VSフレイヤ
ソーキルに帰ってフレイヤから挑まれた手合わせのことをヴォイテクに話したら、『良い訓練になるしやってこい』とあっさりOKしてくれた。なんでも事前にイヴから連絡があったらしい。
全部織り込み済みだったのか。まあ、おかげでスケジュール調整とか飛行場の使用許可とかの申請がトントン拍子に進んでいった。
というわけで翌日の朝9時。アルカディアの飛行場でF-105を召喚、管制塔の指示でタキシングしながら滑走路へと進入する。
『武装無しで来てね☆』と言われているため機関砲の弾も抜いて増槽だけ主翼の下にぶら下げている。いつもは爆弾やら空対空ミサイルやらをガン積みしているので妙な感覚だった。
管制塔の離陸許可が出る。誘導員に手を振ってからスロットルレバーを倒してブレーキを開放、ノズルからオレンジ色の炎と黒煙を噴き出し、搭載されたJ75ターボジェットエンジンが機体をグンッ、と押し出していく。シートに身体が沈み込む感覚と浮遊感。十分速度が出たところで操縦桿の手応えが変化したのを感じ取り、ゆっくりと操縦桿を引き離陸。高度を上げつつ機首を傾けて指定された座標までの空の旅を楽しんだ。
定期巡回中だったのか、2機のJ-20っぽい機体が見えた。このレギオンでは中国の機体も採用してるんだなと思いつつ翼を振って挨拶すると、向こうは特徴的なカナード翼をピコピコ動かして応じてくれる。可愛い。
しかし接近した際によく見てみると、機体のキャノピーはすっかり装甲で覆われて複眼状のセンサーが蒼い光を放っていた。
AIを搭載した無人機だ。
協商連合は戦闘分野の多くをAIや、それらが制御する無人兵器に大きく依存している(実に9割に達するのだそうだ)。主な要因はレギオン全体として人的損失を極端に嫌っている事と、抱え込んだ人材の多くが元難民であり職業軍人の数が不足している事などが挙げられる。
だから戦闘に従事する人間の兵士というのはとにかく貴重で、ごく一部の精鋭部隊のみに限られるのである(そしてその”精鋭部隊”にくまさんハウスも含まれている)。
AIってもっと冷たくてジョークを解さないイメージがあったんだが、協商連合のAIは随分とユーモアに溢れているらしい。俺が目標座標に向けて高度を上げていくと、AIが操縦するJ-20は複眼状のセンサーを電光掲示板みたいに操作して、『ネコが手を振り見送るアニメーション』を演出してくれた。
ありがとねー、と手を振り、浮遊大陸アルカディアの真上へ。
高度3500mを気流結節点と共に回遊するアルカディア。空の果て、その苛酷な環境の中にあって、しかしこの揺り籠を地表と同じ1気圧に、そして地表と全く同じ気候や気温にしている光の環がはっきりと見える位置まで上がってくる。よく見ると光の環には複雑怪奇な幾何学模様が刻まれていた。
何かの術式なんだろうか。
《Good morning, Aviator (おはよう飛行士) ……時間通りだね》
「フレイヤか」
《ご名答、無線もばっちり通じてるね。Welcome to basic fighting lesson(基礎戦闘課程にようこそ)》
無線が入るが、フレイヤの姿は見当たらない。
そんな馬鹿な、とレーダーも参照してみるが機影は確認できず。まさかアイツ、こっちが冷戦中のジェット機で来てるのにF-35で来てるとかそんな事ないよな? いくら何でもそれはレギュレーション違反が過ぎると思うんですけども。
《ルールは事前に話した通りだよ。ドッグファイト、ミサイルは無し。機関砲だけでロックオンされた方が負け。最低飛行高度は対地高度で5000フィート以上。シンプルでしょ?》
「はぁ」
《なぁに、気が乗らない?》
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……というかアンタ今どこよ?」
《うーん……じゃあキミが勝ったらアタシの船でハネムーンに連れていってあげる。どこでも何日でも無料でね。プールも温泉も貸し切り、スイーツ食べ放題》
《ラウル! ちょっ、絶対に勝ってよ!!!》
急に無線が入ったと思ったらすげぇロザリーがうるさい。というかなんで無線傍受されてんの。
《えーポップコーン、ポップコーンはいらんかねー? 塩、バター醤油、チョコレートにハチミツ味。それからソフトドリンクもあるよ~》
