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天使の宮殿のティアナさん

メモリアム


 ミカエルが提唱した『メモリアム計画』によって建造が進んでいる大規模記録保管施設。民族や国家の言語、歴史、文化など様々な記録が今後勃発するであろう戦争や天変地異によって失われてしまう事を防ぐために計画された。


 施設自体は極めて堅牢であり、隕石の衝突に伴う衝撃波、津波にも耐えうる外殻を持ち、更には核爆発にも耐え放射能を通さない防護性能を誇る。

 既に協商連合の保有する浮遊大陸【クレイドル】にて建造が始まっており、着工から1ヵ月現在での完成率は46%。この調子ではあと1ヵ月と少しでこの世界における初のメモリアムが完成する事となる。


 なお、完成の暁には協商連合に身を寄せる難民たちの言語や彼らの文化、歴史などが一番最初に記録として保管される予定となっている。記録保管・保全の管理はAIルシフェルが行う。



 協商連合本部は『エンジェルパレス』と呼ばれている。


 いかつい城塞というよりは天使が住んでそうな、お伽噺に出てくる宮殿を思わせる。実際によく晴れた日に、この浮遊大陸アルカディアを取り囲んでいる積乱雲(気流結節点)を背景にして見てみると、白く透き通った質感の建物という事もあって確かに天使の宮殿(エンジェルパレス)という名称は言い得て妙だな、という気持ちにさせられる。


 軍事拠点、という感じは全くない。むしろお伽噺の宮殿とか、何かしらのクソデカ教会みたいな宗教施設とか、あるいは西洋の世界遺産になってそうな宮殿を思わせる建物である。


 自分たちの富を見せびらかすような成金貴族の屋敷とは違う、必要以上にゴテゴテとした装飾も無ければ主の自己顕示欲など微塵も滲まず、ただそこに”在る”存在感だけが漂っている。それが最終的に組織の、主の気品を指し示す指標になっているように思えるのは気のせいだろうか。


 さて、そんなエンジェルパレスの民間区画は今日も色々と賑わっている。レストランや雑貨店、鍛冶屋が所狭しと並んでいて、色んな言語で客を引く声が聴こえてくる。


 協商連合の住民の大半が難民だ。そういう事もあってこの浮遊大陸は、故郷を追われた彼らが持ち寄った多様な文化で構成されている。見知った竜人の文化の痕跡があれば全く見た事も聞いた事もない文化も見受けられ、どこもかしこもちょっとした万国博覧会のよう。


 これだけ言語も文化もバラバラならば衝突が起こってもおかしくないのではないか、とは思う。世界を見てみれば分かる通り、戦争の始まりの原因の1つは『自分の価値観の押し付け合い』だ。それが段々とヒートアップしてついには手が出て……あとは言わなくても分かるだろう。


 しかしアルカディアでは、それが見られない。


 今しがた通りかかった中東系のお店なんかそうだ。胸元にロザリオを下げた西洋の宗教関係者に、髭を生やした店主が『هذه تعويذة من أرواح الصحراء. ماذا عن استخدامه كتعويذة ضد الأرواح الشريرة؟(砂漠の精霊のお守りですよ。魔除けにいかがです?)』なんておススメしてて、客の方はというと翻訳装置を使いながらそれを興味深そうに聞いていて、ついには文化的背景についての質問まで始めている。


 どうやらここでは『合法的である限り、相手の文化や価値観を否定しない』という暗黙の了解が存在しているようだ。


 これは持論だが、よくSF小説とかにある【人類が1つになる】とか【人類の意思を束ねる】なんて事は不可能だろう、と思う。


 ちょっとばかり、自分の通っていた学校の事を思い出してみてほしい。


 俺も戦時中はメルキアの学校に通わせてもらっていたが、クラスに何人かは必ず嫌いな奴がいた。顔を合わせるだけで喧嘩になるとまではいかなくとも、まあ考え方や話が合わなかったりする人間だっているだろう。


