ハヤブサ、極東へ
どうでもいい話
協商連合の合同演習で銃剣突撃の訓練を行った際、ラウル君は初手から「殺゛してやるぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と200㏈くらいの声量で叫びながら突撃したため、各ギルドのベテラン勢から『なんか今年の新人にやべえ奴いる』と注目を浴びた。
俺たちがアルカディアへの上陸を許可されている間、ソーキルも様変わりしていた。
第二次世界大戦~冷戦くらいの軍艦にディーゼルパンクをアクセントに加えたような、何とも言えない雰囲気の艦だったソーキル。しかしその外装は一新……とまではいかなくとも、随分と変わっていたので休暇明けにドッグにやってきた時は驚いたものだ。
船体を固定する大型アームで支えられ、舫でドッグと繋がれたソーキル。かつての水上艦の如く喫水線から下が赤く、上が黒く塗り分けられていて、衝角と呼ぶには余りにも前に突き出た大剣のようなそれが目を引く。空気抵抗に配慮したのであろう艦首も鋭角的なデザインになっており、その姿は「角張ったサメ」、あるいは「角張った猛禽類の嘴」を思わせた。
艦橋構造物も様変わりしていた。どこか爆撃機のコクピットを思わせるデザインだった背の低い艦橋はちょっと高くなっていて、角張ったデザインになっている。艦橋後方には太いアンテナみたいな物体が見えるが、あれはもしやもがみ型護衛艦に搭載されている”ユニコーン”ではないだろうか。そう言われれば艦橋構造物も海自のもがみ型護衛艦を想起させるデザインになっているが、設計を参考にしたのか?
船体がやけにスリムになっているなと思ったら、どうやらエンジンポッドが全部取り外されているようだった。今まではメインエンジンに対消滅エンジンを、補助エンジンに外付けの混焼式レシプロエンジンを採用していたソーキル。しかしレシプロエンジンを搭載したエンジンポッドが全部取り外されていて、艦尾にある大口径の二重反転プロペラさえなければ空中艦なのか水上艦なのか判別がつかない形状になっている。
自室に荷物を置いてから空軍用のジャケットを羽織り、艦橋に上がった。ジャケットにはくまさんハウスのエンブレムと、ミサイルを抱え飛翔するハヤブサが描かれたワッペンが縫い付けられている。
砲雷長の座席に腰を下ろすなり、チェックリスト通りに計器類をチェック。手元のスイッチ……ではなくタッチパネル(改修にあたって受講した研修で説明があった)で艦の火器関係のステータスをチェック。全て問題がない事を確認していった。
出航用意、とヴォイテクから命令が下るなり、操縦桿を握るソコロフがスイッチを弾いてから操縦桿を引き始めた。
既に艦を固定するアームや舫の類は解除されており、ソーキルの190mにも達する船体が完全にフリーな状態になる。
まだメインエンジンは回っていない―――補助エンジンたるレシプロエンジンもだ。
しかしそれでもソーキルの船体は、まるで固定されているかのようにその場にふわりと浮き続けている……いや、違う。むしろ逆にふわりと浮かび上がりつつある。
「”コア”との回線確立。”重力変調制御”、動作正常」
「両舷前進微速」
ヨーソロー、とソコロフの返答と共に、ソーキルの船体がゆっくりと前に進み始めた。
上陸している間に受けた改装により、ソーキルはより先進的な推進システムを得ていた。それこそが既にチェルノボーグ級重戦艦で採用実績のある新技術【重力変調システム】である。
浮遊大陸が空に浮かんでいるのは、その中心部にコアとなる賢者の石が存在し、それが周囲に固有の重力場を発生させているためだ。そのため大昔から「これを空中艦に使えばエンジンをオミットして空を飛べるのでは?」という発想自体はあったらしいが……肝心な重力場の完全制御が出来ず、研究しては先送りに、という結果が何度も繰り返されてきたという。