《さァ張った張った! フレイヤVSラウルの空戦だよ! どっちが勝つか賭けるなら今!》
待って、無線の向こう側が何か知らんうちにドえらい事になってるんだけど。勝手に賭けが始まるわポップコーンとソフトドリンクの販売が始まるわで一大エンターテインメントと化してるんだけどナニコレ。見せもんちゃうぞワレェ。
「……で、フレイヤが勝ったら?」
《そうだねぇ……ラウル可愛いし、アタシ専属のメイドにでもなってもらおうかな》
「ファッ!?」
《男の娘を女装させるのって興奮しない?》
「なにそれ怖い」
《……ふふっ、冗談だよ。じゃあかかっておいで。戦闘開始》
なんだよ今の間は、冗談に聞こえなかったんだけど……冗談抜きで負けたら何をされるか分かったもんじゃない。
戦闘開始となったが、しかしどこにいるんだろうか? 相変わらず姿は見えないし、レーダーに機影は無い。となると後ろか? いやまさか……。
ぞくり、と一瞬だけ向けられた殺意。
身体中の毛穴にドライアイスを流し込まれるような感覚に、冷や汗がドッと噴き出た。
即座に操縦桿を倒して左にロール。緊急回避を試みる。
なんだかよく分からんが、そうしなければ危険だと本能が訴えていた。理屈ではうまく言語化できないこの感覚……野生の勘、あるいは第六感とでも言うのだろう。
緊急回避からコンマ数秒差で、右側から爆音とともにフレイヤの機体が急上昇して上空に抜けていった。
《さすがは空中艦40隻撃沈のスーパーエース、勘は優れてるみたいだね》
「なっ……!?」
フレイヤの戦闘機はすぐに反転してこっちを追ってくる。とんでもないGがかかっている筈だが、それをものともしない鋭い超機動。一瞬アレAI操縦の無人機なんじゃね、とは思ったがキャノピーには確かに人影がある。
サン・パライソの戦闘しか見ていなかったが、これはとんでもない戦闘機乗りかもしれない。こっちは格下の相手をボコボコにするだけでスーパーエース呼ばわりされているが、向こうは違う。貪欲に腕を磨いて本物の実力を手にした百戦錬磨のエースだ。
飛び方だけで分かる、格が違う。
が、しかしだ。
それだけで心が折れる俺ではない。相手が格上ならばその胸を借りる勢いで挑むしかないだろう。
せめて一矢と思いつつ、操縦桿を思い切り引く。身体全体が何百kgもの石に押しつぶされるような感覚とともに機体が上昇、無防備な背後を取られないよう反転して、一度見失ったフレイヤの姿を探す。
レーダーは頼りにならない。というか、一瞬でも目を離したら次の瞬間には落とされる。
己の目で相手を探して優位に立たないと……!
《推力も旋回性能もそっちが上だよ。さあどうする!?》
ちらっと視線を上に向けてミラーを確認すると、米粒大の影が映る。
クソッ、真後ろか!
「そっちは何に乗ってるんだ!? まさかF-35じゃねえだろうな!?」
《教えてあげようか? ジャギュアだよ!》
操縦桿を右へ左へと倒して蛇行するように射線を回避するが、フレイヤの機体は真後ろに食らいついて離さない。むしろこっちが疲れ果て、動きが鈍るのを待つ捕食者のようだ。
明らかにロックできる場面は何度かあった。それでも彼女はこちらをロックしてこない……何故だ、何故ロックしない?
―――手加減されてる?
あるいは遊ばれているのか―――酸素マスクの下でぎり、と歯を噛み締めて反撃の糸口を死ぬ気で探す。
ジャギュアと言えば英仏共同開発の練習機兼攻撃機だ。練習機だから操縦特性は素直……なはず。
このまま格闘戦やっても埒が明かない。いっそのこと思い切って大出力エンジンにモノ言わせることにしよう。一度大推力で相手を引き離し急旋回。背後に回り込んで仕留めにかかるのだ。
スロットルレバーを押し倒してアフターバーナー全開。操縦桿を引き急上昇。
《いい判断だね、この機体じゃ追いかけられないよ》
上昇を始めた途端に追いかけるのをやめて旋回し距離を置こうとするフレイヤ。よし、狙い通りの動きだ。ジャギュアではF-105には追い付けない。残念ながらドッグファイトでは手も足も出なかったが、これならやれるかもしれない。
空戦において、足の速い機体が主導権を握るのだ。
それを理解している上で、そしてこっちがF-105Dに乗っているのを承知の上でフレイヤはジャギュアで挑んできたわけだが……それはつまり、機体性能の差を覆して完封勝利をキメる自信があるという事か。
ええい、ビビるな!