 そんな、「コイツとは仲良くなれない」と確信するに至る存在がたかだか40人とかその辺のクラスの時点で何人か存在しているのである。


 それが『村』、『町』、『県』、『国』、『世界』……どんどんスケールアップしていけば、はて、その「コイツとは仲良くなれない」と確信するに至る相手はいったい何人に膨れ上がっているだろうか。


 だから世界は1つになる事などはない―――結局はある程度の付き合いはしながらも自分たちの”個”を維持できる程度には線引きをしておくのが最も健全な事である。


 このアルカディアでは、それがどうやらできているようなのだ。


 相手の文化や価値観を否定しない、相手の”個”を尊重する。その線引きが出来ているからこそ、こうして言語も文化も異なる複数の人種が共存できているのだろう。


 まあ、彼らの場合は「故郷を追われた被害者」という共通認識があるから……というのも一因なのかもしれないが。


 さて、そんな人種と文化の万国博覧会な民間区画を抜けて、軍事区画へと入る。人間の姿を模倣した戦闘人形(オートマタ)の兵士にくまさんハウスのエンブレムと、保安部から発行されたIDカードを提示する。


 シリコン製の人工皮膚に覆われた機械の兵士たちの瞳に紅いブロックノイズが広がり、IDカードのスキャンが一瞬で終わった。


「どうぞ、お通り下さい」


「どうも」


 お仕事お疲れさん、と彼らを労うと「仕事ですので」と無機質な声が返ってきた。


 もうちょい小粋なジョークを返してくれれば百点満点なんだがな、と思っているうちに、目の前の空間に立体映像で蒼い矢印状のマーカーが表示された。


 俺の向かうべき場所―――保安部から事前に発行されていたIDカードに記載のある行き先を表示してくれる。これがあれば迷う事はないし、このマーカーの誘導から逸脱すればたちまち「不審者」として保安部隊にマークされる。


 軍事区画はそれだけ重要な区画である、という事だ。


 空間に浮かぶ蒼い矢印のマーカーに誘導され、宮殿の中のような通路を右へ左へ、スロープを上がって右へ、右へ。


 そうして進んでいるうちに、目的の部屋が見えてきた。


 部屋の主に考慮しているのだろう、さすがにM16A5(ライフル)を持った警備兵の姿はない。まあ、ここに居る彼女も四六時中アサルトライフルを持った警備兵に見張られていては窮屈だろうし。


 コンコン、とドアをノックすると、ドアが音もなく開いた。


 ここって自動ドアだったか、と思いつつ部屋に足を踏み入れる。


 随分と開放的な部屋だった。簡易キッチンや寝室、浴室などが備え付けられたホテルのスイートルームのような場所で、リビングの一部は壁も天井もひっくるめて広大なグラスドーム状に展開しているから、浮遊大陸アルカディアの中心に位置するエンジェルパレスから空や街、森を一望できる絶景が広がっている。


 陽の光を取り込むグラスドーム。外からは見えないような仕組みになっているそれから差し込む光に照らされて、この部屋の主―――”エンゲルの魔女”こと『ティアナ・エンゲル』は植木鉢に水をあげているところだった。


 高度3500m……しかしそれだけの高い場所にあって、地表と同程度の紫外線までカットされている太陽光。それをたっぷりと浴びているのは小さな木のような奇妙な植物だった。表面には不気味な口と目のような模様があり、得体のしれない魔物が笑みを浮かべているようにも、苦しんでいるようにも見えてしまう。


「あら、ユリウス。うふふ……”マンドラゴラ”は初めてかしら?」


「え、あぁ……ああ」


 あれがマンドラゴラ? 引っこ抜くと叫び声をあげて人間の命を奪うっていう、あの?


