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ヴィクトリア湖を血に染めて


 観測歴38000年 7月26日


 カフリア大陸


 バンザビア首都 ロロマ


 




『Shambulio linakuja!(攻撃が来るぞ!)』


 兵士が叫んだ直後、戦場で最も聞きたくない音が空から降り注いだ。それは遥か彼方の砲兵隊陣地から放たれた榴弾が、死に場所を求めて落下してくる音―――さながら砲弾たちの断末魔だった。


 バンザビア首都ロロマの外周部に構築した塹壕に降り注ぐ砲弾たち。しかしながら反政府軍の厳しい懐事情を象徴するかのように、落下してくる砲弾の数は疎らだった。さながら田舎の花火大会のようで、しかも着弾するまでは良いものの、信管の品質不良が原因なのか不発で終わる砲弾も散見される有様だ。おかげで政府軍側の兵士たちには全くと言っていいほど損害がない。


 砲撃が終わり、地平線の向こう側から兵士たちの雄叫びがびりびりと響いてくる。


 大地を揺るがすテクニカルのエンジン音と、反政府軍の兵士たちの足音。雑多な旧式小銃や伝統的な刀剣を振りかざし、勢いのままに突っ込んでくるのは少数民族出身者で構成される反政府軍の主力部隊だった。


『Sikiliza, usipige risasi bado. Waache wakaribie zaidi(いいか、まだ撃つな。もっと引き付けろ)』


 天地戦争帰りの元義勇兵が率いる歩兵部隊は、しかし絶望的な戦況においても士気を崩さない。むしろ首都陥落が現実味を帯びてきた事で、ここで踏ん張らなければ自分たちの民族も滅ぼされてしまうという危機感を共有しているからこそ、逆に士気は異常に高かった。


 タンジェントサイトは50mに調整してある―――さあ来い、さあ来い、と誰かが呟いた。フロントサイトの向こう、押し寄せてくる敵兵たちの目がはっきりと見えるほどの距離にまで達したところで、指揮官がサーベルを振り下ろす。


『Anza kufyatua risasi!(撃ち方始め!)』


 歩兵たちの小銃―――ドルツ製ボルトアクション小銃『マウゼルM19』が一斉に火を噴いた。天地戦争におけるドルツ軍の主力小銃、その中でも旧式化した個体や余剰化したものがそのまま叩き売りされたのをバンザビア政府が購入したものだ。性能こそ折り紙付きではあるものの、しかし旧式である事に変わりはない。


 それでも8㎜弾の槍衾は、馬鹿正直に真っ向から突っ込んでくる反政府軍の兵士たちを豪快に薙ぎ払う威力を見せた。被弾した兵士の頭が爆竹を埋め込まれたスイカよろしく弾け飛び、胸板に飛び込んだライフル弾に心臓を砕かれた兵士たちが次々に崩れ落ちていく。


 塹壕に据え付けられた重機関銃も発砲を開始した。ドルツ製のマウゼル機関銃が凄まじい勢いで8㎜弾を吐き出すや、粗末な鉄板で補強しただけのテクニカルは瞬く間に蜂の巣になった。エンジンブロックから火の手が上がり、運転席でトマトが爆発したように紅い飛沫が飛び散る。


 1台、2台―――テクニカルが次々に行動不能になっても、反政府軍の兵士たちの勢いは衰えない。


 両者がそのまま白兵戦へと雪崩れ込んだのは、それからすぐの事だった。



















 ”それ”が現れたのは、首都ロロマでの戦闘が始まってすぐの事だった。


 S&Dが保有するヴィクトリア基地―――その外周部にある検問所を警備していた兵士は、明らかに異様な気配を感じ取っていた。


 獣ではない。むしろ人間的な殺気だった。こちらを捕食対象としてではなく、殺すべき相手として見ている。食うか食われるかといった野生動物の本能に基づく殺気ではない。


 それに殺気の”濃度”が段違いだった。


 ナイフを持ったチンピラが発する殺気などたかが知れている。しかし今、自分たちが直面している殺気はどうだろうか。まるで全身の毛穴という毛穴に冷水をポンプで送り込まれたかの如く、ゾッとする感触が身体中を駆け巡る。


 これが”恐怖”なのだ。


 獣人が―――いや、”人類”がまだ食物連鎖の下位に位置していた頃から備わっている、原始的な恐怖そのもの。


 警備兵たちがとった行動はもはや反射的な域に達していた。


 咥えていた煙草を地面に落としてブーツで踏み躙り、サービスライフルとして支給されていた『FB MSBS Grot』の7.62×39㎜仕様の安全装置(セーフティ)を解除。セレクターをセミオートに叩き入れ、いつでも発砲できる状態にする。


「CP(コマンドポスト)、CP、こちら第一ゲート。不審な気配を察知」


《―――不審な気配とは何か》


「殺気だ。ただ者じゃあない」


 通常時であれば、こんなアバウトな報告は決して許されないだろう。


 何となくそう感じるから、では軍隊は動いてはならないのだ。国家の暴力装置である以上、その力の行使には常に慎重にならざるを得ない。もしカジュアルに武力行使ができる軍隊が居るとすれば、それは節度を知らない蛮族か何かだ。