フレイヤの斜め後ろ上に陣取れるよう右旋回。空で蒼く輝く光の環に腹を擦り付けそうになりながらも操縦桿を押して下降する。
「とったぞフレイヤ!」
照準器に投影されたレティクルがワンテンポ遅れて機体の動きに追従し、迷彩柄の小柄な機体を捉え始める。
その時だった。
突然フレイヤが機体を横滑りさせた。ぎょっとしながらも追いかけようと操縦桿を引いた瞬間、俺は己の失策を悟った。
《―――待ってたよ、この時を》
フレイヤ操るジャギュアの機体後部がパカっと開いて減速し、ロールしながら上昇に転じた。
相手を目で追いながら操縦桿を引き続けたが、真上を通り過ぎた頃には既にフレイヤを追い越していた。
あ、やられた―――。
ミラーにジャギュアの機体が映るなり、コックピットにロックされた警告音が鳴り響いた。
言うまでもなく、ラウル君の敗北である。
「バレルロールしてオーバーシュートさせたってかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん゛に゛ゅ゛に゛ゅ゛」
きえぇぇぇぇぇ、と頭を抱え身体を捻りブリッジする発狂ラウル君。ついにはふわりと床から浮き上がり周囲のスタッフがドン引きする中、パイロットスーツ姿のフレイヤは「あははは何それ面白いねぇ」なんて言いながら水分補給して笑う。
うーん強者の余裕。
「そういうこと。アタシを追いかけようとしたのが判断ミスだったねぇ……そのまま下降していれば逃げ切れたのに」
バレルロール、すなわち樽の内側を沿うように機体を旋回させながら機首上げする戦闘機動だ。操縦自体は単純だが動きの軸が大きく動くことで動きが予測しにくくなる。
さらにいやらしい事にエアブレーキを展開して減速しながらバレルロールしたことで相手を追い越させる、すなわちオーバーシュートさせることで後ろを取ったのである。
機体性能はF-105のほうが上にも関わらず、たった数分の戦闘で完全にしてやられたというわけだ。
「空戦は一瞬の判断ミスが命取りになるよ。巫女のユニークスキルで何時間も仮想空間で練習するのもいいけど、たまには現実で訓練しないとね」
「ああ、また今度相手してくれないか?」
「いいよ、それじゃみんなのところに戻ろうか」
格納庫の中、F-105Dを召喚解除してから肩をがっくり落として外に出る。無人機の離陸や着陸でそれなりに賑わう飛行場の外れ、格納庫の外ではフレイヤの巫女であるイヴが待っていた。
お迎えに来てくれたのは良いのだが、しかし。
その……なんですかその手に持ってるメイド服は?
「あn、あの……一応聞くけどそのメイド服 is 何?」
「メイド服です」
「Why?」
「負けたらメイド服を着ると」
「冗談って言ってなかったっけ???」
「でもみんなラウルのメイド姿見たいって、ほら」
いつの間にか後ろにいたフレイヤが見せてきたスマホにはくまさんハウスのメンバーからの『メイド服着ろ見せろ』のメッセージが並んでいた。
いや、ギルドの仲間だけではない。フレイヤの船のスタッフからもリクエストがずらりと並んでいた……中には『ラウルきゅんのメイド服姿の為なら1日72時間働けます!』とか言ってるメイドさんのコメントがあったんだけどこの人はアレか、高度経済成長期の日本を生きているのだろうか。
うーん労働基準法。
「ほら、民意民意」
「人権 is どこ?」
「民主主義だよ。ミンシュシュギ」
「多数派の意思は尊重するべきでしょう。というわけでエルマータ様、お着換えのほどを」
「コレ権威主義の間違いじゃないの???」
「「さあ早く♪」」
あっコレマジなやつだ。
あの時マジで「冗談だよ」って言ってたよな、聞き間違いじゃないよなと思いつつも、こうも圧をかけられたら逆らえるはずもなく。
この後、めっちゃメイド服着せられた。
光の環
浮遊大陸アルカディアを覆っている光の環。稼働状態によって蒼かったり紅かったり金色だったりする。輪にはびっしりと術式が描き込まれており、これによってアルカディアや周辺の浮遊島は高度3500mに位置していながら地上と同じ気圧、気候が維持されている。
あくまでもこれは副産物としての効果であるらしく、メインはアルカディアを包み込む気流結節点から大陸そのものを防護する特殊な防御フィールドであるようだ。
なお、協商連合勢力下にある他の浮遊大陸ではこの光の環は見られない事から、【複製不能な過去の超技術】である可能性が高い。




