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ラウル君 in 博多

どうでもいい話


シェリルは薄い本を買い過ぎたせいで部屋の床が抜けた事がある。


 艦首から見て左手に見えるのは志賀島だろうか?


 高度を落としていくソーキルの艦首が、ゆっくりと上を向いた。高度500……450……400。前方に見える博多湾へ向け、海面に腹を押し付けるような角度で降下していく。


 そのまま、腹から着水した。


 ざばーん、と海面を割る水の音。空飛ぶ空中艦ではまず感じる事の無い、船体が波に揺られる感覚が艦橋の中にまで生じて、さていよいよソーキルが本当に空中艦なのか疑わしくなってきたぞと思い始める。


 とはいえ、空中艦の発展の歴史を見ればある意味で”先祖返り”と言えるのかもしれない。竜人の空中艦は多分違うだろうが、少なくとも獣人たちの空中艦は水上艦艇から発達していったのだから。どことなく水上艦艇の流れを汲む意匠をしているのはその名残である、とされている。


 もちろん通常の空中艦で着水、なんて事をしたら大問題である。ほとんどの艦が船体側面に外付け式のレシプロエンジンポッドを搭載しているので水没させたら故障し推力を失う羽目になるし、そもそもプロペラとスクリューは別物なので着水中の推進にも使えない。


 加えて空中艦にはバラストタンクがないので着水時の安定性に欠け転覆の恐れがあるし、そもそも防水処理や防塩処理が施されていない事が殆どだ。


 ソーキルがこんな真似ができるのも、新しく搭載された重力変調システムの恩恵と言っていいだろう。AIがリアルタイムで船体の揺れを計算し重力ベクトルを随時偏向する事で、バラストタンク無しでも驚くべき安定性を維持している、というわけだ。


 後続のチャイカやカナレイカ、プーハチ、クールカの4隻も相次いで着水。博多湾へと向けて微速で前進していくなり、タグボートの助けも借りずに横付けを済ませてしまう。


 重力そのものを推力に変えてしまうという自分たちの技術力に、乗員である俺たちも、そしてタグボートで出てきた倭国側の人たちも驚いている様子だった。


「よーし、上陸許可。とっとと荷下ろしして倭国酒でもキメるか!」


「あぁ~いいッスねぇ~」


 この熊共は……とちょっと呆れたが、でも異世界の日本に相当する倭国が俺の知ってる日本とどう違うのか、興味はある。


 とっとと仕事を済ませて倭国見物と洒落込むのも悪くないだろう。


















 機甲鎧(パワードメイル)操縦のコツは、”機体が操縦者の腕の動きをトレースするまでのラグを理解する事”。これに尽きる。


 前進や後退、方向転換といった感覚はMT車と同じだ。半クラからのギアチェンも手応えはほぼ同じ、方向転換は剥き出しになっているコクピット前方のハンドルで行う。キャノピーもない丸見えのコクピットには速度計やエンジンの回転計などを記すタコメータに加え、燃料計やエンジン温度計、各所にある油圧装置の圧力表示などが所狭しと並んでいて、随分とディーゼルパンクな感じのデザインになっている。


 ハンドルから手を放し、座席後方から伸びるフレキシブルアームを掴んだ。これを掴んで動かすと、機甲鎧(パワードメイル)の腕が操縦者の腕の動きをトレースするように動くというわけだ。


 さすがに人間的な挙動は完全再現できないが、細かい動きはパイロットの体表から発せられる微弱な電気信号を拾って補正しているらしい。


 ずしん、ずしん、と武骨な足がソーキルの格納庫の床を踏み締めて、中に積載されているコンテナの方へと機体を進ませる。ゆっくりと腰を屈めてフレキシブルアームを動かすと、ほんの一瞬遅れてショベルカーみたいな腕がフレキシブルアームの動きをトレース。5本のマニピュレータがコンテナを左右からがっちりと掴み、モーターが甲高い駆動音を響かせながら貨物を持ち上げ始める。


 こういった作業用の機甲鎧(パワードメイル)はこの世界でもそれなりに普及しており、多くがこういった「でかい作業員」みたいな重機として活用されている。


 もちろん、軍用タイプも存在する。武装した機甲鎧(パワードメイル)は戦車すら駆逐する存在―――というわけではなく、あくまでも「でかい歩兵」として、歩兵と装甲戦闘車両の中間に位置する兵器としての地位を確立している。


 ソーキルに配備されているこの機甲鎧(パワードメイル)だって、重機として運用されているが非常時には装甲と武装を追加して戦闘に投入する事も出来るよう設計されているのだそうだ。