 S&Dは国ではないし正規軍でもないが、兵士に求められる節度や規範は先進国の軍隊と何ら変わらない。兵士であり、同時に両親と共に立つ紳士でなければならないのだ。


 しかし今は状況が状況である。


 CPでも短い協議があったのだろう。数秒の沈黙の後、《了解した。不審者を発見した場合の発砲を許可する》という指示があった。


 ヘンリックが来るかもしれない。


 それは諜報部隊(ORCA機関)による情報でも何の裏付けもない、彼らのボスたるアニーの推測だった。


 しかし今回のヘンリック率いるレギオンとの衝突が予測されるよりも前から、アニーはとにかくヘンリックに関する情報を集めて徹底的にプロファイリングを行っていた。行動の癖、発言の記録、彼の生い立ち。ジャンルを問わずにとにかくヘンリックに関する情報であれば何でも収集し、その心理状態の理解と思考パターンの把握に努めたのだ。


 だからこそ、アニーの推測は少なくとも、現時点に限っては確(・)定(・)さ(・)れ(・)た(・)未(・)来(・)予(・)知(・)にも等しい。


「おい、あれ」


 ザッ、と大きな足がカフリアの湿った地面を踏み締める。


 暗闇の中を、検問所に据え付けられた大型のサーチライトが切り裂いた。直視すれば視覚にダメージが生じかねないほどの光。それを真っ向から受ける羽目になったのは身長2mにも達する巨大な獣であり―――かの忌むべき天地戦争の亡霊とも言える存在であった。


 かつての統一獣人戦線で採用されていた野戦服なのだろうが、度重なる戦闘と酷使が祟りもはや見る影もないほどボロボロだ。その上に羽織っている外套も幽霊船の帆の如く風化が進んでいて、この世のものとは思えない異様な雰囲気を放っている。


 止まれ、などマニュアル通りの対応をしている暇はないと一瞬で理解できたから、兵士たちは制止の声を発するよりも先に銃口を向け、暗闇に現れた天地戦争の亡霊―――ヘンリックへと7.62×39㎜弾を見舞う事が出来た。


 銃声が響き渡り、他の警備部隊も戦闘態勢へと移行する。


 警告もなく放たれた基地警備部隊の射撃に、しかしヘンリックは喜んでいた。


 そうでなくては、と。


 普通の軍隊みたく「止まれ」だの何だの、警告から入っていたら興醒めも良いところだった。ヘンリックが所望しているのは戦争であって、情け容赦のない殺し合いであって、そんなマニュアル通りの硬直した対応ではないのだ。


 頭を傾けて7.62×39㎜弾を躱すヘンリック。暗闇の中、紅い光の尾を曳く獣の影が警備部隊に迫っていく。


 警備兵の1人が据え付けられているブローニングM2重機関銃をコッキング。ヘンリック目掛けて12.7㎜弾を射かけようとしたが、しかし最初の一発目が放たれた直後に有り得ない光景が繰り広げられる。


 ポキン、と情けない音。


 すぐ目の前まで迫ったヘンリックの回し蹴り。それをもろに受けた銃身が、スティック状のスナック菓子の如くあっさりとへし折れていたのである。


 咄嗟に後ろに飛び退き、グロック22を構える警備兵。他の警備兵も彼を守ろうと小銃を射かけるが、しかし銃身を裏拳で跳ね除けられてしまい弾丸は虚しくヘンリックの周囲を掠めるだけだった。


 ごしゃあっ、と警備兵の顔面に拳がめり込む。


 体重180㎏―――その質量を、第一世代型獣人であるが故の強靭な筋力で強引に捻じ込む一撃。装甲さえ歪ませるそれを、生身の人間が受けて無事で済むわけがない。


 警備兵の頭が、着用していたFASTヘルメットもろともリンゴさながらに粉砕された。ピンク色の肉片や神経と繋がった眼球が散弾のように飛び散り、地面に首から上の消失した遺体が転がる。


 とてもではないが、人間としての尊厳がある死に方とは思えなかった。


「クソが!」


 Grotのセレクターレバーをフルオートに入れ、ヘンリック目掛けて銃弾を連射する警備兵たち。


 セミオートで撃っていても当たらない。ならばフルオートで弾幕を張り、飽和攻撃で相手に手傷を与える―――戦略の転換は正しかったようで、この世界における常識的な歩兵の個人装備とは思えぬ密度の弾幕を近距離から叩き込まれたヘンリックは、ぎょっとしながらも攻撃を回避した。


