨物の出し入れも容易な設計である。


 そもそも羽越新幹線は貨物新幹線がメインの路線となっており、乗客を乗せた新幹線は2時間に1本と運行数が少なくなっている(貨物新幹線優先のダイヤが組まれているため)。なので首都圏から来た観光客にとって「乗り遅れたら2時間待ちで詰む新幹線」としても知られている。


 なお、列車名の由来は倭国の鉄道奉行、『浅川仁衛門(あさかわじんえもん)』に由来する。浅川は天地戦争末期に倭国を襲った『東北大震災』の際、壊滅した東北地方の支援のため、当時既に秋田まで部分開業していた羽越新幹線に貨物を積載しての輸送を決行。乗客を乗せず代わりに貨物をペイロード一杯まで積載した新幹線で秋田まで輸送し、そこから田沢湖線を経由して南部藩へと貨物を送り込んだ。

 これは浅川の完全な独断であり、彼が指揮を執っていた越後中央駅まで怒鳴り込んできた老中に咎められたが、「すべて事が済んだら腹を切る所存。某1人の命で東北の民が救われるならば安いもの」と言い切り計画を進めた。


 その5年後、食事も睡眠もとらずダイヤを組み運行を指揮し続けた浅川は貨物を満載した最後の羽越新幹線を見送った後に過労で倒れ、帰らぬ人となった。彼の功績により多くの東北の民が救われており、その功績を讃えて貨物新幹線の列車名に彼の名前が与えられたほか、越後中央駅の外には東北地方へと向けられた彼の銅像が建てられている。


 なお、列車通過の際に「あさかわ」という列車名までアナウンスされるのは倭国でもこの貨物新幹線”あさかわ”のみとなっている。これは震災の際に命を賭して復興に尽力した浅川仁衛門に最大限の敬意を表しての事である。

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― 新着の感想 ―
お 前 は 変 わ ら ず か 。
こっちでもラスプーチンいるんですか…それも協商連合の結構な有力者として。確かに彼は優秀です…シェリルへの異常に歪んだ愛情を除けば、ですが。前作ではトラウマでシェリルをゲロインにした彼ですが、流石に仕事…
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