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ラーメン食べに来たのに銃を抜く羽目になるなんて聞いてない

どうでもいい話


ミカエル君は、尊厳が軽くなり過ぎたあまり床から1㎜くらい浮いている。


 ぞくり、と背筋に冷たい感覚が走る。


 頭で物事を理解するよりも先に、身体が勝手に動いていた。あまりにも唐突過ぎる光景に処理が追い付かない頭を迂回(バイパス)して運動神経が身体を突き動かし、身を屈めながら店員さんを突き飛ばす。短い悲鳴と同時に店の窓がぶち割れて、鋭い何かが一瞬前まで俺たちの頭があった空間を突き抜けていった。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!?」


「クラルテ!」


 店員さんを頼む、と言外に告げながらグロック29を引き抜いた。上着の内ポケットに仕込んでおいた護身用のコンパクトモデル、治安の良い倭国だったら使う事はないだろうなと思い半ばお守りみたいな感じで携行していたんだが、よもや上陸から30分足らずでホルスターからコンバンワするとは思いもしなかった。


 なんで博多の街中にこんなクソデカカマキリが居るのか、それはどうでもいい。とにかくぶっ殺した後にじっくり調べればいいのだ。


「が、外人しゃんも早よ逃げて!(が、外人さんも早く逃げて!)」


「ここは俺らに任せて、早く!」


 歯を食いしばり、引き金を引いた。


 バンバンッ、とグロック29が吼える。銃口側の上面を若干切り欠いたような形状のスライドが後退、2発の10㎜オート弾が放たれるや、巨大カマキリへと真正面からぶち当たる。


 デカいとはいえ昆虫は昆虫だ。如何に堅牢な外殻と言えどもキチン質の外殻で銃弾に対抗できるとは思えない。まああれだけのサイズだから質量の方も問題なのだろうが……そこは動かなくなるまで弾丸をぶち込んでやるしかあるまい。


 豚骨ラーメンを台無しにされた怒りを乗せて放った10㎜オート弾は、しかし予想外の結果へと行き着いた。


「……は?」


 ガァン、という音と共に跳弾し、店の天井へとめり込んでしまったのである。


 ―――弾かれた?


 10㎜オート弾が? 大型の猛獣にもダメージが期待できる大口径拳銃弾が?


 あの外殻はそんなに堅牢なのか……いやいや、待て待て。いくらあの巨体とはいえキチン質の外殻で弾丸が弾ける筈がない。


 ギチチ、と口器を開閉させながら複眼でこちらを睨むカマキリ。捕食対象からの予想外の反撃に驚いたのか……いや、違う。”苛立っている”。いつもだったら今ので人間の肉にありつけた筈なのに、それを躱して反撃されたのだ。夕食に反撃されたら苛立ちもするのだろう。


 しかしんな事知った事か。こちとら人生初の本場の豚骨ラーメンを台無しにされているのだ。


 グロック29のマガジンが空になるまでドカドカ撃ちまくり、床を蹴って後ろへと下がった。それと入れ違いになるようにユリウスとロザリーが前に出てグロック29で射撃を開始、クロエが腰に下げた大型レイピアを引き抜いて前に出る。


 ガガガ、と銃声や剣戟の甲高い音に急かされるように、メニュー画面を開いて銃を召喚。どれにするか一瞬迷ったが、あのサイズと10㎜オート弾を弾く防御力があるのならば選択肢は1つしかない。


 MARS-Hを自分用とクラルテ用、ユリウスに、傍らでバックアップに徹してくれているフルールにUPR-10を渡し、DP-12にスラグ弾装備をロザリーに。


 ユリウスとロザリーの分を背負い、床を蹴って前に出た。


 その間に繰り広げられているクロエと巨大カマキリの接近戦はというと、それはもう見事なものだった。ヒュン、と風を切る音と共に放たれる鎌の斬撃を紙一重で躱すクロエ。直撃すれば人体など簡単に両断されかねない切れ味と質量のそれをギリギリで回避、攻撃を空振りした隙に正確無比な体重移動と鋭い踏み込みで放たれる刺突が捻じ込まれる。


