↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
146/223

範三さんからの配達依頼


「ほ~う、そうかそうか、協商連合の! いやぁ腕が立つわけだ、わっはっは!」


 博多奉行所の取調室。


 倭国の法に触れたとかそういうわけじゃなく、とりあえず例の巨大昆虫……『落ち蟲』と一戦交えたというわけで調書を取るために博多奉行所まで連行された俺たち。もしやそのまま「召し捕れェい!」なんて事になるんじゃないかと、正直パトカーに乗せられている時は気が気じゃなかった。


 一応範三さんにも聞いたんだが、「市街地で発砲したのは拙いけども正統性があるしお咎めなし」との事だ。正当防衛として認められたらしい。


 一通り聴取が終わったところで、話題は世間話へと移っていった。


 仲間の中で倭国語が話せるのは俺だけらしいので、後ろで座って待っている仲間たちはみんな「???」って顔をしているが……。


 まあ日本語とまんま同じ言語だからね、一部の言い回しに差異があるだけでそのまま通じるのだから凄いもんである。15年ぶりの日本語も意外と覚えているものだ。


「ところでミカエル殿は息災か?」


「ええ、元気ですよ。死ぬほど忙しそうにしてますが」


「わっはっは、いやぁあの人らしい……某(それがし)も”マガツノヅチ”討伐の折、あの人の世話になった」


「マガツノヅチ?」


「うむ、倭国に古くから住まう古龍(エンシェントドラゴン)だ。こう、ひらりひらりと凧のように空高く舞いながら爆発する氷を落としてくるヘビのような姿の龍でな―――」


 頭の奥底で記憶がよみがえる。


 エンジェルパレスを発つ前の事だ。大書庫に魔物図鑑があったので、せっかくだから倭国に生息している魔物でも調べておくかとページをめくり、魔物の習性や生息地などの情報を頭に焼き付けていった。


 そんな中、見つけたのが『マガツノヅチ』というエンシェントドラゴンについての記載だった。図鑑には「倭国に旧い時代から生息するエンシェントドラゴンであり、極めて情報が少ない伝承上の存在である」と記されており、情報と一緒に添えられていたのも写真や模写ではなく、伝承に伝わる外見的特徴から描かれた想像図だった。


 そういや図鑑で見た名前だな、と気付くと同時に、そんな神話に出てくる怪物みたいな相手をこの人は討伐したのかとちょっと恐ろしくなった。俺はそんな人とこんなクッソ狭い取調室でお茶を飲みながら世間話してたのかよ……。


「いやぁ本当に、ミカエル殿には頭が上がらぬ。おかげで一族の無念も晴らせ……ああ、いやすまぬ。気にせんでくれ」


「は、はぁ」


 何か因縁があったんだろうな、と思う。


 とはいえそういう他人の過去を根掘り葉掘り聞き出そうとするのはマナー違反だ。過去の詮索は気を許して腹の内をさらけ出せる間柄にならない限りはするべきではない。如何なる時も線引きは必要だし、土足で踏み込んではならない領域が存在する事をよく理解するべきだ。それが人との付き合い方のコツである。


 よく見たら範三さんの右肩のところに協商連合のエンブレムもあった。


「ん、範三さんって協商連合の所属なんですか?」


「うむ、某(それがし)も協商連合の一員よ。ミカエル殿からの信任を受け、この倭国の地で連絡事務所の責任者をさせてもらっている」


 協商連合はS&Dと比較すると、地上に殆ど拠点を持っていない。


 拠点、といってもイライナの首都キリウとミカエルの故郷アレーサ、そして倭国の博多と江戸にそれぞれ「連絡事務所」を持っているだけだ。雑居ビルの一室や江戸城内部の一室を間借りして、幕府や政府とのパイプを維持しているに留まる。


 だからカフリアやイライナ、倭国などの各国に積極的に進出しているS&Dと比較すると消極的な面が目立つかたちとなっている。変に競合し関係を悪化させないための紳士協定でも結んでいるのか、それともただ単に協商連合が支配地域の拡大に消極的なのか。その答えはミカエルしか知らない。


 ともあれ、イライナと倭国はレギオン最大手2つと太いパイプを持っている、という事だ。戦後からの経済立て直しや復興が恐ろしい速度で進んでいるのもその恩恵なのだろう。


 そしてそんなレギオン最大手の片割れ、協商連合から連絡役に任命されているのだ。この人もかなりのやり手であると推察できる。


「しかし、あの巨大昆虫は何だったんです? ”落ち蟲”って呼ばれてましたけど」


「ん、そうか。落ち蟲は初めてであったな」


 ずずずー、と湯呑の茶を啜るなり、範三さんは話を始めた。


「この倭国にはな、”蟲島”と呼ばれる浮遊大陸が版図の内に存在しておる。そこにはあの落ち蟲のような巨大な蟲共が暮らしているのだが、時折あの浮遊大陸から倭国に蟲が落ちてくる事があってな」


「だから”落ち蟲”なんですね」


「左様。高酸素状態に加えて地表よりも軽い重力という特異な環境で育った蟲だ……詳しくは分からんが、まあその蟲島の環境のせいで蟲が大きく育ちやすいらしい」


 ついさっきロザリーがぶち殺したカマキリを思い出す。目測だが10mくらいはあったような気がする。いくら地表より軽い重力、高酸素状態とはいえ大きくなりすぎではないか? 地上に生息している昆虫とはまた別の種なのか、それとも大きく育つ要素が他に何かあるのだろうか?