『オーライ、オーライ』


《そういえばラウルさん、ハカタの名物って何なんです?》


「そら豚骨ラーメンよ」


《ラーメンってジョンファの料理じゃ?》


「倭国でもローカライズされたものが人気を集めてるんだよ」


 こっちの世界でラーメンが流行ってる経緯はちょっと異なってる。


 天地戦争が勃発するよりも昔―――だいたい200年くらい前、北方の大国『ノヴォシア帝国』は温暖な気候の大地を求め、南下政策に端を発する侵略を開始した。一番最初に狙われたのがジョンファ帝国の遼寧省。そこを不法に占拠し始めたのである。


 当然、皇帝一族の出身地という事もあって政治的にも重要視されていた遼寧省を奪還するべく、当時の皇帝は防衛戦争の開始を発令。ノヴォシアを卑劣な侵略者と位置付け奪還作戦を開始した。


 戦闘は工業化が進んでいたノヴォシア優位に進み、占領地域は日に日に増えていく。


 そこでジョンファは隣国コーリア帝国と倭国に救いを求めた。


 元々南下政策に基づきノヴォシアが両国に圧力を強めていた事もあって倭国とコーリアは参戦を決定。ここにノヴォシア帝国と、ジョンファ、コーリア、倭国の三国同盟軍による戦争が始まった―――現代では『極東戦争』と呼ばれる戦争である。


 戦争の長期化と国内経済の疲弊、共産主義者たちの蜂起とタイミングを見計らったかのようなイライナ独立宣言(※実際これを狙っていたらしい。意外とイライナは腹黒いようだ)というコンボを流れるように喰らい、最終的にノヴォシアは崩壊。極東諸国の結束がが列強国を打ち破るという大番狂わせに世界は驚かされた。


 まあそんな歴史の教科書に死ぬほど記載され、200年経った今でも成功体験として擦られ続けている話はさておき、「そんな大戦争とラーメンに何の関係があるの?」という声もちらほら聞こえ始めたので本題に入る。


 世界史において稀に見る下剋上を機に、倭国、コーリア、ジョンファの三ヵ国は結束を一気に強めた。経済的な結びつきから軍事分野に至るまで強靭な繋がりが生まれ、将来的な新幹線の博多を起点とした大陸延伸計画や大東亜連邦構想という計画が持ち上がってしまうほど、まあ随分と親(・)密(・)な(・)関(・)係(・)となったわけだ。


 そうなれば当然、三ヵ国の『文化』も激しく出入りする。人間はいつでも文化を運ぶものだ。


 そんな文化の潮流の中にラーメンも入っていた、というわけである。


 倭国で大人気となったラーメンは本場ジョンファでのそれとは大きく異なった進化を遂げ、倭国における国民食と言えるまでの地位を確立した……というのは前世の日本と似ている。


 そしてここ博多では、かつての祖国日本がそうであったように豚骨ラーメンが名物になっている。


 やっぱり同じなのかな。それとも異世界だし違う進化を遂げているのかな、などと期待に胸を膨らませる一方で胃袋は萎ませ、荷下ろし作業を継続すること2時間と少し。休憩を挟みながら行った仕事もとりあえず終了し、配達は明日行う事となった。


「ッシャァァァァァァァァ上陸じゃオラァァァァァァァァ!!」


 水上艦よろしく停泊中のソーキルから防波堤の上へ。倭国は治安の良い国の代表格とされており、落とした財布がそっくりそのまま持ち主のところに戻ってくるレベルとまで言われているが、まあ念には念を入れて懐にグロック29とナックルダスター(メリケンサック)を忍ばせておく。なあに、ちょっとした嗜みだ。誰だって人を無性に殴りたくなる事はある。


 さて、晴れてかつての祖国(異世界Ver.)へ上陸したわけだが。


「……」


 あんまり変わんねえな、というのが正直な印象だった。


 極端に高いビルこそ無いが、ショッピングモールを内包した巨大な駅ビルや旅行客向けのホテルに繁華街といった煌びやかな街並みがそこにある。客足は途絶える事なく、客引きたちの声も熱量を増して、沈黙を知らない絢爛たる混沌を生み出していた。


 とはいえ全く前世の世界の日本と同じと言われるとそうでもない。


 伝統的な袴姿に帯刀して街を歩くのは、髷(まげ)を頭に乗せた侍たちだ。


 それもそうである―――この世界の日本、倭国は【江戸幕府が存続したまま発展したIFの日本】のような国家なのだ。


 だから国を治めるのは政府ではなく幕府であり、民主制国家にはなっていない。あくまでも政治の中枢にあるのは幕府と将軍であり、侍とは国家の象徴的存在のままなのである。


「いらっしゃいましぇ~。博多名物豚骨ラーメンはどげんな~?(いらっしゃいませ~。博多名物豚骨ラーメンはいかがですか~?)」


 あらやだ美味しそうな香り。


 俺ハイイロオオカミの獣人なので匂いには敏感なのだ。特に仕事で腹が減った後に漂ってくるような、胃袋を直撃する豚骨ラーメンの匂いには。


「あっ、そちらんあいらしか外人しゃん。しぇっかく博多に来たんやけんどげんな、ラーメン食べていかんですか?(あっ、そちらの可愛い外人さん。せっかく博多に来たんですからいかがですか、ラーメン食べていきませんか?)」


