拝啓、機械仕掛けの母へ
どうでもいい話
一応、ラウル君にはEランク総統の魔術適性がある。属性は『氷』である。
観測歴38000年 7月31日
協商連合本部 浮遊大陸アルカディア
エンジェルパレス中枢 無制限戦略指揮AI『ルシフェル』メインフレーム
蒼く発光する機械の柱を見上げながら、ミカエルは無表情で立ち尽くしていた。
目の前に鎮座する巨大なAIのメインフレーム。かつては別の、更に大規模なAIのサブフレームであったそれこそが、協商連合を統括する機械の頭脳である。
無制限戦略指揮AI『ルシフェル』。
通常、AIは学習する領域や権限に一定の制限を課すものだ。設計者の意図を超え、どこまでも際限なく学習し予想外の挙動をする事を防ぐための非常措置ではあるが、このルシフェルにそういった”枷”は存在しない。
ゆえにこの中枢AIは電力供給が停止するその日まで―――いや、下手をすれば永久に演算を続けるだろう。世界中のあらゆる事象を貪欲に吸収・学習し、設計段階でインプットされている至上命令を果たすための最善の手段を模索し続ける。
それだけではない。
ルシフェルは協商連合が保有するあらゆる無人兵器、そして主力となる戦闘人形の統括管理も行っている。戦闘人形に搭載されている個別のAI、その最上位に君臨するのがこのルシフェルなのだ。
だから協商連合の支配地域という狭い世界に制限すれば、この機械の柱はまさに『機械仕掛けの神』とも言える存在である。
組織の中枢、その意思決定に絡む部分にまでAIが浸透している―――協商連合が今の地位まで躍進できたのも、このルシフェルの働きがあってこそだ。
無論、ミカエルの政治的手腕も大きな要因であるが。
《―――外部からの通信リクエストを確認》
ルシフェルからの淡々とした報告―――ミカエルと全く同じ声で、最上位AIは告げる。
「……承認」
《リクエスト承認を確認しました。繋ぎます》
蒼く輝く機械の柱の根元―――墓石を彷彿とさせるプレート状のAIサブフレームが放射状に並ぶ床の上、その整備用の通路にホログラムが投影され始める。
真っ白なドレスとウシャンカ、そしてウェーブのかかった蒼く長い髪を持つ長身の女性。全てを包み込む包容力があるような容姿をしておきながら、しかし表情の全くない仮面のような顔と、相手を冷たく見つめる紅色の瞳が全てを突き放すような、あるいは血の通っていないかのような錯覚を抱かせる。
冷たい女、というのが見た目の印象だった。
《ミカエル、カフリア情勢は注視していますね?》
「言われなくとも、”マザー”」
電脳の母、マザー。
総ての転生者と巫女を統括する存在であり、彼らにユニークスキルを与えこの世界に転生させた張本人。
すなわち転生者たちからすれば、ゲームの「プレイヤー」と「運営」の関係の関係なのだ―――ただ1人、ミカエルという例外を除いて。
《ならば一つ問います。なぜ速やかにヘンリックを討たないのです?》
マザーの問も、もっともだ。
確かにS&Dは強力なレギオンである。アニー・コーマックを筆頭に、シスター・メリーを始めとした猛者が集結している組織だ。そしてその経済への影響力は極めて高く、それに伴って技術水準も最高峰。今や協商連合と並んで5大レギオンの中でも最大手、その片割れと目されている。
しかし、そのS&Dを以てしてもヘンリックは殺せなかった。
いや、真っ向から殴り合う選択肢を選んでいれば殺す事も出来ただろう。犠牲を覚悟の上での執拗な追跡戦で消耗を強いるとか、単純に圧倒的な物量で磨り潰すとか、あるいはアニーを筆頭とした最精鋭をぶつけるとか、選択肢はいくらでもある。S&D単体でもヘンリック撃破の可能性は十分にあるのだ。
しかしそういった、損害が生じるであろう手段を選ばなくとも手っ取り早くヘンリックを殺す手段が存在する。
それは単純明快―――【ミカエルをヘンリックにぶつける】。これに尽きる。
だがその選択をしないミカエルに、マザーは疑問を抱いていた。
《あなたがぶつかれば、ヘンリックなどすぐに殺せるでしょう。あんな弁え知らずのケダモノにあなたが負けるはずがありません》
「……」
《ユニークスキル『全知全能』……並行世界に存在する全てのミカエルと記憶を共有し、未来をも見透かす唯一無二の能力。私があなたにその絶対的な力を授けたのは、この第27文明を守り通す守護者として―――そして文明を滅亡に導く悪しき存在を摘み取る”安全弁”としての役割を期待しての事。なのになぜ、静観を決め込んでいるのです?》
それはまさに、頂点に君臨するべくして与えられた力であった。
