リカルドさん家の弟分が尊厳破壊を喰らっている件について
部屋の中にスタングレネードを投げ込んだ。
ドパン、と激しい炸裂音。あんなものを密閉された空間で喰らう瞬間なんて想像もしたくないし、自分がやられる側に回るなんてまっぴらごめんである。
何度も訓練で「やられる側」は演じた。あれはとにかく酷いものだ。眩しくて周囲の何もかもが見えなくなるし、強烈な爆音のせいで聴覚も何もかも分からなくなる。そんな無防備極まりない状態で完全武装の兵士が突入してくるとか悪夢以外の何物でもない。
まあ、自分がやられて嫌な事は大抵相手も嫌がる事なので、戦闘においては積極的に仕掛けるべし、だ。普段の生活ではもちろんやっちゃダメだが。
ドアを蹴破って突入すると、頭を抱えた数名の戦闘員や倒れ込んでいる奴が居たので、そいつらの頭に5.56㎜弾を淡々と叩き込んでやった。
ここ協商連合では、特に練度の高い歩兵部隊は特にそうだがヘッドショットを徹底的に叩き込まれる。戦時中に俺がいた部隊では「狙いの難しい頭より胴体を狙え」と指導されたものだが、こっちでは逆だ。とにかく頭を狙えという。その方が相手から反撃される可能性も限りなく低くなるのだ、と。
というわけで10.5インチのショートバレルに換装したM4A1を向け、ホロサイトのレティクルを重ねては次々に標的を始末していく。
敵の全滅を確認したところで「クリア!」と室内のクリアリング終了を宣言。警戒しつつも銃口を下ろそうとして―――唐突に、右腕が激しく痛みだす。
まるで指先から肩口にかけて、巨大なロードローラーでじりじりと粉砕されているような痛みだった。肉は裂け、骨が砕けて、腕から脳に繋がる神経がひっきりなしに激痛を浴びせかけてくる。
だが自分でも一番よく分かっている事だ。この痛みは本当の痛みではない、と。
次の瞬間だった。
部屋のクローゼットが勢いよく蹴破られ、中から黒い戦闘服に身を包んだ兵士が飛び出してくる。敵の中の1人があそこに隠れ、俺たちが好きを晒すのを待ちわびていたのだ。
しまった、と思いつつ銃口を向けた時にはもう何もかもが遅かった。振るわれた裏拳でM4A1の銃口を逸らされ、5.56㎜弾があらぬ方向へと飛んでいく。クソが、とサイドアームに手を伸ばしたのと、黒服姿の戦闘員が手にしたカービン―――『ラフランスM16K』の銃口を俺の喉元に突き付けたのは同時だった。
訓練終了を告げるブザーが鳴り響き、相手の兵士役を務めた教官―――竜人の兵士『ボグダン』隊長は不敵な笑みを浮かべた。
「まだまだ詰めが甘いな、リカルド」
「ふう……参りました」
そっと銃口を下ろしてもらい、差し出された手を握って立ち上がる。
先ほど俺が5.56㎜弾の模擬弾を叩き込み死亡判定となっていた戦闘人形の兵士たちもゆっくりと起き上がった。眉間に付着した塗料をタオルで拭き取るなり、こっちに向かって「訓練お疲れ様でした」と人間とそう変わらないねぎらいの言葉と笑みを投げかけてくる。
アイツら、中身は機械なのだそうだ。
ロボットの兵士たち。殺しても人的損失とはなり得ず、その戦闘記録が大本のAIたるルシフェルに転送。その記録を基に成長したより強力な兵士が生産される……という、なんとも信じられないサイクルが出来上がっている。
冗談抜きで、協商連合の技術は100年も200年も先を行っているのだと、ここに志願入隊してそう感じた。
戦闘人形たちに訓練用の装備を預けて返却を依頼、ボグダン隊長と一緒に水分補給をしてからエレベーターに乗り込んだ。
ここ、協商連合本部『エンジェルパレス』の中はとにかく空気が澄んでいる。建物の中にいる事を忘れてしまうレベルで、エレベーター内のモニターに映る絶景も相俟って屋外に居ると錯覚してしまうほどだ。
「……腕、まだ痛むのか」
「……はい」
ボグダン隊長が気にかけてくれているこの右腕は、一度千切れてしまったものだ。
メルキアの戦いの最中、敵の急降下爆撃を受けて俺の乗っていた突撃艇は大破。右腕と右脚はその時に泣き別れとなった。
自力で立つ事も出来ず、ついには復員作業と偽られてどこかへと連れていかれ、あのサン・パライソ島で奴隷として売られるのを待つ日々。ラウルの奴が……孤児院で一番のやんちゃ坊主だったアイツが、あんなに立派になって助けに来てくれなければどうなっていた事やら。
そしてこの手足を錬金術で生やしてくれたミカエル様にも、感謝の念は絶えない。