 見てみろ、と言いながら倭国の地図を取り出す範三さん。広げられた倭国の地図(国土の形状まで一緒だ)には確かに『蟲島』と記載された浮遊大陸も描かれている。回遊型の浮遊大陸のようで回遊コースも描き込まれていたが、どうやら関西~九州の辺りを緩やかな楕円軌道で回遊しているようだ。


「特に夏場、台風や梅雨の季節になると蟲が驚いて落ちてくる傾向があってな。九州は降雨量も多いゆえ、落ち蟲の被害は九州に集中しておる」


「そのための蟲狩衆、というわけですか」


「左様。この蟲島にも奉行所を設け、観測と警戒を続けているのだ」


「大変ですね……せっかく天地戦争が終わったのに」


「そうだな。しかし相手は蟲、人間と違って”やめてくれ”と言っても聞き入れてはくれんだろう。結局は誰かが矢面に立たねばならぬ」


 彼の言葉からは覚悟が滲んでいた。そして戦争が終わってもなお、武器を捨てられない現状も。


 「武器を手放せば平和になる」というのは短絡的で、現場の事情を何も知らない外野の意見なのだとつくづく実感させられる。未来永劫、人間は武器を捨てられない。それは暴力という甘い誘惑もあれば、言葉の通じない相手から身を護るという切実な事情もあるからだ。


「ところでエルマータ殿」


「あ、ラウルで結構ですよ」


「む、それではラウル殿。お主に少々、荷物の配達を頼みたいのだがよろしいか」


「はい、構いませんよ。どちらまで?」


「うむ……某(それがし)の故郷、大館まで頼みたい」


 大館……大館?


 ちょっと待てい、聞き覚えのある地名だなと15年前の前世の記憶を片っ端から引っ張り出す。大館、大館……ん、秋田? 秋田なのか?


 懐かしいな、パワハラ上司と一緒に秋田新幹線で秋田行ってきりたんぽ鍋食べながらお酒飲んでたなぁ、と昔の記憶が蘇る。


「大館って、あの? 秋田というか羽後国というか」


「うむ、秋田だ。某は大館の出身でな。いやぁ東北出身者には九州の暑さはなかなか堪えるわ」


 わっはっは、と豪快に笑う範三さん。にしても随分距離があるなぁ博多と大舘って。ガチの北の国じゃないですかやだー……。


「というか、実は某(それがし)の方から正式に配達の依頼をしようと思っていてな。いやぁこの九州で巡り合えたのもきっと何かの縁。お主らにぜひ依頼したい」


「わ、分かりました。ちなみに何をお届けすれば?」


「うむ。現物は明日、そちらの船に出向いて渡すが……京の商人から綺麗な簪を購入してな。妻の誕生日も近いゆえ、それを大舘に居る妻の”お雪”に渡したい。しかし某(それがし)も多忙、今年は大館への帰省はまかりならぬと土方局長より申し付けられたゆえ、せめて簪だけでも……とな」


 奥さんのため、か。


 遠く離れた地に赴任し、命の危険と隣り合わせな仕事をこなす毎日。それでもなお故郷に残してきた奥さんの事を一途に思い、誕生日プレゼントも忘れない。


 良い旦那さんじゃないか、と思う。


 家族ってこうあるべきだよな。


「報酬は全額前金で支払おう。何卒、この仕事を頼みたい」


 もちろん、断る理由は無かった。


















「おまっ、しばらくソーキル飛ばんぞ」


「……は?」


 ぽろ、と水餃子が箸から零れ落ちて皿の上へと転落した。


 範三さんからの依頼を引き受けたまでは良い。確かに博多から大館ってかなーり距離がある(ほぼ日本列島を縦断するレベルである)のだが、そんなものソーキルならばひとっ飛びだ。


 そんな安直に考えていた時期が俺にもありました。


「いや、荷下ろしした荷物を全部捌かないと」


「ふぇー……」


 くまさんハウスでは、以前まで荷下ろしまでは自分たちで行い、配達は外部業者に委託していたのだそうだ。外部業者に報酬を中抜きされる結果となってしまうが4人で仕事を回すにはやむを得ない選択だったらしいが、結局は部外者である。仕事をきっちり最後までやり遂げてくれる保証はどこにもなく、危険に晒されるや荷物を捨ててバックレる配送業者も少なくなかったらしい。


 そういや俺も飛竜の卵回収の仕事で盗賊と戦わされたが、あれもその例の1つだったのだそうだ。


 それ以降、くまさんハウスでは『確実な配達』を行う方向に営業体制をシフトしており、輸送から配達までをギルド単体で完結させる事を原則としている。


 第三者が配達を投げ出せばくまさんハウスの信用も地に落ちるし、「頼んだ荷物が届かない」というのも不誠実の極みだ。だから誠実さと確実さを重視した営業に関しては異論はない。


 しかし……しかしである。


 九 州 か ら 東 北 ま で 行 く 羽 目 に な る の か コ レ ?