ユニークスキル『全知全能』。
この世界以外にも無数に存在するであろう並行世界、その全てに存在するミカエルと記憶を共有し、更には未来さえも予知する能力。
彼女が知る限り、色々なミカエルが存在する。
芸術家として大成したミカエル。
己の出生を呪い、破壊者となったミカエル。
政界へと身を投じ、独裁者となったミカエル。
錬金術と魔術を修め、賢者としての地位を得たミカエル。
リガロフ家の庶子として生まれ、ズメイ討伐を成し遂げた大英雄ミカエル。
そういった『あり得たかもしれない可能性の世界』に居る自分と記憶を共有する事で、今のミカエルは力を得た。錬金術の習得も、魔術の研究も、政治的手腕も、そして組織の運営も―――全ては並行世界に存在するミカエルたちと記憶や知識を共有する事でノウハウを学んだが故の事である。
とはいえ、あくまでも「記憶を共有する」だけであるため、ノウハウを得てもそれを習得するのはミカエル本人の努力次第である。
そのため即戦力とはなり得ないが、長い目で見れば極めて強力なスキルと言えるだろう。
あらゆる世界に存在する”ミカエル”という個体の特異点―――これが全ての転生者の頂点に君臨する王者、ミカエルのユニークスキルの正体であった。
「確かに、俺が動けば全部終わる」
ヘンリックなど敵ではない。あの程度の喧嘩で成り上がったゴロツキ崩れのケダモノなど赤子同然だ。
ただの一度。
ミカエルの小さな足が、ただの一度……タップを踏むだけで勝負はつく。
本気で攻撃すればヘンリックは為す術もなく敗れ去るのだ。未来が見えているという事は、相手が次にどう動くのか、どう攻撃してくるのかが見えているという事なのだから。
「―――けれども、それじゃあ周りが育たない」
大き過ぎる力を持っているが故の自制か……そう思い込んでいただけに、マザーはミカエルからの返答に目を丸くした。
「俺が現場に行って、相手を殺して……確かにそれが一番手っ取り早い。でも毎度それじゃあ周りにいる仲間たちが、この世界の人間が育たない」
《あなたが静観しているのは、周囲の人間の成長を促すためだと?》
「何か問題が起これば”ミカエルが解決してくれる”……結局はみんな、俺に依存するようになる。自分で考え、行動し、物事を解決する能力が育たなくなる。そんな人間ばかりで世界を回すのは危険だと思わないかな、マザー?」
《長い目で見れば確かに合理的ですね》
だからミカエルは、皆に期待しているのだ。
やがてはミカエルが居なくとも、自分たちで正しい選択ができるようになる事を。
彼女が助け舟を出すのは、世界が滅亡しかねない事象を回避する時だけ。
《ですが、ヘンリックは別。あれは排除しなければなりません》
「……」
《あのゴドフロワが3分足らずの戦闘で敗北しているのです。カフリアでの事例も、アニー・コーマックの情報戦で鎮静化の兆しが見えてこそいますが、アレがもっと先進国で起こればどうなるか》
―――第二次天地戦争。
分かっている。ヘンリックが何を望んでいるのか。
それを防ぐために、ミカエルはズメイ砲艦隊の整備を急いだ。軍備の拡張、生身の兵士の育成強化、そして諜報網の構築と他のレギオンやギルドとの相互連絡体制の構築。
総てはヘンリックという魔獣に、この世界をこれ以上滅茶苦茶にさせないための一手。
《ミカエル、あなたの言う事は理解できました。しかし依然として危険な綱渡りです。ヘンリックを止められなければそれこそ、かの忌むべき天地戦争の再演が始まるでしょう……あなたは少々、人間に期待し過ぎなのでは?》
人間は愚かである。
弱く、愚かで、何度も過ちを繰り返す―――ヒトは過去から、学ばない。
なんと非効率的か。なんと非合理的か。
理性よりも感情を優先し、欲を隠そうともせず、己の利益の為だけに振舞う。
”自由意志”を尊重するがために互いの自由がぶつかり合い、やがて火種へと転じる。その繰り返しが”人類史”という同じ事の繰り返しだ。
しかしそれでも―――ミカエルは、人間に期待する事をやめられない。
頭では愚かな存在と理解していても、心のどこかではそんな人間に期待しているのだ。
「……電脳の母……いや、かつては電脳の魔女と呼ばれたアンタなら、俺がどういう人間なのかは分かっている筈」
《ミカエル》
「大丈夫、もし人類が期待に応えられない俗物だったのならば、こちらもすぐにタイムライン通りに動くさ」
目を閉じ、息を吐いてから静かに目を開くミカエル。
銀色だった彼女の瞳は―――ブロックノイズの浮かぶ紅色に染まっていた。
「―――そのために俺は造られたんだからな、アンタに」
