フレイヤからの挑戦状
J-20R
協商連合で採用された無人ステルス戦闘機。ベースは中国軍のステルス戦闘機J-20。パイロットの代わりにAIを搭載しており、編隊長機か母艦からの遠隔操作、あるいはAIによる自律行動やルシフェルからの直接制御も可能。
外見上の差異はキャノピーまでが装甲で覆われている事と、キャノピーを覆う装甲表面に紅く発光する複眼型センサーが搭載されている事。また搭載可能兵装は西側規格に一新されている。
無人型以外にも有人型がごく少数生産されており、パイロットたちは「人間が操縦できるギリギリを攻めたスペック」と高評価しているという。
協商連合は戦闘による人的損失を大いに嫌う傾向があり、軍備の実に9割を無人兵器やAIに大きく依存している点で他のレギオンや軍隊と比較し異質である。
地から足が離れると、どうしてこんなにも開放感を感じるのだろうか。
答えはいたって単純明快、きっと”重力”という生々しい概念が己の内から消え去るからだろう。
リンゴも木から落ちる……そんな身近に感じる物理法則。人類とかなりの長い付き合いになるそれを感じにくくなるだけで、こうも自由になったように錯覚するとは。
だから俺は、空を飛ぶのは好きだった。
操縦桿を倒し、紺色に塗装されたF-105D『サンダーチーフ』を急降下させる。右翼に描かれた2本の白線がキラリと鋭い光を放ち、キャノピーの向こう側に標的の敵艦の姿がぐんぐん大きくなってくる。
優美な流線型の船体と、船体下部に集中的に配置された主砲。それらの意匠からあの艦が獣人製のものではなく、竜人たちの手によって生み出された艦である事が分かる。
天地戦争当時、竜人たちは地上に住む獣人たちを頭上から空爆する事が多く、天地戦争末期までその関係が変わる事は無かった。だから竜人たちの空中艦は船体下部に主砲を搭載している事が多いのだ。
船体側面にはミストルテインのロゴがある。
「斜陽レギオンが」
既に警告は済ませた。
それでも従わないのだから―――ここから先は自己責任、だ。
操縦桿のスイッチを弾き、主翼に搭載していた爆弾を景気よく投下した。主翼や胴体下のパイロンに親の仇の如く搭載された爆弾が一気に6発ほど投下され、機体が軽くなるのを見て俺は更に加速。突き抜けるロケットの如く、対空砲火の隙間を駆け抜けて敵艦の下方へと離脱する。
背後で生じた爆発の閃光を背中で浴びながら、エアブレーキを展開しつつ操縦桿を引いた。ぐんっ、と猛烈なGが身体に降りかかり、肋骨が軋む感覚を覚える。遠心力と忌々しい重力によって全身の血流が足の方へと集中する苦痛に耐えながらも高度を上げ、機首左側に搭載された20㎜ガトリング砲で敵艦の艦橋を狙う。
投下された6発の爆弾のうち4発を浴びて傾斜を始めていた敵艦の頭に、20㎜弾が立て続けに捻じ込まれていく。船体下部の艦首寄りの位置、ガラス張りになったゴンドラみたいな部分にしこたまガトリング砲を叩き込んで離脱。コクピットの中で後ろを振り向き中指を立ててやる。
背面を爆弾で吹き飛ばされ、挙句の果てには艦橋まで潰されたミストルテインの空中巡洋艦。艦内で生じた爆発が各所に伝播しているようで、おまけに艦長以下艦橋要員を一気に失った事もあって動きが完全に止まってしまっていた。
中には艦に見切りをつけ、船体側面のハッチからパラシュートで脱出を図る乗員まで現れる始末。ここノヴォシア上空なのだが、着陸したらしたで強制収容所での苛酷な生活が待っていると思われる。大丈夫だろうか。
まあ、いいか別に。俺の知った事じゃないし。
それに脱出するのを待ってやるほど、俺は聖人君主ではない。
機体を翻し、F-105Dを敵艦の後方へとつけた。船体後部、艦底部のハッチが開く。向こうから現れたのはパラシュートを装備した乗員たちだが、よもやハッチを開けたすぐ目の前に自分たちの艦を墜落に追いやった敵機が居るとは思わなかったらしい。
ぎょっとするのがここからでも分かった。中にはピストルを取り出して、そんな豆鉄砲で果敢に撃墜しようと戦いを挑んでくる猛者も見受けられる。
操縦桿を引くと同時に爆弾投下スイッチを押す。
機体が上昇に転じたタイミングで切り離された爆弾が、緩い山なりの弾道を描いて投下―――いわゆる”トス爆撃”というやつだ。こうやって爆弾の飛距離を伸ばすテクニックが存在する。
さて、意地悪な狼さんが放った爆弾は敵艦後部のハッチへ見事にホールインワン。脱出しようとしていた敵艦の乗員を無慈悲にも押し潰しながら奥まで達するや、そこでトドメの爆発を引き起こした。
