アンラッキーデイ
どうでもいい話
ヘンリックとS&Dがカフリアで一戦交えている間、ラウル君はヴォイテクが「コイツ歌唱力あるな」と判断して勝手に応募していたアイドルのオーディションを受けていた。
「セーフハウスが潰されてるだァ?」
スルンガ湖で釣り上げた魚を生のまま齧りつつ、ヘンリックは悪い知らせに対し、しかし存外不快そうでもない顔で応じた。
相変わらずヘンリックらしい、と天地戦争末期からの付き合いになるイーライは思う。この男はいつもそうだった。どこかに鉄火場があれば自ら進んで頭を突っ込み、矢面に立ちながらも生き残ってきた男だ。
彼の生い立ちを、ヘンリックという個人を知らぬ者からすればなるほど確かにそれは英雄的行動に見えたのかもしれない。突き崩されそうな戦線に現れては単騎で戦局をひっくり返し、見返りも求めずに次の戦域へと向かうのだ。傍から見れば窮地を救い静かに去っていく英雄のそれなのであろう。
しかし実際のところは全く違う。
ヘンリックはただ、戦いたいだけなのだ。
弱肉強食の原則―――強者の生存、弱者の淘汰。生と死、誕生と破滅のサイクル。それに従順で、尚且つ戦いという生と死の過程を三度の飯よりも好む男だ。戦場という殺し合いの場に、本能的な快楽を見出してしまった異常者なのだ。
そしてそんな男について行く自分もまた異常者で、ここに居る同志たち全員がサイコパスであるという自覚はある。平和な世界に馴染めない、求める戦いはどこにもない退屈な世の中。生き甲斐も存在しない場所で緩やかに壊れ、年老い、死んでいくくらいならば、弱肉強食の原則に従って戦場で華々しく死にたいものではないか。
ヘンリックこそがその最たる例で、だからこそ相手が予想外の抵抗を見せている、という知らせにもどこか楽しそうに応じたわけである。
「既にB-13、CL-29、DD-1の3つが音信不通になっている。待機してた馬鹿共は全滅、記録は全部持ち去られるか燃やされた」
「……」
バリバリと骨ごと魚を噛み砕いて呑み込むや、口元の血を拭い去って湖面に視線を落とすヘンリック。状況を楽しんでこそいるが、いつもの荒ぶる彼とは打って変わって今の彼は静かだった。波紋一つ立たない水面の如く、だ。
おそらくこの世界で、ヘンリックほど殺し合いのために心身を最適化された人間は存在しないだろう。こと戦争に関しては、彼の頭はちょっとしたスーパーコンピューターやAIの如く素早く回る。今のイーライの報告だけでも既にヘンリックは、相手の力量がどの程度のレベルなのかを把握しつつあった。
相手がもし仮にバンザビアの政府軍であったのならば、セーフハウスなどには手も付けないだろう。反政府軍を真っ向から叩き、その力を削ごうとする筈だ。あるいは特殊部隊を投入して斬首作戦でも決行するか。
いずれにせよ、バンザビア政府軍の仕業と仮定するとどうも腑に落ちない。彼らにとっての標的は反政府軍首脳かヘンリックである筈で、どうまかり間違っても諜報戦におけるアキレス腱たるセーフハウスに狙いをつけるなどという事は有り得ない。
彼らの率いるレギオン【インフェルノ】のセーフハウスは徹底した擬態を行っている。作戦を始める2年前から時間をかけ、雑居ビルの1フロアに入っていた店の人員を諜報員に入れ替えたり、労働者向けのアパートに諜報員を潜り込ませたりといった下準備を進めてきた。バンザビアの情勢を悪化に導き紛争勃発まで漕ぎ付けたのこそ最近二週間の話だが、下準備自体は以前から始まっていたのである。
そうやってじっくり煮詰めるかの如く進めてきた下準備の甲斐もあって、現地住民には全く怪しまれる事はなかったし、政府軍や当局にも目を付けられるなんて事は無かった。バンザビア政府の目には、天地戦争復興のためにやってきた海外の出稼ぎ労働者やコンサルタントにしか見えていなかった筈だ。
そうやって諜報員を少しずつ送り込み、ようやく諜報活動のための拠点を整備して作戦に臨んだのである。
何をどう間違えば、傍から見て喫茶店や寂れた飲食店にしか見えないセーフハウスが襲撃される事になるのか。
(裏切者がいる? いや、それはないか)
インフェルノの構成員は誰もが戦争を求めている。あの天地戦争の地獄に魅入られ、再び業火をこの世界に呼び起こさんとしている筋金入りの狂人たちだ。そんな平和な生活に馴染めず落伍した社会不適合者が政府軍にセーフハウスの情報を渡したところで旨みがあるはずもないし、先があるわけもない。