その失敗と棚上げのループを始めて断ち切ったのが、この協商連合となるであろう。
空中艦に人工生成された賢者の石をコアとして搭載、それをAI『ルシフェル』が制御する事で重力を変調、重力のベクトルを偏向する事で必要な浮力を確保する……というのがこのシステムの仕組みなのだそうだ。
これによりレシプロエンジンや姿勢制御用のスラスターを丸ごとオミットする事が出来、姿勢制御システム系統に大きな余裕ができたうえ、【重力のベクトルを偏向し任意の方向に船体を”自由落下”させる事で推力の足しにする】という事も出来るようになった。
「進路修正、右30度変針」
「了解、右30度変針」
操縦桿を右に倒すソコロフ。
今まではスラスターを吹かしたり、船体の安定翼にあるラダーやフラップを使ってよっこいしょって感じで回頭や変針をしていたのだが……どうだろうか。
音もなく、無論揺れもなく、スーッとまるで幽霊のように進路を滑らかに変えるソーキル。後に続く同型艦『チャイカ』、『カナレイカ』、『クールカ』、『プーハチ』も同様に、スラスターを吹かす事無く静かに進路を変更。ソーキルの後に続いてエンジェルパレスを離れていく。
技術革新ってすげーな、と思いながら視線を艦橋の外へと向けた。
ソーキル級5隻の単縦陣はアルカディアの首都『アルテリア』の上空を通過。浮遊大陸の西方、副首都『クラニアム』上空へと差し掛かる。
公園で元気に遊んでいた子供たちが足を止め、頭上を飛び去っていく5隻の空中艦を見上げて指を差しては大きく手を振っていた。微笑ましい光景に、届く筈もないと思いながら俺も手を振り返す。
しばらく遅れて、クラニアム空港から両舷に大きなコンテナユニットを接続した武装貨物船『トキ』とその同型艦『サジャ』の2隻が上がってきた。こちらはまだ重力変調システムを搭載していないらしく、スラスターを吹かしフラップをぱたぱたと忙しくなく動かしながら、重々しい飛び方をしている。
「ソーキルよりエンジェルパレス、これより気流結節点を脱出する」
《エンジェルパレス管制、了解。貴艦の航海の無事を祈る》
どう、と積乱雲が裂けた。
これから外へと出ていくソーキル艦隊の左上。高度4000mくらいの位置から大きな衝角と、むき出しの状態で搭載されたフルサイズのズメイ砲の砲身が目を引く。
ずんぐりとした形状のそれは、スラヴァ級空中戦艦『定遠』だった。協商連合の旗と並んで、艦長の祖国なのであろうジョンファ帝国の国旗がマストの上ではためいている。
艦橋に上がってきたチャンさんは定遠の姿を見るなり、大きく手を振った。
『哦,她回来了,她回来了!我的小假小子!(ああ、帰ってきた帰ってきた! ウチのおてんば娘が!)』
はっはっは、と楽しそうに笑うチャンさん。
空中戦艦『定遠』の艦長はチャン・リーファさん。あのミカエルの妻の1人なのだそうだ……前にエンジェルパレスで見かけたことがあったけど、ちょっと眠そうでどことなくマイペースな感じを漂わせた第二世代型のパンダ獣人だった。
あの2人が親子だと聞いた時は信じられなかった。確かに苗字がどっちも「チャン」だしパンダ獣人という共通点があるけれども……。
通信士の席に座っているクラルテが手元のパネルをタッチした。艦外のライトが点灯し、向こうに発光信号を送る。
それに応じるように、任務を終えて帰ってきた定遠も発光信号で応じてくれた。『行ってらっしゃい』という意味だなと何気なく解読しているうちに、ソコロフの「気流結節点に突入します」という報告が艦橋に響く。
「総員、衝撃に備え!」
鋭角的な衝角が、アルカディアの周囲で渦巻く積乱雲の大渦へと突っ込んでいく。