艦内に直接爆弾を放り込まれたのだから、その損害は今までの比ではないだろう。爆発が爆発を呼び、ミストルテインの空中巡洋艦の船体後部が「割れる」。装甲や鉄骨の破片を回避しながら上昇に転じたところで火薬庫に引火してしまったらしく、敵艦は収穫祭の花火よろしく派手な炎を吹き上げた。
「”ストレイド”よりソーキル、敵艦を撃沈……相当数の破片が地表に降り注いでるぞ」
キャノピーから目視で確認した。今しがた撃沈した敵艦の残骸や破片は、炎に包まれながらノヴォシア上空にぶちまけられている。
このままじゃあ地上に被害があるんじゃないか、と不安になったが、しかし母艦からクラルテの声が聴こえてきてその最悪な予想を杞憂にしてくれた。
《ソーキルより”ストレイド”、AIルシフェルのシミュレーション結果では残骸はラスピ海に落下する可能性大、との事です。既にノヴォシア政府に通達済みですのでご心配なく》
「了解」
それならいいんだが。
俺が撃沈した敵艦の残骸に押し潰されて家族が死にました、とかそんな理由で恨まれたくはない。
とはいえ例によって今回も悪いのは向こうだ。ミストルテインとかいうかつて6大レギオンとか言われてたレギオン最大手の一角で、天地戦争時代から竜人軍を支えていた老舗レギオンという過去の栄光に縋り続けた結果、認識のアップデートが出来ず時代に取り残されてしまった連中である。
なんか滅ぶべくして滅んだんだろうな、と思う。
所詮は歴史に残らぬ弱者だった、という事なのだろう。
そんな体たらくでよく協商連合の領空侵犯などやろうと思ったものである。浮遊大陸カッパドキアがまだ諦めきれないのだろうか? あそこは今や開発が進み、入植者による開拓も順調に進んで新たな生活圏となりつつあるというのに。
警告5回、協商連合上層部から直々にミストルテイン運営部への通達と警告を行ってもなお進路を変えなかった―――そんな事を戦闘艦でやったのだから、まあこうなるのも当然である。
「……ミッション完了、帰投する」
操縦桿を倒し、マジックコンパスが指し示す方向へF-105Dを飛ばす。
8月の空はいやらしいほど蒼く、どこまでも澄み渡っていた。
第十章 英雄の父、戦狼の仔
8月になった。
浮遊大陸アルカディアにも四季はある。夏になれば当然暑いのだが、しかしそれもあの暴力的な湿度と30℃超えの真夏日が連なる某日本列島と比較すれば全然マシだ。
気温が30℃まで達する事はあまりなく、せいぜいが25~27℃。この気温も天候も、アルカディアを覆うあの光の環によって実現しているのだそうだ。いったいどんな仕組みになっているのかはさておき、あの光の輪が高度3500mの空を回遊するこのアルカディアを快適で済みやすい場所にしているのは言うまでもない。
そんな真夏の昼間、昼下がり。
チャンさんから頼まれた食料品の買い出し(なんでこんなに豆板醤を?)を終え、カフェでアイスココアなんか飲みたくなる気分だなぁと思いつつ休憩していた時の事だった。
「やっほー」
「フレイヤ?」
「お世話になっております」
自由気ままで飄々とした声に続き、貴族に仕えるメイドのような凛とした声。
後ろから声をかけてきたのは協商連合に加盟するギルド『トランス・コンチネンタル・エアライナー』を束ねるフレイヤと彼女の巫女、イヴだった。
「今日はどうしたんだ? どっか航海じゃないのか」
「今は航海が終わって船が整備中だからヒマなんだ」
「ほーん?」
自然な流れで相席してきてフレイヤとイヴはサンドイッチと紅茶を頼んだ。「トーストサンドイッチ」とかいうメニューに目が留まるがホットサンド的なやつのことだろうか。まだメニューを決めかねていたので俺も同じものを頼んでおく。
少し経つと紅茶とともにサンドイッチが運ばれてきた。やっぱりホットサンドなのかなと思いきやとんでもないものが皿の上に乗っていて絶句する。
……トーストしたパンを挟んだものが出てきたんだけど。
「なにこれ」
「トーストサンドイッチだよ」
「ホットサンドじゃないのかよ」
「イギリス料理にそんな上品なものあると思う?」
ひどい言われようで草。大英帝国は真面目に泣いていいと思う……。
でもコレさ、パンに焼いたパンを挟んでるんだよねコレ。日本人に分かりやすく伝えると『チャーハンをおかずにご飯を食べる』ようなものなのかもしれない。感覚としては間違っていない筈だ。
ま、まあ、でも出された料理を食いもせず酷評するのもどうかと思う。案外美味いかもしれない。未知の領域に踏み込むのは勇気が要るものだ……というわけで一口かじる。
……うん? 案外美味しいぞ?