「え……あ、じゃあ空路! 民間の空路を使えば―――」


「残念ながら蟲島の回遊コースが空路と重なってるから東北行きの便は全部欠航だってヨ」


 買ってきた九州の醤油に水餃子をつけて口へと運びながらソコロフが無常極まる現実を突きつけてきやがった。そんな馬鹿な事があるかい、と食堂にあるラジオのスイッチを入れてみると、確かに東北行きの便が蟲島の回遊コースの関係で欠航している旨のニュースが流れてきた。


 ぺたん、と身体から力が抜ける。ついでに口から魂も抜ける。


 あわわ、と慌てて魂を鷲掴みにし口の中へ押し込んでくるクラルテ。ありがとう三途の川を渡るところだった……待ってもういい、もう押し込まなくていいかr……おえー!?


「……マジか」


「マジだ」


「じゃあどうしろって」


「新幹線使え新幹線」


 ほら時刻表、と投げ渡された新幹線の時刻表に目を通した。


 どうやらイライナがそうであるように、倭国も鉄道網の整備がかなーり進んでいるらしい。前世の日本と遜色ないレベルで新幹線が……って、ナニコレ。『羽越新幹線』とか『奥羽新幹線』ってあるんだけど。前世の日本じゃ実現してない新幹線が走ってて目が丸くなる。


 その代わりなのだろう、秋田新幹線と山形新幹線が開業してない……その代わりに在来線特急が走っているようだ。何だこれ面白い。


 路線図を見る限りではまず博多から大阪中央(ちょいちょい駅名違う)まで山陽新幹線で移動、そこから江戸まで東海道新幹線で行って上越新幹線に乗り換える。終点の越後中央駅で羽越新幹線に乗り換えれば大館まで行けそうだ。


 推定所要時間は……く、 9 時 間  。


「 嘘 だ ろ オ イ 」


 これからはちゃんと艦の運行予定確認してから仕事を受けようと思いました、ハイ。


「で、でもほら、倭国旅行だと思えば……ね、私もご一緒しますから!」


「そうよラウル、ちょっと早いハネムーンだと思えばいいじゃないの♪」


「はーっはっはっは、鉄道の旅というのも乙なものだよ仔犬ちゃん!」


「倭国のご飯おいしい、楽しみ」


「気楽だなお前ら……仕事だぞコレ」


 すっかり旅行気分な女共と、こんな時もドライなユリウス兄貴。そりゃあそうですよね本当にすみませんでした……。


 でもまあ、悪くはないかもしれない。


 俺の生まれ育った日本と異世界の日本。異なる時間と歴史を歩んだ国がどんな変化を遂げているのか、この目で見れるのだと思えば長旅も苦ではないだろう。


 ……たぶん。




蟲島(むしじま)


 倭国上空1500mを回遊する浮遊大陸。面積は25㎢、固有重力は0.8G。九州~関西上空を楕円軌道で緩やかに回遊する回遊型浮遊大陸である。

 地表よりも重力が軽く、群生する植物により酸素濃度は推定24~27%と軽度の高酸素状態となっている。この環境の影響か生息する昆虫類が巨大化しており、倭国本土とは隔絶された独自の生態系が築かれている。


 巨大昆虫が支配する環境であるため人間の居住には適さず、長い間無人の浮遊大陸となっていた。しかし大昔から地上に巨大昆虫が落下、人を襲う”落ち蟲”による被害が後を絶たず、近年は巨大昆虫の個体数が増えた事から特に九州地方で落ち蟲による被害が増加。天地戦争終結後から倭国は蟲島に『蟲島奉行所』を設立、部隊を常駐させ巨大昆虫の監視を行っている。


 なお、落ち蟲による被害は九州地方に集中しているが、これは『九州地方は降雨量が多く、突然の大雨や台風で驚いた巨大昆虫が地上へ誤って転落しているためではないか』と仮説が立てられているが真相は未だ解明されていない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
範三殿、こっちでもミカエル君と同じグループなんですね。そしてラウル君、その地名の思い出し方はどうなんですか…いやまあ東北の人に九州の夏は暑いでしょうね。異常気象が顕著になる前から普通に35度を超える土…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。