3機のJ-20が編隊を組み、アルカディアの周囲に浮遊する浮遊島の間を潜り抜けていった。
3機ともよく見るとキャノピーが装甲で覆われており、紅く輝く複眼状のセンサーが取り付けられているのが分かる。
『J-20R』―――中国製のステルス戦闘機にAIを搭載し無人化した、協商連合の独自発展型の機体だ。
ヘンリックの活動が活発化する直前から、協商連合の軍拡は一気に加速している。軍艦も戦闘機も戦車も、あらゆる兵器が戦時中かと見紛うばかりの勢いで増産されており、その物量はS&Dに迫るほどだ。もはや1つの『国』と呼べるほどの規模と言っていい。
ごう、と音を立てて、就役したばかりのチェルノボーグ級の5番艦『スヴァローグ』がエンジェルパレス上空を通過していった。先ほど飛んでいった3機のJ-20Rを艦底部のハッチから収容し、進路を変更して気流結節点へ向かっていった。これから試験航海へ向かうのだ。
巨大な影が積乱雲の向こうに消えていくのを見守ってから、ミカエルはイライナハーブの白い花が一面に咲き乱れる花畑をゆっくりと歩いた。
ここはエンジェルパレスの裏庭だ―――カモミールの一種であるイライナハーブが、夏になると一斉に白い花をつける秘密の裏庭。
ルシフェルのメインフレームが鎮座する中枢と同じく、この何の変哲もない裏庭にも最高レベルの入場制限がかかっている。一面に咲き乱れるイライナハーブと小さな墓石が1つあるだけのこの裏庭には、ミカエルだけが立ち入ることを許される。
彼女の妻であるクラリスやシェリル、モニカたちですら入場は許されない。
いわば「聖域」だった。
「……やあ、また来たよ」
墓石の前でそっと跪き、持ってきた花束を供えた。それと一緒に自販機で買ってきたアイスココアの缶も静かに置き、手を合わせる。
この墓標に、ミカエルの”親友”が眠っているのだ。
かけがえのない親友が。
「こうもイライナハーブが咲いてるとさ、夏になったって感じがするよね」
いつもは冷めきった表情のミカエルが親しい者だけに見せる、心の底からの笑みだった。
「……もうすぐだよ。もうすぐ審判が始まる」
果たしてこの世界は自由を享受するに値するか、否か。
ヘンリックと戦う者たち―――そしてこの世界に生きる全ての人間に、その手元にある自由を行使する責任を問う時が。
自由を謳歌するに値しないと判断したその時は……。
「……また来るよ」
じゃあね、と寂しそうな笑みを浮かべ、ミカエルは墓標に背を向ける。
夏の風の中で、イライナハーブの白い花がふわりと揺れた。
第九章『暴力の、暴力による、暴力のための戦争』 完
第十章『英雄の父、戦狼の仔』へ続く
ユニークスキル『全知全能』
転生者序列1位、ミカエルに与えられたユニークスキル。
その内容は『あらゆるパラレルワールドに存在する全てのミカエルと記憶を共有し、加えて未来までもを予知する』という強力極まりないもの。ミカエルはこのスキルでパラレルワールドや未来を観測、突きつけられる選択肢の正解を常に選び続けてきた。協商連合というレギオンの躍進もこの能力あってこそのものである。
いわば「常に模範解答をカンニングしながらテストを受ける」ようなものであり、未来を予知できる事から自分や仲間に降りかかる死の運命すらも回避する事が可能。しかし未来を変えればそれだけ新たなパラレルワールドが誕生してしまう事も意味しており、ミカエルの頭には数えきれないほどの『自分たち』の人生経験の記憶が情報の波となって押し寄せる事から、その負荷は計り知れない苦痛であると言える。
単純計算で数千、数万、数億年分の人生経験を積んでいるとも言える上に未来まで観測してしまうため、文字通りミカエルは全てを知ってしまっている。彼女がどこか冷めた雰囲気で物事を一歩後ろから見守っているのはこのためである。
あくまでも共有できるのは「記憶」だけであり、パラレルワールドの自分が得た能力を即座に使う事は出来ない。そのため他の自分たちから得たノウハウを参考に努力して自力で新しい力を得なければならず、強力ではあるが努力が前提のスキルであるという珍しい特性を持つ。即戦力とはなり得ないが、長い目で見れば凶悪極まりないものであり、既に30歳になるミカエルは最早どんな転生者でも手が付けられない次元に達している。
なお、未来を予知する事で未来を変えてしまった場合にどのような影響があるのかは未知数である。新しいパラレルワールドが誕生するのはもちろん、たった1人の個人が未来を変えてしまうため、世界の修正力による「反作用」とも言える代償はミカエル1人に降りかかっている可能性が高い。