両方パンなのに具材がトーストでサクサクしてるからか、食感が変わってて脳がちゃんと具材と認識して食べれる。バターのコクと塩気がマッチしてて、さらに胡椒が良いフレーバーになってて食欲をそそる。薄切りのハムも味変になって、いつの間にか平らげてしまった。
なんだこの一皿分の脳のバグみたいな……なんかそんな変な体験だった。
「言い食べっぷりだね、案外悪くないでしょ?」
今回の経験で痛感した。イギリス料理のイメージだけで食わず嫌いしてはいけない、と。インターネットでは半ばネタにされてるイギリス料理だが侮りがたい……と思いつつ紅茶をすする。疲れた身体にはもうちょい糖分があってもいいよね、と思い角砂糖をドボン。うふふもう一つ追加しよう……うん、自分好みの味だ。
なんかこう、あるよね。ストレートティーで飲みたい時と思い切り甘くして飲みたい時って。あるよね、ね? え、ない? 嘘だ絶対あるぞ。
「ねぇ、手合わせしない?」
「ブフッ!?」
「わぁ汚い」
思わず紅茶ミストを吹いてしまった。
いやいや待て待て、手合わせだって? フレイヤって戦えたっけ?
「素手で戦おうってワケじゃないよ。空だよ、空」
「あ、あぁ、そうか、飛行機か」
「そうそう、協商連合で強そうな戦闘機乗りはキミしか知らないからさ。一回戦ってみたいんだ」
「……俺、どっちかというと戦闘機乗りというよりは攻撃機乗りだぞ? それにしたって唐突だな」
「言ったでしょ、アタシはCaptainである前にAviatorだって。いつも空を飛びたくてうずうずしてるんだ。それに、キミも内心戦いたいでしょ?」
それは、と同意の言葉が顔を上げる。
「―――遅い複葉機と鈍重な空中艦が相手じゃ闘争心は収まらないはずだよ。違う?」
「……」
確かにそうかもしれない、とは思う。
どこまで行っても空飛ぶ相手はこの世界の技術水準だけ。複葉機、ごく稀に単葉機……けれどもジェット機なんて出てくる事はないし、大物も鈍重な空中艦ばかり。時限信管の対空砲火を適当にばら撒いてくるだけで、「キミらやる気あるの?」と小一時間説教したくなるレベル。格下もいいところだ。
「それじゃ決まりだね。後で時間と座標を伝えるから、今乗ってるF-105で来てね」
バイバ~イっと去って行った。しかもまた食事代も払ってもらっている……これヤクザみたいに後から借り返せって来ないかな。すごい心配なんだけど。
にしても、フレイヤと空戦ねぇ。
なんかあの人すっげえ強そうなんだけど……。
すん、すんすん。
すんすんすんすん。
すんすんすんすんすんすんすんすんすんすん。
「あのー……ロザリーさん?」
「すんすん」
「何……してるんです?」
「すんすんすん……すん」
うーんデジャヴ。
なんか前にもこんな事あったなー、と思いつつロザリーにされるがままになる。相変わらず目のハイライトは消えてるしベッドの上に押し倒されてるし両手両足はがっちりホールドされてて逃げられないしでなにこれ。
「ラウル?」
「ハイ」
「知ラナイ女ノ匂イガスル」
「気のせいであってほしかった」
「うふふ……浮気?」
「違いマスタード」
否定する間にも今度は人の身体に自分の身体を擦り付け始めるロザリー。頬を何度か舐めてから、彼女は敏感なケモミミのすぐ近くで囁いた。
「じゃあ……今度こそしっかりマーキングしておかないとね。ラウルは私のだって分かるように♪」
「あっゴメン、ちょっと待ってロザリー」
「なあに?」
ちょっとタンマ、と彼女にホールドを解いてもらい恐る恐るベッドの下を覗き込んでみる。
エンジェルパレスの自室、高級ホテルのスイートルームみたいな部屋の中。馬鹿みたいに広いベッドにはデカ女が複数人余裕で隠れられるスペースがあるのだ。
前回と同じ展開になるって事は、と半ば確信を抱きながらベッドの下を覗き込むと、やっぱりというかなんというか。
ベッドの下でスタンバイしていたクラルテ氏(18)とクロエ氏(20)の2人と目が合った。
「ヒュッ」
「どいてラウル」
「え」
ピンッ、と安全ピンが抜ける音。いや今の音何よ……と思っている間に、既にロザリーはベッドの下にスタングレネードを放り込んでいた。
「「ア゜」」
どぱーん、と部屋の中に響き渡る爆音に加えてベッドの下で迸る閃光。あとデカ女×2の悲鳴。
もちろんこの後シェリルさんとクラリスさんにバチクソ怒られた。