「あぁ~良いっすねぇ」


 ここでいいかな、と仲間たちに問い、店員さんに誘われるがままに店内へ。


 テーブル席へと案内され、メニュー表を渡された。豚骨ラーメンと言われるとあの真っ白に濁ったスープのラーメンが思い浮かんでくるのだが、随分とバリエーションがあるようだった。チャンさんが作りそうなレベルで真っ赤な豚骨ラーメンもある。


 元日本人とはいえ、中身は岩手県民なラウル君。北は青森、南は京都・大阪までしか行った事がない(※高校の修学旅行が最後)ので、九州はもうすっかり未開の地だったりする。唯一頼れるのは前世の日本で得たインターネットの情報くらいだ。


 まず博多弁わかんねえ、などと思いながらとりあえず豚骨ラーメンを人数分。もちろん全員大盛だった。


 そりゃあそうである、美味いに決まってるのである。


《それじゃ次んニュースばい。浮遊大陸『蟲島』は鹿児島上空ば通過しとり、今夜中にも博多上空ば通過する予定ばい。蟲島奉行所は新選組と連携し警戒ば強化するとん事で―――》


 なんで博多弁でニュースが流れてくるんだろうか。


 店内に設置されたブラウン管テレビから流れてくる、髷を頭に乗せたニュースキャスターの声。こういうのって標準語でやるもんじゃないのかい、とツッコミを入れている間にも豚骨ラーメンが運ばれてきた。


「「「「「「おぉ~!!」」」」」」


 真っ白に染まった濃厚なスープ。その中に沈んでいるのは細麺で、織物のように繊細な麺が折り畳まれているかのように鎮座している。煮卵とネギ、チャーシューと細切りのキクラゲに彩られた丼にこれ以上ないほど食欲を刺激され、気が付けば割り箸を割って口をつけていた。


 豚骨を煮込んでとった出汁の重厚な味わい。麺を啜ればスープがよく絡んでいて、それでいて小麦の風味が生き生きとしているのがよく分かる。決して「スープの味」に染まらず、食材各々の風味と味がはっきりと息衝いているのだ。


「―――うっま」


 美味い、以外に何と言えばいいのか。


 ずずず、と豪快に麺を啜る俺の隣では、クラルテやロザリーも美味しそうに麺を食べ進めているところだった。


 生まれ育った文化の違いなのか、それとも「啜る」という食べ方に抵抗があるのか、麺をなるべく音を立てずに食べるクロエ。その隣ではフルールが熱いスープに苦戦しているところだった。お前イヌ科の獣人なのに猫舌なのか……。


「美味いなコレ」


 元岩手県民のラウル君、ラーメンといえば味噌ラーメンこそ至高という味噌ラーメン至上主義者な一面があったんだが、これは評価が覆りそうだ。


 さすが九州、美食の宝庫である。


 無言でラーメンを食べ進めていたその時だった。


 カンカンカン、と鐘を打ち鳴らすような音が、夜の博多の街に響き渡る。


「なんだ、火事か?」


 顔を上げて店の外を見てみると、仕事帰りや旅行客で賑わっていた繁華街が阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 誰も彼もが怯え切った表情で”何か”から逃げているのだ。火事……にしては様子がおかしい。まるで何か、恐ろしい捕食者から逃げているようにも見える。


 ただ事ではないな、と思ったところで店員さんが大慌てでこっちに走ってきた。


「外人しゃん、早よ逃げた方がよかよ!(外人さん、早く逃げた方がいいよ!)」


「あの、いったい何が?」


「”落ち蟲”や!」


「お……おちむしゃ?」


 え、何? 合戦で敗走した落ち武者でも出たのか? 博多の街中に?


 いくら何でもそれは、と思い視線を窓の外に戻した瞬間、この世のものとは思えない存在が”そこ”にいた。











 10mはあろうかという巨大なカマキリの複眼が、じっとこっちを”視て”いたのだ。






 

いつか博多行ってみたいなぁって

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― 新着の感想 ―
アー、大丈夫です。その外人さんは
シェリルならやるだろうなあと思う反面、21世紀日本と同等以上に厳しいであろうアルカディアの建築基準で、どうやったらそこまで溜め込んだ挙句、どれだけ整理整頓を放ったらかしたんですかね…() 博多ですか…
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