 が、しかしそれでも貫通には至らない―――金属製の鎧すら貫通した事がある、と豪語するクロエの刺突の威力はミカエル氏のお墨付きだ。しかしそれすら防いでしまうとは、あの外殻にはどんな秘密があるというのか。


 それでもめげずに回避と反撃を繰り返すクロエ。


 相手に「もう少し続ければ攻撃が当たるかもしれない」と期待を抱かせる事で、攻撃を自分にだけ集中させる高等テクニック。心理学も学んだというミカエルから教わった事なのだろう、そのおかげでカマキリの攻撃の目はクロエにだけ向けられていて、その間にユリウスとロザリーに銃と予備弾薬を渡す事が出来た。


「何よコイツ!?」


「分からん、だがやるしかない!」


 分担は言うまでもなかった。


 ロザリーとの短いアイコンタクトで前に出る。途端に後方からクラルテのフルオート射撃が放たれ、7.62×51㎜NATO弾の弾雨がカマキリの外骨格を打ち据えた。


 先ほどまでの10㎜オート弾とは打って変わって、明確に「嫌がる」素振りを見せるカマキリ。


 それもそうである。口径では10㎜オート弾に軍配が上がるが、装薬量や弾丸の形状、弾速……あらゆる要素でこっちが上だ。何せ拳銃弾ではなく『ライフル弾』なのだから。


 が、それでもカマキリの外殻を貫通するには至って……いるようだ。


《ピギギ》


 鎌を交差させて頭を守りつつ後退するカマキリ。


 どうやら当たり所にもよるようだが、外殻に真っ向から当たった場合は弾かれるが、至近距離での射撃、あるいは間接や複眼といった脆弱部への攻撃はさすがに効果があるらしい。所々から黄色い体液が溢れ出し、腐葉土みたいな臭いが立ち込め始める。


 攻撃が通用するのならば勝てない事はない。血が出ているという事は殺せるという事なのだから。


 打って出るならば、今だ。


 ガンガンガン、とセミオートで射撃。狙うは関節部分だ……どれだけ堅牢な外殻で身を守っていようとも、関節までは防護できない。間接まで囲ってしまったらまともに動けなくなってしまうからだ。それはこの地球という惑星に生まれた生物であるが故の逃れられぬ宿痾(しゅくあ)である。


 横目でチラリとこちらの動きを見たクロエが、カマキリの股下を潜り抜けながら大型レイピアを脚のうちの1本、その関節部へ突き入れた。今度は切っ先が関節へと潜り込み、その巨体を支える脚に深刻なダメージを与える。


 あれだけの巨体だ―――体重は数十トンを優に超えているだろう。そんな重さの巨体を支える脚の1本が使い物にならなくなるだけで、機動力は目に見えて下がるというものだ。


 同士討ちを避けるために離脱に転じるクロエ。さりげなく相手の機動力を殺してから戻ってきた彼女をウインクで労うと、彼女はすれ違いざまに投げキッスを返してくれた。この王子様め。


 さて、レディーファーストという事でロザリーに先陣を譲りたいところだが、こういう危険な局面ではまず俺から行くのが筋というもの。


 怒り狂いクロエの背中を追う巨大カマキリの前に立ち塞がるなり、息を吐きながら素早く照準を合わせて引き金を引いた。


 ズダダンッ、と立て続けに響く銃声。20インチのヘビーバレルから放たれた7.62×51㎜弾は巨大な鎌の間をすり抜けると、三角形のおにぎりを逆さまにしたような形状のカマキリの頭―――その両端にある複眼へと、銃器進化の歴史の中で妥協する事なく現存したフルサイズのライフル弾が無理矢理捻じ込まれていった。


《ピギィィィィィィィ!!!》


 ぎちぎち、と硬質な物体を擦り合わせているような、歯軋りレベル100としか形容できない声(?)を発して怯んだ。


 透明でどろりとした粘液を涙のように流しながら暴れるカマキリ。地団駄を踏むようにアスファルトで舗装された大通りの道を激しく踏みつける。乗り捨てられた車が踏み潰され、卵みたいにあさりとぺしゃんこになってしまった。