あのお方は俺以外にも、ああやって救いの手を差し伸べているのだという。まさにこの世界という地獄に降り注いだ一欠片の星屑、大天使そのものだ。
とはいえコレで全て元通り、と都合よく行ったわけではない。
突発的な発作―――いわゆる『幻肢痛』に、俺は今悩まされている。
「悪い事は言わん、【調律治療】を受けてこい。実戦で発作が起きたら……」
「そうですね……そうします」
協商連合は、人的損失を極端に嫌う。
天地戦争に従軍した身としては考えられない価値観だった。戦争になれば兵士が死ぬのは当たり前で、いくら犠牲を払おうとも目的を果たせればそれでいい―――それが今までの戦争の常識だった筈だ。
しかしミカエル様は言うのだ。『軍隊において最も高価で尊い存在は”人間”である』と。
訓練とそれに伴う衣食住に費やした時間と資金。1人の兵士を一人前にするまでにかかったコストが、一発の銃弾、一発の砲弾であっという間に無駄になる。確かにそう考えると割に合わない損失と言えるかもしれない。
だから協商連合はそれを回避するためにロボットの兵士、戦闘人形を大量投入している。その割合は全体の9割にも達しているというのだから驚きだ。
まあ、その残された1割の中に俺の所属する部隊―――協商連合直属の特殊作戦軍【ケルビム】が含まれているのだが。
特殊部隊という事もあって、投入される作戦は極めて危険度が高く高度な専門性が要求される。AIにはまだ任せられない領域であるが故に、不意に発生する幻肢痛は大敵となる。
エレベーターを降りた。
「”調律”、か……」
ポケットからスマホを取り出してネットワークに接続。協商連合内の閉鎖型ネットワーク内で検索をかけ、隊長の言っていた”調律治療”について調べてみる。
スマホの画面に30秒の広告が流れた(スキップ出来ない)。障害を持って生まれた子供が調律治療を受け、健康な子供と同じように振舞う姿を見て涙を流す母親。そこに生成AIの音声と『受けよう、調律治療』という字幕が表示されて広告が終わる。
どんなものなのかねぇ、コレ。
最近はテレビCMやインターネットの広告でも目にする機会が増えた。なんでも、AIとナノマシンを用いた新時代の治療なのだそうだ。脳へと情報を伝達する神経のエラーを是正する事で障害を解消したり、逆に信号伝達を抑制する事でパニック障害を抑え込む……とか、とにかく色々できるらしい。
しかも無料で。
「あ、来た来た。隊長~!」
「おーう、ミリセント」
ドッグの近くにある区画を歩いていると、元気な女性の声が聴こえてくる。黒い軍服姿で、肩には『炎の剣と4つの翼を持つ天使』の姿が描かれた部隊章があった。特殊部隊『ケルビム』のエンブレムだ。
竜人の女性兵士『ミリセント』。よく見ると彼女の右の角は折れていて、サンゴみたいに枝分かれしているのが分かる。
竜人はああやって角が折れると、稀に骨芽細胞が暴走して歪な角が生えてくる事があるのだそうだ。そして彼らの風習ではそうした禍々しい角を持つ者は「悪魔憑き」として忌み嫌われ、たとえ血の繋がった家族であっても迫害の対象となってしまう。
そういう文化的な背景があるからなのだろう、協商連合で見かける竜人の多くがあんな歪な角の持ち主だ。
ボグダン隊長もその1人で、両方の角が折れて枝分かれし鹿みたいになっている。本人はそれを生かして「見ろ見ろ鹿! 鹿さんだぴょ~ん!」なんてギャグを飲み会の席でやったりするが、自虐ネタを武器にするのやめた方がいいッスよ隊長……。
というわけでケルビムの隊員が集まってドッグにやってきたのは他でもない、今週まで一般開放されている豪華客船『フライング・アルビオン号』船内のレストランで食事をするためである。
今までリハビリだの手続きだのミストルテイン関連の事後処理だの斬首作戦だの色々あって、俺のケルビム入隊歓迎会が遅れに遅れて教になってしまったのだ。おのれミストルテイン許さんぞ。
「おお……!」
ドッグには巨大な白い豪華客船が停泊していた。ここには大型の軍艦も停泊しているが、しかしどの戦艦よりもこのフライング・アルビオン号は大きい。整備中のチェルノボーグ級重戦艦が小舟に見えてしまうほどに。
身分証を提示すると、フライング・アルビオン号のスタッフと思われるメイドさんに通してもらえた。通路を進んで船内に足を踏み入れるや、メイドさんや執事たちが整列して一斉にお辞儀をして出迎えてくれる。