しかし新たに重力変調システムを搭載したソーキルは、突入時にちょっと揺れただけで、恐ろしいまでの安定性を維持していた。まるで最高級のサスペンションを積んだ車にでも乗っているかのようで、対消滅機関を搭載していない艦では翻弄され空中分解されてしまう積乱雲の中であっても微塵も揺るがない。
よく見ると、艦の周囲に不可視の力場が生じていた。
吹き付けてくる風が、雨粒が、その力場の輪郭で受け流されていくのがはっきりと視認できる。重力変調システムによるものだ―――今、ソーキルはメインエンジンの推力に加えて、気流に逆らう方向へ重力ベクトルを偏向し「自由落下」しているのだ。
無論、そのベクトルはAIであるルシフェルがリアルタイムで精密に計算・制御している。
AI分野に特に投資している協商連合だからできる事だ。他のレギオンではこうはいくまい。
いつもとは全く違う快適な空の旅。やがて気流結節点をものともしない5隻の重巡と2隻の武装貨物船が気流結節点を脱し、進路を東へと向けた。
さて、ちょっとばかり気付いた事がある。
多分今日という日ほど、前世が日本人であった事を良かったと思えた事はないだろう。
―――倭国の言語である倭国語は、日本語と全く同じ言語なのだそうだ。
文法構造は全く同じ、漢字・平仮名・片仮名の3種類が混在する、アクセントがないという点も共通だ。相違点があるとすれば言い回しが古風だったりする事くらいだろうか。
よもやもう二度と使わないだろうと思っていたかつての母語が、こんなところで役に立つとは。これでラウル君もマルチリンガルの仲間入りである。
「倭国ってどんなところなのかなぁ」
テーブルの向かいで倭国旅行のパンフレットを眺めながらそんな言葉を漏らすクロエ。表情はクールだが竜人の尻尾はその心の中を映し出しているかの如く、飼い犬さながらにひょこひょこ左右に振っているのが見える。
「サムライがたくさんいる国だと聞きました。彼らはプライドが高く、恥をかくとすぐハラキリをするとか」
「ヒエッ」
なんつーステレオタイプ……と言いきれないのがちょっと悔しい。なんでクラルテの認識はこう、反論しがたい絶妙なラインを的確に突いてくるのか。
「あと魚を生で食べる文化が」
「魚を生で!? き、寄生虫とか大丈夫なのかい!?」
「あとは……ああ、家に入る際には靴を脱がないと斬首刑だそうです」
「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
「いやそれはだいぶ誇張してるよ……」
まあ確かに土足で入ってきたら斬首刑にもしたくはなるが。
なーんて呆れながら反論する俺の膝の上では、飼い犬……というか飼い猫みたいになってしまったフルールが身体を丸めていた。ジャッカルのケモミミは敏感だそうなので喉とかを指で撫でてあげると、ナフサくらいフサフサ(?)の尻尾をぺちぺち当ててくる。かわいい。この褐色シスターかわいい。
「サムライはなんでこの髪形を?」
「頭に乗ってるこれは非常食の海苔巻きだそうです」
「ごめんそれは大嘘」
髷でしょ普通に。何が悲しくて頭に海苔巻きを乗せなきゃならんのか。いやだよそんなお侍さん……頭皮に酢飯の香りが染み付いてそうだなオイ。
しばらくすると、ロザリーがニッコニコでお皿をテーブルの上に置いた。皿の上には分厚くてふわっふわのパンケーキが3段、溶けかけのバターとハチミツと一緒に乗っている。
バターの香りが実に食欲をそそる出来栄えだった。
「はいどうぞ、愛情たっぷりの特性パンケーキ♪」
「「「「おぉー!!」」」」
いただきまーす、とナイフで切り分けフォークでぱくり。外側はスナックのようにサクサク、中はスポンジケーキの如くふわふわという絶妙な焼き加減。卵の風味も生きていて、そんな美味しさの塊みたいな代物がバターとハチミツでコーティングされているのだ。こんなの美味いに決まっている。