 しかしそんなプレス機みたいな脚が振り下ろされる危険地帯へ、躊躇なく突っ込んでいく翡翠色の疾風。


 ロザリーだった。


 頭髪と同じく翡翠色の瞳に怒りの炎を宿しながら、カマキリの股下へ滑り込むようにスライディング。まるで事前に示し合わせたかのごとく、苦し紛れに振り回された鎌の一撃を回避しながらスライディングした彼女は、複眼をライフル弾で撃ち抜かれて苦しむカマキリに無慈悲極まる鉄槌を振り下ろした。


 ドカンドカン、と二度響く轟音。


 DP-12―――ブルパップ式水平二連型ポンプアクション散弾銃、水平に2つ並んだ銃口から立て続けに放たれたのは散弾などではない。


 12ゲージのスラグ弾。


 拡散はせず、1つの大型の弾丸が飛んでいくタイプの弾薬だ。散弾と比較して貫通力やストッピングパワーに優れ、ヒグマなどの大型の猛獣の狩猟にも用いられる事がある弾薬だ。


 もちろん人間の着用するボディーアーマーなど紙切れも同然である。空気抵抗が大きく、距離を飛ぶだけで威力の減衰が激しい上に弾道も安定しないなどピーキーな性能の弾薬だが、カマキリの股下という蝶至近距離から、それも立て続けに2発も放たれればたまったものではない。


 ヘビー級ボクサーのアッパーカット……いや、本気になったグリズリーの剛腕がぶち当たるようなものだ。


 バガッ、と頭から何かが飛び散った。


 複眼の破片や口器の一部、それから人間でいうところの脳味噌に相当する器官。あのおにぎりを逆さまにしたような頭の中に詰まっていた構成物の全てが、噴水よろしくぶちまけられていた。


 頭の上半分を大きく吹き飛ばされ、たまらずひっくり返る巨大カマキリ。


 それでもまだ身体が動いているのは昆虫と同じだ。蟲は人間のように頭をふっ飛ばされても即座に死ぬわけではない。しばらくは動き続ける。


 このカマキリもそうなのだろう。また起き上がり、鎌を振り回そうという素振りを見せたが、しかしロザリーはそれ以上許してくれなかった。


 仰向けになりながらバタつくカマキリの腹を思い切り踏みつけるや、マズルガード付きの銃口を押し当てて引き金を引いたのである。


 スラグ弾がほぼゼロ距離で放たれ、カマキリの腹をぶち破る。粘つく黄色い体液が低予算のスプラッター映画よろしく噴き出てロザリーにぶちまけられるが、しかし彼女はそんな事を意にも介さない。淡々とフォアグリップを引いてコッキング、次の2発をぶっ放してカマキリの腹をズタズタにする。


 だいたい合計で14発くらい撃った頃には、もうカマキリは動かなくなっていた。


 裂けた腹から逃げようとする真っ黒な紐みたいな生き物―――巨大ハリガネムシが顔を覗かせどこかへ立ち去ろうとするが、その前にロザリーのブーツに踏み潰され、宿主もろとも天に召された。南無。


「はーははは……ははは……私とラウルの邪魔をする奴なんてみんな死ねばいいのよ。ね、そうよねラウル?」


「ソーッスネ」


 うわぁやっべえ目のハイライト消えてらっしゃる。


 うひー……とビビりつつ周辺を警戒。どうやら襲ってきたカマキリはこの1体だけらしい。


「ラウルさん、怪我は?」


「無いよ、心配ありがとう。さっきの店員さんは?」


「はぇー……落ち蟲ばこげん簡単に。外人しゃん強かやなあぇ……(はぇー……落ち蟲をこんなに簡単に。外人さん強いんですねぇ……)」


 お店のカウンターの影で戦いを見てたらしい。避難させなかったんかい、とツッコミたいところだがどうやら裏口もカマキリの攻撃のせいで崩落しており逃げられなかったようだ。なんか色々と危なかったな……。


 ともあれ、被害がなさそうで何よりだ。お店の方は半壊状態だが……これ幕府とかから補償あったりするのだろうか?