可能性を1つ潰したところで、ヘンリックはイーライに問うた。
「なァお前、どっちだと思う?」
何と何を比較しての「どっち」なのか―――既に同じ結論に達しつつあったイーライは、考え込む事もなくさらりと答えた。
「S&Dじゃね?」
「だよなァ」
狙い澄ましたかの如くアキレス腱を寸断しにかかってくるような芸当ができる組織は、少なくとも現時点で2つ。
レギオン最大手の双璧―――協商連合とS&Dのどちらかだ。
可能性として、まず協商連合は除外できる。
協商連合の版図は浮遊大陸アルカディアやミストルテインより簒奪したカッパドキア、その他アルカディアの回遊ルート上にある浮遊大陸などで、地上に正式な拠点と言える場所はない。強いて言うならばイライナ公国国家元首、キリウ大公ノンナ1生と太いパイプがあり業務提携や技術援助がある程度で、地上に拠点を構える規模には至っていない(連絡事務所くらいはある筈だが)。
軍拡しつつも拡大政策については消極的な協商連合に対し、最大手レギオンの片割れであるS&Dはこれと対照的だ。
反体制派の浮遊大陸に加え、イライナ、倭国、ラパオ、エリンランド、アメリア、台湾に拠点を構えており、カフリア大陸のヴィクトリア湖にも大規模な拠点を構築してはカフリア地域に強い影響力を持っている。
そう、このバンザビアの目と鼻の先だ。
言うならば、今回の『バンザビア内戦』は彼女らS&Dの庭で火事騒ぎになったようなものである。お気に入りの花壇や芝生が轟々と燃え盛っているというのに、優雅にアフタヌーンティーをキメるほど悠長な事はしないだろう。
今回の相次ぐセーフハウス壊滅は、S&Dが動いたとみるべきだ。
「どーするよ?」
「悪ィがイーライ、ちょっと俺留守にするわ」
「お? 行くのか?」
「そりゃあ、な」
立ち上がり、イーライの方を振り向いたヘンリックの顔はもう笑っていた。
これ以上ないほど快活に、獰猛に。
「挨拶はキッチリ返さないとな」
アグリッパが趣味で読んでいる占いの本を借りて読んでみたら、今日の運勢が最悪だった事を今になってアウルスは思い出した。
彼の本によると今日の運勢は最悪で、計画が狂いに狂う一日になりそうとの事だ。けれどもどん底で運命の人との出会いがあるかも、という一文がせめてもの慰めになっていたので良しとしたが。
なんで今になってそんな事を思い出すのだろう―――頭でそう考えながら、しかし身体は訓練で叩き込まれた動作をAI制御の如く精密に再現していた。
安全ピンを引き抜いたフラッシュバンを握り、3つ数えてから室内へと投げ込む。ゴロン、とスプレー缶のような形状のそれを投げ込まれ、室内にいたインフェルノの諜報員たちが慌てふためく声が聴こえてきた。
ドパンッ、と耳を聾する炸裂音。
きっと今頃室内は最悪だろう。爆音と閃光により平衡感覚はすっかり失われ、反撃するための正常な判断すらできない無防備な姿を晒す羽目になる―――室内戦という至近距離での戦闘、瞬間的な正しい判断力がモノを言う世界においてそれがどれほど致命的なのか。そして相手の動きを封じる事がどれだけのアドバンテージたり得るのかをアウルスはよく知っている。
ドアを蹴破るなり、MP7A2のダブルタップ射撃でまず1人がダウン。胴体に4.6㎜弾を叩き込まれる羽目になり、苦痛に喘ぐ声が室内に響く。
頭に一発叩き込んでトドメを刺す頃には、他の諜報員たちも次々に身体を撃ち抜かれて崩れ落ち、物言わぬ死体へと姿を変えているところだった。
アグリッパとバディーを組んで小部屋の中を索敵。CQB訓練で死ぬほどこなしたカッティング・パイで慎重に、そして素早く敵がいないかどうかを確認する。
剥がれかけの壁紙ばかりだったサイトの向こう側に人間の衣服の一部が映った途端、アウルスは身を引いた。
直後だった。ドカン、と粗野極まりない銃声と共に、鉄片や釘の散弾が飛んできたのは。
密造銃―――どこかの軍に正式採用されていただとか、民間用の銃などではない。どこからか火薬を調達し、廃材で銃を組み、弾丸すらも自作した密造銃による射撃だと断じるなり、アウルスはすぐさま室内へと踏み込んだ。