 加工すれば万病の薬になると言われている稀少な魔法植物だと聞いているが、この人なんてものを部屋の中で栽培しているのか。


「……それ、大丈夫? 何かの拍子に叫び声あげたりとかしない?」


「ユリウスったら。それはあなたたち竜人が勝手に広めた迷信よ?」


「そうなのか?」


「ええ。マンドラゴラは確かに魔法植物の一種だけど叫ばないわよ。ああ、でも樹液には神経毒があるから迂闊に触らないでね。死ねるから」


「ヒッ」


 ドルツの”姥捨ての森”に住んでいた魔女の一族―――その末裔、ティアナ・エンゲル。


 彼女は今、こうしてエンジェルパレスに用意された彼女の部屋兼研究所で、自由気ままに魔法の研究に明け暮れている。研究に必要な資金や材料は全てミカエルが手配してくれるという好待遇っぷりで、要望を言えば遅くとも3日以内にはその通りになるのだそうだ。


 ティアナからしてみれば今までやりたくても出来なかった魔法の研究がここでは何の制約もなく自由にできるし、協商連合からすれば殆ど記録が残っていない魔法のノウハウを得られるという事で、その辺は上手い具合に共生関係を築いているのだそうだ。


 とはいえ彼女の事は心配なので、俺もこうしてエンジェルパレスに戻った時には定期的に顔を出すようにしている。


「さ、座って。ミカエルさんからイライナハーブをたくさん頂いたの。これで作るハーブティーが本当に美味しくて……」


 ピンポーン、と部屋の呼び鈴が鳴った。


 パチン、と指を鳴らすティアナ。すると来客用の椅子に座っていたウサギの人形がまるで中に人が入っているかのように起き上がり、ちょっとぎこちない足取りでドアの方まで歩いていく。


 ドアが開くと向こうには腹の下にコンテナを抱えたドローンが浮遊していた。ウサギの人形はドローンにお金を渡すなり、ドローンが持ってきてくれた小包をコンテナから受け取って、次の配達に向かうドローンの背中に向かってぶんぶん手を振っている。


 あれもティアナの魔法なんだろうか、と思いつつウサギの人形を見守っていると、ティアナは俺の分のハーブティーを淹れて持ってきてくれた。20代前半くらいの大人びたお姉さん、といった印象の強いティアナだが、こうして目を輝かせているとどこか無邪気な乙女にも思えてくる。そんな彼女のギャップに心を惑わされそうになりながらも「あぁ、ありがとう」とティーカップを受け取り、口へと運んだ。


 突き抜けていくような爽やかな香りとさっぱりした苦味。適度な渋みが良い感じのアクセントになっている。


 ティアナに小包を渡した人形に「お疲れ様」と労いの言葉をかけるティアナ。人形はソファの端にどっかりと腰を下ろし、そのまま動かなくなった。


「……それは?」


「ん、気になる? 気になるわよね?」


「う、うん」


「じゃあ特別に……じゃーん!」


 すっげえ人生をエンジョイしてそうな笑顔で中身を見せてくれるティアナ。


 小包の中身は特殊なパックに収まった、その……ピンク色の臓器のような何かだった。


「……ナニソレ」


「コレね、”サラマンダーのキモ”! ずっとほしかったのコレ!」


 サ ラ マ ン ダ ー の キ モ 。


 珍味だったり薬品の調合素材に使われたりするレア素材である。クッソ強いドラゴンとして知られるサラマンダーを討伐する事が必須条件となる素材なので、そのお値段は……ローンなしで一戸建てのお家が買えるくらい、だそうだ。


「そ、そう……よかったね、あはは」


「そう、本当に良かったの! ミカエルさんがわざわざ討伐しに行ってくれたんですって!」


「 ブ フ ッ 」


 協 商 連 合 の ト ッ プ 自 ら 動 い て て 草 ァ !


 お前マジか、転生者の序列1位が1人の魔女のためだけに激務の合間を見計らってサラマンダー討伐に……いや片手間でサラマンダー狩ってくるミカエルも大概だが。


「ミカエルさんいい人過ぎる~♪」


「お、おう……」


 やっべえ、もうハーブティーの味わかんねえ。


 インパクト満点な事実に翻弄されながらも、まあそれからしばらくは世間話とか航海の土産話が続いた。ティアナも見た事がない海の向こうの話、空の最果てにある浮遊大陸の話。そして俺とロザリーの故郷、メルキアの話。