 安全装置(セーフティ)をかけていると、遠くからサイレンの音が聴こえてきた。通行人が避難してすっかり人気の無くなった博多の繁華街。その向こう側から赤いパトランプを点滅させてやってきたのは随分と現代的な見た目のパトカーっぽい車両だった。


 車体側面にはこれ見よがしに【博多奉行所】と記載がある。そっかぁ『○○警察署』じゃないんだね、幕府が統治してるから。


 パトカーの後に続いてやってきたトラックの車列。大通りに停車するなり、中から黒い軍服に身を包み、背中に大太刀を背負った兵士たちがぞろぞろと降りてくる。


 左肩には『蟲狩衆』という記載がある。この巨大カマキリみたいな蟲の討伐専門部隊なんだろうか。


 彼らはぞろぞろとこっちにやって来るなり、一斉に手にした銃を構えた。


 何よコイツら、と小声でロザリーが言い反抗的な態度を見せるが、よせ、と制止するとすぐに態度を改めきゅるるんな目つきに。この切り替えの速さ俺も見習いたい。


 武器を下ろし「冒険者ギルド”くまさんハウス”所属の冒険者です」と我ながら流暢な倭国語で身分を明かす。


 まさか見た目外国人の冒険者からネイティブと遜色ないレベルの倭国語が出てくるとは思っていなかったのだろう、何人かの兵士が驚いたように目を丸くした。


 そりゃあ15年前まで母語でしたからね、倭国語(日本語)。


「この巨大昆虫に襲われやむなく応戦しました」


「応戦……殺したのか、落ち蟲を?」


 落ち蟲、というのか。この巨大昆虫は。


 ざわつく兵士たちの隊列をかき分けて、1人の侍が前に出てきた。


 190㎝くらいはあるだろうか。ヴォイテクよりもデカくてがっちりした体格の第一世代型獣人だった。目つきとイヌミミの形状、それからくるるんと丸くなった尻尾を見るに秋田犬の獣人のようである。


 腕には『蟲狩衆』の腕章ともう1つ―――【誠】という記載の部隊章のようなものがある。


 部下に目配せして銃を下ろさせると、その侍は鋭い目つきでこちらを見下ろしてきた。









「―――某(それがし)は”新選組十一番隊組長”【市村範三(いちむらはんぞう)】である」








新選組(倭国)


 幕府直属の治安維持組織。倭国内部の治安維持を行う奉行所の上位組織という位置付けにあり、倭国全土に拠点を持ち展開している。発足当初は非正規の組織であったが、相次ぐ倒幕派の攘夷浪士を摘発し内紛を未然に防いだ功績から正式に幕府の治安維持組織としての地位を確立した。


 厳しい規律と入隊試験で知られており、臆病者や武士道に反した者などは容赦なく追放、あるいは切腹を言い渡される。それ故に残った者は精鋭揃いである。天地戦争では一部の隊士が従軍。戦争末期に参戦した当時の副長である土方歳三を始め、「地獄」と評されるメルキアの戦いで武功を打ち立てた。


 現在は病死した近藤勇に代わり、副長であった土方歳三が局長を務めている。


 一番隊から十番隊までが存在していたが、倭国上空を回遊する浮遊大陸『蟲島』から落下してくる巨大昆虫の被害、及び天地戦争後の経済的混乱に端を発する治安悪化に対応するべく新たに【十一番隊】を増設。巨大昆虫討伐を専門とする『蟲狩衆』を指揮するのは”龍殺し”の異名で名高い秋田出身の剣豪、市村範三が任命されている。



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― 新着の感想 ―
は、はんぞおぉぉぉぉ
ホバリングミカエル君…そのうち風船みたいに紐で握ってないと飛んでいくんじゃないですかね。 どうして豚骨ラーメンを食べに来たはずが東宝の怪獣映画になってるんですか? サブコンパクトモデルとは言え10…
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