こういった密造銃の中には連発可能なものもあるが、多くのものが単純さを重視して単発型となっている。相手が続けざまに二発目で追撃してこなかったところを見て踏み込んだアウルスの判断は合っていたらしい。
バレルを解放して薬莢を取り出そうとしていた戦闘員の眉間に4.6㎜弾を叩き込んだ。ボディアーマーすら貫通するそれは眉間に小さな穴を穿つや、頭蓋骨を貫通して脆弱な脳味噌をプリンさながらに砕いて、彼の命を終わらせた。
心臓にも2発撃ち込んで相手の確実な死亡を確認している間に、アグリッパが密造銃を拾い上げる。
鉄パイプに廃材を組み合わせたような、典型的な密造銃だった。弾薬は火薬を使い、金属片や釘を散弾代わりに撃ち出すものなのであろう。正規の散弾と比較すると殺傷力も射程距離も劣るが、だからと言ってノーガードで突っ込んでいって良いものではない。
こんな、その辺に転がっているようなスクラップで殺されるほど、自分も部下の命も安くはない―――アウルスはそう思っている。
「イヤですねぇ、ホントに」
「戦時中を思い出すな」
天地戦争が末期に至るにつれて、慢性的な兵器不足は深刻化した。
兵士に支給する小銃もどんどん仕上げが悪くなり、期待通りのスペックを発揮できなくなっていったものである。竜人側の小銃だって、調節用のタンジェントサイトが固定式のピープサイトに改められたし、機関短銃もガス圧の調節機構が省略され、空中艦も戦闘機も塗装される前の銀色の状態で戦場へと駆り出されていった。
それでもまだ兵器が足りず、ついにはこういった廃材を使ったお手製の武器の作成を奨励するようにまでなったのである。だから竜人も獣人も、その気になればこうした密造銃を作成する事は出来るしその知識を持つ人間も多いのだ。
そういった密造銃は裏社会で売り捌かれており、戦後のこの世界で社会問題の1つとなっているのは周知の事実である。
末期に入隊してきた新兵が、密造銃同然の単発型ライフルを渡され困惑していた時の事を思い出し、アウルスもアグリッパも苦虫を噛み潰したような顔になった。あの時はどこまで戦争を続けるつもりなのか、と不安になったものだ……下手をすれば女子供に老人すら死に絶えるまで戦い続ける事になるんじゃあないか、自分たちの世代で今の文明は終わってしまうのではないか、という不安まで抱いた頃が懐かしい。
幸いにも、それは回避されたわけだが。
だからこそ、あの戦争を忌むべきものとしているからこそ、カフリアで戦争を始めようとしている連中の気が知れない。
100年も続き、世界の全てを破壊しつくした天地戦争。あれを再開して何になるというのか、と。
戦争というのは姿の見えない怪物だ。
資金も資源も、街も文化も、人も常識も……何もかもを呑み込み、喰らい尽くし、焼け野原だけを刻んでいく怪物だ。
やっとそれが眠りについたのだから、再び目を覚ますような事があってはならないししてはならないのだ。言語道断である。
コンコン、とドアをノックする音に、アグリッパとアウルスは身構えた。
連絡要員でも来たのか……可能性が何であれ、タイミングが悪すぎる。相手が獣人であれば室内にいる連中の血の臭いも嗅ぎ当てているだろうから、居留守など出来るはずもない。
排除するか、と目配せしてくるアグリッパ。しかし外部の人間だったらどうする……あくまでも表向きのインフェルノと付き合いのある、まともな人間だったら?
いや、こんな連中と付き合いのある人間がまともである筈があるか。
しかし交戦規定は厳守せねば……僅か2秒の彼の思考を、しかし扉の軋む音が断ち切った。
みしり、と扉の軋む音。いやまさか、と脳裏に嫌な予感が過ったその時には、アウルスとアグリッパの身体は反射的に動いていた。頭で考えるよりも先に、身体が本能的に反応したのだ。
直後だった。粗野な造りのドアが吹き飛んだかと思うと、その向こうから紅い目を爛々と輝かせた獣人男性が姿を現したのは。
「うぃ~~~~……遊びに来てやったぞ、ネズミ共」
ヘンリック・アンデルセン。
最悪だ。
最悪の”運命の人”と、最悪なタイミングで遭遇してしまった今日の運勢を、アウルスは全力で呪った。
シェリル(審査員)「いいですねぇ」
クラリス(審査員)「明日からレッスン受けに来れます?」
ミカエル(審査員)「 お 前 も こ っ ち 来 い よ ( 血 涙 ) 」
ラウル君「……Huh???」
【速報】ラウル君、アイドルのオーディションに無事合格