 色んな話に花を咲かせている間にも楽しい時間は過ぎていき、部屋にある柱時計が17時を告げる鐘を鳴らし始める。


「あらやだ、もうこんな時間?」


「俺、そろそろ船に戻らなきゃ」


「あっ、ちょっと待ってユリウス」


 椅子から立ち上がり、部屋の奥へと足を進めるティアナ。ガサゴソと引き出しを開けて中から何かを取り出すなり、彼女はそれを手にして戻ってきた。


 何かのお守りなのだろうか。


 クラルテとかフルール、それからクラリスが首に下げているあのメダリオンっぽい見た目だが細かな形状が違うし材質も異なる。向こうは金属製なのに対し、こっちは大きな骨を削り出して作ったような質感をしているのが最大の差異と言えるだろう。


 表面には旧いドルツ語と幾何学模様がびっしりと刻まれていて、中心部には紅い魔石が埋め込まれている。


「これは?」


「タリスマンよ。クジラの骨で作ったの」


「クジラの?」


「そう。私たち魔女はね、大昔はこうやってクジラの骨で作ったタリスマンを相手に送ったりしていたのよ。旅から無事に帰ってきますように、って願いを込めてね」


「……ありがとう」


 大事にするよ、と言葉を続けながら、貰ったタリスマンを見下ろす。


「次の行き先、倭国なんでしょ?」


「耳聡いな」


「まあね、魔女ですもの♪」


 こりゃあ敵わんな、と肩をすくめると、彼女の白くて柔らかな手が俺の手をぎゅっと握ってきた。その温もりを互いに刻むよう、俺もその手をぎゅっと握り返す。


 またしばらく会えなくなる。だからその間、寂しくないように。


「遠いわ、極東は」


「……ああ」


 こうして彼女の元を訪れる理由―――それはきっと彼女の近況が気になるからとか心配だから、というもっともらしい理由で自分の心を誤魔化してたが、まあそれだけではないのだろう。


 そりゃあそうだ。


 こんなにも会うだけで心を惑わす女性に、会いたくない筈がない。




倭国


 極東に存在する島国。現実世界でいう日本に相当する国家であり地理や気候、言語や文化には微々たる差異が見られるもののほぼ同じものと見て差し支えない。


 しかしその歴史は日本と異なるものとなっており、国家を統治しているのは政府ではなく『江戸幕府』である。大政奉還や版籍奉還・廃藩置県といった日本政治体制の転換となったイベントが全く起こらず、幕府が存続したIFの日本と言えば分かりやすいかもしれない。


 天地戦争以前、ノヴォシア帝国が南下政策のためジョンファへ侵攻。これに端を発する『極東戦争』において倭国はコーリア帝国、ジョンファ帝国と共にこれを迎え撃ち勝利に大きく貢献した。極東の矛としての地位を確立し、その後に勃発した天地戦争にも艦隊や義勇軍を派遣するなどして関与。地獄のメルキア沖空戦では虎の子の大和型空中戦艦を4隻全て喪失するという痛手を被るものの、これら一連の奮戦もあって国際的な発言力は強い。


 戦後よりS&Dの技術・資金援助を受けて経済の立て直しにいち早く成功した倭国は、その勢いに乗って『国土強靭化計画』を発動。インフラや鉄道網の整備を敢行し、極東地域では最も早く新幹線の開業にこぎつけた。東海道、山陽、九州、北陸、上越、東北に続き『蝦夷新幹線』、『羽越新幹線』、『奥羽新幹線』も開業(※青函トンネルはまだ工事中であり本州と蝦夷は繋がっていない)。

 将来的には博多とコーリアを繋ぐ大陸トンネルの建造も計画されており、更にはジョンファとも陸路で繋ぐ構想も存在している。


 過去の極東戦争で共闘し祖国を守り抜いた経緯から、ジョンファ、コーリアとの関係はいたって良好であり、極東に留まらず東アジア全域で巨大経済圏を築く『大東亜連邦』構想も存在する。



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― 新着の感想 ―
こっちの世界でも文明保護のためのメモリアム、ミカエル君作ってるんですね。最悪国家が当てにならない時は自分たちで文明を再興すると真顔で言ってましたし、そのあたりは真剣なんでしょうね。 そして全員が故郷…
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