ミリセントが予約してくれてたレストランへ足を運ぶと、他のケルビムの隊員たちは既に席について俺たちの事を待ってくれていた。
「やっと来たかリカルド!」
「隊長、遅いっスよ~!」
「いやースマンスマン、そんじゃあ始めようか」
かんぱーい、と用意されてたジョッキになみなみと注がれていたビール(イーランド産だ)のジョッキをぶつけ合い、グイっと飲んでから息を吐く。
「そういや先輩、歓迎会セッティングしてくれたのは嬉しいんですけどなんでここにしたんです?」
運ばれてきたクソデカフィッシュアンドチップスのチップスをつまんでいたミリセントに問いかけると、彼女は早くも顔を紅くしながら色々とカミングアウトを始める。
「だってぇ、フライング・アルビオン号っていったらなかなか乗る機会ないじゃない?」
「今停泊中じゃないですか」
「いーじゃないの、こんな洒落た船他にないし。お料理も美味しいらしいし、あたしの同期はァ、この船でハネムーンに行ったらしいしぃ」
「……その話まだ根に持ってたんですか」
この人、自分の同期がどんどん結婚していく現状に危機感を抱いているらしい。お酒が入るとこういう話になってダル絡みしてくるので、まあそうなったミリセント氏(25)の相手をするのは部隊内で半ば俺の仕事になりつつあるのホント草生える。先輩方もしかして面倒な人の事俺に押し付けてません……?
「ああ、あとねぇ、ここに期間限定で可愛いメイドさんいるらしいのよぉ」
「可愛いメイドさん?」
「は~い、皆さんお待たせしましたぁ~♪」
ぱたぱたと走ってくる足音となんだか聞き覚えのある声。
ん、誰の声だっけ俺の知り合いだよなと思いながらイーランドビールをちびちびやりつつ、フィッシュアンドチップスをぱくり。美味いなここのフィッシュアンドチップス、なんて思いながら視線を前に向けると、そこにはまあ可愛らしいハイイロオオカミ獣人のメイドさんが。
ああ確かに可愛いなぁクール系かなぁ、と思いビールを呷って……二度見した。
「……!?」
「ご指名ありがとうございまぁ~す♪ みんなのメイドのラウルだワン☆」
ケモミミをピコピコさせながらウインクで星を飛ばすメイドのラウルちゃん(15)。
他人の空似とか見間違いとか何かの手違いとかワンチャン幻覚とか、そうであってくれと思ったがどこからどう見てもあそこにいるのは孤児院で一緒に育った弟分のラウルだった。
え、何アレ。何なのアレ。
嘘だ、孤児院では歳下に優しくて村の子供とはいつも喧嘩してたガキ大将のアイツが。年上のいじめっ子を軒並みボコして村の公園を出禁になってたアイツが。エミリオに生ASMRをかまして性癖を破壊しまくってたアイツが。
うそーん、と白目になりながらもビールを呷る。そうだこれは夢だ、とっとと酔って忘れよう。
「あはははは。リカルドがビールこぼしてる~。あ、メイドさーん、そのオムライスこっち~」
「はーい、愛がたっぷり入ったオムライスだワン♪」
「ほらリカルド、あたしからの奢りだよ。食べなよ」
「……ラウルお前こんなところで何やってる」
「メイドさんやってるワン♪」
「なんで?」
「ここの船長に負けてメイドやらされてるワン☆ 察してほしいワン☆」
いや待て何があったんだよお前、このフライング・アルビオン号の船長と。
しかもラウルの奴、すっげえ男女問わず虜にするような愛らしいスマイルを浮かべる一方で血涙流してやがる……コイツ、特大級の尊厳破壊を前の話から最新話まで引っ張られて血の涙を……?
ケチャップでハートを描くラウルきゅん(15)。なんだろう、ケチャップだと分かっているのに血で描いたハートのように思えてしまうのは気のせいだろうか。
とりあえず食べてみた。
尊厳破壊の味がした。
協商連合直属特殊作戦軍『ケルビム』
協商連合上層部が保有する特殊部隊。レギオンは複数のギルドによって組織されているが、このケルビムはどのギルドにも属さず協商連合の上層部直轄の実働部隊とされている。司令官は天地戦争を経験した叩き上げの竜人兵士『ボグダン』。
協商連合が人的損失を極端に嫌い、無人兵器やAIに注力しているのは周知の事実だが、そのような特異な軍隊の中でも数少ない「人間の兵士だけで構成された部隊」である。その装備、任務、訓練内容などは一切公開されておらず謎に包まれているが、練度は極めて高く『ミカエルの懐刀』とも言われている。