「うっっっっっま」
「やん♪ ラウルったら、褒めても婚姻届けしか出ないわよ♪」
随 分 カ ジ ュ ア ル に 出 て く る 婚 姻 届 け だ な オ イ 。
「いやあの、でも真面目に美味しいよコレ。ロザリー店開けるんじゃない?」
「えへへ……まあその、花嫁修業の一環って感じかしら?」
「ロザリーさん、よくシェリルさんとクラリスさんのところに通い詰めてましたものね」
「むふー」
うまいうまいと食べていると、じー……っとこっちを見つめてくるフルールの視線が。
どうやらあまりにも美味しかったようで、もう自分の分を平らげてしまったらしい。そこで俺ならパンケーキを分けてくれるんじゃないかと思ったようで。
「ん」
「いいのか!?」
尻尾をぱたぱたさせながら笑顔を浮かべるフルール。何だこの可愛いジャッカルは。
パンケーキをもぐもぐしながら悶えるフルールは一生見てられそうだ。幸せそうで何よりである。
チェジュ島上空でトキとサジャの2隻と別れた。
あの2隻はコーリア帝国の首都ソウルへ物資を届けに行くのだそうだ。頑張れよー、と大きく手を振ると、向こうも手隙の乗員が大きく手を振り返してくれた。
コーリア帝国は極東の大国ジョンファと海洋国家たる倭国を中継するハブとして大きく経済発展しているのだそうだ。文化交流の結節点、極東のへその緒とも言われるほどらしい。いつか行ってみたいものである。
そういや前にトキでお世話になった時食べさせてもらったキムチ美味かったなぁ、とぼんやり思い出した。以来、あれよりも美味しいキムチに出会えていない。
そんなノリで進んでいるうちに、ソーキル率いる艦隊は高度を落としていく。やがて舳先が雲海に沈み、ミルクの中みたいに真っ白な雲の中を降下していって―――分厚い雲の下に、光が見えた。
「博多航空管制局より入電。”協商連合艦隊ノ寄港ヲ歓迎スル”、以上です」
通信士を担当するクラルテの報告が終わると同時に、雲が晴れた。
雲海の下に広がる、地上の星空。
倭国―――日本とは異なる歴史を歩んだ異世界の国家。
博多の夜景が、すぐそこにあった。
ソーキル級強襲型重巡洋艦(第二次改装)
協商連合が独自に開発した重力ベクトル偏向推進技術『重力変調システム』を組み込み、武装や電子装備を一気に近代化した第二次改装型。艦橋構造物の変化やユニコーンの搭載により、その全体的なフォルムはもがみ型護衛艦を彷彿とさせる姿となっている。
一番の相違点は目玉となる『重力変調システム』の搭載である。これは艦内に賢者の石をコアとして搭載する事で固有の重力場を形成。それをAIルシフェルによる精密な計算で制御する事で浮遊大陸と同じ原理で艦を浮遊させるというものであり、これによりこれまで進路変更に必須であった安定翼やフラップ、ラダーの他、姿勢制御スラスター、ついには補助推力となるレシプロエンジンポッドの完全オミットに成功した。それもあって水上艦艇と見分けのつかない姿になっている。
また重力変調システムは艦を浮かせるだけでなく、重力ベクトルを偏向する事で艦そのものを任意の方向に「自由落下」させる事により、推力の補助や素早い回頭、急速後進といった従来の艦では到底不可能な挙動を取る事も可能となり、戦術の幅が大きく広がっている。
重力変調システムはチェルノボーグ級重戦艦で採用された実績があり、ソーキル級に搭載されたそれはその小型・発展型と言えるものとなっている。現在はソーキル級とチェルノボーグ級重戦艦のみ搭載しているが、将来的にはこれもズメイ砲と並ぶ標準装備として全艦に搭載する予定となっている。
武装面では37㎜速射砲がオートメラーラ製の76㎜砲に差し替えられたほか、CIWSやハープーン、サイドワインダーといった各種ミサイルも搭載されている。