 左肩に生じる衝撃と、熱く切り裂かれるような痛み。


 被弾した―――しかしその痛みまでもが、ヘンリックにとっては愛おしかった。


 そうだ、この痛みこそが。


 身体を仰け反らせ7.62×39㎜弾を躱す。


 そうだ、この”死の感覚”こそが。


 乾き、餓えていた心が少しずつ満たされていくのを感じる。


 そうだ、これこそが”生”だ。


 幸福を感じている時だの、恋人と過ごしている時だの、そんな甘ったるい事でヘンリックの心は満たされない。


 頬を掠める銃弾、すぐそばに降り注ぐ砲弾、殺意剥き出しで迫ってくる敵兵たち、死体だらけの戦場。


 そうだ、”死”だ。


 そこら中に”死”がはびこる世界でこそ、ヘンリックはこれ以上ないほど”生”を実感する。極限状況の中、どんな人間だろうと生存を否定されるクソのような地獄の中でこそ命の尊さを理解できる。死がすぐそこにあるからこそ、生きているのだと実感する。自分もまたこの惑星に生じた生命の円環の一部であると。


 勢いのままに振り払った回し蹴りが、警備兵の胴体を寸断した。どちゅ、と千切れ飛んだ臓器や肉片がフェンスに引っかかり、低予算のスプラッター映画も顔負けな凄惨な光景が出来上がる。


 閉鎖されたゲートに右の拳を叩き込んで粉砕、S&Dの基地の敷地内へとついに足を踏み入れるヘンリック。


 彼の襲来を察知したのだろう、AVGPグリズリー装輪装甲兵員輸送車が3両ほど展開して銃塔を旋回させヘンリックを狙い、歩兵たちもGrotのセミオート射撃で彼を迎え撃つ。


 両手を広げ、神に祈るかのように夜空を見上げるヘンリック。


 ―――ああ、神よ。


 ―――今宵の戦に、感謝します。


 弾丸を躱し、遮蔽物の影に滑り込み、両足に力を込めて思い切り跳躍するヘンリック。12.7㎜弾や7.62㎜弾の弾雨が対空砲火さながらにヘンリックの影を追うが、しかし当たらない。銃塔が仰角一杯にまで達してしまい、それ以上ヘンリックを追えないのだ。


 歩兵の銃撃が数発、ヘンリックの肩口や胸板を撃ち抜いた。7.62×39㎜弾、AK-47の弾薬としても知られる大口径のそれは第一世代型獣人にも有効なダメージを与えられる威力があり、実際にヘンリックにも決して小さくはないダメージを与えていた。


 しかしそれだけでは、まだ仕留めるには至らない。


「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁへへへへへへぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああぃ!!」


 落下する勢いを乗せた、ヘンリックの拳。


 それがコンクリートの地面を殴りつけた瞬間、不可視の衝撃波が全てを薙ぎ払った。


 一瞬、ヘンリックを中心に純白の衝撃波がキノコ雲のように広がり、それから一瞬遅れて到来した衝撃波がフェンスを吹き飛ばし、AVGPグリズリー装輪装甲兵員輸送車を横転させ、兵士たちを吹き飛ばす。


 基地の一角にすり鉢状のクレーターを刻んだヘンリックは、大穴の底でゆっくりと身体を起こして狂ったような笑みを浮かべた。


「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ楽゛じ゛ぃ゛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃはははははははははははははは!!」


 楽しくてたまらない。


 やはり大手レギオンに喧嘩を売ったのは正解だった。他の国の政府軍と歯比較にならないほど強力な装備と練度の高さ。飽きさせない狡猾な戦略。ヘンリックが求める”戦争”に必要な要素の全てがここにある。


「―――なあ、お嬢ちゃんもそう思うだろぅ?」


 ゆっくりと、紅い満月を見上げるヘンリック。


 基地に穿たれたクレーター。すり鉢状にぽっかりと開いたその穴の縁に2人、女性が静かに立っているのが分かる。


 片方は牧師の服を着ているが体格からして竜人の女性なのだろう。胸には太陽を象ったメダリオンがあり、何かしらの宗教関係者である事が分かる。しかし彼女が単なる聖職者(プリースト)である筈もない―――その証拠に、腰にはスプリング刀の収まった日本刀の鞘がある。


 S&Dの頭目アニー・コーマックの巫女、『シスター・メリー』。


 そしてもう片方は倭国の和服姿だ。カフリアでは珍しい服だが、顔立ちからして東洋系である事も分かる。一見するとお淑やかな令嬢に見えなくもなく、育ちの良さが垣間見えるものの、しかし腰のホルスターから取り出した長大な銃身のリボルバーが決してただの可憐な華ではない事を示している。


 スタームルガー・スーパーブラックホーク。それを2丁。


 視線だけで分かる。この2人が、単なる雑兵などではない事が。


「ヘンリック・アンデルセン」


 牧師の服に身を包んだ女性、シスター・メリーがスプリング刀を引き抜きながら告げた。













「お楽しみ中のところ申し訳ありませんが―――迅速に逝去していただきたく」








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― 新着の感想 ―
やだ完全にイカれてるわ…(白目) 単身で巨大レギオンの基地にカチコミという段階でアレですが、重機関銃や装甲車が玩具のように翻弄され、兵士が潰れた果物のようになり、何より的確で勇敢な反撃を心底楽しんで…
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